復讐の始まり、または終わり

月食ぱんな

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第十一章 少しずつ、溶けていく(二十歳)

112 因縁の相手と話し合う

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 モリアティーニ侯爵に仕組まれたと疑いつつ、ローザリンド様に指輪を無事渡せた私。ホッとしたのもつかの間、モリアティーニ侯爵から呼び止められ、「リリアナ嬢が陛下にどうしても、会いたいそうだ」と告げられた。

 我が国に蔓延はびこる悪の組織、コヨーテーとトラブった末、娼館しょうかんに売られそうになったリリアナ。そんな彼女を道端にポイ捨てし、放置出来るほど冷酷れいこくな人間がいないのが、今のローミュラー王国を取り巻く、優しい世界だ。

 そんな優しさ溢れる国で保護されたリリアナは、モリアティーニ侯爵邸で数週間ほど療養りょうようをしている最中だ。

(それは知ってたけど)

 私はえて、いまさら会う必要もないと考え、彼女と今までゆっくり話をした事はない。そもそも、友達でもないし、共通の話題もないからだ。強いて言うなら復讐相手の一人ではあったが、彼女を取り巻く環境を知れば知るほど、私が復讐をせずとも、十分苦しんだ人生を歩んでいたと思い知らされるだけ。

「リリアナとなんて、話す事ないんだけど?」

 私はあからさまに嫌がってみせた。

「そう言わず、会ってやってくれないか。それに今、会っておかねば、そなたも後悔するじゃろう」

 いつになく、真剣な表情で気になる言葉を発したモリアティーニ侯爵。その言葉に完敗した私は、渋々リリアナに会う事を了承した。そして、同じ屋敷のリリアナが療養中である彼女の寝室へ足を運んだのだが……。

「陛下、この度はありがとうございました」

 ベッドに半身を起こし、私と古くから因縁の仲である、リリアナが頭を深く下げる。

(療養中……なんだよね?)

 私は出汁だしを取りまくった骨ガラのようにやせ細ったリリアナに驚く。髪の毛はパサパサだし、唇にも、肌にも、とにかくどこもかしこもカサカサで、一切のつやを感じない。

 一体いつになったら、元の元気な姿に戻るのかという、素朴な疑問が脳裏を占める。しかしいかにも具合が悪そうな病人だからと言って、急にいい人モードで接するのは、あからさますぎる。よって、私は以前通り、リリアナに接する事に決めた。

「どういたしまして。でも私は何もしてないし。お礼ならモリアティーニ侯に言ったほうがいいと思うけど」

 ベッドの脇に用意された椅子に座る私は、腕組みしたまま答える。すると、リリアナはふっと笑みをもらす。

「あなたは相変わらずね……いえ。本当に感謝しています」
「やめて、気持ち悪いから」

 むずがゆい思いで私は告げる。何だかリリアナにかしこまった態度を取られると、調子が狂う。出来れば、今まで通りいがみ合う感じで接して欲しいところだ。

 よって。

「それに私は根本の部分では、未だあなたが苦手だから」

 れ合うつもりはないと、付け足すように、きちんとくぎをさしておく。

「あら、そうなんですか?」
「えぇ。だって、あなたは私を誘拐したのち、燃やそうとしたし」
「随分と前の事まで覚えてらっしゃいますのね。でも、とても懐かしいですわ」

 リリアナは少し寂しそうな顔で微笑む。
 彼女の痩けた頬が、何とも切ない気分にさせる。

(本当に、療養してるのかな……)

 意識こそ戻ったものの、リリアナは明らかに病人っぽい。
 彼女の性格からして、私に楯突く気配がないのは、かなりまずい気がする。

(色々あったから、だから改心したのか?)

 現在彼女はルーカスと同じ。いや、それ以上。彼女の父親のせいで国民に悪意を向けられている。

(それに、あの時のこともあるし)

 私は結婚式の時、純白のドレスに身を包む彼女の美しい姿を思い出す。そしてその隣で「食べるなら、娘を」とルーカスに差し出そうとしていた、とんでもなくクソな男、ハーヴィストン候を思い出す。

 あの事を思えば、リリアナは被害者の一人でもあるような気がする。

 その事を思うと、私は彼女を恨みきれない。
 そして、そんな私は悪役失格確定だ。

(でもま、フェアリーテイル魔法学校中退だし)

 悪役の極意たる物を全て学びきれなかったので、多少ポンコツ気味な所がある、悪役なのは致し方あるまい。

「陛下は、私の事を軽蔑していますか?」

 突然問うリリアナの視線の先は、部屋の隅でマージョリーが面倒を見ている、彼女の子ども。ロゼットに向けられている。

 私はそんなリリアナに大きくため息をつく。

「人知れず、スティーブとの子を産んでいた事を言っているなら、軽蔑してない。むしろ、格好いいと思うよ」
「格好いいですか?」

 意外だと言った風な顔を、私に向けるリリアナ。

「そう。そもそも私は貴族の常識なんてないし。だから、婚姻前に生娘きむすめである事の大切さとかわかんないもの。それに、あの自分勝手な親に反抗してでも、産もうとしたって凄いと思うし」

