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第十章 グール対人間。最終決戦へ(十九歳)
086 波乱の結婚式2
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私たち解放軍が通されたのは、王城の三階部分。結婚式の会場となる広場が良く見渡せる部屋だった。
天井には大きなシャンデリアが垂れ下がり、部屋を照らし出している。部屋の床には柔らかな赤い絨毯が敷かれ、足の裏にふわふわと気持ちよい感触が広がった。
室内には美しい調度品と共に、壁に見事な風景画が掛けられていた。
絵画の題材となっているのはいつだったか、ミュラーに無理矢理見せられた、『馬でもわかる』から始まる、ローミュラー王国の歴史が描かれた世界で、初めて目にした美しい風景のようだ。
そんな豪華な部屋の大きく突き出したバルコニーで、私はモリアティーニ侯爵とロドニールと並び、広場を見下ろし結婚式の始まりを待っているところだ。
広場にはすでに多くの国民が集まり、祝福の言葉を時折叫んだりと、みな笑顔で楽しそうに見える。
向かい側にある一際豪華な装飾がされたバルコニーに目を向けると、すでにナタリア。つまりルーカスの母であり、現王妃が着席していた。
ナタリアを初めとするグール側の貴族らしきご婦人に令嬢たちは、私と同じような白いドレスを身にまとい、煌びやかな宝石で彩られ美しく輝いていた。状況から察するに、どうやら結婚式に招待された貴族の女性は、白いドレスが定番のようだ。
それにしても。
(あの席にいるのは、母さんだったはずなのに)
私は呑気に扇子を口元にあて、周囲の人と談話するナタリアに、復讐の炎を人知れず燃やす。
そんな状況の中。軽快なラッパが鳴り響き、魔法のオルガンの荘厳で深みある音が、聴衆を包み込むように広がった。その音色を合図に、聴衆の声が静まっていく。そして広場の隅々まで魔法のオルガンの美しい旋律が、豊かな音色となり広がっていった。
そのうち魔法転移してきたのかルーカスとリリアナが、広場の中央に敷かれた真っ赤な絨毯の上に登場した。そして、真っ白なスーツに身を包んだルーカスが、白いドレスに身を包むリリアナの手を優しく取り、ゆっくりと進み出す。
二人が絨毯の上を歩くたび、赤い絨毯が咲き誇る花畑へと変化してく。そして二人は目を合わせるたびに、笑みを浮かべていた。
その姿を見た途端、胸の奥がきゅっと締め付けられた気がして、私は慌てて下を向いた。
(本当に結婚する訳じゃない。それに私にはロドニールがいるし)
そう自分に言い聞かせるも、胸が苦しい。たまらず胸を押さえていると、隣に座っているロドニールが心配そうな表情で、こちらを見つめている事に気付いた。
「席を外しますか?」
「違うの、ちょっと胸元が痒くて。ホワイトアレルギーって感じだと思う」
気遣う言葉をかけてくれるロドニールに対し、私は咄嗟に言い訳を口にし、ゴシゴシとドレスの上から胸を掻く。
それから慌てて両手を膝の上に戻し、何事もなかったかのように真っ直ぐ前を向く。すると、私が膝に置いた手の上に、ロドニールの白い手袋をはめた手がそっと乗せられた。
「え」
驚いた私は一瞬、ロドニールの手を振り払おうとした。しかし、手袋越しに伝わるロドニールの体温が心地よく、荒ぶった気持ちが落ち着くのを感じ、されるがままを許すことにした。
「ありがとう」
「お気になさらず」
言いながら、私の手を包み込んでいてくれたロドニールの大きな手が、元の場所。つまり彼の膝の上へと戻る。
それを少し寂しく思っていると。
「私はいかなる時も、ルシア様の忠実なる下僕ですから」
「ち、ちょっと、ロドニール。誤解を生むような事は言わないで」
こんな事を誰かに聞かれたら大変だと、私は慌てて周りを見渡しながら小声で囁く。
「ほほう、お主達はなかなかにマニアックな関係のようじゃな。若くていいのう」
