復讐の始まり、または終わり

月食ぱんな

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第八章 別れと再会(十九歳)

074 いつだって、別れは突然訪れる3

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 三年ぶりに再会したルーカス。
 たずねたいことは山ほどある。

 しかし、その前に、早急さっきゅうに指摘せねばならぬ事が、私にはあった。

「悪いけど、どいてもらえる?」

 私の上に馬乗りになり、こちらが苦しくなるほど私をギュッと包み込むルーカスに告げる。

 久々の再会に嬉しくなる気持ちはわかる。私だってルーカスに会えて嬉しい。しかし、現実問題として、私とルーカスは恋人ではない。よって、この距離は不適切極まりないものだ。

「どいて」
「……やだ」
「どいてほしいって言ってるの」
「断る」
「重いんだってば!」
「うわ」

 強引に押し退けると、ルーカスはバランスを崩し、尻餅しりもちをつく。さすがにちょっと強くやりすぎたかなと思ったが、構わず私は体を起こす。

「……痛いし」
「自業自得よ」
「相変わらず君は、俺に冷たいんだな」

 ルーカスは嬉しそうに言うと、私の隣で身を起こし、服についたほこりを払う。そして地面に膝を抱え座る私に向き直った。そしてなぜか突然、私の首に手を伸ばしてきた。

「ちょっ……」
「ごめん」

 謝りながら、彼は私の首筋に触れる。くすぐったさに思わず身をよじるが、ルーカスの手は離れない。

「赤くなってる」
「……」
「跡をつけるつもりはなかったんだけど……。本当にごめん」

 どうやら、先程まで私の首を絞めていた。その自覚はあるようだ。
 以前は私を襲った事を覚えていなかった。しかし今はしっかりと覚えている。

 この事実は、確実に彼の中で起こった変化だ。

(まさかグールとして成長してるとか?)

 自分で思いつき、それはあまり嬉しくない成長だと、私は密かに思う。

「跡をつけるどうこうの前に、私を食べようとしていたくせに」
「それは……否定しない」
「ねぇ、一体何があったの?」

 私の問いに、ルーカスは困ったように頭をかいたあと、ふっと息をき、真剣な眼差まなざしを向けてきた。

「全部話すよ。だからまず、落ち着いて聞いてほしい」
「わかった」

 私がうなずくと、ルーカスは静かに語り始めた。

「君が王立学校でギルバートを……」
「殺したわ」

 言いにくそうなルーカスの代わりに、私は事実を口にする。するとルーカスは瞳を揺らし、悲しげな表情のままうつむいた。

「そうだね。あの時ギルバードはBGビージーを使用し、理性を捨てる代わりにグールとしての本能を覚醒かくせいさせた。だから君はそうするしかなかった。そして俺はあの時、君を救えなかった」

 ルーカスは私をかばうような言葉を発し、まるで自分の責任であるかのように、暗い表情を見せる。しかし彼が罪悪感を感じる必要は一切ない。

 これは私が抱える罪なのだから。

「間違ってるわ。あの件にあなたは関係ない」
「……」
「私は、自分が生き残るために彼を殺した。他の理由はない」

 口にしながら、ギルバートがあの時手にしていた赤い小瓶を思い出す。

 最初に目にした時は、BGという単語の意味も効能も一切わからなかった。けれど後にそれが、グール側では当たり前に使われる戦闘薬の一種とされる『ブラットオブグール』という名前の経口薬けいこうやくだと言う事を知った。

 そしてBGはルーカスが口にした通り、理性を差し出す代わりに、無理やりグールとしての力を覚醒させる薬だ。

 三年前、どうしてギルバードがBGを飲んだのか、それは一生解明されない。

(だって彼は私が殺したから)

 全てのキッカケとなるギルバートの件は、私の運命が大きく動き出した事件として、死ぬまで忘れる事はない。ただ、ギルバード個人に対して思うのは、今となってみれば、数多く倒したグールの内の一人だと、どこか冷めた気分になるということ。

 私が殺してきたグールの先頭に立つ人。その後に続くグールの数を思えば、もはやかすむほど遠くにいる人だ。

(結局戦争なんてそんなものだから)

