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第十一章 少しずつ、溶けていく(二十歳)
111 無くした指輪13
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春の陽気に包まれた王都にあるモリアティーニ侯爵邸の応接室。窓から差し込む陽射しが、上品なレースのカーテンを通し、やわらかな光を部屋の中に注ぎ込んでいる。
そんな中私は、ルーカスと並んで深緑色のソファーに仲良く並んで座っている。
女王になった今、気軽に誰かと並んで座る事などなくなった。けれどここ、モリアティーニ侯爵の前では別だ。
この国を導く真の支配者。しわしわの老人モリアティーニ侯爵の屋敷の中にいる時、私はただのルシアなのである。よって、以前はロドニールと並んで座っていたソファーに、少しの罪悪感を抱えつつ、私はルーカスと並んで座っている。
そう、以前より薄れた、少しの罪悪感と共に。
レイブンと再会し、彼がすでに私への恨みを越えた先にいる事を知った。そのせいで、私が抱える復讐に対する思いが、わずかに変化してしまった。
私は復讐から解放されたレイブンが家族へ向ける、愛あふれる表情を目の当たりにした。そして「父に似ている」と感じた事に対し、ショックを受けた。
それから。
『俺を殺したとして、君の恨みは晴れる?残りの人生を幸せに過ごせる。そんなビジョンが浮かびそう?』
ルーカスに問いかけられた、ことば。
右から左に受け流す事に慣れている、彼から飛び出す言葉の一つに過ぎない。そう思いたいのに、あれからずっとその言葉が、私の心にこびりついて離れてくれない。
そして、日々その言葉に対する最適解を考えぬいた私が行き着いた答えは。
(ルーカスがいないのは、無理)
実に単純明快なものだった。
本来であれば、どうしてそう思うのか。浮かんだ気持ちにいちいち、解釈をつけたくなるところではある。ただ、それを追求すれば、私の中で一歩進めた気持ちが、後退してしまいそうな予感がする。
その事もあって、今回ばかりは、私の中にスルリと浮かんだ気持ち、「ルーカスがいないと無理」に対し、それ以上考える事をやめた。そしてその気持ちを認めた途端、今まで感じていた、両親やロドニールに対する罪悪感が不思議と薄らいでいったのである。
(ただ、問題は山積みなのよね……)
私は隣に座る、ルーカスの横顔を見つめる。
「――それで、コヨーテの連中は、その指輪をモントローズ伯爵家の者達が、血眼になり探している事を知った。だからたとえイミテーションであっても、価値があると悟ったそうです。そしてモントローズ伯爵家に高値で交渉を持ちかけようとした」
私たちが指輪を無事手に入れるまでの道のりを淡々と明かすルーカス。
彼の黒髪は、窓から入り込むそよ風に揺れていた。紫色をした瞳はまるで宝石のように輝いている。少し疲れたようにも見えるが、そのせいなのか、どこか儚げで、透き通るような美しさを、彼から感じ取ることができる。
(こんなに美しい人だったっけ……)
私はついうっかり、ルーカスに見惚れかけ、そんな自分にたまらない気持ちになる。
(くそっ、ルーカスごときに、こんなにふわふわした気持ちになるだなんて)
恥ずかしい気持ちすぎると、私は一人、膝の上に置いた手を強く握る。
そう、今まで抑え込んでいた気持ちを解放した私は、ルーカスを求めてしまう気持ちが溢れ出し、もはや自分自身でも堪えきれない寸前といった、かなりまずい状況に陥ってしまっている。
(これは早急に何とかしないと)
私がルーカスに絆されてしまう、否。敗北してしまうのは、時間の問題かも知れない。
「つまり、コヨーテはあなたに金銭を要求するつもりだった。よってそちらの指輪が処分される事なく、きちんと保管されていたというわけです」
悶々とする私の隣で、ルーカスが話をしめくくる。
「本当に、ありがとうございます」