ロドニールの隣に座るモリアティーニ侯爵から、さっそく冷やかしの言葉が飛んできた。
「違います。これは……その」
「お祖父様、私の大切なご主人様をいじめるのはやめて下さい」
慌てる私を見て、くすりと笑いながら答えるロドニール。
「ほっほっほ。まあよい。そろそろ式が始まるぞ。しっかりと見ておかないと、後で後悔するかもしれんからのう」
「はい」
「ですね」
モリアティーニ侯爵に促され、二人のお陰で調子を戻した私は、再び視線を広場へと移す。
すると既に本日の主役。ルーカスとリリアナは広場の中央。大理石で出来た、円形の台座の上に立つ国王、ランドルフの前で頭を下げていた。
久しぶりに見るランドルフは、私の記憶の中にいる彼よりも、だいぶ老け込んでいるように見えた。痩せ細り、髪にも白いものが混じり始めている。しかし、それでも威厳は失われていないようだ。
「これより!ローミュラー王国の王子ルーカス。並びに、ハーヴィストン侯爵家の娘リリアナとの結婚式を執り行う!」
ランドルフの力強い声が広場中に響き渡る。それを耳にした観衆からは、割れんばかりの拍手が巻き起こった。
「とその前に。この場を借り、みなに伝えておく事がある」
突然ランドルフが話し始め、広場中が静まり返る。
「先日ルドウィン・フォレスターが妻ナタリアと共に、この世を去った。真実の愛などと戯言を吐き、多くの国民を苦しめてきた男ではあったが、彼なりに国を愛していた。それはここにいるみなも周知していることだろう」
そこまで言うと一度言葉を切り、聴衆の反応を探るようにランドルフは辺りを見渡す。
「しかし彼の死はグールの民にとって、勝機をもたらす事は間違いない。そして我らの敵となる、ルドウィンを討伐したのは我が息子、ルーカスである」
その言葉に、割れんばかりの歓声が沸き起こる。
以前は「出来損ない」だと周囲から馬鹿にされていたルーカスが、今は英雄として扱われている。その事実を目の当たりにした私は、先ずは心の中で安堵の息を漏らす。
(これでもう、ルーカスがあんなふうに言われて傷つくことはない)
ただ、彼に英雄の称号を与えたのが、父の死だという事実をひっそりと噛みしめる。
(父さんは、ルーカスを英雄にするために、命を落としたんじゃない)
私を救うため。そしてこの国を正常な状態に戻すために、命をかけて戦ったのだ。
私の中に、静かなる怒りがこみ上げてくる。
「よって!!」
ランドルフは何かを決心したかのようにぐっと拳を握りしめ、力強く口を開く。
「私は今ここで宣言する。グール優位な管理社会。それが実現となった時、我が息子ルーカスが正式に、新たなる国王として即位する事を!!」
割れんばかりの、大きな拍手と歓声が広場全体を包み込む。
「最低だわ」
私は怒りで震える。
「父の死を喜ぶ国民なんて、死ねばいいのよ」
私は取り繕う事をやめ、込み上げる怒りをそのまま吐き出す。
(悔しい)
悔しくてたまらない。
生前父は全ての民が幸せになれるようにと、自分を国外追放した者達をも含め、慈しむ気持ちを持っていた。
確かに父は一度はこの国を見捨てたかも知れない。それでも命が狙われるのを理解した上で、全ての国民の幸せを思い、ローミュラー王国に戻った。
(それなのに)
こんな薄情者達のために、父は命を賭けた。そして今なお、死ぬ事も出来ずクリスタルの一部となりこの国に尽くしている。
「なんて理不尽なのよ」
私は悔しさのあまり、体が震える。そんな私の様子を見たからか、隣にいたロドニールが耳打ちをする。
「ルシア様、落ち着いて下さい。気持ちはよく分かりますが、今は冷静になりましょう」
「でもっ……」
「大丈夫です。必ずや奴らには、天罰が下ります。ですから、今は堪えましょう」
「堪えるって、そんなの無理よ」
ロドニールとやり取りをしている間にも、広場中から様々な声が上がる。
「おめでとうございます!」
「素晴らしい!」
