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第十二章 私の選ぶ幸せ(二十歳~)

121 私の決意1

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 ルーカスと結婚し、周囲から次に望まれたのは当たり前だが、後継者となる子の誕生だ。

 私が子を残さなければ、クリスタルを守る者がいなくなるのだから、その期待は仕方がないし、覚悟もしていた。というかむしろ、私とルーカスは愛し合い結ばれた夫婦なわけで。枕を並べ共に寝て、子作りに自然と励む。そんな生活を送っていた。

 そもそも私の頭の中には、リリアナとスティーブに隠し子となるロゼッタが生まれていたという事実もあった。だから簡単に子に恵まれると勝手に思い込んでいた。しかし無情むじょうにも、私とルーカスは、なかなか子に恵まれなかったのである。

 そんな中、結婚生活一年が過ぎたあたりで、私には子どもが出来ないのではないかと、落ち込む時期が訪れた。

 私が子を成せない。それはこの国を守るクリスタルの守護者を残せない事に直結する。それは大袈裟ではなく、ローミュラー王国の滅亡に繋がることだ。その重みを背負い、私は日々落ち込む気持ちになっていった。

 そして笑顔を失いかけた時、やっぱり支えてくれたのはルーカスだった。

『確かに周囲の期待が凄いのは認める。でもさ、俺としてはルシアと二人の時間を楽しめているし、全然気にしてないかな。むしろ子作りに励めと言わんばかり。みんなが残業しなくていいって言うし、ルシアを支えろって言ってもくれる。だから俺としてはありがとうしかないって感じだよ』

 夫婦のベッドの上。ルーカスが私の髪を撫でながら優しく告げた。

『それに、俺とルシアに子が望めなかったとしたら、その時はその時だよ。俺は全国民の幸せより、君一人が笑顔でいてくれたほうが嬉しい。だからローミュラー王国が滅びそうになったら、そうだな。世界一周の旅でもして、呑気に暮せばいいよ。これって、悪役になりたい君にピッタリの人生設計だと思うけどな』

 女王となり、幸せに浸る私がうっかり忘れかける、悪への憧れ。それを毎回絶妙なタイミングで思い出させてくれる、いくぶん闇落ちした、ホワイトな元王子様。彼の励ましの言葉は、現実のルーカスが、私を優しく撫でる手そのまま、私が心に負った傷までもを塞いでくれた。

『そうよね。そもそも父さんと母さんを国外追放した、けしからん国だもの。どうなったっていいし。それこそ私の復讐完了だもんね』

 そんなふうに吹っ切れたのが良かったのか。

 ルーカスと結婚し、三年目の春。
 二十三歳となった私は、ついに母親となった。

 子どもが苦手な私が母親になれるかどうか。それはずっと不安だった。けれど、お腹の中にいる小さな命に内側からもの凄い勢いで、それこそ殺意を覚えるくらいの痛みと共に蹴られた時。私は自然と、自分の中にいる小さな存在を慈しむ気持ちが生まれた。

『きっとこの子が、君の中にある母性のスイッチを押したんだよ』

 ルーカスは大きくなった私のお腹を撫でながら、冗談混じりにそう言っていた。それはあながち間違ってはいないと、私は密かに思っている。

 そして、あまりの痛みに死すら覚悟した私が産んだのは、ピンクの髪色に右目が青、左目が紫という、少し人目を引く、珍しい見た目の男の子。

 人目を引くということ。
 それは良くも悪くも、どちらにも転びやすいことを意味する。

『ルシアと俺のいいとこどりだ。さすが俺たちの子。欲張りだな』

 ルーカスは良いほうに捉える。けれど母性に目覚めた私は、そうもいかない。

いじめられたりしないかな?』

 自分の腕に抱く、小さな命の将来を不安に思った。

『僕たちの子を虐めるようなやつがいたら、俺がそいつの根性を叩き直してやる』

 産まれて数秒。すでに親ばかを炸裂さくれつさせたルーカスが、胸の前で大袈裟おおげさに拳を握りしめる姿を見て、私は幸せを感じ笑顔になる。

『それに、この子のオッドアイの瞳は、人間とグールを繋ぐ希望の色だ』

 ルーカスが力強く言い切る。

『そういうの負わせたら、良くないわ』
『じゃ、この子には秘密で』

 調子良いルーカスに、私はうっかり笑みを漏らしてしまう。

 ルーカスと私の間に産まれた子は、当時すでにベッドの上にいる事が多くなっていた、モリアティーニ侯爵がジョシュアと名付けてくれた。

 モリアーティニ侯爵はジョシュアの誕生を誰よりも喜んでくれたのち、老衰ろうすいによりこの世を去った。それは、私が見送って来た人の中で一番、「安らか」という言葉がピッタリな最期さいごだったように思う。

 そしてそれから、三年。
 二十六歳になった私は、ベッドに力なく横たわる最愛の人を前に、覚悟を決めたところだ。

「ルーカス、あなたは生きて」

 私はいつか同じように見下ろしたことのある、リリアナと同じ。全身の艶を失い、どこもかしこも痩せこけ、生を手放そうとベッドに横たわるルーカスに静かに告げる。それから優しく彼のおでこにキスをして、王城内にある夫婦の寝室を、ひっそりと跡にしたのであった。
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