復讐の始まり、または終わり

月食ぱんな

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第十一章 少しずつ、溶けていく(二十歳)

102 無くした指輪4

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 偶然目にし、私達が入ろうとした店の名は、「ピッグビックスィーツ」という、嫌でも期待が大きくふくらむものだった。

 もちろん、良くも悪くもである。

「ほんとに大丈夫?」

 私は最終確認とばかり、店の前でルーカスにたずねる。

「大丈夫。豚の絵が書いてあるし」
「でも甘い香りがするよ?」
「そもそも豚を使ったスィーツなんて興味をそそるし、君がお菓子を頬張ほおばる姿を見ているだけで幸せだし。だから心配ないよ」
「……な、なるほど」

 昔よりはトーンダウンしたとは言え、ルーカスが時折口にする、私への愛情表現。以前はそれを無視出来ていたのに、最近はいちいちドキリとしてしまい、挙動が不審者のようになってしまう事もしばしば。

(何だか負けた気がして悔しい)

 私は人知れず、ハンカチを咥えて引っ張りたい。そんな衝動に駆られた。

「さ、入ろっか」

 ルーカスにギュッと手を握られ、私は抗議する間もなく、店内へと連れ込まれた。

 扉を開けると、甘い香りが私達を迎え入れてくれた。店内は古い木材を使った暖かみのある内装で、カフェスペースには木製のテーブルと椅子が所狭しと並んでいる。

 カウンターには、笑顔で接客する店員が立っており、お客さんたちと楽しそうに話をしていた。店内の雰囲気は、何となく優しくて温かい感じが漂っていて悪くない。席は半分くらい埋まっており、そのほとんどが女性だった。皆、美味しいスィーツを食べながら談笑しており、その表情はとても明るい。

「いらっしゃいませっ!」

 奥から元気の良い声をかけられ、私とルーカスはその声の方に視線を向ける。するとそこには、エプロンを付けた若い女性がいた。エプロンの右裾みぎすそには、可愛らしい豚が刺繍してある。

「店内をご利用ですか?それともお持ち帰りですか?」
「あーっと……えっと……」

 ルーカスが返答に困ったのか、こちらに助けを求めるような視線を送ってくる。ここは私が頑張るところだと思い、一歩前へ進みでる。

「持ち帰りでお願いします」

 店内に女性の客が多いこと。それからショーケースに並ぶ商品が、どうみてもスイーツ寄りである事を素早く確認した私は、迷わずテイクアウトを頼む。

「はい!かしこまりましたっ。では、どちらになさいますか?」

 女性はニコニコしながら答えると、紙袋を用意しながらたずねてきた。

「そうだな……」

 私はショーケースの中をじっくりと確かめる。そこには色とりどりのスイーツやパンが陳列されており、見るもの全てに目移りしてしまうという状況だ。

(食べ切れる量にしないと、捜査の邪魔になるし)

 私は悩む。

「あの、一つ質問なのですが」

 どれにしようか悩む私の横で、ルーカスが店員さんに遠慮がちに声をかけた。

「はいっ!なんでしょうか?」
「表の看板に豚のイラストが書いてあったのですが、あれはどういう意味なんですか?」

 確かに気になると私は商品をながめながら、店員さんの返答を待つ。

「あぁ~あれですね!それはこっち。当店の常連さん向けというか、スイーツ玄人さん向けの商品にちなんでいるんです。当店は肉料理を使ったスイーツが評判なんで」
「え、肉料理を使ったスイーツ?」
「はい、こちらの列は、当店オリジナル。肉系スイーツですね」

 店員さんが指差す方向に目を向ければ、驚く事に、確かに肉を使ったスイーツがあった。
 豚肉を使ったパイや、甘辛いタレで煮込まれた豚肉を挟んだパンケーキ、さらにはチョコレートケーキの上にはスモークビーフがトッピングされているものまで、様々な豚肉スイーツが用意されている。

(あ、味が想像出来ないんだけど……)

 若干顔をひきつらせていると、そんな私に店員さんが身を乗り出す。

「こちら豚肉を使って作ったシュークリームです。中に入っているカスタードクリームにも、しっかりと豚肉を使用しています」

 店員さんの得意げな説明を聞きながら、私は商品を見つめる。見た目は普通のシュークリームにしか見えない。けれど中身は豚肉入りのカスタードクリーム。

(お、美味しいの?)