「ランドルフ殿下、万歳!」
「ルーカス殿下、万歳!」
「全てのグールに栄光あれー」
ランドルフを称える言葉と、ルーカスの王位継承確約を祝う言葉が広場を覆う。
私は悔しさを込め、ランドルフに射抜くような視線をぶつける。
(このままじゃ終わらせない。絶対に復讐してやる)
私はありったけの憎しみを込め、ランドルフを睨みつける。するとランドルフはこちらを見て、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
(私を見た)
実際は違うかも知れない。隣に座るモリアティーニ侯爵を含む、解放軍の面々に向けた不敵な笑みだったかも知れない。けれど私は、確実にあの小馬鹿にした笑みは、私への挑戦状だと感じた。
(許さない)
怒りで震える私に、ロドニールが声をかける。
「お辛いかとは思いますが、今は耐えて下さい」
「……悔しいわ」
「ですね。俺も許せない」
小さな声で告げられた言葉。
「だけどあの男が、あの場にいられるのは、良くて数時間です」
「そう、そうだよね」
ロドニールの言葉に私は気持ちを落ち着かせる。私達がここにいるのは、この状況に指を加えて眺めるためじゃない。こんなおかしな状況を、元に戻すためにここにいる。
そのために今は我慢だと、私は唇を噛んだ。
「では、本題に入るとしよう」
ランドルフが口にすると、今まで広場を埋めつくしていた群衆の声はピタリと止んだ。
「これよりローミュラー王国の王子ルーカス。並びにハーヴィストン侯爵家の娘リリアナとの結婚式を執り行う」
朗々と響く、先程と同じランドルフの声。その声に合わせて、広場にいた人々が一斉に歓声を上げる。
「新郎、ルーカス・ローミュラー」
「はい」
ルーカスが一歩前に出る。すると、再び大きな拍手が沸き起こった。
「汝、ルーカス。お前はローミュラー王国に住まう、我らグールである者たちの繁栄を目指し、その先頭に立つ者となるべく、ハーヴィストン侯爵家リリアナを生涯妻とし愛し続ける事を誓うか?」
ランドルフがルーカスに問いかける。
歴史的な瞬間を聞き逃すまいと、シンと静まる広場。
そんな中、ルーカスが口を開く。
「いいえ。私はグールの繁栄など願っておりませんし、リリアナを愛したりもしません。私には出会った時よりずっと、愛する女性がおりますので」
凛とした声で、結婚しないとルーカスは高らかに宣言した。
「な、何を言っておる!!」
あまりにも予想外の言葉だったのだろう、ランドルフは驚きで目を丸くしている。広場にいる人達もまさかの答えだったのか、ざわつき始める。
「ふ、ふざけるのもいい加減にしろ!」
「そうだ!リリアナ様に失礼だぞ!」
「この国を乗っ取るつもりなのか!」
周りからも、非難の声が飛び交う。
「黙れ!!」
ランドルフの一喝により、辺りは再び静かになる。
「我が息子はどうしてしまったのだ?一体誰を愛しているというのだ!?」
「私はルシアを愛しています。ルシア以外を愛することはありません」
「ルシアだと……?」
「はい。正しき王家の血筋を継ぐルドウィン・フォレスター様、並びにソフィア・フォレスター様の娘、ルシア様です」
ルーカスが多くの聴衆の前で私の名を口にした。そのあり得ない状況に、我に返った私は怒りをひとまず収束させる。
(というか、恥ずかしいんですけど)
こんなに大勢の人前でと、いたたまれない気持ちになった私は、椅子に腰掛け小さくなる。
「くだらん。お前はグールの為にハーヴィストン侯の娘と結婚するのだ」
ランドルフの言葉に、ルーカスが首を横に振る。
「いいえ。グールの為ではありません。私が結婚するのは、私の為です」
「もうよい!!これ以上戯言を言うなら、式を取り止めにするぞ」
「構いません。その代わり、私がこの国を去る事を認めて頂きたい」
「なんだと?」
ランドルフが青ざめた顔で、目を見開く。
「どういうこと?」
思わずロドニールに問いかける。
