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第十一章 少しずつ、溶けていく(二十歳)
103 無くした指輪5
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ルーカスの母、ナタリアの実家である元プレスコード伯爵家、現サーマン家の次男として生まれ育った、スティーブ。
リリアナの恋人でルーカスの従兄弟でもある彼は、絶賛行方不明中のはずだった。けれど何の悪戯か、運命か。ポークシューに舌鼓を打つ私とルーカスの目の前に現れた。
そんな状況の中。ルーカスと私は、当初の目的である、ローザリンド・ダンビー様の大事な「指輪探し」という任務を一時放棄し、広場の時計台の下にいるスティーブを観察している所だ。
私は以前より頬が痩け、どこか疲れた様子に見えるスティーブをジッと見つめる。身なりも以前のような煌びやかさは無い。むしろ平民に余裕で紛れ込むことが可能である、質素な服装だ。
「誰かを待っているのかな?」
「先程から時間をしきりに気にしている所を見ると、待ち合わせ相手が約束の時間に現れない。そんな所だろうな」
私の疑問に答えるように呟く、ルーカスの声色は暗い。
(どうしたんだろう?)
私が首を傾げて彼の顔を覗き込むと、視線があった瞬間、謎に頭を撫でられた。
「犬と間違えてない?」
私が咄嗟に文句を口にすると、ルーカスは優しく微笑んだ。
「気にかけてくれてありがとう。でも大丈夫だから」
大丈夫だと言いながら、少しだけ寂しげな表情を見せるルーカス。その顔を見て、私の胸の奥がきゅっと締め付けられる。
私が両親、それからロドニールの死に囚われ、いつまで経っても抜け出せないように、ルーカスもまた、BGを打たれた事以外、様々な問題を抱えている。
その一つが、行方不明となっている母親の実家となる、サーマン家の事なのかも知れない。
因みにランドルフの実家は、すでにルーカス以外その血筋は絶えている。よって、ランドルフ絡みでルーカスが悩みを抱える事はないと見て、間違いないだろう。
(でも、そっか)
もしナタリアの実家の面々が断罪され、死刑にでもなったとしたら。
ルーカスは私と同じ。天涯孤独の身になるのだ。
(そうなればいいのに)
もしそうなった場合、「天涯孤独の身同士だから」という、ルーカスと共に歩く、それらしい理由を一つ得る事が出来る。ふと浮かんだ気持ちに触発されたように、自分の中で最近すっかり忘れかけていた、悪の心を思い出す。
(そもそもルーカスを置いて、さっさと逃げた罪は重いし)
生きている間にいじめ抜くだけではなく、幽閉される事になったルーカスを見捨てた、元プレスコード伯爵家。現サーマン家の人間は非情の塊だ。
(つまり、成敗……というか復讐するに値するってことか)
その考えに行き着いた私は、不思議と体の中にやる気が漲ってきた。
そんな時。
「 パパ!」
突如として響く甲高い声。その声に驚いた私は、張り込み業務に意識を戻す。すると私の視界にピンク色のワンピースを着た、小さな女の子が映り込んできた。
年齢は三歳前後だろうか。大きな瞳をした可愛らしい女の子だ。そしてその女の子の横に立つのは、ひなびたような女性。ただ、よくよく観察してみれば、同性の私から見ても、顔の造形自体は悪くないように思えた。
(もっと容姿に気を使えばいいのに。勿体ない)
恵まれた容姿を無駄にする女性に、私は余計なお世話的に意見する。
女の子は時計台の下に立つ、スティーブに向かってのんびり走っていく。そしてなぜかスティーブも嬉しそうな顔でその場にしゃがみ込んだ。
(知り合いってこと?)
スティーブに幼女の友達がいる事を意外に思っていると。
「あれは……リリアナなのか?」
横にいるルーカスが小声で呟く。
(リリアナ?)