赤いルビーにも思える宝石のついた指輪を、ルーカスから受け取ったローザリンド様。彼女は、待ち焦がれたといった表情で指輪を受け取った。そして年相応の少し皺がよった、しかし良く手入れされた左手の薬指に、待ちわびたように指輪を通した。
「アルバートが戻ってきたみたいだわ」
ローザリンド様は、長年連れ添った恋人が戻ってきた。そんな感じの、とても幸せそうな笑みを浮かべる。
「あのう、一つ質問なんですが」
私は思い切って、口を開いた。
「何かしら?」
「その指輪って、失礼ですけれど、本物のルビーではない、イミテーションですよね?伯爵家の当主であったアルバート様が奥様に贈る物としては、何というか、その、お金に困っていらしたんですか?」
私がズバリ思った疑問を口にすると、ローザリンド様が優しく微笑む。
「確かに、陛下の疑問はごもっともですわ。こちらのエメラルドの指輪に比べたら雀の涙と言えるほどの安物ですもの」
ローザリンド様は右手にはめた、大ぶりのいかにも高価そうな指輪を私に向けた。
「けれど安っぽく見える指輪には、お金では買う事の出来ない、私とアルバートとの、大事な思い出が詰まっておりますの」
「思い出?それは一体どういう……」
私の問いに、ローザリンド様が嬉々として語り出す。
「この指輪は私が幼い頃、確か十歳くらいだったはずよ。王都のお祭りの露天で、初めてアルバートに買ってもらったものですの。あの頃は、まだ二人とも子どもで、宝石の持つ、実際の価値なんてわからない。だから私は露天で売られているような、そんな小さな石にさえ、心を奪われてしまったんです」
懐かしむように、目を細めるローザリンド様。
「そして、露天から動かなくなった私に、アルバートは言ったんです。『僕達の婚約の記念にこれを君に贈ろう』と。ほんの小さな子どもだったアルバートが、まるでお父様のような立派な紳士のように、とても素敵に見えましたわ。それが、彼から初めて告白された時の話」
彼女は、まるで少女のように頬を染め、はにかんだ。
「そしてその時からずっと、私はこの指輪を大切にして参りましたの。彼が私にくれた初めてのプレゼントで、彼と私の大切な想い出ですから」
ローザリンド様は世界で一番幸せ。そんな表情で私の問いかけに答えてくれた。
指輪に込められた優しい思い出を聞き、私の心がキュンとする。
「とても素敵な話ですね」
自然と笑顔になった私は告げる。
「ありがとうございます。陛下もその指輪をずっとはめていらっしゃいますよね。私と同じように、きっと思い入れのある物なのでしょうね」
ローザリンド様は、私の左手の薬指に視線をよこす。
そこには、長いこと私と共に歩んできた、ルーカスから贈られた、マンドラゴラの葉模様の金の指輪がはめられている。
嬉しい事も、楽しい事も。そして辛い事も、怒りを覚えた時も、それこそルーカスに食べられそうになった時も。どんな時でもそこにある、もはや私の身体の一部とも言える、大事な指輪だ。
「陛下のその指輪のお話は、社交界でも注目の的ですのよ」
「え?」
「一体どなたから、贈られたものなのだろうかって」
そう言ってローザリンド様は、からかうような表情を浮かべると、ルーカスの指に視線を移す。
そこには私と揃いの指輪が未だはまっている。
(バレバレってことか……)
私はいまさらながら恥ずかしさで、居た堪れない気持ちになる。
「未だ世の中には、グールと人間が結ばれること。それを良く思わない者がいるのも事実ですわ」
(ああ、そういえばそうだった)
私はすっかり忘れていた、ルーカスを「すき」だと思う気持ちに対し不具合な事実を思い出す。戦争が終結したとは言え、そもそもルーカスと私が一緒にいる事が、世間的にはあまりよろしくないのは確かだ。
(でも、ルーカスと一緒にいたいと思う気持ちに変わりはないけど)
私はちらりとルーカスを見つめる。すると、彼は困ったような顔で俯いて、私と揃いの指輪に視線を落としていた。