 正直な気持ちを告げると、リリアナはまた微笑んだ。今度は先程より、もっと自然に漏れた笑み、そんな感じだ。

「陛下と、もう少し違う出会い方をしていたら、とても良いお友達になれた気がしますわ。あ、でも……」
「何よ」

 言いよどむリリアナに対し、私は眉間にシワを寄せてたずねる。

「やっぱり、お友達にはなれないですわね」
「どういう意味?」

 揶揄からかわれているのだろうかと、私はムッとする。

「だって、陛下は私の元婚約者の愛する人なんだもの」

 リリアナは思いもよらぬ答えを返してきた。

「そうね。ルーカスはもうずっと、それこそ出会った瞬間から、私がす、好きみたいだから」

 リリアナに乗っかる形で、私もさらりと告げようとしたものの、思わず肝心な所でどもってしまった。

「…………チッ」

 完全に今のは私の負け確定だ。

「陛下は、ルーカス様とご結婚なさるのですか?」
「な、何であなたに言わなきゃならないのよ」
「元婚約者ですもの。知る権利はあると思いますわ」

 堂々と「元婚約者」を主張され、私は言い返せなくなる。

「……まだ、わからないけど」

 ボソリと少しだけ、私の気持ちを漏らしてみた。

「そうなんですか? じゃあ、私にもチャンスがあるかも」
「ちょっと、あなたまさか、まだルーカスを好きなの?」

 スティーブという人がありながらと、私は軽蔑けいべつの眼差しを送っておく。

「ふふっ、冗談ですわ。私にはスティーブとロゼットがいますもの」

 二人の事を思い出したらしいリリアナは、優しく微笑む。その慈愛じあいに満ちた笑顔は、父がいつも私に向けてくれた笑顔と、同じ種類のもの。

(私が欲しいのはその笑顔、なんだよな)

 思い浮かべるだけで、そこまで幸せそうな表情になる気持ち。それを今の私は純粋に感じてみたいと思う。

 これは単なる好奇心。そう思う一方、その笑顔の気持ちを知るリリアナをうらやましくも思う自分に気付き、やっぱりモヤモヤとした気分で落ち着く。

「あのさ、リリアナは、妊娠した時。生まれてくる子が可哀想かわいそうだとは思わなかったの?」
「え?」
「だって、ロゼッタは隠し子みたいなものでしょ?」

 私はベッドの上で半身を起こす、リリアナを見つめながら告げる。

 勿論不躾ぶしつけすぎることは理解しているし、先程揶揄われた意地悪の仕返しという気持ちもある。けれど、ロゼッタの不幸な境遇に自分を重ねてしまう私は、どうしても問わずにいられなかった。

「私は国外追放された両親から産まれたでしょ。だからずっと、幼い頃は人と関わる事なく生きてきたから。それは楽だけど、寂しい事だってさ、今は思うんだよね。だから」

 ロゼッタは可哀想だと、心で付け足す。そんな私の意地悪な質問に対し、リリアナは何とも言えない表情になる。

「そうですね。私は娘から沢山の幸せを受け取っている。けれど、ロゼッタには全てを与えられていない。その事はとても申し訳なく思います」

 リリアナの目尻に涙が浮かぶ。その涙を見て、私は少しだけ「余計な事を言ってしまった」と後悔する。

「あ、でも、私は父も母も好き。一度も二人を恨んだ事はなかったわ。それはきっと、父と母が私を世界で一番愛してくれていたこと。その事をちゃんと私にわかるように、育ててくれたからだと思う」

 私は慌ててフォローを入れる。すると、リリアナは目元の涙をぬぐい、再び微笑んでくれる。

「ありがとうございます。陛下は意外に、優しい方なんですね」
「やめてよ。そんなんじゃないってば」

 意地悪をしたのに褒められてしまった私は、焦ってしまい、ついぶっきらぼうに答える。

 それにこの事で褒められるべきは、私ではない。今は亡き私の両親だ。

(ミュラーは父さんのせいで、私の性格がねじ曲がったなんて言うけど)

 私は二人の愛情を受け、ちゃんと育った。

(あ、そっか)

 結局のところ、どんな環境で産まれようと、きちんと両親に愛情豊かに育ててもらえば、幸せだと思える。現に私は二人のおかげでこの世に産まれてこれた事を感謝している。むしろ、感謝している分、ルーカスから二人を救えなかったこと。その事に対し、今でも申し訳ない気持ちをいだいているくらいだ。

 あの時、私の両親にトドメを刺したのは、間違いなくルーカスだ。けれど、その場にいて、ルーカスを止められなかった。

(それは完全に私のせい)

 だからルーカスだけを恨むのは、間違っている。それにそもそも、ルーカスはBGビージーのせいで理性を失っていた。

(だから彼のせいじゃない)

 最近は困った事に、そう思い始めている。

 ただそう思うたび、親のかたきである人物を許そうとする自分を、薄情者だと責める気持ちも抱く。

 そしてルーカスを許そうと思い始めた、心境の変化に起因するのが、ルーカスがいなくなるのは嫌だという、自分勝手な気持ちである事も、たまらなく罪悪感を感じる要因だ。

(親の仇を取るか、自分の気持ちを優先させるか)

 一体、私はどうするのが正解なのか。人知れず、頭を悩ませるのであった。
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