私はルーカスが突然発した名の人物を探そうと、辺りを見回す。けれど、リリアナらしき人物の姿はどこにも見当たらない。
(そもそも、リリアナだって、幽閉されてるはずだし)
ハーヴィストン侯爵の悪事に対し、積極的に手を貸していなかった事が立証されたリリアナは、死刑を免れた。そして私の記憶が正しければ、ローミュラー王国の東部に位置する貴族の家で、絶賛監視生活を余儀なくされているはずだ。
だから王都にいるはずがないと、私は密かに断言する。
(となると)
「まさか、ルーカスはリリアナに未練が?」
私は浮かんだ事を、つい口にした。けれど、すぐに後悔する。なぜならスティーブを見つめたまま、ルーカスの口元が、わずかに緩んだからだ。
「そもそも結婚するつもりはなかったし、未練はない。俺が好きなのは、最初から最後まで君だけだ。というか、君もヤキモチとか妬くんだな」
ルーカスは嬉しそうにほほえんだ。
「嫉妬じゃないし。急に彼女の名前を口にするから、不思議に思っただけよ」
「ふぅん」
スティーブに目を向けたまま、明らかに信じていない様子で相槌をうつルーカス。そんなルーカスの横顔を、私はしっかり睨みつけておく。
そんな時だった。
「うわぁぁぁん!!ママァ~ッ」
先程スティーブの元に走り出したピンクのワンピースを身にまとう少女が、見事地面に寝転がっていた。どうやら転んでしまったようだ。
「ロゼッタ、大丈夫?」
「うわぁぁぁん!」
持って生まれた美しさを無駄にしまくっているように見える女性が、ロゼッタと呼ばれる幼い女の子を慌てて抱きかかえた。
その様子をぼんやり眺めているうちに、確かにルーカスが口にした通り、どことなくリリアナに似ているような気がすると感じてくる。
(え、でも……)
私の中のリリアナは、意地悪で高飛車で、自分の容姿が優れている事を理解した上で、最大限それを引き立てるようなドレスやらアクセサリーを、計算高くチョイスしている。そんな、いかにも貴族の甘やかされた我儘な令嬢、といったイメージだ。
それに対し、今私の目に映るリリアナに似ている女性は、普通……いや普通以下。みすぼらしい格好で、けれど慈愛に満ちた表情で我が子と接している。
(べ、別人だよね?)
私は到底信じられない思いで、時計台の下で仲睦まじい姿を見せる家族を見つめる。
「もしかして、あの子は」
隣からルーカスが呟くのが聞こえた。
私はハッとして、ルーカスの横顔を見つめる。すると彼は、表現するのが困難なほど、複雑な表情をしていた。
「知っているの?」
「いや知らない。というか状況からするに、あの娘はスティーブとリリアナの娘なのかなと、そう思って」
「え?」
間抜け面を晒している事を理解しつつ、思わず聞き返す。するとルーカスは苦笑しながら、もう一度同じ言葉を繰り返した。
「スティーブとリリアナの子ども」
「え? えぇっ!?」
私は驚いて声を上げた。するとルーカスが慌てた様子で私の口を彼の手で塞ぐ。
「ふーふぁす、ふぁなして」
口元を塞がれたまま、その手を離せと私は訴える。
「バレちゃうから、静かに」
ルーカスは厳重注意をしつつ、静かに私の口に押し付けていた自身の手を離した。
「ご、ごめん」
謝りながらも、私は混乱していた。
(だって、あの二人に子ども?えー いつ産んだの?)
