かわいそうなエレノア

幕間:妹という人形

　姉のことが、好きだった。
　世界で一番美しいものは姉で、彼女の手にあるものはなんだって光り輝いて見えた。両親はリリアのことを誉めそやし、可愛い美しいと愛でていたが、リリアにとっての一番うつくしいものは、四つ歳上の姉であるエレノアだった。

　姉の美しい銀糸を飾る濃紺のリボンも、ほっそりとした首筋にかかるネックレスも、彼女を彩るドレスだって、姉の手元にあるうちは、なんだって輝いて見えたのだ。
　だのにどうしてか、それはリリアの手元に来た頃にはくすんで見える。
　あんなにも輝いて見えた宝物が、自分の手の中ではひどく価値のないがらくたに見えた。

　リリアが何かを欲しいとねだれば、両親はなんだって与えてくれた。それは姉のエレノアも同じで、彼女が渋ったのは幼い頃の一度だけだった。それ以降、リリアのおねだりが拒絶されたことはない。その裏で両親の叱責があったことを知りもしないリリアは、エレノアが容易く譲り渡せば渡すほど、手元に来たそれらが無価値に思えて仕方がなかった。
　姉の手にあるからこそ、あれらは光り輝いて見えるのだ。そうと知りながらも、リリアは求めずにはいられなかった。

　いつからか王妃教育が始まったエレノアは、段々と書斎へと籠るようになってしまった。代わりによく顔を見せるようになった父と、母の三人で過ごす家族の時間に姉だけがいないことが、リリアには不思議でならなかった。

「どうしてお姉さまは、リリアと遊んでくださらないの？」
「ああ、かわいそうにリリア。エレノアは酷い姉だね。けれどエレノアはいま、未来の王妃、国母となるべく勉強中なんだよ」

　ずるい、と口から溢れ落ちそうになった言葉を飲み込む。
　なんでも持っている姉は、恵まれた地位まで手に入れるのだという。
　リリアにとってのエレノアは、何でも出来るひとだ。彼女が努力する姿を、リリアは知らない。その姉が、勉強という努力をする必要があることに、リリアはまず驚いた。
　そうして、なんでも持っていて、なんでも出来る姉のなりたいものに、リリアがなれたらどうだろうか。


　姉の持っているキラキラしたものを自分も持っていれば、姉のように美しくなれるのだと思っていた。姉のように美しく輝かしければ、彼女の隣に並んでもいいのだと、そう思っていた。


　──リリアも、王妃さまに、なりたいな。
　胸に過る、漠然とした願いの行く先を、幼いリリアは知らなかった。