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第九章 前に進むため、動き出す(十九歳)
083 希少種、ロドニール1
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私はグールにならないという、ミュラーからの謎掛け。
(具体的には、よくわからないけど)
ミュラーの言葉を自分なりに解釈した結果、私ならルーカスを何とか出来る。その事だけは理解した。
だだし、問題はその方法だ。
(一体どうやって……)
その答えを探っているうちに、ルーカスとリリアナの結婚式の日がやってきてしまった。
表向き、ルーカスの結婚式ではあるが、その裏で人間とグール。数年にわたる戦争が終結するかどうかの瀬戸際でもある。
今回、解放軍の錚々たる面々が、この作戦に参加する事になっている。集められたメンバーを見れば、王城を武力で完全に制圧するつもりだというのは嫌でも気付く。しかし、戦力的に解放軍で一位二位を争うであろう私には、今回の作戦における詳しい立ち位置や目標。それから全体の動きなどが、何一つ知らされていない。
その代わりモリアティーニ侯爵に、「とにかくこれを着て集まれ」と言われ渡されたのは、何故か花嫁のような真っ白なドレス。
(また潜入しろってこと?)
不可解きわまりないが、私は解放軍の戦闘員。よってボスたるモリアティーニ侯爵の命令は絶対だ。
というわけで、現在私は輝く白いドレスに身を包んでいる。
「何だか痒くなってきた」
私は着慣れない、というか普段は極力避けている白いドレスに、早速アレルギー反応を起こしていた。
「流石、ルシア様。この世で一番お美しい」
まるでナターシャの実家。アップルトン家に伝わる古の鏡のような言葉を口にするのは、ドラゴ大佐だ。
これは全て、私が立派に教育した成果である。
「まぁね。私は堕天使ルシファーの子孫で、誰よりも美しい母さんの子だもの。一切の汚れを拒む忌まわしい白いドレスを着ていたって隠しきれない、邪悪な可憐さが、ついつい漏れ出しちゃうのよねぇ」
「はい。いつもながらお綺麗です」
「ふふふ」
私が気分良く鼻を高くしていると、部屋のドアがノックされた。
「ルシア少佐、ロドニールです。ご準備は出来ましたか?」
どうやら仕事モードの彼が、私を迎えにきてくれたようだ。
「いいわよ。入って」
私が入室を許可すると、ロドニールは部屋に入ってくるなり、私の姿を見て驚いたように目を見開いた。
「凄く……似合っていますね」
「ありがとう」
褒められて気分良く笑うと、ロドニールも微笑んだ。しかし彼はすぐに表情を引き締め、私に何か訴えかけるような視線をよこす。
「どうしたの?どこかおかしい?」
私は完璧に着こなしていると自負するドレスに、何か不備があるのかと、頭を下げ自分の姿を見下ろす。
「いえ。とても素敵ですよ。ただ……」
「ただ?」
顔をあげ、言い淀むロドニールに先を促す。すると今度は真剣な顔つきで私を見つめ返してきた。
「ルシア少佐……いえ、ルシア。君はあいつと結婚するのか?」
「しない」
私はきっぱりと答える。
「しかし、ルーカスは今日リリアナと結婚するつもりはない。その事を君だって知っているだろう?」
「それは……」
いきなり核心を突かれ、私は口籠った。
ルーカス本人にリリアナと結婚するのかどうか、それを直接確かめた訳ではない。しかし、今まであったことを考慮するに、彼がリリアナと結婚するわけがない。私はそう確信している。
(でもだからって)
私はルーカスと恨みあう関係なのだから、結婚なんてしない。
こっちが駄目なら、こっち。私とルーカスは、もはやそんな単純な関係ではないのだから。
「私は君がルーカスと結婚するのがいいと、そう思っている」
「しない」
私はロドニールから顔を背ける。
「どうしてなんだよ。素直になったほうがいい。絶対後で後悔する」
「後悔なんてしないわ」
「どうしてそう言い切れるんだ。いい加減、意地を張るのはやめたほうがいい」
普段は温厚なロドニールが声を荒らげ、私に詰め寄ってくる。
「BGの供給源を断てば、あいつは死ぬ。しかも穏やかな死を迎える事はない。人としての理性を失い、狂って死ぬんだ」
ロドニールは込み上げる感情を抑えているような、そんな苦しそうな声色で話す。
「俺達は人殺しだ。だけどせめて仲間……親友と思う奴くらいは救いたい。君だってそう思っているはずだろう」
感情が抑えきれないのか、ついに「俺」呼びになってしまったロドニールは、降ろした手をギュッと握る。彼が言いたい事は理解出来るし、私もルーカスを救いたいと思い密かに動いている。