私は必死に計算しようとする。けれど、リリアナが妊娠したと、そんな噂が流れていた事も知らないし、そもそも去年、リリアナは真っ白なウェディングドレスを着てルーカスの横に立っていた。
しかし目の前の子どもは、どうみても最近産まれたばかりの赤ちゃんではない。
となると考えられるのは一つだけ。
「ルーカスと結婚しようとしていた時には、すでにあの娘を産んでたってこと?」
「だろうね。確かにリリアナの姿を社交界で見ない時期があったし、今から三年前くらいって、丁度俺の記憶が曖昧な時でもあるし」
ルーカスの言葉に私は思い出す。
確かに三年前といえば丁度私とルーカスが音信不通になっていた時期だ。そしてその間ルーカスは、私を自分が食べたと思い込んでいた。
彼が記憶を改変されていた事は、私が身をもって知っている。
つまりリリアナが妊娠していたとしても、それをルーカスが気づいていたとしても、彼は記憶を改竄され、すっかり忘れてしまっている。つまり、スティーブとリリアナに子がいること。その可能性はないとは言い切れないということだ。
「ま、俺が契約的な婚約を求めた時から、あの二人はすでに一線を越えているような形跡があったし、あんまり驚かないけどね」
「そ、そうなんだ」
リリアナとスティーブに子どもがいた。その事に対しやけにすんなりと、ドライに受け入れるルーカス。そんな冷静な彼に対し、私は内心動揺しまくりだ。
(そ、そんな簡単に子どもって出来ちゃっていいの?)
自分の勇気が足りず、そして戦争により病んだ心のせいで、後継者問題を抱えた私から見たら、結婚前にすでに子どもがいる。その事はかなり衝撃的だし、正直責務を果たした感じで羨ましくもある。
(でもそっか。あの子は、隠し子ってことになるのか)
陽の当たる場所に出られない。
その辛さを私は良く知っている。
何故なら自分がそうだったから。
もちろん人は、生きる為に環境に適応できる生き物だ。だから、私も日当たりの良い場所に出られない事を悔やむのではなく、日陰から常に復讐の機会を狙っていた。今思えば、不満に思う事が多かったから、幼いながらに、復讐という考えを、人知れず私は思いついたのだろう。つまりそれだけ、病んでいたと言う事だ。
「あの子もいずれ、私に復讐したいと思うんだ」
自分が生きるべき場所を奪った。そんな感じで私の事を恨み、復讐したいと願う。
私は自分の人生と照らし合わせ、絶対にそうなると確信する。
復讐は何も生みださない訳ではない。
復讐は、復讐を生みだす。
でもそれが生きる糧になるのであれば、悪い事ではないはずだ。
何故なら死ぬよりずっとマシだから。
私は知らずに唇をギュッと噛む。
「復讐したいか。でもあの子はまだ小さい。そうならない未来だってあるはずた」
ルーカスは力強くそう口にすると、突然ベンチから立ち上がる。
「君も、俺も。社会から外される辛さを知る者だ。そしてそれは、決して他人に味わせていいものじゃない」
ルーカスは思い詰めた様子でそう言い残すと、私を残して歩き出す。
「ち、ちょっと」
ここに来て、ホワイト・ローズ科らしい正義感溢れる言葉を発したルーカス。
突如復活したホワイトな王子様に私は戸惑う。
「準備もなしに、突撃してもダメだってば」
募らせた思いと、念入りな計画が復讐成功には不可欠だ。私はフェアリーテイル魔法学校でそう教わった。そしてその二つは、復讐だけに限らず、何かを成し遂げようとする時に必要な事だと私は思っている。
私は慌てて歩き出したルーカスの腕を掴む。するとルーカスはまんまと停止してくれた。そして私の顔をキラキラしい顔で見下ろした。
「闇に堕ちる事がわかっているならば、その前にしっかりと手を取るべきだ。こんな風にさ」
ルーカスは自信に満ちた顔で言い切ると、私の手をしっかりと掴んだ。
「いや、好んで闇堕ちする人もいるし」
「俺の目が紫のうちは、誰にもそんな事はさせない」
