復讐の始まり、または終わり

月食ぱんな

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第十一章 少しずつ、溶けていく(二十歳)

101 無くした指輪3

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 モントローズ伯爵家の未亡人、ローザリンド・ダンビー様の大事な「指輪探し」という任務をけ負った私。そんな私に対し、モリアティーニ侯爵は近衛このえをつけると告げた。

 通常であれば、近衛などいないほうがいい。ゾロゾロと大人数で、城下に出向けば、私が女王であると示しているようなものだからだ。

 ただ、グールの中には未だ私を恨む者がいる事も確かだ。なぜなら、私はグールの命を星の数ほど散らしたのだから。よって、恨まれても当然であり、むしろグール側から見れば、悪の女王である私に対し、モリアティーニ侯爵が近衛騎士を付けたいと願う気持ちは理解出来る。

 理解できるのだが……。

「何でルーカスが?」

 私は、突如とつじょ真っ昼間の明るい日差し降り注ぐ執務室に、モリアティーニ侯爵と現れたルーカスに驚く。

(というか、昨日会った時、何も言ってなかったじゃん!)

 内心しっかりと叫び、驚きを中和しておいた。

「今回の件は、個人的な要件でもあるからな。流石に城の近衛を動かす訳にはいかん。まぁ、暇人同士、丁度いいではないか」
「暇じゃないんですけど」

 私は執務机の上。山盛りになった書類の山を、ピシリと指差す。そのほとんどは、釣りと乗馬が趣味と記載された釣書つりしょだけれど。

「大丈夫じゃ。今は陛下の手をお借りするような、急ぎの案件はないはずじゃからのう」
「そ、それにしても、急過ぎます!!」
「今朝決まった事だからな」
「今朝!?」

 私は驚いて、壁掛け時計を見上げた。時刻はすでに昼近い。

(だからルーカスも昨日、教えてくれなかったんだ)

 今朝知らされたのならば、責めても仕方がない。私は裏切られた訳でも、からかわれた訳でもないと、少しだけホッとする。

 しかし、ルーカスと二人で城下に出向くだなんて、不安しかない状況だ。なぜなら彼は前職、王子殿下だから。かたや私は前職流浪の民。よって、この国の城下町事情に詳しい人がいなければ、迷子になること間違いなしだからだ。

「ルーカスがボディーガード代わりになる。それは良いとして、誰が城下を案内してくれるの?」
「その件でしたらご安心を。私は王子時代、良く城を抜け出し、城下に出向いておりましたので」

 ルーカスが今更、王子時代の悪さを暴露ばくろした。

「なんせ、この城は居心地が悪かったので」

 付け足された言葉に、ふと思い出す。確かにルーカスは、周囲から「出来損ない」だと後ろ指を指されていた。となると、王城を逃げ出したくなるのは致し方ない状態だったと言える。

(それに……)

 ここで駄々をこね、見知らぬ近衛をつけられるより、ある意味気心知れた仲だと言える、腐れ縁であるルーカスと二人で行動したほうがいい事は確かだ。

「今回の目的は、指輪の捜査ではある。しかしお前たちに、この国の現状を、その目でしかと見て回って欲しいと、わしはそう思っておる」

 モリアティーニ侯爵は真面目な顔で、私達に告げる。

「それに、お前たち二人がいれば、何か問題が起こったとしても、対処可能であろう? それとも腕がなまり、もはやその程度の実力もないのか?」
「いいえ、私は勝ちます。絶対に!!」

 負けず嫌いが爆発し、思わず反論する私を見て、モリアティーニ侯爵は満足気に微笑む。

「ならば、安心して二人を送り出せるというものよ」
「まぁ、頑張ります」

 私は諦めて苦笑すると、隣にいるルーカスを見る。すると彼は、突然私の足元にひざまずいた。

「え、なに?」

 私が戸惑う中、ルーカスは片膝を床につけ、右手を胸元に当てた。そして左手で剣を持ち上げる。剣はを地面につけた状態で、刃先を天に向けていた。それからルーカスは、私に深く頭を下げたのち、剣を斜め下に傾けた。

「私は、女王陛下に忠誠を誓います。私は、いかなる時も、女王陛下と王国のために戦い、命を捧げる覚悟があります」

 突如騎士の誓いを口にするルーカスに、戸惑う私。

「それから、私の愛は生涯、あなたに捧げます」
「え」

 驚き固まってしまった私を他所に、ルーカスは再び頭を深く下げた。そして剣を持ち上げ、柄の部分を私に向けて差し出した。

 余計な誓いも口にした気もしなくはないが、これは間違いない。騎士の誓いだ。となると、私は女王として、数少ない、「私にしか出来ない仕事」を前にしているという状況だ。

(や、やってやる!)

 私はルーカスから剣の柄を受け取る。

「あなたの忠誠は王国にとって貴重なものです。あなたは、常に私の側にいてください」

 騎士の誓いに対する、定型文である返答を口にする。するとルーカスは立ち上がると、今度は胸に手を当てたまま、じっとこちらを見つめてきた。

(いやいやいやいや!)

 私は心の中で叫ぶ。

(騎士の誓いって、そんな感じで終わらないよね?)