(でも、どうしたらいいのよ)
私にだって、ルーカスを救う答えが見えないのだ。
それに私は、グールを殺しても何とも思わないように出来ているという、ある意味欠陥品の人間だ。だからロドニールが思うほど人から派生した、私たちと見た目の違わないグールを殺した所で、みんなのように罪悪感を感じないし、病むこともない。
だから結局のところ、助けたいと願う気持ちがあって、それで助けられなかったとしても、グールが一人死んだ。きっとそう思い込めば、私の中でそう処理される気もする。
「あいつが狂うこと。それが逃れられない運命だと言うのであれば、せめて残された時間を幸せに過ごして欲しい。それが俺の願いだ」
「……」
私は何も言えなかった。
ミュラーからヒントをもらった私は、ルーカスに未来が残されている可能性を知っている。けれど、その方法がわからない。だからロドニールに「心配するな」と気軽に声をかけ、励ます事も出来ないからだ。
「どうして君は、素直になれないんだ。ルーカスが好きなんだろう?」
ロドニールの視線が、私の薬指に注がれる。
「仮に好き、だったとしても。私の両親を追い出した人の子で、私の両親を殺した人だから。私は彼に復讐するって、ずっとそう決めているから」
私は顔をあげ、ロドニールを見つめる。
「そもそも両親を殺した相手と結婚する人なんて、聞いたことないでしょ?」
私は居心地が悪くなった空気を消そうと、わざとおどけて見せる。
「ルドウィン様とソフィア様を殺した?あいつが?」
ロドニールは信じられないと言わんばかりに、目を見開く。
「ルーカスから聞いてないの?」
私はルーカスと個人的に連絡を取る事を断っている。けれどここ最近ロドニールは彼と連絡を密に取り合っているようだった。だから私はてっきり、その事も知った上で、昔のような気軽に言い合える、そんな付き合いを再開させているのだと思っていた。
それにそもそも、両親のお墓の前でルーカスに白の園で会った時の事を指摘された時。
(あ、やば。あの時私はルーカスに会った事は白状したけど、父さんと母さんの事まで伝えてなかったような……)
どうやら私は口を滑らせてしまったようだ。
「ええと、今のは忘れて?」
ロドニールに「にひひ」と微笑んでみるも、彼はショックを受けたという顔で私を見つめている。
「あいつが、君の両親を?そんなことって……」
ロドニールは困惑した様子で、口元を覆うように手を当てた。その姿を目の当たりにし、私は気付く。
ルーカスも、私と同じ。流石に友人として大事に思うロドニールには、自分が私の両親を殺したと、その経緯を伝えられなかったのだ。
(やっちゃった)
優しさ溢れるロドニールの事だ。
きっと現在進行系で、心を痛めているに違いない。
彼は私やルーカスとは違う。本当に人として、真っ当な心を持つ、ある意味誰よりも純粋な人なのだ。そんな人をわざわざ傷つけるような事を暴露してしまう私は、やはり悪に染まる者なのだろう。
「ごめん、言うつもりはなかったんだけど」
「謝らないでくれ」
ロドニールは首を横に振る。
「どうであれ、ルーカスが君の家族にした仕打ちは許せない。ただ」
言いづらそうな表情を私に向けるロドニール。それでも意を決したように口を開く。
「俺にとってルーカスは親友だ。だから、やっぱり君と幸せになって欲しい」
ロドニールは、懇願するような、そんな目で私を見つめてくる。
「私は……」
世界がひっくり返ったとしても、ルーカスと結婚する。そんな未来はないと知っている。
だから何度問われても、私とルーカスの結婚はないと言いたい。けれど、ロドニールが友人を思う、優しい気持ちを無下に出来ず、私は口をつぐんだのであった。
(具体的には、よくわからないけど)
ミュラーの言葉を自分なりに解釈した結果、私ならルーカスを何とか出来る。その事だけは理解した。
だだし、問題はその方法だ。
(一体どうやって……)
その答えを探っているうちに、ルーカスとリリアナの結婚式の日がやってきてしまった。
表向き、ルーカスの結婚式ではあるが、その裏で人間とグール。数年にわたる戦争が終結するかどうかの瀬戸際でもある。
今回、解放軍の錚々たる面々が、この作戦に参加する事になっている。集められたメンバーを見れば、王城を武力で完全に制圧するつもりだというのは嫌でも気付く。しかし、戦力的に解放軍で一位二位を争うであろう私には、今回の作戦における詳しい立ち位置や目標。それから全体の動きなどが、何一つ知らされていない。
その代わりモリアティーニ侯爵に、「とにかくこれを着て集まれ」と言われ渡されたのは、何故か花嫁のような真っ白なドレス。
(また潜入しろってこと?)