きっぱりと言い切るルーカス。
(でたよ)
私は正義の押し付けにうんざりする。
彼が今突き進もうとしている先にあるのは、ルーカスが思う正義だ。
自分で思う分にはいい。
けれど、それを人に押し付けるのは迷惑だ。
みんな、与えられた人生のパーツを手繰り寄せ、その中から最善の組み合わせを考え生きている。たとえそれが、人から弾き出される悪と呼ばれるものだとしてもだ。
「この世には絶対の正義も悪もない。どう生きるかは、自分で決めるから。指図しないで」
私はルーカスの手を振り払う。
「だけど、悪の道を進むかも知れない人を見捨てるだなんて。そんな事できない」
「それは陽の当たる側から見てるからよ。復讐心を糧に生きること。少なくとも私にはそれが正義だわ」
私はルーカスを見上げ、ハッキリと宣言する。
「君の言いたい事はわかる。でも俺は君と共に生きたい。だから、お互い譲り合う点をつくらないと」
ルーカスは真剣な眼差しを向けてくる。どうして、ここで私達の話になるのか、その意味がわからない。ただ、譲り合うという点は賛成だ。なぜなら彼らを泳がせ、ナタリアの所在を知る事が出来るかも知れないから。
「とにかく、今突撃した所で逃げられて終わり。しばらく彼らの生活を監視する事を私は提案するわ」
私は冷静に分析した結果を口にした。
「……そうだね。俺もどうかしてた。ちょっと焦ってるのかも」
「焦ってる?」
そんなに母親に早く会いたいのだろうかと、私は首を傾げる。
「いや、なんでもない。君の案に賛成だ。もう少し状況が整ってから、接触する方が賢明だろう」
ルーカスは私の質問には答えず、誤魔化すように、私の意見に賛同を示した。
何となくこれ以上追求するべき事ではないと悟った私は、話をまとめようと口を開く。
「じゃあ決まりね。今日はあの人たちを尾行して、家を突き止めなくちゃ。それに、あの二人が本当にスティーブとリリアナなのかも」
「あとは、あの子が二人の娘なのかどうかも。あ、モリアティーニ侯に知らせておかなきゃだな」
「了解」
私はポシェットからマジカルフォンを取り出す。そして、モリアティーニ侯爵に、迷わず連絡したのであった。
リリアナの恋人でルーカスの従兄弟でもある彼は、絶賛行方不明中のはずだった。けれど何の悪戯か、運命か。ポークシューに舌鼓を打つ私とルーカスの目の前に現れた。
そんな状況の中。ルーカスと私は、当初の目的である、ローザリンド・ダンビー様の大事な「指輪探し」という任務を一時放棄し、広場の時計台の下にいるスティーブを観察している所だ。
私は以前より頬が痩け、どこか疲れた様子に見えるスティーブをジッと見つめる。身なりも以前のような煌びやかさは無い。むしろ平民に余裕で紛れ込むことが可能である、質素な服装だ。
「誰かを待っているのかな?」
「先程から時間をしきりに気にしている所を見ると、待ち合わせ相手が約束の時間に現れない。そんな所だろうな」
私の疑問に答えるように呟く、ルーカスの声色は暗い。
(どうしたんだろう?)
私が首を傾げて彼の顔を覗き込むと、視線があった瞬間、謎に頭を撫でられた。
「犬と間違えてない?」
私が咄嗟に文句を口にすると、ルーカスは優しく微笑んだ。
「気にかけてくれてありがとう。でも大丈夫だから」
大丈夫だと言いながら、少しだけ寂しげな表情を見せるルーカス。その顔を見て、私の胸の奥がきゅっと締め付けられる。
私が両親、それからロドニールの死に囚われ、いつまで経っても抜け出せないように、ルーカスもまた、BGを打たれた事以外、様々な問題を抱えている。
その一つが、行方不明となっている母親の実家となる、サーマン家の事なのかも知れない。
因みにランドルフの実家は、すでにルーカス以外その血筋は絶えている。よって、ランドルフ絡みでルーカスが悩みを抱える事はないと見て、間違いないだろう。
(でも、そっか)
