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第十一章 少しずつ、溶けていく(二十歳)
114 生存確認
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リリアナとお別れの日。晴天にもかかわらず暗い空気が漂う中、私は喪服となる黒いドレスを身にまとい、教会に入っていく。
教会内は完全に静まり返っていた。壁に飾られたステンドグラスが散らす青白い光が、天井や床に映り込んでいる。
教会内にいるのは、モリアティーニ侯爵やルーカスを含む顔見知りが数人ほど。かつて、ランドルフの右腕として、ローミュラー王国の宰相をしていた男の娘。この国で良くも悪くも、最も有名だと言える元ハーヴィストン侯爵家の娘が亡くなったというのに、集まったのは、ほんの数人ほど。
「これが現実なのね」
私はゆっくりと教会の石畳の上を歩いていく。
「そもそも、公示してないからね」
本日私をエスコートしてくれている、黒いスーツに身を包んだルーカスが静かに告げる。
式場にはわずかではあったが、花が飾られ、蝋燭が灯り、棺が安置されていた。
私は静かに棺に手を合わせ、リリアナの冥福を祈る。
「ママーー」
小さな小さな女の子が棺に駆け寄ってくる。
リリアナの一人娘であるロゼットだ。
「ママは、ねんねしてるの」
私のスカートを引っ張り、無邪気な笑みを向け説明してくれる、ロゼット。彼女は幼すぎてまだ「死」というものを理解する事が出来ないのだろう。
その事に気付いた私の胸はズキンと痛む。
「陛下、すみません」
慌てた様子で、黒いスーツに身を包むスティーブがロゼットを抱きかかえる。
「大丈夫だから」
「……すみません」
ヒゲこそ剃っているものの、明らかに憔悴した様子のスティーブ。
「ママ、おこすのー」
ロゼッタの小さな手のひらが棺に伸ばされる。
「ママは寝かせてあげなくちゃ」
「いや」
「ロゼッタ」
「いや、ママとあそぶ」
必死に母親を呼び起こそうとするロゼッタ。
何とも言えぬ、切ない空気が辺りを包む。
「ロゼッタ、あっちで綺麗なお花が咲いていたわ。私と見に行きましょうか」
「マージョリー、いく」
モリアティーニ侯爵邸で過ごすうちに仲良くなったらしい、ルーカスの乳母であったマージョリーがスティーブからロゼッタを預かる。
「マージョリー様……ありがとうございます」
「いいんですよ。あなたはきちんと、お別れをしないといけないわ」
「ママ、おねんね」
無邪気なロゼッタの声が、教会内に響き渡る。
「スティーブ、俺が言うのもなんだが。君は大丈夫なのか?」
ルーカスが心配そうに声をかけると、スティーブは力無くほほえむ。
「正直言って、大丈夫ではない。でも、リリアナの調子は良くなかったし、心のどこかで覚悟をしていた部分はある。だから大丈夫だ」
「ま、君には、ロゼッタがいるもんな」
ルーカスがスティーブを励ますように、彼の肩に手を置く。
「そうだな。今ここで私が踏ん張らないと。ロゼッタにリリアナ。母親である彼女の事を伝えられるのは俺しかいないからな」
スティーブは棺に眠る、リリアナを見つめながら力強く言い切る。その姿を見て、私はリリアナが最後に会った時、口にしていた言葉を思い出す。
『私を失っても、彼の生きる目的に、あの子がなってくれる』
その言葉通りになっている事に、正直驚いた。
(子どもがいても、いなくても、大事な人を失った事実は変わらない)
けれど、残された者にとって、愛する人との間に残された子がいること。それは、生きている意味に、明日を迎える意味にはなるようだ。
「あんまり、頑張りすぎないようにな」
「ああ。俺はそろそろ行くよ。色々と準備もあるからね」
「分かった。何かあれば頼ってくれ。と言っても、俺も大した事は出来ないが。それでも、力になりたいとは思ってるから」
ホワイト・ローズ科らしい、人を思いやる気持ちを口にするルーカス。そんなルーカスに力なく微笑み返すスティーブ。
この結末を迎えるまでに、色々あった。けれどリリアナ、スティーブ、そしてルーカスは幼馴染だったはずだ。だから、私には到底わからない、お互いに向ける絆があるのだろう。