「さぁ?ただ、殿下は……あいつはやっぱり、いつだって俺の最高のライバルのようです」
ロドニールは嬉しそうに笑うと、拳を手に叩きつける。
(え、こっちも意味わかんないんだけど)
私は更に混乱するのであった。
天井には大きなシャンデリアが垂れ下がり、部屋を照らし出している。部屋の床には柔らかな赤い絨毯が敷かれ、足の裏にふわふわと気持ちよい感触が広がった。
室内には美しい調度品と共に、壁に見事な風景画が掛けられていた。
絵画の題材となっているのはいつだったか、ミュラーに無理矢理見せられた、『馬でもわかる』から始まる、ローミュラー王国の歴史が描かれた世界で、初めて目にした美しい風景のようだ。
そんな豪華な部屋の大きく突き出したバルコニーで、私はモリアティーニ侯爵とロドニールと並び、広場を見下ろし結婚式の始まりを待っているところだ。
広場にはすでに多くの国民が集まり、祝福の言葉を時折叫んだりと、みな笑顔で楽しそうに見える。
向かい側にある一際豪華な装飾がされたバルコニーに目を向けると、すでにナタリア。つまりルーカスの母であり、現王妃が着席していた。
ナタリアを初めとするグール側の貴族らしきご婦人に令嬢たちは、私と同じような白いドレスを身にまとい、煌びやかな宝石で彩られ美しく輝いていた。状況から察するに、どうやら結婚式に招待された貴族の女性は、白いドレスが定番のようだ。
それにしても。
(あの席にいるのは、母さんだったはずなのに)
私は呑気に扇子を口元にあて、周囲の人と談話するナタリアに、復讐の炎を人知れず燃やす。
そんな状況の中。軽快なラッパが鳴り響き、魔法のオルガンの荘厳で深みある音が、聴衆を包み込むように広がった。その音色を合図に、聴衆の声が静まっていく。そして広場の隅々まで魔法のオルガンの美しい旋律が、豊かな音色となり広がっていった。
そのうち魔法転移してきたのかルーカスとリリアナが、広場の中央に敷かれた真っ赤な絨毯の上に登場した。そして、真っ白なスーツに身を包んだルーカスが、白いドレスに身を包むリリアナの手を優しく取り、ゆっくりと進み出す。
二人が絨毯の上を歩くたび、赤い絨毯が咲き誇る花畑へと変化してく。そして二人は目を合わせるたびに、笑みを浮かべていた。
その姿を見た途端、胸の奥がきゅっと締め付けられた気がして、私は慌てて下を向いた。
(本当に結婚する訳じゃない。それに私にはロドニールがいるし)
そう自分に言い聞かせるも、胸が苦しい。たまらず胸を押さえていると、隣に座っているロドニールが心配そうな表情で、こちらを見つめている事に気付いた。
「席を外しますか?」
「違うの、ちょっと胸元が痒くて。ホワイトアレルギーって感じだと思う」
気遣う言葉をかけてくれるロドニールに対し、私は咄嗟に言い訳を口にし、ゴシゴシとドレスの上から胸を掻く。
それから慌てて両手を膝の上に戻し、何事もなかったかのように真っ直ぐ前を向く。すると、私が膝に置いた手の上に、ロドニールの白い手袋をはめた手がそっと乗せられた。
「え」
驚いた私は一瞬、ロドニールの手を振り払おうとした。しかし、手袋越しに伝わるロドニールの体温が心地よく、荒ぶった気持ちが落ち着くのを感じ、されるがままを許すことにした。
「ありがとう」
「お気になさらず」
言いながら、私の手を包み込んでいてくれたロドニールの大きな手が、元の場所。つまり彼の膝の上へと戻る。
それを少し寂しく思っていると。
「私はいかなる時も、ルシア様の忠実なる下僕ですから」
「ち、ちょっと、ロドニール。誤解を生むような事は言わないで」
こんな事を誰かに聞かれたら大変だと、私は慌てて周りを見渡しながら小声で囁く。
「ほほう、お主達はなかなかにマニアックな関係のようじゃな。若くていいのう」
ロドニールの隣に座るモリアティーニ侯爵から、さっそく冷やかしの言葉が飛んできた。
「違います。これは……その」