もしナタリアの実家の面々が断罪され、死刑にでもなったとしたら。
ルーカスは私と同じ。天涯孤独の身になるのだ。
(そうなればいいのに)
もしそうなった場合、「天涯孤独の身同士だから」という、ルーカスと共に歩く、それらしい理由を一つ得る事が出来る。ふと浮かんだ気持ちに触発されたように、自分の中で最近すっかり忘れかけていた、悪の心を思い出す。
(そもそもルーカスを置いて、さっさと逃げた罪は重いし)
生きている間にいじめ抜くだけではなく、幽閉される事になったルーカスを見捨てた、元プレスコード伯爵家。現サーマン家の人間は非情の塊だ。
(つまり、成敗……というか復讐するに値するってことか)
その考えに行き着いた私は、不思議と体の中にやる気が漲ってきた。
そんな時。
「 パパ!」
突如として響く甲高い声。その声に驚いた私は、張り込み業務に意識を戻す。すると私の視界にピンク色のワンピースを着た、小さな女の子が映り込んできた。
年齢は三歳前後だろうか。大きな瞳をした可愛らしい女の子だ。そしてその女の子の横に立つのは、ひなびたような女性。ただ、よくよく観察してみれば、同性の私から見ても、顔の造形自体は悪くないように思えた。
(もっと容姿に気を使えばいいのに。勿体ない)
恵まれた容姿を無駄にする女性に、私は余計なお世話的に意見する。
女の子は時計台の下に立つ、スティーブに向かってのんびり走っていく。そしてなぜかスティーブも嬉しそうな顔でその場にしゃがみ込んだ。
(知り合いってこと?)
スティーブに幼女の友達がいる事を意外に思っていると。
「あれは……リリアナなのか?」
横にいるルーカスが小声で呟く。
(リリアナ?)
私はルーカスが突然発した名の人物を探そうと、辺りを見回す。けれど、リリアナらしき人物の姿はどこにも見当たらない。
(そもそも、リリアナだって、幽閉されてるはずだし)
ハーヴィストン侯爵の悪事に対し、積極的に手を貸していなかった事が立証されたリリアナは、死刑を免れた。そして私の記憶が正しければ、ローミュラー王国の東部に位置する貴族の家で、絶賛監視生活を余儀なくされているはずだ。
だから王都にいるはずがないと、私は密かに断言する。
(となると)
「まさか、ルーカスはリリアナに未練が?」
私は浮かんだ事を、つい口にした。けれど、すぐに後悔する。なぜならスティーブを見つめたまま、ルーカスの口元が、わずかに緩んだからだ。
「そもそも結婚するつもりはなかったし、未練はない。俺が好きなのは、最初から最後まで君だけだ。というか、君もヤキモチとか妬くんだな」
ルーカスは嬉しそうにほほえんだ。
「嫉妬じゃないし。急に彼女の名前を口にするから、不思議に思っただけよ」
「ふぅん」
スティーブに目を向けたまま、明らかに信じていない様子で相槌をうつルーカス。そんなルーカスの横顔を、私はしっかり睨みつけておく。
そんな時だった。
「うわぁぁぁん!!ママァ~ッ」
先程スティーブの元に走り出したピンクのワンピースを身にまとう少女が、見事地面に寝転がっていた。どうやら転んでしまったようだ。
「ロゼッタ、大丈夫?」
「うわぁぁぁん!」
持って生まれた美しさを無駄にしまくっているように見える女性が、ロゼッタと呼ばれる幼い女の子を慌てて抱きかかえた。
その様子をぼんやり眺めているうちに、確かにルーカスが口にした通り、どことなくリリアナに似ているような気がすると感じてくる。
(え、でも……)
私の中のリリアナは、意地悪で高飛車で、自分の容姿が優れている事を理解した上で、最大限それを引き立てるようなドレスやらアクセサリーを、計算高くチョイスしている。そんな、いかにも貴族の甘やかされた我儘な令嬢、といったイメージだ。
それに対し、今私の目に映るリリアナに似ている女性は、普通……いや普通以下。みすぼらしい格好で、けれど慈愛に満ちた表情で我が子と接している。
(べ、別人だよね?)