 困惑する私を他所よそに、ルーカスはゆっくりと口を開く。

「私は、貴女あなたの側を離れません」

 ルーカスは私に一歩近づく。

「え、あ、はい」

 適切な距離を保たねばと、私は一歩後退する。

「私は貴女をまもります」

 またもや一歩前進するルーカス。

「ありがとう」

 一歩下がった私の背中は、本棚にピタリと張り付く。
 これはかなりピンチな状態だ。

「私は、どんなことがあっても、貴女を愛します」

 赤面必須の言葉を口にするルーカスの口元が、ニヤリと上がる。

(か、からかってるのね!)

 私は確信した。

「もうわかったから」

 ルーカスの胸を、グイッと押し退けた。

「ちょっ、何をなさるのですか!?」

 ルーカスは不服そうな表情を浮かべながら、私を見下ろしている。

「それはこっちの台詞せりふよ。これ以上ふざけると、あなたを今回の任務から外すから」

 私はプイとルーカスから顔をそらす。

「ははははは。すでに良いコンビではないか。その調子で捜査の方も頼むぞ」

 モリアティーニ侯爵は楽しそうに笑う。

「これのどこがですか!!」

 私は同時にモリアティーニ侯爵に抗議したのであった。



 ***



 戦争が終わって一年が過ぎた城下町は、思っていたよりずっと、復興ふっこうが進んでいた。

 街路は石畳で舗装され、白い壁と赤いかわら屋根の家々が連なっている。瓦礫となった建物の跡地には、多くの店が再び営業を始め、市場はにぎわいを見せていた。

 軒先にぶら下がる手彫りの看板が風に揺れ、織物屋、鍛冶屋、食料品店などの小さな商店が並び、独特の匂いが漂っている。人々は狭い道を歩き、荷物を運び、または買い物をするために早足で歩いている。時折馬車が通り過ぎ、革靴を履いた紳士や身なりの良い貴婦人たちが通りを行き交っていた。

「やっぱり、魔法が使えると早いよね」

 目立たないようにと、意図的に地味な服に身を包むルーカスが辺りを見回しながら呟く。
 本日の彼は、シンプルな薄茶色の上下のセットアップスーツ。上着の襟元えりもと袖口そでぐちすそなどには少し擦れたような色落ちがあり、これが全体的に着古した雰囲気を漂わせていた。

 私はと言うと、勿論ドレスは脱ぎ捨て春の陽気に合わせた、明るい色合いの町娘ふうの衣装を身にまとっている。

 白を基調としたロングスカートに、淡い紫色のブラウスを合わせ、ウエストには同じく紫色の細いリボンを結んでいた。頭には白いレースのリボンを付け、髪はシンプルにまとめあげてもらった。腰には、小銭が入った小さながま口のバッグを下げ、足元はいつでも走り出せるよう、茶色い革のブーツという、完璧に街に馴染む格好だ。

「そうかも。でも、まだ完全に修復出来ていない場所もあるみたい」
「確かに。ここら辺はまだ、工事中のようだ」

 私たちが現在歩いている通りの脇には、大きな資材が積まれていた。どうやら建築途中のようだ。しかしその脇では、建築途中である店の主人なのか、簡易的に建てたテントの下で、野菜を売る商人の姿があった。

(ふむ)

 ローミュラー王国民は、なかなかにたくましいようだ。

(ん、いい匂いがする)

 私の鼻に、香ばしいパンの香りやら、肉を焼いた匂い、それからスイーツの甘い香りがなどが漂ってきた。

(甘い物食べたいかも)

 私は胃を刺激する香りに導かれるまま、道を下る。すると、道路の両脇にのきを連ねる店先からぶら下がる看板が、明らかに食堂を示す通りに到着した。

(折角だから、何か食べたいよね)

 王城で出される、上品極まりない料理に文句はない。とは言え、私が育つ過程で馴染んできた味はどちらかというと、庶民の味寄りだ。そのせいで、いかにも具材を誤魔化していますといった感じ。馴染みあるキツイ香辛料こうしんりょうの香りを嗅ぐと、美味しそうだと思ってしまうのである。

(ええと、甘い物と肉料理……)

 私は軒先にぶら下がる木の看板をチェックする。
 すると、まるで私とルーカスのためにあるようなお店を発見した。

 看板には、豚がケーキを持った絵が描かれていた。

 豚にケーキとは実にアンバランスではあるが、肉食と甘い物の組み合わせは、私とルーカスの希望をそなえる奇跡のコラボだ。

(よし!)

 私は最大限、肉食であるルーカスに配慮し、これならいけると提案してみる事にする。

「ねぇルーカス。あそこで小腹こばらを満たそうよ」

 私は豚の絵が記された看板がある食堂を指差した。

「え、お昼は?」
「食べたわ」
「なのに小腹が空いた?」

 ルーカスはジャケットの内ポケットから懐中時計を取り出した。そしてわざわざ現在時刻を確認し始める。

 私はルーカスが見つめる懐中時計かいちゅうどけいに手を載せた。

「ルーカス。あなたってば本当にデリカシーのない人ね。甘い物は別腹なのよ!」

 私はきっぱりと言い切る。

「な、なるほど。確かに久しぶりに城下の怪しいものにチャレンジしたい気もするような」

 ルーカスは懐中時計を内ポケに仕舞い込みながら、見過ごせない言葉を発した。

「え、怪しいって何?」
「ふっ。秘密だよ」
「なにそれ。教えてよ」
「嫌だねー」

 ルーカスは笑いながら、私を置いてスタスタと先を歩く。

「ちょっと待ってよ!」

 私は慌てて追いかけたのであった。
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