 想像出来ない組み合わせに、私の頭の中には「?」と警戒する気持ちが交互によぎる。

「この『ポークシュー』は人気ナンバーワンですよ!サクッとした食感の中に、豚肉の旨みが広がります!」

 店員さんはおすすめだと言わんばかりに、ニコリと微笑んだ。

「じ、じゃあ、それを二つ下さい」
「ありがとうございます!では、ご用意致しますので、少々お待ちくださいませ!」

 店員さんは用意していた紙袋に、異色な組み合わせであるシュークリームを入れた。

「食べるのに勇気がいるな」

 肉食のルーカスも、思わずといった感じで苦笑いしている。

「ルーカスはカスタードクリームを食べられるの?」
「大丈夫。前にも説明したけど、肉が好きなだけで、肉しか食べない訳じゃないから」
「そっか。じゃ食べられるね」

 そんな会話を交わしつつ、無事に代金を支払い私達は店を出た。

「天気もいいし、公園で食べようか」

 私が提案すると、ルーカスはほほえむ。

「いいね、デートっぽい」

 ルーカスは私が抱えていた、シュークリームの紙袋をさり気なく奪う。

「……捜査だし」
「シュークリームを食べるのは、果たして捜査と言えるのだろうか」
「くっ」
「はい、ルシアの負け」

 ルーカスは満足そうな笑みを浮かべると、私の手を引いて歩き始めたのであった。


 ***


 私達がやってきたのは、大通りから少し外れた場所にある公園だ。広い敷地には、緑豊かな木々が立ち並び、その向こうには大きな噴水がある。その側には小さなベンチがあり、その隣には木製のテーブルと椅子が置いてある。

「ここならゆっくり食べられそうだな」
「うん」

 空いているベンチに並んで座る。そしてルーカスが持っていたシュークリームの入った紙袋の口を開けた。中にはシュークリーム、その名もポークシューが確かにニ個ほど入っている。

 私とルーカスはそれぞれ一つずつ取り出し、せーので口に運んだ。

「……おぉ」
「……ふむ」

 口に入れた瞬間、広がる濃厚な味わい。カリッと焼き上げられた皮の部分からは、香ばしさが漂い、中に入ったカスタードクリームは、豚肉の風味が程よく感じられる。

「……これはなかなかいける」
「……意外に美味しい」

 お互いに顔を見合わせ、驚きながらも笑みをこぼす。

「でも、まさか豚肉を使ったお菓子が、こんなに美味しいとは思わなかった」
「だよな。そもそもスイーツと肉を掛け合わせようという発想が――」

 言いかけて、ルーカスは私の背後に視線を向けると黙り込んでしまった。

「どうしたの?」

 私は振り返り、ルーカスの視線の先を辿る。するとそこには一人の男性が立っていた。彼は腕を組み、時計台の柱に背を預けている。

「えっと、知り合い?」

 私が小声で尋ねると、ルーカスは静かに首を縦に振った。

「随分人相は変わってる。でもあれはスティーブ・サーマンだと思う」
「スティーブ・サーマン?」

 サーマンという家名に聞き覚えはないが、スティーブの方は何処かで聞いた名前だなと思いながら、私は男性を見つめる。

 年齢は私達と変わらないくらい。赤みがかった茶色の髪を後ろに流した髪型で、瞳の色は藍色でつり上がり気味の目元が特徴的な青年だ。

「あ、リリアナの恋人!」

 私はつい、大声を出してしまい、慌てて口の中に残りのシュークリームを押し込んだ。

「大正解。だけどモリアティーニ候の話だと、プレスコード伯爵家。今となってはサーマン家の者はそろって行方不明だという話だったが……」

 シュークリームを咀嚼中そしゃくちゅうの私は「その通り」だと大きく頷きを返す。

 ルーカスの母親。ナタリアの実家となるプレスコード伯爵家は、一連の責任を追及される形で、爵位を奪われた。よって今は爵位で呼ばれる事はない。そんな事情があるからこそ、先程ルーカスは、スティーブの名に「サーマン」という家名の方をつけたのだろう。
 私の記憶が正しければ、平民となった彼らは、戦後処理に私達が追われる中、ナタリア同様、行方不明となっているはずだった。

「てっきり国外に逃げたんじゃないかと思ってたけど」

 シュークリームを飲み込んだ私は、ルーカスに告げる。

「俺も逃げたと、モリアティーニ侯からそう聞いている」
「因みにだけど、その」

 私は言いかけて、ルーカスのセンシティブな問題に触れてしまうのではと、口ごもる。

「俺は連絡を受けてないから、全く知らない。そもそもサーマン家の人間は、俺を出来損ないと呼ぶ、筆頭だったからな」
「そうなんだ……」

 だとしたら私たちにとって、敵だ。そもそも戦争を起こした側であるくせに、責任を取らずに悠々ゆうゆうと逃げおおせているのは納得がいかない。

(それに、スティーブを問い詰めれば、ナタリアが何処にいるか分かるかも知れないし)

 私の脳裏に、人里離れたオンボロ小屋の窓際に飾られた、シロツメクサの花束が思い出される。

 ナタリアは私にとっては、未だ復讐を果たせていない人だ。だから捕まえて、断罪したい気持ちはある。しかし、ルーカスにとっては、彼女の好きだった花を飾るくらい、未練がある人で母親で。

(難しい気持ちは後回しか)

 とにかく今は、行方不明になったナタリアの手がかりになりそうな、スティーブから目を離さない事が重要である事は間違いない。

「ルーカス、どうする?」
「あいつが何か知っている可能性は高い。もう少し様子を見よう」

 私たちはベンチに座り直し、引き続き観察を続ける事にしたのであった。
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