復讐の始まり、または終わり

月食ぱんな

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第十章 グール対人間。最終決戦へ(十九歳)

085 波乱の結婚式1

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 本日はグール側にとって最高にめでたい日。

 ローミュラー王国、王位継承権第一位であるルーカス・アディントン。そしてグールを支持する名家、ハーヴィストン侯爵家の一人娘であるリリアナが、めでたく結婚する日だからだ。

 それに合わせグールと人間の間に初めて、休戦協定が結ばれた。それどころか、モリアティーニ侯爵家を筆頭とする、解放軍側の貴族達もランドルフにより結婚式に招待されているのである。

 因みに今回、解放軍のリーダーであるモリアティーニ侯爵自らが、王城に出向くこと。その事については、解放軍の中でもかなり賛否両論さんぴりょうろんが起きた。

 というのも、モリアティーニ侯爵の王都行きを反対する者の多くは、罠である可能性を指摘しており、不安に思っていたからだ。

 しかし当の本人は。

『わしらを一網打尽いちもうだじんに叩こうという罠かも知れん。しかし見方を変えれば、わしらもあいつらを断罪するチャンスだと言えるではないか。そのための準備は整えたのじゃ。お望み通り、正々堂々と決着をつけてやろう』

 モリアティーニ侯爵は「ガハハハハ」とご機嫌な様子で、結婚式に参加する事を決めてしまった。

 そんな経緯いきさつがあり、私たち解放軍は一時的な『休戦』を受け入れ、表向き平和を装うことにした。そしてモリアティーニ侯爵と共に、ルーカスの結婚式に参加する手筈てはずを整えたというわけだ。

 本日私たちは各々着飾った姿で、魔法転移装置を利用し王都に侵入した。そして現在、ロドニールと共に馬車に乗り込み、堂々とローミュラー王城内に向かっているところだ。

 因みにモリアティーニ侯爵を乗せた馬車の前後には、解放軍に所属する貴族と共に、従者じゅうしゃに化けた解放軍が誇る猛者もさたちが勢揃いしている。それは父なき後、今や解放軍の代表でもあるモリアティーニ侯爵を全力で守るという、気骨きこつあふれる私たちの決意が、ありありと見てとれる状況だ。

 解放軍で列を成した馬車は、停止を促される事なく白亜の城門をくぐり抜ける。すると、鮮やかな花々と緑豊かな木々が、道行く馬車を明るく出迎えてくれた。馬車の窓からは、心地よい風が、花の甘い香りとともに、室内に吹き込んでくる。それから、澄んだ水の流れる噴水や、優雅な姿勢で立つ大理石の像が飾られた美しい庭園が見えてきた。

 前方にくっきりと姿を現した城の壁は、今日のためになのか、淡いピンクに染まるバラの花で飾り立てられていた。頭上から降り注ぐ太陽の光がバラを照らし、まるで夢のような美しさを放っている。

 その光景は、まるで植物までもが、ルーカスとリリアナを歓迎している。そんなふうに私には思えた。

「凄い人ですね」

 ひたすら目に映る景色に夢中になっていた私に、向かいから声がかかる。声を上げたのは、黒いモーニングに身を包むロドニールだ。彼は小窓についた黒いカーテンをめくり、私と同じように外をながめていた。

「お祭り騒ぎって感じね。まだ王都にこんなに人が残っていただなんて、驚きなんだけど」

 ドレスの上に黒いローブコートを羽織った私も、ロドニールとは反対側となる窓から外を眺め、道行く人の多さに素直に驚きの声をあげる。

 思い起こせば数時間前、彼にキスされた挙げ句プロポーズされた。そして現在、その返事を未だ返してないという、個人的には大変気まずい状況だ。しかし今のところロドニールは、何事もなかったかのように、あるじ下僕げぼく状態に戻ってくれている……気がする。

 というか、狭い馬車の車内。主と下僕であっても、若い男女が二人きりという状況が、まずは適切ではないような気がする。よって、嫌でも緊張した気分になるのは仕方がないことだ。

「こうして見ると、グールなのか、人間なのか。判断が難しいと思いませんか?」
「確かに。戦場で会うと、一発でわかるのにね」

 戦場では、制服で所属が測れる。よって敵と味方を見分けるのは簡単だ。

「お互い、戦闘服を脱げば友にもなり得る、同じ人間だという事。それを思い知らされます」
「そうね」

 ロドニールの言葉に、私は静かに頷く。

 窓から見える着飾った人達の表情は明るい。戦場で見せる、恐怖と怒りに満ちた顔ではなく、皆幸せそうな笑みを浮かべている。

(明日から、またこの人達と食うか、食われるかの関係に戻るのかな)