 私は無惨むざんに破壊された街並みを思い出す。

 自分が生き残るために、立ちはだかるものを破壊し、殺戮さつりくする。そして巻き込まれた人たちは、追い込まれ、神経を麻痺まひさせ、どんどんこの国から、グールと人間で、ともに築いたモノを壊していく。

 勝っても負けても、あとには傷しか残らない。
 それが戦争だ。

「生き残った先に何が残されているんだろう」

 ぽつりと呟く私の声に反応するように、隣にいるルーカスが顔を上げる。

「俺たちは……グールは、人を食いたいと思う欲求を抱えている以上、争う事しか出来ないんだ」

 ルーカスの言葉を聞きながら、私は視線を落とす。

 彼の言う通り、グールと人間の関係は、捕食する者とされる者で間違いない。

「でも、クリスタルがある限り、グールの欲求は抑えられているはず。わざわざBGなんて物騒な薬を作って、人間に刃を向けているのは、グール側だわ」

 私はそもそもの原因を指摘する。不毛な戦い。その火種を落としたのは、現国王であるランドルフだ。

「そうだね。でもグールはクリスタルに抑制されているだけで、人間を食べたいと思う気持ちを常に抱えているものだ」
「そうなの?」
「前に言っただろ、俺は君をずっと食べたいと思ってるって」

 まるで三年前に戻ったかのように、おどけた調子でルーカスは私の頬に手を伸ばす。その手を軽くはたき落としながら、私はたずねる。

「つまり、グールがBGを使うリスクを背負ってまで、人間側に攻撃を仕掛けるのは、食べたいからってこと?」

 ルーカスは私にたたかれた手をさすりながら、ゆっくりと口を開く。

「グールは長いこと自分たちの抱える根本的な欲望を抑え、人間と共存するために、さまざまな方法を模索してきた。しかし、抑えることができない欲求に苦しみ、精神的な問題を抱える者が多くいるのも事実だ」
「だから、あなたのお父さんはこんな狂った事を始めたの?」

 私は失礼を承知でたずねる。そんな私の問いかけに、ルーカスは苦笑しながら答える。

「そもそもグールの体が本来必要とする栄養素やエネルギー。その中に人間の肉があるだけだ。しかも人間を食する事が出来ないグールの寿命は短いらしいし。誰だって長生きしたいだろ?そういうこと」

 私は返事に、困り果てる。

 大抵の人は、長生きしたいと願うだろう。だけど私は今日の今日まで、いつどこで死んだとしても、それは仕方がないと思っていた。

 そう思う原因は、ルーカスが目の前から消えて、全てにやる気が起きなくなっていたからだ。

 それに正直、終わりの見えない、日々殺しあうような生き方に、疲れているという事もある。

「ルーカスは、今まで何をしてたの?」

 私は未だ答えを明かされていない質問を投げかける。すると彼は少し考え込むようにあごに手を当てた後、静かに告げた。

「ギルバードの事件後、俺には記憶がない時期がある」
「記憶喪失ってこと?」

 私はそんな事があるのかと、素直に驚く。

「どうやらその間にBGの改良版のようなもの。無理やりグールに覚醒させられるような物を、俺はこの体に埋め込まれたようだ。お陰で魔力欠乏症が治ったけど」
「どういうこと?」
「グールとして覚醒させるだけでなく、グールの力そのものを強化させるものが、俺の体に入っている。その結果、体内の魔力をせき止めていたものが排除されたらしい」

 ルーカスはひとごとのように口にした。そのせいで、喜ぶべき事なのか、悲しむべき事なのか、私には判断出来ない。

「よくわからないけど、今グールになってって言ったら、なるってこと?」
「あぁ。BGを飲めば。ただし、理性を失う。だからまた君を襲うだろうけど」
「……」

 当たり前のように発せられた言葉に、私は思わず眉をひそめる。

(襲われる身にも、なってよ)

 心で愚痴り、ふと、どうしても尋ねなければいけない事を思い出す。

「そう言えば、死霊魔法を使ってたけど」

 死者を蘇らせ、その寿命を操ると言った、自然の理に反する死霊魔法。その性質から禁忌きんきとされている魔法をルーカスは操っていた。

(さすがにあれはやばいと思う)

