復讐の始まり、または終わり

月食ぱんな

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第十一章 少しずつ、溶けていく(二十歳)

113 リリアナの想い

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 モリアティーニ侯爵に頼まれ、彼の屋敷で療養りょうようをしているリリアナの元を訪れた。しかしそこには、意識こそ取り戻したものの、弱り果てたリリアナの姿があった。

 その姿に戸惑いつつ、私は彼女と静かに話を交わしているわけだが。

「ロゼットを産めた事は本当に嬉しいんです。こんな私でも、お母さんと呼んでくれる子がいる幸せを日々感じています。だから、あの子が大きくなった時。陛下のように、思ってもらえるような、そんな親になりたいと思います。でも」

 リリアナは急に顔を曇らせた。

「何か気になる事があるの?」
「私はいつまで命が持つか、わからないから」

 思い詰めた様子でボソリと告げられた言葉。

「え、どういう意味?」

 何を突然と、私は眉間に皺を寄せる。

BGビージーを接種すると、心が解放的になります。だから精神的にはすごく楽になるんです。けれど、今はその薬がもうない」

 まるでその事を残念がるように、リリアナは目を伏せる。

「だからBGを接種する前よりも精神をコントロールするのが難しい状態です。そしてそれは身体に負担がものすごくかかること。現に、私は風邪を引きやすくなったり、明らかに体力が落ちました」

 リリアナは自分の手のひらを見る。それはごく一般的な健康的な肌色の手ではなかった。血管が浮き出た青白い肌が晒されている状態だ。

(そんなこと)

 あるわけないと思いたい。けれど目の前にいるリリアナの健康とは言い難い姿。それは、彼女が口にした事が事実であると証明してしまっている。

 結局のところ、BGは失敗作の薬なのだ。

 そして。

(それってルーカスもってこと?)

 私は、のどまで出かけた言葉を飲み込む。浮かんだ問いかけを肯定されたら、耐えられないと思ったからだ。

「そもそも私は、元々あまり丈夫な体ではなかったんです」
「そうなの?」
「グールって、わりと短命なんですよ」
「それは……」

 ルーカスから聞かされて知っている。ただ「そうだよね」と肯定できる気分ではなかった。

「クリスタルによって、グールとしての本能や欲求を抑えられているからだとか、そもそも人を喰らいたいと思う罰だとか。それから私達を恐れる人間に、多くは殺されてしまうからだとか。色々と短命な理由はうわさされてきましたけど」

 遠くを見つめたまま、リリアナは言葉を続ける。

「現に、グールは子を成さないまま、死を迎える者も多い。グールが人間より少ないのは、そのせいだと、言われています。だからグールは長生き出来ない。それはあながち間違ってはいない」

 どこか諦めたような口調で告げるリリアナ。彼女の言葉を耳にしながら、三年ぶりにルーカスに再会した時。彼も同じような事を口にしていたと、鮮明せんめいに思い出す。

『そもそもグールの体が本来必要とする栄養素やエネルギー。その中に人間の肉があるだけだ。しかも人間を食する事が出来ないグールの寿命は短いらしいし。誰だって長生きしたいだろ?そういうこと』

 あの時の私は、両親を失ったばかりだったこと。それから三年ぶりにグールとして姿を現したルーカスと再会したこと。その事に混乱していた上に、長生きするという事に固執していなかったせいで、そこまで深く、その言葉を受け止めてはいなかった。

 当時はその事よりもずっと、グール化したルーカスを何とかしなければと、そんな思いにられていたから。

 けれど最近特に感じる、ルーカスがいなくなるという得も言えぬ恐怖感。その要因の一つとして、グール達が死を覚悟したように、日陰でひっそりと生きている。その光景を目の当たりにしているからだ。

 悲しい事に戦争中のほうが、人間を喰い殺すという欲求に忠実に生きていた時のほうが、グールは生き生きとし、世の中の前面に立っていたように思う。

 そしてそれは、リリアナもそうだし、私の前でいつも明るく振る舞うルーカスも例外ではない。

 彼は人里離れた森の中で暮らす事を余儀よぎなくされている。

 もちろん彼が沢山の人間を喰らい、殺したこと。それを未だに受け入れ難い人間側の気持ちもわかる。けれど、ルーカスは好きでそうなった訳じゃない。

「私は命がけでロゼッタを産みました」

 一人思考をルーカスに飛ばす私にリリアナの声が飛び込んでくる。

「…………」

 私は何と答えていいかわからず、リリアナを見つめるだけで精一杯だった。

「かなり無茶をした自覚はあります。けれど、それで明日死のうとも、後悔はしていません」

 きっぱり告げるリリアナの表情は、清々すがすがしいほど、晴れやかなものだった。その姿に、私は母を思い出す。

(よくわからないけど)