「お祖父様、私の大切なご主人様をいじめるのはやめて下さい」
慌てる私を見て、くすりと笑いながら答えるロドニール。
「ほっほっほ。まあよい。そろそろ式が始まるぞ。しっかりと見ておかないと、後で後悔するかもしれんからのう」
「はい」
「ですね」
モリアティーニ侯爵に促され、二人のお陰で調子を戻した私は、再び視線を広場へと移す。
すると既に本日の主役。ルーカスとリリアナは広場の中央。大理石で出来た、円形の台座の上に立つ国王、ランドルフの前で頭を下げていた。
久しぶりに見るランドルフは、私の記憶の中にいる彼よりも、だいぶ老け込んでいるように見えた。痩せ細り、髪にも白いものが混じり始めている。しかし、それでも威厳は失われていないようだ。
「これより!ローミュラー王国の王子ルーカス。並びに、ハーヴィストン侯爵家の娘リリアナとの結婚式を執り行う!」
ランドルフの力強い声が広場中に響き渡る。それを耳にした観衆からは、割れんばかりの拍手が巻き起こった。
「とその前に。この場を借り、みなに伝えておく事がある」
突然ランドルフが話し始め、広場中が静まり返る。
「先日ルドウィン・フォレスターが妻ナタリアと共に、この世を去った。真実の愛などと戯言を吐き、多くの国民を苦しめてきた男ではあったが、彼なりに国を愛していた。それはここにいるみなも周知していることだろう」
そこまで言うと一度言葉を切り、聴衆の反応を探るようにランドルフは辺りを見渡す。
「しかし彼の死はグールの民にとって、勝機をもたらす事は間違いない。そして我らの敵となる、ルドウィンを討伐したのは我が息子、ルーカスである」
その言葉に、割れんばかりの歓声が沸き起こる。
以前は「出来損ない」だと周囲から馬鹿にされていたルーカスが、今は英雄として扱われている。その事実を目の当たりにした私は、先ずは心の中で安堵の息を漏らす。
(これでもう、ルーカスがあんなふうに言われて傷つくことはない)
ただ、彼に英雄の称号を与えたのが、父の死だという事実をひっそりと噛みしめる。
(父さんは、ルーカスを英雄にするために、命を落としたんじゃない)
私を救うため。そしてこの国を正常な状態に戻すために、命をかけて戦ったのだ。
私の中に、静かなる怒りがこみ上げてくる。
「よって!!」
ランドルフは何かを決心したかのようにぐっと拳を握りしめ、力強く口を開く。
「私は今ここで宣言する。グール優位な管理社会。それが実現となった時、我が息子ルーカスが正式に、新たなる国王として即位する事を!!」
割れんばかりの、大きな拍手と歓声が広場全体を包み込む。
「最低だわ」
私は怒りで震える。
「父の死を喜ぶ国民なんて、死ねばいいのよ」
私は取り繕う事をやめ、込み上げる怒りをそのまま吐き出す。
(悔しい)
悔しくてたまらない。
生前父は全ての民が幸せになれるようにと、自分を国外追放した者達をも含め、慈しむ気持ちを持っていた。
確かに父は一度はこの国を見捨てたかも知れない。それでも命が狙われるのを理解した上で、全ての国民の幸せを思い、ローミュラー王国に戻った。
(それなのに)
こんな薄情者達のために、父は命を賭けた。そして今なお、死ぬ事も出来ずクリスタルの一部となりこの国に尽くしている。
「なんて理不尽なのよ」
私は悔しさのあまり、体が震える。そんな私の様子を見たからか、隣にいたロドニールが耳打ちをする。
「ルシア様、落ち着いて下さい。気持ちはよく分かりますが、今は冷静になりましょう」
「でもっ……」
「大丈夫です。必ずや奴らには、天罰が下ります。ですから、今は堪えましょう」
「堪えるって、そんなの無理よ」
ロドニールとやり取りをしている間にも、広場中から様々な声が上がる。
「おめでとうございます!」
「素晴らしい!」
「ランドルフ殿下、万歳!」
「ルーカス殿下、万歳!」
「全てのグールに栄光あれー」
ランドルフを称える言葉と、ルーカスの王位継承確約を祝う言葉が広場を覆う。