「しかし、それと同じくらい。いや、それ以上に気にしない者もいるじゃろう。だからこそ、ローミュラー王国に平和が訪れたのじゃ」
静かに話を聞いていたモリアティーニ侯爵が、突然私達の背中を全力で押しまくる発言をした。
「でも」
「しかし」
私とルーカスの声が見事にハモる。
「こんなにもお互いを思い合っている二人なら、何も心配はいらんな」
「えぇ、息もピッタリですものね」
ニコニコと笑うモリアティーニ侯爵と、ローザリンド様。
「そなた達が結ばれること。それは、本当の意味でこの戦いの終戦を民に示す事になる」
モリアティーニ侯爵は力強く、言い切る。
「しかし私は、反逆者の、多くの人を混乱に巻き込んだ者の息子です。流石に国民から許してもらえるとは思えない。現に私の父は、ローザリンド様からアルバート様を奪った」
いつもは自信たっぷり。私に重すぎる愛をぶつけてくるルーカスが弱気な発言を口にした。私はその事で、またルーカスが突然目の前から姿を消してしまうのではないかと、途端に不安な気持ちに駆られる。
「私達は、戦争により多くの悲しみを抱きました。私もかけがえのない人を失いました。それは確かにあなたの父、ランドルフの悪政がもたらした結果です。けれど、あなたにその責任を取らせるつもりはないわ。あなたを恨んだ所で、あなたを殺したところで、アルバートは戻ってこないもの」
ローザリンド様が、悲しげに首を横に振る。
「怪しい薬を打たれたあなたは、十分苦しんでいらっしゃると、モリアティーニ侯からうかがっています。ですから、これ以上ご自分を責める必要はありません」
真っ直ぐにルーカスを見据え、ローザリンド様は優しく語りかける。
「それに誰よりも私を愛して下さったアルバートは、私にこう言うと思うの。『恨むな、許せ』って。恨む事で、私が彼を失った傷を抱え続ける事をアルバートは悲しむ。だったら許すことによって、私が心に抱える憎しみや怒りを手放し、心が軽く過ごせる事を彼は望むと思うから」
彼女は、優しく微笑む。
「だから私は、あなたの罪を赦します」
彼女の言葉に、ルーカスは涙ぐむ。そしてそれを隠すよう、慌てて目元に浮かぶキラキラとした水滴を袖口で乱暴に拭っている。
「それに私には息子や、娘。沢山の孫もおります。その子達に明るい未来を残すこと。それがこの世の先頭を走る、私のように老いた者に課せられた使命だと思うの」
ローザリンド様は明るく口にすると、バトンタッチとばかり、モリアティーニ侯爵に顔を向ける。
「逆境に逆らい、真実の愛を貫くこと。それはルドウィンの血を引くそなたの得意分野じゃからのう」
モリアティーニ侯爵が冗談めかすように告げる。
「そんな事……」
ないと言いかけて、私は口を噤む。
(確かにそうかも)
レイブンの件から今日まで、少しだけ素直な気持ちになっている私は、あっさりと納得してしまう。何より「父と同じ」という下りは、悪い気分がしない。
「まぁ、確かに私には真実の愛を貫きたくなる気持ちが、遺伝子レベルで備わっていると言えなくもないわね」
素直に「そうですね」と認める事が難しい私は、遠回しに、モリアティーニ侯爵の意見に同意する言葉を述べておく。そんな私を見て、ローザリンド様が可笑しそうにクスリと笑い、口を開く。
「ふふ、真実の愛に迷ったら、安心して私の孫達とお見合いなさって下さい」
「え?おみあい」
思いがけないローザリンド様の発言に、私の思考回路が停止する。
「孫はそれなりに綺麗な顔をしてますし。陛下もきっと気に入ると思いますわ」
ローザリンド様が悪戯っぽく笑ってみせる。
「そうじゃな。王家の血筋を絶やさない為にも、真実の愛とやらを、早く陛下には見つけてもらわねば。その為には見合いも」
「しません!」
私は、とんでもないとばかりにモリアティーニ侯爵が口にしかけた提案を遮る。
(というか、今回の指輪騒ぎって)
私をその気にさせるための、モリアティーニ侯爵の策だったのでは?