 母は強しという言葉が脳裏に浮かぶ。私なら、自分の寿命が縮む事がわかっていて、子どもなんて産めない。咄嗟にそう思ったからだ。

「あなたは、強い人なのね」

 思わず呟く。

「強い? 私がですか?」
「うん。だって、私だったら、自分を犠牲にしてまで、子どもを産もうとは思わないから」

 私は小さな声で告げる。

「でも、陛下は、ルーカス様を愛してらっしゃるんでしょ?」
「え?」

 話が突然飛躍ひやくし、私は固まる。そんな私をリリアナは真っ直ぐ見つめてくる。その視線の強さに、思わずたじろぐ。

「私は、自分の命を削ってでも、ロゼッタを産めて良かったと思っています。少なくとも私が死んでも、スティーブには、私が血をわけた子を残せるわけですし」
「……何それ。あなたが亡くなったら、誰よりもスティーブが悲しむと思うけど」

 私は自分勝手な言い訳に対し、思わず眉間にシワを寄せた。

「そうでしょうね。だからこそ、ロゼッタを彼に残せてよかった。私を失っても、彼の生きる目的に、あの子がなってくれる。そして時折でいいから、あの子の中に私を感じてくれれば、それで私は幸せなんです。そうしたら、スティーブも私を失った悲しみが少しは軽減されるだろうから」

 リリアナの言葉には、嘘偽りはない。ただ純粋にスティーブを愛している事が伝わってくる。

 けれど、残された方はたまったもんじゃない。

 私が先に旅立った人達に抱く、救えなかったという罪悪感を含む気持ちを、子どもが生まれてきたからと言って、なかった事に出来るとは思えない。

 リリアナを愛する、スティーブだってきっとそう思うだろう。本当に愛する人の寿命を縮めてまで、子どもを作るべきだったのかと。そんな風に後悔するかもしれない。少なくとも私は後悔する。

 子どもがいようが、いまいが、大事な人を失った事実に変わりはない。そして大切な人を失うこと。それは残された人に深い傷を必ず負わせる。

 そして簡単に死ねない私は、いつだって残される側だ。

「私にはあなたの気持ちがわからない」

 私は率直そっちょくな感想を口にした。

「ええ、そうですね」

 リリアナの顔に一瞬影が落ちる。

「だけど」

 慌てて言葉を続ける。

「だけど、あなたが命をけて、ロゼッタを産んだ事はわかったわ」
「ありがとうございます」

 私の言葉にリリアナはとても嬉しそうな笑みを浮かべる。

「じゃあ、今度は私からの質問。さっきの話だと、グールって元々短命なのよね。それって例外はないの?」
「普通は、もっと長生き出来ると思います。ただ、私はBGを接種していた。そして元々体が弱かったせいで、こんな状態になっているのだと思います」
「そっか」

(じゃ、ルーカスは今はまだ大丈夫かな)

 私はリリアナに悪いと思いながら、心の中で安堵あんどした。そしてふと思う。

(私の魔力にはグール化を防ぐ効果があるっぽいけど)

 だとしたら、リリアナに魔力をわけ与えたら、彼女の寿命を延ばす事が出来るのではないだろうか。

(さすがに、BGを打たれたグール全員を救う事は出来ないけど)

 良くも悪くも出会ったグールくらいは、私が魔力を与えれば助けられるかも知れない。

「ねぇ、リリアナ」
「はい?」
「私の魔力をあなたにあげたいのだけど」
「えっ?」

 唐突とうとつな申し出に、リリアナは驚きの声をあげる。

「私って、魔力が有り余っているというか。今までも何度か、グール化した人に自分の魔力を分け与える事があったのよ」
「……」
「それで、その人はわりと元気になってるから、だから、あなたにも試してみたいのだけれど」