私は悔しさを込め、ランドルフに射抜くような視線をぶつける。
(このままじゃ終わらせない。絶対に復讐してやる)
私はありったけの憎しみを込め、ランドルフを睨みつける。するとランドルフはこちらを見て、ニヤリと不敵な笑みを浮かべた。
(私を見た)
実際は違うかも知れない。隣に座るモリアティーニ侯爵を含む、解放軍の面々に向けた不敵な笑みだったかも知れない。けれど私は、確実にあの小馬鹿にした笑みは、私への挑戦状だと感じた。
(許さない)
怒りで震える私に、ロドニールが声をかける。
「お辛いかとは思いますが、今は耐えて下さい」
「……悔しいわ」
「ですね。俺も許せない」
小さな声で告げられた言葉。
「だけどあの男が、あの場にいられるのは、良くて数時間です」
「そう、そうだよね」
ロドニールの言葉に私は気持ちを落ち着かせる。私達がここにいるのは、この状況に指を加えて眺めるためじゃない。こんなおかしな状況を、元に戻すためにここにいる。
そのために今は我慢だと、私は唇を噛んだ。
「では、本題に入るとしよう」
ランドルフが口にすると、今まで広場を埋めつくしていた群衆の声はピタリと止んだ。
「これよりローミュラー王国の王子ルーカス。並びにハーヴィストン侯爵家の娘リリアナとの結婚式を執り行う」
朗々と響く、先程と同じランドルフの声。その声に合わせて、広場にいた人々が一斉に歓声を上げる。
「新郎、ルーカス・ローミュラー」
「はい」
ルーカスが一歩前に出る。すると、再び大きな拍手が沸き起こった。
「汝、ルーカス。お前はローミュラー王国に住まう、我らグールである者たちの繁栄を目指し、その先頭に立つ者となるべく、ハーヴィストン侯爵家リリアナを生涯妻とし愛し続ける事を誓うか?」
ランドルフがルーカスに問いかける。
歴史的な瞬間を聞き逃すまいと、シンと静まる広場。
そんな中、ルーカスが口を開く。
「いいえ。私はグールの繁栄など願っておりませんし、リリアナを愛したりもしません。私には出会った時よりずっと、愛する女性がおりますので」
凛とした声で、結婚しないとルーカスは高らかに宣言した。
「な、何を言っておる!!」
あまりにも予想外の言葉だったのだろう、ランドルフは驚きで目を丸くしている。広場にいる人達もまさかの答えだったのか、ざわつき始める。
「ふ、ふざけるのもいい加減にしろ!」
「そうだ!リリアナ様に失礼だぞ!」
「この国を乗っ取るつもりなのか!」
周りからも、非難の声が飛び交う。
「黙れ!!」
ランドルフの一喝により、辺りは再び静かになる。
「我が息子はどうしてしまったのだ?一体誰を愛しているというのだ!?」
「私はルシアを愛しています。ルシア以外を愛することはありません」
「ルシアだと……?」
「はい。正しき王家の血筋を継ぐルドウィン・フォレスター様、並びにソフィア・フォレスター様の娘、ルシア様です」
ルーカスが多くの聴衆の前で私の名を口にした。そのあり得ない状況に、我に返った私は怒りをひとまず収束させる。
(というか、恥ずかしいんですけど)
こんなに大勢の人前でと、いたたまれない気持ちになった私は、椅子に腰掛け小さくなる。
「くだらん。お前はグールの為にハーヴィストン侯の娘と結婚するのだ」
ランドルフの言葉に、ルーカスが首を横に振る。
「いいえ。グールの為ではありません。私が結婚するのは、私の為です」
「もうよい!!これ以上戯言を言うなら、式を取り止めにするぞ」
「構いません。その代わり、私がこの国を去る事を認めて頂きたい」
「なんだと?」
ランドルフが青ざめた顔で、目を見開く。
「どういうこと?」
思わずロドニールに問いかける。
「さぁ?ただ、殿下は……あいつはやっぱり、いつだって俺の最高のライバルのようです」
ロドニールは嬉しそうに笑うと、拳を手に叩きつける。
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