君を想い、夢に見る

たいらの抹茶

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魔法使い

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「これからどこに向かう予定なんだい?」
 エドガーはウィリアムに問う。
 ウィリアムとエドガーは酒場を後にして町中を歩きだしていた。
「この町にある依頼斡旋案内所ガイドに行こうと思う」
「ガイド?」
 依頼斡旋案内所ガイドとは魔物の討伐や探索、人間に危機や危害を与える動物の駆除、重要人の護衛など様々な依頼を勇者をはじめとした戦士らに斡旋する場所である。町ごとにガイドは設置されており、町の近隣から広域に渡るまで依頼は集められている。ガイドには依頼主や日時、場所、報酬などが記入された張り紙が張り出されており、勇者らはそれらを見て依頼を受けるのである。
「昨日依頼を達成したから、その連絡が依頼を受けたガイドに行っているはず。報酬を受け取りに行こうと思う」
「なるほど」
 エドガーはふむふむと深く頷いた。
「失礼だと思いながら聞くけどいい?」
「もちろん」
「俺とエドガーは容姿だけだとあんまり年齢が変わらないように思えるんだけど、実際はどう?」
 ウィリアムは隣を歩くエドガーの横顔を盗み見た。エドガーの横顔は黒いローブの下に隠れており、その表情は伺うことができない。
「ウィルは何歳になるの?」
「二十だよ」
「若いね。私からすれば今も赤子と同じようだよ」
「えええ、赤子かあ。エドガーは見た目よりずっと歳上なのか?」
 ウィリアムの発言にエドガーはふふと笑いを溢した。
 ウィリアムは思い付いたと言わんばかりの表情を見せた。
「魔法使いは長い時間修行して魔法を修得するって聞いた。魔法使いは不思議な存在だ。もしかして俺達と少し違う時間が流れてて、老いにくくなっていたりする?」
「どうだろう。想像力が豊かなウィルの好きなように考えていいよ」
 エドガーはくすくすと笑い声を上げた。
 一方、ウィリアムはむすっとした顔を浮かべた。
「じゃあ、私からも質問してもいい?」
「俺の質問に全然答えてくれないじゃん。でもいいよ。どうぞ」
「ありがとう。ウィルは何歳から勇者として生きてるの?」
 ウィリアムはむすっとした顔付きのまま、記憶を思い返した。
「十六からだよ」
「どうして勇者として生きることにしたの?」
 ウィリアムは口を噤む。しかしややあって口を開いた。
「例の体質のこともあって戦士として生きるのが向いてると思ったからかな。あと報酬も高いし、体が動くうちは稼げるだろ」
 ウィリアムはにっこりと笑う。
 いつの間にかウィリアムはエドガーに見つめられていた。彼は深碧の瞳にウィリアムを映しながら、無表情のまま見つめていた。
「人間は死ぬのが怖い。忌避したいと思う。ウィルは怖くないの?」
「死ぬのは怖い。でも気持ち悪いと、役立たずと言われて捨てられる方が怖い」
 ウィリアムは力無く笑う。ウィリアムの瞳は青とも緑とも言い切れない、二つの色が混ざった美しい色を持っていた。その瞳は今、僅かに揺らめいていた。
「ウィルの瞳はいつも美しい」
「急に何だよ……」
「私は決して君を気持ち悪いと、役立たずと捨てることはしない。私は手に入れた財宝は手放したことがない。奪われたたのなら奪い返す。奪われてなくても奪う。それが私だ」
 エドガーはうっとりと微笑みながらウィリアムの頬を包み込む。そして彼の未だ幼さを残す輪郭を撫でる。
 一方、ウィリアムは呆然と眼前の青年を見つめた。エドガーの表情も触れ合いも真意が分からない。しかし、まるで獣が大きな口を開けて己を食べようとしているような、ぞわりと底知れない恐ろしさは感じていた。
「あのさ、慰めようとしてくれたのかわからないけど、いちいち距離が近いと思う。ちょっと恥ずかしいから離れて欲しい」
 ウィリアムはエドガーの手を振り払う。
 エドガーはきょとんとした顔で振り払われた手を見遣る。
「人間は財宝をこうやって見るだろう」
「俺は財宝じゃないからね。ほら、さっさと行こう」
 ウィリアムは足早に歩き出す。
 エドガーはその背中をじっと見つめる。
「財宝だよ。私にとって、何者にも奪われたくない唯一の財宝」
 エドガーは囁く。彼は口元を弓形に歪ませ笑っていた。
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