私はそれを羨ましく思い、ロゼッタにも、そういう友達が出来ればいいと願った。
その後、式は粛々と行われたのち、場所を教会の裏手に移した。そして教会の裏手に掘られた穴の中に、リリアナの遺体を埋めるため、スティーブやルーカスが棺を担いで現れる。
神父が黙祷を捧げ、最後の別れの言葉を述べた後、棺がゆっくりと穴に降ろされた。参列者が棺の中で静かに眠るリリアナを飾り立てるように、棺の上に白いユリの花を散らしていく。
(色々あったけど、助けられなくてごめん)
私は自分の無力さを噛み締め、リリアナに心の中で謝罪する。そしてそっと、棺の上に白いユリの花を手向けた。
「ママぁ、ねんね?」
棺の周りをちょろちょろしていたロゼッタが、私に声をかけてくる。
「ママ、ねんね? ロゼッタもいっしょにねる」
無邪気に告げられた言葉に私はギョッとする。
「それはどうかな……というかやめておいたほうがいいかも」
小さな子に慣れていない私は、どう返していいのかわからず、しどろもどろになる。すると、横にいたルーカスがロゼッタを抱え上げた。
「ママはもうお休みの時間なんだ。だけど、君のここにはいつだっているんだよ」
ルーカスはロゼッタの頭を撫でた。どうやら記憶の中にいる。そう示しているようだ。
「ママ……ママ……ねんね、やだ」
三歳とは言え、流石に異様な状況に気付いたのか、今にも泣き出しそうに、ぐずり始めるロゼッタ。
「じゃあさ、ママの事たくさん思い出してあげるんだ。そうしたらきっとリリアナも君も、寂しくないと思うんだけどな」
ルーカスがロゼッタの頭を優しく撫で、言い聞かせる。そんなルーカスの言葉にキョトンとした表情をしたのち、目をキョロキョロとさせ、ロゼッタは大きく頷いた。
「わかった」
「偉いね」
「うん!」
ロゼッタは素直にうなずく。ロゼッタの様子を眺めながら、私は切なさで泣きそうになる。しかし、今は泣いている場合ではないとグッとこらえる。
「リリアナ、ロゼッタはちゃんと俺が育てるから。そしていつか、君の元にちゃんと戻るからな」
スティーブが棺に声をかける。そして、穴の上に土がかけられ、棺は次第に埋まっていく。
私は必死に涙をこらえ、手を合わせ、リリアナに祈りを捧げた。
「陛下を始めとする、皆さま本日はありがとうございます」
お墓に棺が完全に埋まると、スティーブが締めの言葉を述べる。
「世間では父親のせいで、彼女のことまでも、色々と悪いように言われています。ですがリリアナは、私にとって最良の妻でした。そして娘にとっては愛情豊かな、良き母でありました。これからの人生は、娘のために私も真っ当に生きたい。そしてリリアナの名誉を、私がしっかりと挽回したいと思います。娘のためにも、必ず……」
力強く言い終えると、スティーブはロゼッタを抱きかかえる。
「パパ、いいこ、いいこ」
ロゼッタが小さな手でスティーブの頭を撫でる。その姿に、スティーブはたまらずといった感じでロゼッタをきつく抱きしめ、今日始めて涙を流していた。
こうして、リリアナの葬式は、しめやかに幕を閉じたのであった。
***
リリアナのお葬式があった日の夜。
私はいつも通り、人里離れたルーカスの家にいた。
星が輝き、月の光が小さな家を照らしている。いつもは静かすぎると感じるルーカスの家。けれど心が枯れたようになった今日ばかりは、その静けさが心を落ち着かせ、穏やかな時間を過ごすには、最適な場所となっていた。
私はルーカスと小さなソファーに並んで座り、手を握り合い、彼に魔力をわけ与えていた。
「ルシア、リリアナにも魔力をわけたって本当?」
「あーうん。でも無駄だったみたい。というか、私が余計な事をしちゃったから、トドメを刺しちゃったのかも知れない」
私はリリアナの死を知らされてからずっと、人知れず自分の心を蝕んでいる、罪悪感を口にした。
「まさか、それはないと思うけど」
「でも、私の魔力にあてられたリリアナは苦しそうだったし、もしかしたらこの魔力は毒になるのかも知れないわ」
もし仮にそうだとしたら、ルーカスにも毒なのかも知れない。私は、急にその事に気付き、ルーカスと握り合う手を引き抜こうとする。