 まるで戦争中だという事を忘れているかのような、見せかけの平和が流れる状況に、私は少しだけやるせなさを感じた。

 そんないつになくしんみりとした気分になりかけた私は、窓の外に向けた顔を馬車の車内に戻す。そして、まるで私を避けるかのように窓の外を眺め続けている、ロドニールの横顔をチラリと盗み見る。

 最初に会った時はもう少し丸みを帯びていたあごのライン。それが今やすっきりとシャープになり、洗練せんれんされた印象を受ける顔つきになっている。それから、馬車の中に入り込む風によって揺れる稲穂のように輝く金色の髪は、昔に比べると少し伸びていて、耳にかける事で綺麗に整えられていた。
 外を歩く人を見ているようで、遥か彼方を見つめているように思える瞳の色は、出会った頃より深みを帯びた、広がる海のようなエメラルドグリーンだ。

 彼がかもし出す雰囲気の中には、昔のような無邪気さはなりを潜めたものの、それでも内に秘められた優しさは健在。ロドニールの周囲は、不思議といつも穏やかな空気が漂っている。きっと私がそう感じるのは、彼に対し、心を許しても良い存在だと認識した証拠でもある……ような気がする。

(ロドニールと結婚か……)

 何となくその事が現実味を帯びてきた状況だ。けれど別に嫌じゃない。
 なんとなく、そこに落ち着くのが自然である気がしている。

「私の顔に見惚れています?」

 私の視線に気付いたロドニールが、からかうような笑みを浮かべる。

「そうよ。出会った頃からずっと、あなたの顔はタイプだもの」

 負けじと私も、悪戯っぽい笑みを返す。

「それは光栄です」

 ふわりと微笑むロドニールと目が合い、私は自然に口を開いていた。

「ねぇ、ロドニール。私は確かにルーカスが好きなんだと思う。だけど同じくらい、あなたの事は大切に思っているわ。その気持はルーカスに対するのとは、ちょっと違うの。なんだろう、もっと穏やかな気持ちになれるというか。上手く説明出来ないんだけど、でも、結婚するとしたらそういう、ロドニールみたいに、穏やかな気持になれる人の方がいいんだと思う」
「はい」
「だから、もし、その……」

 いざ言葉にして伝えようとすると、なかなか上手く出てこない。私はモゴモゴと口を動かしながら、次の言葉を探そうとする。

「ゆっくりで大丈夫ですよ。それに、あなたの中にある、殿下と私に対する気持ちの違いは理解しているつもりです。ルシア様が殿下を選ぶというなら、僕は潔く身を引きましょう。それに、そうなったとしても、今までのように私はあなたの側におりますので、ご安心下さい」
「え、でも」

 流石にそれは悪女過ぎないかと、私は戸惑いの表情でロドニールを見る。すると彼はニヤリと笑う。

「私はあなたの忠実なる、下僕ですからね」

 目を細め口元を怪しく緩めるロドニール。

(げっ、バレてた!!)

 どうやらロドニールには、私の密やかなる名称は、お見通しだったようだ。私は慌てて視線をロドニールからそらす。

「あ、そろそろ到着しそうです」

 ロドニールの一言に、馬車の窓から外を見ると、いつの間にか白亜の城が間近に迫っていた。既に到着している多くの着飾った人々で、大きな玄関ポーチは賑わっている。

 ほどなくして、私達を乗せた馬車は静かに停車する。すぐに扉が叩かれ、それにロドニールが短く答える。

「開けてくれ」

 その声に応えるように馬車の扉が開かれると、従者らしき男性が現れ、うやうやしい仕草で馬車の中にいる私たちに声をかける。

「お待たせいたしました。本日は、ようこそおいでくださいました」

 言い終えると同時に、従者はサッと足を乗せる台を馬車の出入り口の下に設置した。

「では行きますか」

 ロドニールが大きく開かれた扉から外に出る。

「ルシア様、足元にはお気をつけて」
「ありがとう」

 差し出されたロドニールの手を取り馬車を降りた私は、ゆっくりと地面に足をつける。

 目の前に広がるのは、大きく開かれた白亜の城内へと続く入り口だ。そしてその先に見えるのは、美しく咲き誇ったバラの花で作られたアーチ。

「行きましょうか」
「ええ」

 私は笑顔で返事をすると、ロドニールの腕を取る。そして、この日の為に用意された、アレルギー必須ひっすである、白が眩しいドレスの裾を翻し、私は一歩を踏み出す。

 新たな人生の幕開けとなるであろう、結婚式。この世界を救いたいという願う、間違いなく同じ想いを抱いた者達が集う場所へ。

 私とロドニールは目の前に広がるバラのアーチに向かい、二人で歩き出したのであった。
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