(古狸め)
いまさらながら、モリアティーニ侯爵の掌の上で踊らされていたことに気がつくのであった。
そんな中私は、ルーカスと並んで深緑色のソファーに仲良く並んで座っている。
女王になった今、気軽に誰かと並んで座る事などなくなった。けれどここ、モリアティーニ侯爵の前では別だ。
この国を導く真の支配者。しわしわの老人モリアティーニ侯爵の屋敷の中にいる時、私はただのルシアなのである。よって、以前はロドニールと並んで座っていたソファーに、少しの罪悪感を抱えつつ、私はルーカスと並んで座っている。
そう、以前より薄れた、少しの罪悪感と共に。
レイブンと再会し、彼がすでに私への恨みを越えた先にいる事を知った。そのせいで、私が抱える復讐に対する思いが、わずかに変化してしまった。
私は復讐から解放されたレイブンが家族へ向ける、愛あふれる表情を目の当たりにした。そして「父に似ている」と感じた事に対し、ショックを受けた。
それから。
『俺を殺したとして、君の恨みは晴れる?残りの人生を幸せに過ごせる。そんなビジョンが浮かびそう?』
ルーカスに問いかけられた、ことば。
右から左に受け流す事に慣れている、彼から飛び出す言葉の一つに過ぎない。そう思いたいのに、あれからずっとその言葉が、私の心にこびりついて離れてくれない。
そして、日々その言葉に対する最適解を考えぬいた私が行き着いた答えは。
(ルーカスがいないのは、無理)
実に単純明快なものだった。
本来であれば、どうしてそう思うのか。浮かんだ気持ちにいちいち、解釈をつけたくなるところではある。ただ、それを追求すれば、私の中で一歩進めた気持ちが、後退してしまいそうな予感がする。
その事もあって、今回ばかりは、私の中にスルリと浮かんだ気持ち、「ルーカスがいないと無理」に対し、それ以上考える事をやめた。そしてその気持ちを認めた途端、今まで感じていた、両親やロドニールに対する罪悪感が不思議と薄らいでいったのである。
(ただ、問題は山積みなのよね……)
私は隣に座る、ルーカスの横顔を見つめる。
「――それで、コヨーテの連中は、その指輪をモントローズ伯爵家の者達が、血眼になり探している事を知った。だからたとえイミテーションであっても、価値があると悟ったそうです。そしてモントローズ伯爵家に高値で交渉を持ちかけようとした」
私たちが指輪を無事手に入れるまでの道のりを淡々と明かすルーカス。
彼の黒髪は、窓から入り込むそよ風に揺れていた。紫色をした瞳はまるで宝石のように輝いている。少し疲れたようにも見えるが、そのせいなのか、どこか儚げで、透き通るような美しさを、彼から感じ取ることができる。
(こんなに美しい人だったっけ……)
私はついうっかり、ルーカスに見惚れかけ、そんな自分にたまらない気持ちになる。
(くそっ、ルーカスごときに、こんなにふわふわした気持ちになるだなんて)
恥ずかしい気持ちすぎると、私は一人、膝の上に置いた手を強く握る。
そう、今まで抑え込んでいた気持ちを解放した私は、ルーカスを求めてしまう気持ちが溢れ出し、もはや自分自身でも堪えきれない寸前といった、かなりまずい状況に陥ってしまっている。
(これは早急に何とかしないと)
私がルーカスに絆されてしまう、否。敗北してしまうのは、時間の問題かも知れない。
「つまり、コヨーテはあなたに金銭を要求するつもりだった。よってそちらの指輪が処分される事なく、きちんと保管されていたというわけです」
悶々とする私の隣で、ルーカスが話をしめくくる。
「本当に、ありがとうございます」
赤いルビーにも思える宝石のついた指輪を、ルーカスから受け取ったローザリンド様。彼女は、待ち焦がれたといった表情で指輪を受け取った。そして年相応の少し皺がよった、しかし良く手入れされた左手の薬指に、待ちわびたように指輪を通した。