「駄目。俺にとっては、君の魔力は癒やしであって、毒なんかじゃないよ」
ルーカスは離すまいといった感じで、ギュッと私の手を握る。
「でも」
「でもじゃないよ。フェアリーテイル魔法学校時代から、俺にとってこの時間は特別なんだ。それは、たとえ君でも俺から奪う事は許されない時間だ」
ルーカスは言い切ると、突然私の手を引っ張った。
急に引っ張られた私は、バランスを崩し、ルーカスの胸に頭をつける形で倒れ込む。そして、彼は私を包むように背中に手を回した。そのせいで、私はしっかりとルーカスに抱きしめられてしまう。
「ちょっと……」
いつもなら文句の十個も口にして、逃げたくなる状況だ。けれど今日はリリアナを、また一人知り合いをこの世から見送った。だから心が少し、生きた人の温もりを欲している。
私はルーカスの胸に頭をつけたまま、彼の心臓の鼓動を聞き取る。トクントクンと一定のリズムで鳴る音を聞いているうちに、ルーカスは生きているという安心感に包まれ、なんだか眠くなってきた。
「ルシア?寝てるの?」
「……起きてる」
「良かった。ねえ、キスしたいんだけど、いい?」
「……は?」
私が顔をあげると、ルーカスの顔が迫ってきた。私は反射的に目を閉じる。
私の唇に、柔らかな物が触れる。それは、かつて一度だけ。グールになってしまった彼に食べられる事を覚悟した私から、彼にしたキスとは全く違うもの。
今触れ合う私と彼の唇は、遠慮がちなもので、お互いの存在を確かめあうような優しいものだ。
(あぁ、私達は生き残ってるんだ)
その事を実感し、私の心は安堵する。そして、ゆっくりと離れていく気配を感じ、目を開ける。すると至近距離にあるルーカスの美しい紫色の瞳に、しっかりと私が映り込んでいた。
「もう終わり?」
わきおこる気持ちのまま、私は強請るような言葉をかける。
「まさか、もっとするよ。覚悟して」
再び私たちは唇を重ねる。生きてることをお互いしっかりと確認するように、今度はさっきよりも長く深いキスをした。
この日私とルーカスは、お互いの意志を持ったまま、初めてキスをした。そして、そうするのが当たり前と言った感じ。どちらともなく自然に肌を重ねたのであった。
教会内は完全に静まり返っていた。壁に飾られたステンドグラスが散らす青白い光が、天井や床に映り込んでいる。
教会内にいるのは、モリアティーニ侯爵やルーカスを含む顔見知りが数人ほど。かつて、ランドルフの右腕として、ローミュラー王国の宰相をしていた男の娘。この国で良くも悪くも、最も有名だと言える元ハーヴィストン侯爵家の娘が亡くなったというのに、集まったのは、ほんの数人ほど。
「これが現実なのね」
私はゆっくりと教会の石畳の上を歩いていく。
「そもそも、公示してないからね」
本日私をエスコートしてくれている、黒いスーツに身を包んだルーカスが静かに告げる。
式場にはわずかではあったが、花が飾られ、蝋燭が灯り、棺が安置されていた。
私は静かに棺に手を合わせ、リリアナの冥福を祈る。
「ママーー」
小さな小さな女の子が棺に駆け寄ってくる。
リリアナの一人娘であるロゼットだ。
「ママは、ねんねしてるの」
私のスカートを引っ張り、無邪気な笑みを向け説明してくれる、ロゼット。彼女は幼すぎてまだ「死」というものを理解する事が出来ないのだろう。
その事に気付いた私の胸はズキンと痛む。
「陛下、すみません」
慌てた様子で、黒いスーツに身を包むスティーブがロゼットを抱きかかえる。
「大丈夫だから」
「……すみません」
ヒゲこそ剃っているものの、明らかに憔悴した様子のスティーブ。
「ママ、おこすのー」
ロゼッタの小さな手のひらが棺に伸ばされる。
「ママは寝かせてあげなくちゃ」
「いや」
「ロゼッタ」
「いや、ママとあそぶ」
必死に母親を呼び起こそうとするロゼッタ。
何とも言えぬ、切ない空気が辺りを包む。
「ロゼッタ、あっちで綺麗なお花が咲いていたわ。私と見に行きましょうか」
「マージョリー、いく」
モリアティーニ侯爵邸で過ごすうちに仲良くなったらしい、ルーカスの乳母であったマージョリーがスティーブからロゼッタを預かる。
「マージョリー様……ありがとうございます」