不可解きわまりないが、私は解放軍の戦闘員。よってボスたるモリアティーニ侯爵の命令は絶対だ。
というわけで、現在私は輝く白いドレスに身を包んでいる。
「何だか痒くなってきた」
私は着慣れない、というか普段は極力避けている白いドレスに、早速アレルギー反応を起こしていた。
「流石、ルシア様。この世で一番お美しい」
まるでナターシャの実家。アップルトン家に伝わる古の鏡のような言葉を口にするのは、ドラゴ大佐だ。
これは全て、私が立派に教育した成果である。
「まぁね。私は堕天使ルシファーの子孫で、誰よりも美しい母さんの子だもの。一切の汚れを拒む忌まわしい白いドレスを着ていたって隠しきれない、邪悪な可憐さが、ついつい漏れ出しちゃうのよねぇ」
「はい。いつもながらお綺麗です」
「ふふふ」
私が気分良く鼻を高くしていると、部屋のドアがノックされた。
「ルシア少佐、ロドニールです。ご準備は出来ましたか?」
どうやら仕事モードの彼が、私を迎えにきてくれたようだ。
「いいわよ。入って」
私が入室を許可すると、ロドニールは部屋に入ってくるなり、私の姿を見て驚いたように目を見開いた。
「凄く……似合っていますね」
「ありがとう」
褒められて気分良く笑うと、ロドニールも微笑んだ。しかし彼はすぐに表情を引き締め、私に何か訴えかけるような視線をよこす。
「どうしたの?どこかおかしい?」
私は完璧に着こなしていると自負するドレスに、何か不備があるのかと、頭を下げ自分の姿を見下ろす。
「いえ。とても素敵ですよ。ただ……」
「ただ?」
顔をあげ、言い淀むロドニールに先を促す。すると今度は真剣な顔つきで私を見つめ返してきた。
「ルシア少佐……いえ、ルシア。君はあいつと結婚するのか?」
「しない」
私はきっぱりと答える。
「しかし、ルーカスは今日リリアナと結婚するつもりはない。その事を君だって知っているだろう?」
「それは……」
いきなり核心を突かれ、私は口籠った。
ルーカス本人にリリアナと結婚するのかどうか、それを直接確かめた訳ではない。しかし、今まであったことを考慮するに、彼がリリアナと結婚するわけがない。私はそう確信している。
(でもだからって)
私はルーカスと恨みあう関係なのだから、結婚なんてしない。
こっちが駄目なら、こっち。私とルーカスは、もはやそんな単純な関係ではないのだから。
「私は君がルーカスと結婚するのがいいと、そう思っている」
「しない」
私はロドニールから顔を背ける。
「どうしてなんだよ。素直になったほうがいい。絶対後で後悔する」
「後悔なんてしないわ」
「どうしてそう言い切れるんだ。いい加減、意地を張るのはやめたほうがいい」
普段は温厚なロドニールが声を荒らげ、私に詰め寄ってくる。
「BGの供給源を断てば、あいつは死ぬ。しかも穏やかな死を迎える事はない。人としての理性を失い、狂って死ぬんだ」
ロドニールは込み上げる感情を抑えているような、そんな苦しそうな声色で話す。
「俺達は人殺しだ。だけどせめて仲間……親友と思う奴くらいは救いたい。君だってそう思っているはずだろう」
感情が抑えきれないのか、ついに「俺」呼びになってしまったロドニールは、降ろした手をギュッと握る。彼が言いたい事は理解出来るし、私もルーカスを救いたいと思い密かに動いている。
(でも、どうしたらいいのよ)
私にだって、ルーカスを救う答えが見えないのだ。
それに私は、グールを殺しても何とも思わないように出来ているという、ある意味欠陥品の人間だ。だからロドニールが思うほど人から派生した、私たちと見た目の違わないグールを殺した所で、みんなのように罪悪感を感じないし、病むこともない。