 悪に身を染めている私でも、手を出すのは躊躇ちゅうちょする魔法だ。

 それなのに、ホワイト・ローズ科に選ばれた善なる心のルーカスが何故なぜ、悪の代名詞である死霊魔法に手を出したのか。

 私は、ルーカスの答えをジッと待つ。

「あれは君を生き返らせようと思って」
「は?」
「だから死霊魔法で」
「私は生きてるけど」
「君に会いたかったから」

 そう言い切ったルーカスの表情に迷いはない。

(変わらないな)

 昔からルーカスは自分の感情を包み隠さず私にぶつけてくる。当時はその真っすぐさが、鬱陶うっとうしく感じていた。けれど、今は不思議と懐かしく、心地良いと感じてしまう。

「ギルバートの件の後、わずかに残された俺のあいまいな記憶の中だと、君は死んだ事になってた。そして、殺したのは俺で君を食べたって。そう言われたし、だから、ずっとそう思ってたし」
「……なにそれ」

 私は呆れた様子を隠すことなくため息をつく。

「そもそも、私はグール側ではKOSキルオンサイト。見たら即殺すレベルで恨まれている有名人のはずなんだけど」
「そうなんだ」
「そうなんだ?」

 私はルーカスが知らないといった様子で答えた事を不思議に思う。

「そもそも、あの日。王立学校から急いで君をモリアティーニ侯爵邸に送り届けた日のことだけど。帰りに俺は、父の命で動く者に、あっさり拉致されたっぽいんだ」
「は?」

 私は口を開けたまま固まる。

「両親は、俺が出来損ないのグールであることに、我慢ならなかったんだろうな。だからフェアリーテイル魔法学校を辞めさせようとしてたし、願わくは、俺の体を改造したかったんだと思う」

 ルーカスは私を見つめると、寂しげに微笑ほほえむ。
 今の話が事実だとすると、ルーカスは実の両親に監禁されたという事になる。

(やっぱりとんでもない親なのかも)

 私は言葉にこそ出さなかったが、いつだったか、フェアリーテイル魔法学校の事務員、人魚のメーテルが「愛する息子の意見を尊重しない母親など、いないほうがマシだと思います」と、軽蔑するように口にしていた事を思い出す。

(全くその通りだわ)

 数年かけて、私はメーテルに同意する。

「今でも、俺の記憶の中では、確かに俺が君を食べた事になっているんだ。そして、君の魔力を感じるまで、俺は君という存在すら忘れていたんだ」
「でも私はずっと生きてたわ。それって、あなたは記憶を、誰かに操作されたってことじゃない?」
「多分それも父にやられたんだと思う。魔法で出来ない事はないだろう?」

 確かに記憶を操作する魔法は存在する。けれどそれは、禁忌魔法であって、迂闊に手を出していいものではないはずだ。

(でも、ルーカスも死霊魔術に手を染めていたし)

 この国の、特にグール側の秩序は乱れまくっているのかも知れない。

「記憶を操作って、一体どうしてそんな事をするのよ」
「俺を、父さんの目指す理想社会を築く駒として、都合よく使うためだろうな」

 ルーカスは目を細めながら、どこか遠くを見ている。どこか諦めているような、少し大人びた表情で、まるで世界を達観たっかんしているような表情だ。どちらにせよ物悲しい雰囲気を漂わせている事だけは間違いない。

(この三年間、一体何があったのよ)

 時間がいくらあっても足りないと思えるほど、ルーカスに対し、問い詰めたい、聞きたい事は山ほどある。

 けれど、ルーカスが私にしたこと。父と母を殺したことは許される事ではない。

(今すぐ復讐したって許されるはず)

 そう思うのに、よくわらない物を勝手に体に埋め込まれ、記憶まで改ざんされたルーカスの事情を聞き、私は同情する気持ちを抱かずにはいられなかった。

 それはきっと認めても、一生口にする事の出来ない厄介な気持ち。

 私はルーカスの事が好きだからだ。だから彼をここで殺す事はしたくないと思ってしまう。

 その事を改めて気付かされた私は、情けない気持ちと共に、大きくため息をつくのであった。
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