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第十一章 少しずつ、溶けていく(二十歳)

104 無くした指輪6

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 城下の広場で偶然見かけた、スティーブとリリアナと、小さな子。
 初日はこちらの存在を知らせないよう、こっそりあとをつけ彼らの家を特定して終わった。

 そして事情を知ったモリアティーニ侯爵は、城の騎士達がこっそりスティーブ達を見張る手筈てはずを整えてくれた。

 そして、判明したのは予想通りといったところ。赤髪に藍色あいいろの瞳を持つ愛らしい子ロゼッタは、スティーブとリリアナ、二人の娘である可能性が高い事が判明した。

 さらに驚く事に、あんなに貴族らしかった二人が現在居を構えているのは、城下の中でも貧民街と呼ばれる、治安の悪い場所だった。

 プレスコード伯爵籍を剥奪はくだつされた後、サーマン家の彼らに一体何があったのか。それを確かめるため、本日私とルーカスは彼らに接触する事になっている。

 もちろん、アポイントはなしだ。

「絶対に俺から離れないように」

 まるで暴漢ぼうかんから私を守るヒーローのように、私の手をしっかりと握るルーカス。

「あのねぇ、私はか弱い令嬢じゃないんだけど」

 流浪るろうの民育ちの私は、戦争だって経験しているし、物騒な場所には慣れている。

「それでも、絶対に何もないとは言い切れないだろう?」

 そう言って、身を乗り出し私をじっと見つめる彼の目は真剣そのもの。有無を言わせぬ雰囲気だ。

「まぁ、絶対はないけどさ」
「よし、じゃあ行こうか」

 最近何かとルーカスに押され気味な私は、渋々手をつないだまま、貧民街へと足を踏み入れたのであった。


 ***


 城下の目に付くところはだいぶ復興ふっこうが進み、活気を取り戻しているように思えた。そこで働く人達の表情は明るく、生きる活力がみなぎっているとも感じていた。

 その事からこの国の民は、戦争で負った傷がだいぶえてきている。すっかり私はそう思っていたのだけれど。

 残念ながら、貧民街に住む人々は未だ、戦争の傷跡を抱えながら生きていた。

 無傷で残る建物の色は黒ずんでいて、青々としたこけが生えているところもあった。破壊された家屋の跡地には、未だ戦時中かと疑いたくなるくらい、自分たちで作った仮小屋かりごややテントが所狭ところせましと、建ち並んでいる。

 路地には流れる水が溜まり、そこから不快な臭いが立ちこめていた。

 目につく部分の修復が進む一方、貧民街の人たちの生活は放置されている。残酷ざんこくすぎる光景を目の当たりにし、流石の私も自分を取り巻く住環境と比べ、つい心苦しく思ってしまう。

「ここは昔から変わらないな」
「そうなんだ」

 てっきり戦争のせいで、荒れ果ててしまったと思っていた私は拍子抜けする。

 しかしすぐに、どの国にいっても、こういった貧民街が存在する事を思い出す。そこは観光客の目には映る事のない、その国が抱える問題が詰まった場所だ。

 飢餓きがや失業、低賃金、貧困などの経済的問題を抱えた人。人種や性別、性的指向、宗教的なことから社会的偏見へんけんを受け、社会から追いやられる人。

 そういう、社会から仲間外れにされた人が存在する限り、貧民街はなくならない。

 もちろん、今何不自由なく暮らす事が出来ていたとしても、自然災害や戦争により、家や職を失った時など、私たちだって、いつここに流れ着くかわからない。

(そして、その逆もある)

 現に私がそうだ。幼い頃、同じような環境で暮らしていた私は、今や衣食住が保証された、王城暮らしの女王だ。

(人生、諦めちゃ駄目ね)

 私は疲れ果てた表情をし、路地に座り込む男性を見つめながら、ふと両親を思い出す。

 正直、あまりに幼かった頃の記憶なので、貧民街で暮らしていた記憶は、ぼんやりとしたものしか残っていない。けれど、時折両親が「貧民街で野宿のような生活をしていた、あの頃に比べたら今は幸せだ」と口にしていた。

 きっと私の両親は「あそこには戻らない」という思いで、プライドを捨て、賢明に働いた。そして人里離れた不便な場所だとは言え、一家だけで住める小屋を借りていたのだろう。

(親って偉大だな……)

 全てを諦めたような、うつろな目をする男性を眺め、私は改めてそう思った。

 そしてその、感謝の気持ちを私は両親に口にする事がなかったし、これからもそれは一生かなわない事を嫌でも思い知らされる。

「ここの住人は誰もが必死に「今」を生きているだけだ。その先に明るい未来があるかどうかなんて、考えすらしない。というか出来ないんだ。ただただ、今日を生き延びることだけを願うだけで精一杯だからね」

 ルーカスが私を握る手を強める。
 正義感溢れる彼からしたら、皆一様にせ細り、着の身着のまま。街全体に漂うよどんだ空気は耐え難いものなのだろう。そして残酷な現実を目の当たりにし、人知れず、無力な自分に苦しんでいるのかも知れない。

「他人は手を差し伸べてくれないわ。自分が助けられる範囲内でしか、人は人を救えないから」

 私はルーカスを励ますつもりで呟きながら、優しかった父と母にひっそりと思いをせる。

(父さん、母さん……)

 そして閉じ込めていた記憶がよみる。

 今、私の手をしっかりと握っている彼こそが、私の両親を殺した張本人なのだということを。

(何でなんだろう)

 私はこんなにも、自己犠牲を払い、ローミュラー王国に尽くしている。それなのに、この世界は私にちっとも優しくない。

 その事をつくづく実感し、得も言えぬ、モヤモヤとした思いに一人、駆られるのであった。
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