「アルバートが戻ってきたみたいだわ」
ローザリンド様は、長年連れ添った恋人が戻ってきた。そんな感じの、とても幸せそうな笑みを浮かべる。
「あのう、一つ質問なんですが」
私は思い切って、口を開いた。
「何かしら?」
「その指輪って、失礼ですけれど、本物のルビーではない、イミテーションですよね?伯爵家の当主であったアルバート様が奥様に贈る物としては、何というか、その、お金に困っていらしたんですか?」
私がズバリ思った疑問を口にすると、ローザリンド様が優しく微笑む。
「確かに、陛下の疑問はごもっともですわ。こちらのエメラルドの指輪に比べたら雀の涙と言えるほどの安物ですもの」
ローザリンド様は右手にはめた、大ぶりのいかにも高価そうな指輪を私に向けた。
「けれど安っぽく見える指輪には、お金では買う事の出来ない、私とアルバートとの、大事な思い出が詰まっておりますの」
「思い出?それは一体どういう……」
私の問いに、ローザリンド様が嬉々として語り出す。
「この指輪は私が幼い頃、確か十歳くらいだったはずよ。王都のお祭りの露天で、初めてアルバートに買ってもらったものですの。あの頃は、まだ二人とも子どもで、宝石の持つ、実際の価値なんてわからない。だから私は露天で売られているような、そんな小さな石にさえ、心を奪われてしまったんです」
懐かしむように、目を細めるローザリンド様。
「そして、露天から動かなくなった私に、アルバートは言ったんです。『僕達の婚約の記念にこれを君に贈ろう』と。ほんの小さな子どもだったアルバートが、まるでお父様のような立派な紳士のように、とても素敵に見えましたわ。それが、彼から初めて告白された時の話」
彼女は、まるで少女のように頬を染め、はにかんだ。
「そしてその時からずっと、私はこの指輪を大切にして参りましたの。彼が私にくれた初めてのプレゼントで、彼と私の大切な想い出ですから」
ローザリンド様は世界で一番幸せ。そんな表情で私の問いかけに答えてくれた。
指輪に込められた優しい思い出を聞き、私の心がキュンとする。
「とても素敵な話ですね」
自然と笑顔になった私は告げる。
「ありがとうございます。陛下もその指輪をずっとはめていらっしゃいますよね。私と同じように、きっと思い入れのある物なのでしょうね」
ローザリンド様は、私の左手の薬指に視線をよこす。
そこには、長いこと私と共に歩んできた、ルーカスから贈られた、マンドラゴラの葉模様の金の指輪がはめられている。
嬉しい事も、楽しい事も。そして辛い事も、怒りを覚えた時も、それこそルーカスに食べられそうになった時も。どんな時でもそこにある、もはや私の身体の一部とも言える、大事な指輪だ。
「陛下のその指輪のお話は、社交界でも注目の的ですのよ」
「え?」
「一体どなたから、贈られたものなのだろうかって」
そう言ってローザリンド様は、からかうような表情を浮かべると、ルーカスの指に視線を移す。
そこには私と揃いの指輪が未だはまっている。
(バレバレってことか……)
私はいまさらながら恥ずかしさで、居た堪れない気持ちになる。
「未だ世の中には、グールと人間が結ばれること。それを良く思わない者がいるのも事実ですわ」
(ああ、そういえばそうだった)
私はすっかり忘れていた、ルーカスを「すき」だと思う気持ちに対し不具合な事実を思い出す。戦争が終結したとは言え、そもそもルーカスと私が一緒にいる事が、世間的にはあまりよろしくないのは確かだ。
(でも、ルーカスと一緒にいたいと思う気持ちに変わりはないけど)
私はちらりとルーカスを見つめる。すると、彼は困ったような顔で俯いて、私と揃いの指輪に視線を落としていた。
「しかし、それと同じくらい。いや、それ以上に気にしない者もいるじゃろう。だからこそ、ローミュラー王国に平和が訪れたのじゃ」