 私は脳裏にルーカスを思い浮かべ、提案する。

「本当ですか?」

 リリアナの目が大きく見開かれる。

「うん」
「でも、陛下の魔力は、フォレスター家のものだから、尊いものなのですよね?」

 警戒するような、リリアナの口調。

「尊いというか、どちらかというと特殊って感じなんだけど、あなたにならあげてもいいかなって、ふとそう思ったのよ」
「どういう意味ですか?」
「そのままの意味。ルーカスと同じで、あなたも色々と苦労してきたんでしょ?それにリリアナには、ロゼッタという娘がいる。彼女にとってみたら、あなたは必要な存在だと思うし。もちろん、無理いはしないけど」
「……陛下さえ良ければ、是非お願いします」

 どうやらロゼットの名前を出したのが効いたのか、リリアナが私の提案を許諾きょだくした。

「あ、うん。わかった。じゃあ、手をだしてくれる?」
「はい」

 リリアナが右手を差し出す。
 私は差し出された手を握る。

「ちょっと最初は慣れなくて、気持ち悪くなるだろうけど、我慢して」
「はい」

 節々ふしぶしの骨が浮き出た、やせ細ったリリアナの手を優しく握る。そして彼女の手を握ったまま、自分の体に流れる魔力を彼女へとゆっくりと流し込む。

「――っ」

 リリアナの表情が痛みに耐えるようにゆがむ。

「ごめん。もう少しだけ耐えて」

 私はさらに魔力をリリアナへ注ぎ込んだ。

(頑張って。そして一日でも長生きして)

 願う気持ちでリリアナに魔力を丁寧ていねいそそぎ込む。
 リリアナは苦しげな息遣いをしている。

「リリアナ、大丈夫そう?」

 私は心配になり声をかける。

「すみません。大丈夫です」

 少し辛そうではあるが、リリアナが笑顔を見せる。

「本当に?」
「ええ。むしろ凄く調子がいいよう……な」

 リリアナはパタリとベッドに倒れた。

「リリアナ!?」

 私は慌てて、リリアナの肩を揺さぶる。

「だ、大丈夫です。眠くなっただけですから。陛下、ありがとう」

 そう言って、リリアナは目を閉じる。すると、すぐに規則正しい寝息を立て始めた。

「びっくりした」

(死んじゃったかと思ったじゃない)

 私はホッと胸を撫でおろすと、リリアナからそっと離れたのであった。



 ***



 その日の夜、私は自室のふかふかなベッドに寝転びながら、「いいことをした」と一日を振り返り、満足していた。

 もちろん、悪役を目指すものとしては、今日の行為は褒められたものではないという自覚はある。

「でも、悪役にはライバルが必要だもの」

 リリアナには私の闘争心を揺さぶる、悪役でいてもらわなくてはならない。そのために、魔力を与え、長生きしてもらうことにしただけ。

 私は自分を、人知れず言いくるめていた。

「問題は、ルーカスにリリアナ。二人に魔力をわけ与えるために、私ももっと体力をつけなきゃいけないってことよね」
「筋トレを再開されますか?付き合いますよ」

 ベッド脇にある、サイドテーブルの上に置かれた鉢植えの中に埋まりかけていた、ドラゴ大佐から声が飛んでくる。

「筋トレね。確かに最近運動不足だものね。騎士団の鍛錬たんれんに参加させてもらおうかしら」
「いえ、それはちょっと、やりすぎかと……」
「どうして?皆で一緒に訓練すればきっと楽しいわ」
「あのですね、ルシア様は、一応女王陛下なのですから」
「女王が騎士団の鍛錬に参加してはいけないって法律はないはずよ」
「……ありませんけど。でも絶対にやめたほうがいいですよ。みんなの迷惑になりそうですし」
「何よ、迷惑って」
「おやすみなさいませ。ルシア様」

 ドラゴ大佐は逃げるように、鉢植えの中にもぐり込む。

「もうっ!明日になったらまた、ちゃんとした答えを教えてちょうだい!」

 私は枕元に置いてあった、だいぶボロボロになった、パンクな編みぐるみを手に取り、それをぎゅっと抱きしめる。そして疲れもあって、すぐに眠りについたのだった。

 しかしその日の夜中。侍女に起こされた私は、モリアティーニ侯爵邸からのつかいの知らせにより、リリアナの訃報ふほうを知らされる事となったのであった。
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