私は到底信じられない思いで、時計台の下で仲睦まじい姿を見せる家族を見つめる。
「もしかして、あの子は」
隣からルーカスが呟くのが聞こえた。
私はハッとして、ルーカスの横顔を見つめる。すると彼は、表現するのが困難なほど、複雑な表情をしていた。
「知っているの?」
「いや知らない。というか状況からするに、あの娘はスティーブとリリアナの娘なのかなと、そう思って」
「え?」
間抜け面を晒している事を理解しつつ、思わず聞き返す。するとルーカスは苦笑しながら、もう一度同じ言葉を繰り返した。
「スティーブとリリアナの子ども」
「え? えぇっ!?」
私は驚いて声を上げた。するとルーカスが慌てた様子で私の口を彼の手で塞ぐ。
「ふーふぁす、ふぁなして」
口元を塞がれたまま、その手を離せと私は訴える。
「バレちゃうから、静かに」
ルーカスは厳重注意をしつつ、静かに私の口に押し付けていた自身の手を離した。
「ご、ごめん」
謝りながらも、私は混乱していた。
(だって、あの二人に子ども?えー いつ産んだの?)
私は必死に計算しようとする。けれど、リリアナが妊娠したと、そんな噂が流れていた事も知らないし、そもそも去年、リリアナは真っ白なウェディングドレスを着てルーカスの横に立っていた。
しかし目の前の子どもは、どうみても最近産まれたばかりの赤ちゃんではない。
となると考えられるのは一つだけ。
「ルーカスと結婚しようとしていた時には、すでにあの娘を産んでたってこと?」
「だろうね。確かにリリアナの姿を社交界で見ない時期があったし、今から三年前くらいって、丁度俺の記憶が曖昧な時でもあるし」
ルーカスの言葉に私は思い出す。
確かに三年前といえば丁度私とルーカスが音信不通になっていた時期だ。そしてその間ルーカスは、私を自分が食べたと思い込んでいた。
彼が記憶を改変されていた事は、私が身をもって知っている。
つまりリリアナが妊娠していたとしても、それをルーカスが気づいていたとしても、彼は記憶を改竄され、すっかり忘れてしまっている。つまり、スティーブとリリアナに子がいること。その可能性はないとは言い切れないということだ。
「ま、俺が契約的な婚約を求めた時から、あの二人はすでに一線を越えているような形跡があったし、あんまり驚かないけどね」
「そ、そうなんだ」
リリアナとスティーブに子どもがいた。その事に対しやけにすんなりと、ドライに受け入れるルーカス。そんな冷静な彼に対し、私は内心動揺しまくりだ。
(そ、そんな簡単に子どもって出来ちゃっていいの?)
自分の勇気が足りず、そして戦争により病んだ心のせいで、後継者問題を抱えた私から見たら、結婚前にすでに子どもがいる。その事はかなり衝撃的だし、正直責務を果たした感じで羨ましくもある。
(でもそっか。あの子は、隠し子ってことになるのか)
陽の当たる場所に出られない。
その辛さを私は良く知っている。
何故なら自分がそうだったから。
もちろん人は、生きる為に環境に適応できる生き物だ。だから、私も日当たりの良い場所に出られない事を悔やむのではなく、日陰から常に復讐の機会を狙っていた。今思えば、不満に思う事が多かったから、幼いながらに、復讐という考えを、人知れず私は思いついたのだろう。つまりそれだけ、病んでいたと言う事だ。
「あの子もいずれ、私に復讐したいと思うんだ」
自分が生きるべき場所を奪った。そんな感じで私の事を恨み、復讐したいと願う。
私は自分の人生と照らし合わせ、絶対にそうなると確信する。
復讐は何も生みださない訳ではない。
復讐は、復讐を生みだす。
でもそれが生きる糧になるのであれば、悪い事ではないはずだ。
何故なら死ぬよりずっとマシだから。
私は知らずに唇をギュッと噛む。
「復讐したいか。でもあの子はまだ小さい。そうならない未来だってあるはずた」
ルーカスは力強くそう口にすると、突然ベンチから立ち上がる。
「君も、俺も。社会から外される辛さを知る者だ。そしてそれは、決して他人に味わせていいものじゃない」