「いいんですよ。あなたはきちんと、お別れをしないといけないわ」
「ママ、おねんね」
無邪気なロゼッタの声が、教会内に響き渡る。
「スティーブ、俺が言うのもなんだが。君は大丈夫なのか?」
ルーカスが心配そうに声をかけると、スティーブは力無くほほえむ。
「正直言って、大丈夫ではない。でも、リリアナの調子は良くなかったし、心のどこかで覚悟をしていた部分はある。だから大丈夫だ」
「ま、君には、ロゼッタがいるもんな」
ルーカスがスティーブを励ますように、彼の肩に手を置く。
「そうだな。今ここで私が踏ん張らないと。ロゼッタにリリアナ。母親である彼女の事を伝えられるのは俺しかいないからな」
スティーブは棺に眠る、リリアナを見つめながら力強く言い切る。その姿を見て、私はリリアナが最後に会った時、口にしていた言葉を思い出す。
『私を失っても、彼の生きる目的に、あの子がなってくれる』
その言葉通りになっている事に、正直驚いた。
(子どもがいても、いなくても、大事な人を失った事実は変わらない)
けれど、残された者にとって、愛する人との間に残された子がいること。それは、生きている意味に、明日を迎える意味にはなるようだ。
「あんまり、頑張りすぎないようにな」
「ああ。俺はそろそろ行くよ。色々と準備もあるからね」
「分かった。何かあれば頼ってくれ。と言っても、俺も大した事は出来ないが。それでも、力になりたいとは思ってるから」
ホワイト・ローズ科らしい、人を思いやる気持ちを口にするルーカス。そんなルーカスに力なく微笑み返すスティーブ。
この結末を迎えるまでに、色々あった。けれどリリアナ、スティーブ、そしてルーカスは幼馴染だったはずだ。だから、私には到底わからない、お互いに向ける絆があるのだろう。
私はそれを羨ましく思い、ロゼッタにも、そういう友達が出来ればいいと願った。
その後、式は粛々と行われたのち、場所を教会の裏手に移した。そして教会の裏手に掘られた穴の中に、リリアナの遺体を埋めるため、スティーブやルーカスが棺を担いで現れる。
神父が黙祷を捧げ、最後の別れの言葉を述べた後、棺がゆっくりと穴に降ろされた。参列者が棺の中で静かに眠るリリアナを飾り立てるように、棺の上に白いユリの花を散らしていく。
(色々あったけど、助けられなくてごめん)
私は自分の無力さを噛み締め、リリアナに心の中で謝罪する。そしてそっと、棺の上に白いユリの花を手向けた。
「ママぁ、ねんね?」
棺の周りをちょろちょろしていたロゼッタが、私に声をかけてくる。
「ママ、ねんね? ロゼッタもいっしょにねる」
無邪気に告げられた言葉に私はギョッとする。
「それはどうかな……というかやめておいたほうがいいかも」
小さな子に慣れていない私は、どう返していいのかわからず、しどろもどろになる。すると、横にいたルーカスがロゼッタを抱え上げた。
「ママはもうお休みの時間なんだ。だけど、君のここにはいつだっているんだよ」
ルーカスはロゼッタの頭を撫でた。どうやら記憶の中にいる。そう示しているようだ。
「ママ……ママ……ねんね、やだ」
三歳とは言え、流石に異様な状況に気付いたのか、今にも泣き出しそうに、ぐずり始めるロゼッタ。
「じゃあさ、ママの事たくさん思い出してあげるんだ。そうしたらきっとリリアナも君も、寂しくないと思うんだけどな」
ルーカスがロゼッタの頭を優しく撫で、言い聞かせる。そんなルーカスの言葉にキョトンとした表情をしたのち、目をキョロキョロとさせ、ロゼッタは大きく頷いた。
「わかった」
「偉いね」
「うん!」
ロゼッタは素直にうなずく。ロゼッタの様子を眺めながら、私は切なさで泣きそうになる。しかし、今は泣いている場合ではないとグッとこらえる。
「リリアナ、ロゼッタはちゃんと俺が育てるから。そしていつか、君の元にちゃんと戻るからな」
スティーブが棺に声をかける。そして、穴の上に土がかけられ、棺は次第に埋まっていく。
私は必死に涙をこらえ、手を合わせ、リリアナに祈りを捧げた。
「陛下を始めとする、皆さま本日はありがとうございます」
お墓に棺が完全に埋まると、スティーブが締めの言葉を述べる。
