君を想い、夢に見る

たいらの抹茶

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出会い

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「こんにちは、勇者殿。同席してもいいかな」
 その魔法使いに出会ったのは、春陽に恵まれたある春のことだった。
 ウィリアムは任務を終え、とある町にある酒場で食事をとっていた。
 ウィリアムは食事していた手を止め、声の主を見遣る。
 目の前の青年の美しさに、他者の容姿には無頓着であるウィリアムも息を呑んだ。ウィリアムの近くにいた女性達は黄色い悲鳴を上げ、ジョッキを仰ぎ飲んだくれていた男性達も二度見していた。
 青年はまさに絶世と称えるべき美しい容姿だった。肩に触れる程度に伸ばされた黒髪と深碧のような瞳。恐ろしいほど美しい顔には儚い微笑みを浮かべていた。
「はじめまして、魔法使い殿。あなたが良ければぜひ」
「ありがとう。ではお言葉に甘えるよ」
 ウィリアムは爽やかな笑みを浮かべ、空いた席を指し示す。
 青年は微笑みを称えたまま、ウィリアムに向かい合うように腰を下ろした。
「何故、私が魔法使いだと?」
 青年は一つ杖を持っていた。青年はかなり細身であるが背丈は高い。その背丈と変わらない高さの杖は、骨董品のような繊細かつ厳かな装飾がされている。彼は全身を黒いローブに覆い隠しているが、その生地は上質なものだろう。彼の身に付けているピアスも指輪も華美ではないが、職人技が刻まれた静かな美しさを放つものである。
「そんな立派な杖を持ったひとが俺と同じ武闘派には見えないよ。その格好といい纏う雰囲気といい、熟練の魔法使いだと強く感じた。理由としては甘い?」
「君にそう評価して貰えるのはとても嬉しい。光栄だ」
 青年は慈しむような微笑みを浮かべた。
「私はエドガー。エディと呼んでくれてもいい」
「俺はウィリアム。えっと、気が向いたらウィルと呼んでくれ」
 エドガーから差し出された手に、ウィリアムも手を伸ばし握手を交わす。エドガーの手は驚く程に冷たかったが、ウィリアムはそれをおくびにも出さなかった。
「エドガーはどうして俺を勇者だと思ったんだ?」
 ウィリアムは尋ねた。
「甲冑を着込んではいないが胸当ても小手も身に付けている。君の持つ剣も防具も使い込まれて、それらの傷から察するに若いのになかなか歴戦の様子だ。屈強な体格ではないがしなやかで鍛えた肉体を持つ。ゆっくりと穏やかに食事をとるように見せて隙がない。ただの雑兵の可能性もあるが、勇者である可能性に賭けて声を掛けてみたんだ」
 エドガーは淡々と話す。彼は若い容姿に対して声の質も話し方も落ち着いており、とても聞き心地がよかった。
「歴戦と言われるほどまだ経験は積んでないけど、エドガーの推察通り、俺の職業は勇者だよ」
「合っていたようで良かった」
 エドガーはゆったりと微笑んだ。
「それで、エドガーは俺に何かご用?」
「私を君の仲間に加えて欲しい。どうやら君は独りぼっちで魔物を倒しているようだ。勇者一人で魔物を倒すなんて寂しい物語じゃないか。勇猛な勇者の隣には優秀な魔法使いがいなくては」
 ウィリアムはぽかんとした表情を浮かべた。

 
 この世界には人間と動物以外の存在がいる。
 人間はそれら一括りに魔物と呼んでいた。魔物は大きさ、姿も千差万別である。また多種多様の魔物の住処は世界各地に存在しており、古い時代から人間と敵対していた。
 魔物は強大であり、人間だけではなく動物らも魔物の存在は恐怖と憎悪の対象である。人間とは全く異なる見た目、価値観、持ちうる力により人間は数え切れないほど滅亡の危機に陥った。
 しかし滅亡に至らなかったのはどの時代においても勇者とその仲間という存在がいたからである。
 勇者は数多くある職業の中でも積極的に魔物討伐に挑み、人間と魔物の戦いに終止符を打つことを目的としている。例え討伐する魔物が火を操ろうとも、氷を操ろうとも勇者は戦わなくてはならない。
 そして勇者には必ず勇者を支える仲間達がおり、その中でも魔法使いというのは非常に重要な役割を持つ。人間は魔物と異なり火や水、風などを自由自在に操ることは不可能である。しかし魔法使いは長期間に渡る厳しい修練の末、人間の中では唯一それらを操ることができる存在だった。そのため魔法使いは勇者らが喉から手が出るほど欲しい、仲間に加えたい職業だった。


「確かに俺は独りぼっちだけどさ。でも何で俺なの?」
「君が一番強く輝く勇者だから」
 ウィリアムは未だにぽかんとした表情を浮かべていた。
 ウィリアムとエドガーは今さっき出会ったばかりだ。彼とは今日初めましてを交わした関係である。もしかしたらウィリアムの存在を風の噂で聞いたことがあり、彼の興味と関心を引いたのかもしれない。
「とても嬉しい話なんだけど、俺は仲間を集めてないんだ。だから他の勇者の力になってあげて欲しい。ごめん」
 ウィリアムは申し訳ない気持ちでエドガーを見つめる。
 一方、エドガーはやや眉尻を下げて悲しそうな面持ちを見せた。
「どうして仲間を集めないの?」
「勇者を目指し始めた頃は他の勇者とその一団に加わったり、仲間も集めたこともあったけど。俺が少し変な体質を持っていてさ。それを不気味に思うのは当たり前で、仲間に嫌な思いをさせるのは俺も嫌だったから仲間を集めるのはやめたんだ。」
 変な体質と、エドガーは呟いた。
「エドガーも一緒にいたら不気味に思い始めるよ」
 ウィリアムは思わず苦笑を浮かべた。
 その時、テーブルに置かれたウィリアムの手にエドガーの手が重ねられていた。エドガーの手は氷のように冷たいが、ウィリアムの手を撫でる指先はとても優しい。
 ウィリアムは思わずエドガーの顔を見つめる。エドガーはまるで愛しいひとに向けるような、蕩けるような微笑みを浮かべていた。
「私は絶対にそう思わない。ウィルはウィルだから。だから、私を仲間に入れて欲しい。君を裏切らないし傷付けないから」
 エドガーは真剣な声色で話す。同時にウィリアムの手を強く握り締めた。
 ウィリアムはエドガーの顔を見つめたまま暫く押し黙った。エドガーは嘘をついているようにも、騙しているようにも思えない。しかしエドガーの真意は春霞のように分かりにくい。
 周囲から視線を感じながらも、二人は暫く見つめ合っていた。
「わかった。でも、もし俺と組むのが嫌になったら言って欲しい」
 見つめ合いはウィリアムが根負けした。恐らくウィリアムが断り続けてもエドガーが引くことはないと察したからだ。
「君を守るために頑張るよ。よろしく、ウィル」
「俺もお互い大怪我をしないように頑張る。こちらこそよろしく」
 ウィリアムはからりとした笑みを浮かべ、エドガーは目尻を下げて優しく微笑む。二人は再び硬い握手を交わした。
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