だから結局のところ、助けたいと願う気持ちがあって、それで助けられなかったとしても、グールが一人死んだ。きっとそう思い込めば、私の中でそう処理される気もする。
「あいつが狂うこと。それが逃れられない運命だと言うのであれば、せめて残された時間を幸せに過ごして欲しい。それが俺の願いだ」
「……」
私は何も言えなかった。
ミュラーからヒントをもらった私は、ルーカスに未来が残されている可能性を知っている。けれど、その方法がわからない。だからロドニールに「心配するな」と気軽に声をかけ、励ます事も出来ないからだ。
「どうして君は、素直になれないんだ。ルーカスが好きなんだろう?」
ロドニールの視線が、私の薬指に注がれる。
「仮に好き、だったとしても。私の両親を追い出した人の子で、私の両親を殺した人だから。私は彼に復讐するって、ずっとそう決めているから」
私は顔をあげ、ロドニールを見つめる。
「そもそも両親を殺した相手と結婚する人なんて、聞いたことないでしょ?」
私は居心地が悪くなった空気を消そうと、わざとおどけて見せる。
「ルドウィン様とソフィア様を殺した?あいつが?」
ロドニールは信じられないと言わんばかりに、目を見開く。
「ルーカスから聞いてないの?」
私はルーカスと個人的に連絡を取る事を断っている。けれどここ最近ロドニールは彼と連絡を密に取り合っているようだった。だから私はてっきり、その事も知った上で、昔のような気軽に言い合える、そんな付き合いを再開させているのだと思っていた。
それにそもそも、両親のお墓の前でルーカスに白の園で会った時の事を指摘された時。
(あ、やば。あの時私はルーカスに会った事は白状したけど、父さんと母さんの事まで伝えてなかったような……)
どうやら私は口を滑らせてしまったようだ。
「ええと、今のは忘れて?」
ロドニールに「にひひ」と微笑んでみるも、彼はショックを受けたという顔で私を見つめている。
「あいつが、君の両親を?そんなことって……」
ロドニールは困惑した様子で、口元を覆うように手を当てた。その姿を目の当たりにし、私は気付く。
ルーカスも、私と同じ。流石に友人として大事に思うロドニールには、自分が私の両親を殺したと、その経緯を伝えられなかったのだ。
(やっちゃった)
優しさ溢れるロドニールの事だ。
きっと現在進行系で、心を痛めているに違いない。
彼は私やルーカスとは違う。本当に人として、真っ当な心を持つ、ある意味誰よりも純粋な人なのだ。そんな人をわざわざ傷つけるような事を暴露してしまう私は、やはり悪に染まる者なのだろう。
「ごめん、言うつもりはなかったんだけど」
「謝らないでくれ」
ロドニールは首を横に振る。
「どうであれ、ルーカスが君の家族にした仕打ちは許せない。ただ」
言いづらそうな表情を私に向けるロドニール。それでも意を決したように口を開く。
「俺にとってルーカスは親友だ。だから、やっぱり君と幸せになって欲しい」
ロドニールは、懇願するような、そんな目で私を見つめてくる。
「私は……」
世界がひっくり返ったとしても、ルーカスと結婚する。そんな未来はないと知っている。
だから何度問われても、私とルーカスの結婚はないと言いたい。けれど、ロドニールが友人を思う、優しい気持ちを無下に出来ず、私は口をつぐんだのであった。
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