「世間では父親のせいで、彼女のことまでも、色々と悪いように言われています。ですがリリアナは、私にとって最良の妻でした。そして娘にとっては愛情豊かな、良き母でありました。これからの人生は、娘のために私も真っ当に生きたい。そしてリリアナの名誉を、私がしっかりと挽回したいと思います。娘のためにも、必ず……」
力強く言い終えると、スティーブはロゼッタを抱きかかえる。
「パパ、いいこ、いいこ」
ロゼッタが小さな手でスティーブの頭を撫でる。その姿に、スティーブはたまらずといった感じでロゼッタをきつく抱きしめ、今日始めて涙を流していた。
こうして、リリアナの葬式は、しめやかに幕を閉じたのであった。
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リリアナのお葬式があった日の夜。
私はいつも通り、人里離れたルーカスの家にいた。
星が輝き、月の光が小さな家を照らしている。いつもは静かすぎると感じるルーカスの家。けれど心が枯れたようになった今日ばかりは、その静けさが心を落ち着かせ、穏やかな時間を過ごすには、最適な場所となっていた。
私はルーカスと小さなソファーに並んで座り、手を握り合い、彼に魔力をわけ与えていた。
「ルシア、リリアナにも魔力をわけたって本当?」
「あーうん。でも無駄だったみたい。というか、私が余計な事をしちゃったから、トドメを刺しちゃったのかも知れない」
私はリリアナの死を知らされてからずっと、人知れず自分の心を蝕んでいる、罪悪感を口にした。
「まさか、それはないと思うけど」
「でも、私の魔力にあてられたリリアナは苦しそうだったし、もしかしたらこの魔力は毒になるのかも知れないわ」
もし仮にそうだとしたら、ルーカスにも毒なのかも知れない。私は、急にその事に気付き、ルーカスと握り合う手を引き抜こうとする。
「駄目。俺にとっては、君の魔力は癒やしであって、毒なんかじゃないよ」
ルーカスは離すまいといった感じで、ギュッと私の手を握る。
「でも」
「でもじゃないよ。フェアリーテイル魔法学校時代から、俺にとってこの時間は特別なんだ。それは、たとえ君でも俺から奪う事は許されない時間だ」
ルーカスは言い切ると、突然私の手を引っ張った。
急に引っ張られた私は、バランスを崩し、ルーカスの胸に頭をつける形で倒れ込む。そして、彼は私を包むように背中に手を回した。そのせいで、私はしっかりとルーカスに抱きしめられてしまう。
「ちょっと……」
いつもなら文句の十個も口にして、逃げたくなる状況だ。けれど今日はリリアナを、また一人知り合いをこの世から見送った。だから心が少し、生きた人の温もりを欲している。
私はルーカスの胸に頭をつけたまま、彼の心臓の鼓動を聞き取る。トクントクンと一定のリズムで鳴る音を聞いているうちに、ルーカスは生きているという安心感に包まれ、なんだか眠くなってきた。
「ルシア?寝てるの?」
「……起きてる」
「良かった。ねえ、キスしたいんだけど、いい?」
「……は?」
私が顔をあげると、ルーカスの顔が迫ってきた。私は反射的に目を閉じる。
私の唇に、柔らかな物が触れる。それは、かつて一度だけ。グールになってしまった彼に食べられる事を覚悟した私から、彼にしたキスとは全く違うもの。
今触れ合う私と彼の唇は、遠慮がちなもので、お互いの存在を確かめあうような優しいものだ。
(あぁ、私達は生き残ってるんだ)
その事を実感し、私の心は安堵する。そして、ゆっくりと離れていく気配を感じ、目を開ける。すると至近距離にあるルーカスの美しい紫色の瞳に、しっかりと私が映り込んでいた。
「もう終わり?」
わきおこる気持ちのまま、私は強請るような言葉をかける。
「まさか、もっとするよ。覚悟して」
再び私たちは唇を重ねる。生きてることをお互いしっかりと確認するように、今度はさっきよりも長く深いキスをした。
この日私とルーカスは、お互いの意志を持ったまま、初めてキスをした。そして、そうするのが当たり前と言った感じ。どちらともなく自然に肌を重ねたのであった。
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