ルーカスは思い詰めた様子でそう言い残すと、私を残して歩き出す。
「ち、ちょっと」
ここに来て、ホワイト・ローズ科らしい正義感溢れる言葉を発したルーカス。
突如復活したホワイトな王子様に私は戸惑う。
「準備もなしに、突撃してもダメだってば」
募らせた思いと、念入りな計画が復讐成功には不可欠だ。私はフェアリーテイル魔法学校でそう教わった。そしてその二つは、復讐だけに限らず、何かを成し遂げようとする時に必要な事だと私は思っている。
私は慌てて歩き出したルーカスの腕を掴む。するとルーカスはまんまと停止してくれた。そして私の顔をキラキラしい顔で見下ろした。
「闇に堕ちる事がわかっているならば、その前にしっかりと手を取るべきだ。こんな風にさ」
ルーカスは自信に満ちた顔で言い切ると、私の手をしっかりと掴んだ。
「いや、好んで闇堕ちする人もいるし」
「俺の目が紫のうちは、誰にもそんな事はさせない」
きっぱりと言い切るルーカス。
(でたよ)
私は正義の押し付けにうんざりする。
彼が今突き進もうとしている先にあるのは、ルーカスが思う正義だ。
自分で思う分にはいい。
けれど、それを人に押し付けるのは迷惑だ。
みんな、与えられた人生のパーツを手繰り寄せ、その中から最善の組み合わせを考え生きている。たとえそれが、人から弾き出される悪と呼ばれるものだとしてもだ。
「この世には絶対の正義も悪もない。どう生きるかは、自分で決めるから。指図しないで」
私はルーカスの手を振り払う。
「だけど、悪の道を進むかも知れない人を見捨てるだなんて。そんな事できない」
「それは陽の当たる側から見てるからよ。復讐心を糧に生きること。少なくとも私にはそれが正義だわ」
私はルーカスを見上げ、ハッキリと宣言する。
「君の言いたい事はわかる。でも俺は君と共に生きたい。だから、お互い譲り合う点をつくらないと」
ルーカスは真剣な眼差しを向けてくる。どうして、ここで私達の話になるのか、その意味がわからない。ただ、譲り合うという点は賛成だ。なぜなら彼らを泳がせ、ナタリアの所在を知る事が出来るかも知れないから。
「とにかく、今突撃した所で逃げられて終わり。しばらく彼らの生活を監視する事を私は提案するわ」
私は冷静に分析した結果を口にした。
「……そうだね。俺もどうかしてた。ちょっと焦ってるのかも」
「焦ってる?」
そんなに母親に早く会いたいのだろうかと、私は首を傾げる。
「いや、なんでもない。君の案に賛成だ。もう少し状況が整ってから、接触する方が賢明だろう」
ルーカスは私の質問には答えず、誤魔化すように、私の意見に賛同を示した。
何となくこれ以上追求するべき事ではないと悟った私は、話をまとめようと口を開く。
「じゃあ決まりね。今日はあの人たちを尾行して、家を突き止めなくちゃ。それに、あの二人が本当にスティーブとリリアナなのかも」
「あとは、あの子が二人の娘なのかどうかも。あ、モリアティーニ侯に知らせておかなきゃだな」
「了解」
私はポシェットからマジカルフォンを取り出す。そして、モリアティーニ侯爵に、迷わず連絡したのであった。
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でもその瞳、どこか昔、夢で見た“あの少年”に似ていて……?
夢と現実が交差する、とんでもスピード婚約ラブストーリー!
理由は分からないけど——わたくし、寵愛されてます。
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(完結)姑が勝手に連れてきた第二夫人が身籠ったようですが、夫は恐らく……
泉花ゆき
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蘭珠(ランジュ)が名門である凌家の嫡男、涼珩(リャンハン)に嫁いで一年ほど経ったころ。
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