静かに話を聞いていたモリアティーニ侯爵が、突然私達の背中を全力で押しまくる発言をした。
「でも」
「しかし」
私とルーカスの声が見事にハモる。
「こんなにもお互いを思い合っている二人なら、何も心配はいらんな」
「えぇ、息もピッタリですものね」
ニコニコと笑うモリアティーニ侯爵と、ローザリンド様。
「そなた達が結ばれること。それは、本当の意味でこの戦いの終戦を民に示す事になる」
モリアティーニ侯爵は力強く、言い切る。
「しかし私は、反逆者の、多くの人を混乱に巻き込んだ者の息子です。流石に国民から許してもらえるとは思えない。現に私の父は、ローザリンド様からアルバート様を奪った」
いつもは自信たっぷり。私に重すぎる愛をぶつけてくるルーカスが弱気な発言を口にした。私はその事で、またルーカスが突然目の前から姿を消してしまうのではないかと、途端に不安な気持ちに駆られる。
「私達は、戦争により多くの悲しみを抱きました。私もかけがえのない人を失いました。それは確かにあなたの父、ランドルフの悪政がもたらした結果です。けれど、あなたにその責任を取らせるつもりはないわ。あなたを恨んだ所で、あなたを殺したところで、アルバートは戻ってこないもの」
ローザリンド様が、悲しげに首を横に振る。
「怪しい薬を打たれたあなたは、十分苦しんでいらっしゃると、モリアティーニ侯からうかがっています。ですから、これ以上ご自分を責める必要はありません」
真っ直ぐにルーカスを見据え、ローザリンド様は優しく語りかける。
「それに誰よりも私を愛して下さったアルバートは、私にこう言うと思うの。『恨むな、許せ』って。恨む事で、私が彼を失った傷を抱え続ける事をアルバートは悲しむ。だったら許すことによって、私が心に抱える憎しみや怒りを手放し、心が軽く過ごせる事を彼は望むと思うから」
彼女は、優しく微笑む。
「だから私は、あなたの罪を赦します」
彼女の言葉に、ルーカスは涙ぐむ。そしてそれを隠すよう、慌てて目元に浮かぶキラキラとした水滴を袖口で乱暴に拭っている。
「それに私には息子や、娘。沢山の孫もおります。その子達に明るい未来を残すこと。それがこの世の先頭を走る、私のように老いた者に課せられた使命だと思うの」
ローザリンド様は明るく口にすると、バトンタッチとばかり、モリアティーニ侯爵に顔を向ける。
「逆境に逆らい、真実の愛を貫くこと。それはルドウィンの血を引くそなたの得意分野じゃからのう」
モリアティーニ侯爵が冗談めかすように告げる。
「そんな事……」
ないと言いかけて、私は口を噤む。
(確かにそうかも)
レイブンの件から今日まで、少しだけ素直な気持ちになっている私は、あっさりと納得してしまう。何より「父と同じ」という下りは、悪い気分がしない。
「まぁ、確かに私には真実の愛を貫きたくなる気持ちが、遺伝子レベルで備わっていると言えなくもないわね」
素直に「そうですね」と認める事が難しい私は、遠回しに、モリアティーニ侯爵の意見に同意する言葉を述べておく。そんな私を見て、ローザリンド様が可笑しそうにクスリと笑い、口を開く。
「ふふ、真実の愛に迷ったら、安心して私の孫達とお見合いなさって下さい」
「え?おみあい」
思いがけないローザリンド様の発言に、私の思考回路が停止する。
「孫はそれなりに綺麗な顔をしてますし。陛下もきっと気に入ると思いますわ」
ローザリンド様が悪戯っぽく笑ってみせる。
「そうじゃな。王家の血筋を絶やさない為にも、真実の愛とやらを、早く陛下には見つけてもらわねば。その為には見合いも」
「しません!」
私は、とんでもないとばかりにモリアティーニ侯爵が口にしかけた提案を遮る。
(というか、今回の指輪騒ぎって)
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