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第三話
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「覚悟は出来ました、私を聖体にしてください」
固き決意を露わにしたセルジオの前に、神父は台座と子供が一人入れられる程の聖杯、そして聖書に形は似ているが、明らかに祝福する類のものでは無い書物を用意した。
亡骸を台座に置き、刃物で指を軽く切る。
そして亡骸の額に血で文字とアーシマの印が描いた。
神父は跪くよう指示すると、同じ様にセルジオの額にも同じ印を描く。
描き終えると同時に、神父は口を開いた。
「今から執り行う儀式は極めて冒涜的であり、本来生身の人間を聖体へと変貌させる事は、死を懇願する程の苦痛を伴います、よろしいですか?」
セルジオは動揺する事なく強い口調で答える。
「構いません」
「私の贖罪であり、使命なのですから」
その言葉を聞き入れると、神父は台座の前に立ち、書物を開き読み上げる。
書の名前はアポクリファ。
日頃教会で我々を戒め、祝福する聖書から消し去れたグノーシア教における暗部。
その内容には聖体と聖遺物、そして再誕者の降臨による新世界の創世をも賛美する内容が記されている禁書だ。
何故神父がこのような禁書を持っていたのか、過去に別の誰かを聖体として再臨させたのか。
あらゆる疑問が。身体中を巡る血液を沸騰させ、顔のあらゆる部位から吐き出されていく流血と共に流された。
今や一つ一つ全ての血管を流れる血が、豪雨の川の濁流であり、床という河口に絶叫と激痛を伴いながら漂着している。
同じ様に聖杯に入れられた亡骸も、顔のあらゆる部位から流血し、瞬く間に聖杯を血で満たしていく。
神父は脂汗を額にかきながら震える手で外典を読み上げる、光無き道を彷徨う人々を救済するのではなく、神と教えに背き侮辱するように。
やがてセルジオの血液が全て吐き出され、聖杯も亡骸の血で満たされた事を確認すると、神父はページを捲り呪詛のように読み上げた。
すると姿は変わり果て、最早風前の灯であったセルジオの体が床一帯を染めつつある血液と共に浮かび上がる。
そして交わる様に聖杯を満たしたネストレフの血も異様な空間に吸い込まれていく。
交わる二つの血は貌を変えながらセルジオに纏わりついてく。
淡く輝く満月の様に。
大海をうねる渦の様に。
そして孵化を待つ卵の様に。
収縮する両者の血でかたどられた血の繭から、胎児の様にうずくまったセルジオが身体を伸ばし、ゆっくりと地面に足をつけた。
聖体の再臨は、無事に遂げられたのである。
穢れることのない白き肌と、心臓を抜き取られた様に開いた胸の穴。
左手に埋め込まれた聖遺物を覆い隠す様に、赤黒く染められた布と甲冑を纏っている。
在りし日を彷彿とさせる髪と髭だが、その目にかつて教鞭を振るっていた頃の面影は無く、瞳の奥には昏い光を宿していた。
書を読み終えると同時に、息を切らしながら膝をつく神父にセルジオが手を差し伸べる。
戦慄させる風貌と化して。その心は変わっていなかった事に安堵した神父は差し伸べた手を握り、よろよろと立ち上がった。
「ありがとうございます神父様、身体中から力が沸いてきます、まるで生まれ変わったようです」
人としての温もりが消え去った手で握られ、お礼を言うセルジオに、少々複雑な心境で返す。
「無事にこの儀式を終えることができて良かった、姿形は変われど心はセルジオ様のままで安心しました」
「セルジオ様、旅立つ前に最後のお願いを聞いていただけますか?」
恩人である神父の願いを、セルジオは快く受け入れる。
「私に出来ることであれば、何とでも」
別室に案内され、ドアを開けると脈打つ臓器のような肉塊が蠢いていた。
「これは、なんですか?」
常人であれば発狂していただろう理解の範疇を超えた生命体を前に神父に問いかける。
「この教会を自身を犠牲にして守り抜いた、シスターオクタヴィアです」
人間としての面影が何処にも感じられない姿に驚愕した。
「彼女は明日生きていけるかも分からぬ、過酷な戦場に身を置く傭兵でした」
「ある日重症を負い、死ぬのも時間の問題だった彼女を我々が偶然見つけ、看護した事が初めての出会いでした」
「何処の馬の骨かも分からぬ人間を見返りも求めずに救ってくれた事に恩義を感じ、彼女もシスターの一員となったのです」
無念の思いを込めた口調で神父は語る。
「そして厄災の霧が広がりつつある最中、この教会も再誕者による襲撃を受けました」
「彼女は孤児やシスター達を逃す時間稼ぎの為、彼女は武器を掲げ戦い抜いたのです」
「無論、人間が再誕者に勝てる訳などないのですがその意気が気に入られたのでしょうか」
「シスターオクタヴィアは死ぬ代わりに、こうして無惨な肉塊として生かされる事になったのです」
語り終えると神父はセルジオの方に振り向き、最後の願いを告げた。
「セルジオ様、彼女の命をどうか終わらせてください」
「貴方の持つ聖遺物の力が必要なのです」
傭兵出身とは到底思えぬ彼女の慈悲深さと勇敢さに敬意を表し、名誉を守る為に快諾した。
「分かりました」
「しかし、どうすればよろしいのでしょうか」
埋め込まれた聖遺物に目を落とし答える。
「ただ、彼女の前に手をかざすだけで良いのです」
神父の言葉通りに従い、彼女の前まで歩み寄る。
肉塊を前に左手をかざすと、聖遺物が白く淡い光を放った。
すると肉塊はその光に安堵するかのように脈打つ鼓動が弱まり、やがて完全に動きを止め塵となって消滅する。
散り際に、神父達を微かに懐かしい香りが鼻を掠め、囁くような声で、彼女が感謝の思いを告げるのを二人は聞いた。
人智の域を超えた奇蹟の光景に、神父はただ感涙した。
「ありがとうございます、セルジオ様、そしてシスターオクタヴィア」
「どうか魂が彷徨える事なく、天に導かれる事を」
全ての支度と準備を終え、セルジオは旅立つ。
「有難うございましたシルベン神父、どうかお元気でいてください」
久方ぶりの再開を惜しむような慈しむ笑みで神父は返す。
「どうか気をつけて、必ずや使命を成し遂げ、巡礼の旅を終える事を願っています」
日差しを遮っていた曇天の空から、微かに太陽が光を差してくれているのが見える。
この過酷な旅路を行末を見守るように。
そして過去への決別と新たな決意を持って歩む青年を祝福するように。
その背中を見てシルベン神父は天を仰ぐ様に呟く。
「――シスターオクタヴィア、貴方が命を賭して守り抜いたこの場所は、今尚出会いと別れの場所として受け継がれています」
固き決意を露わにしたセルジオの前に、神父は台座と子供が一人入れられる程の聖杯、そして聖書に形は似ているが、明らかに祝福する類のものでは無い書物を用意した。
亡骸を台座に置き、刃物で指を軽く切る。
そして亡骸の額に血で文字とアーシマの印が描いた。
神父は跪くよう指示すると、同じ様にセルジオの額にも同じ印を描く。
描き終えると同時に、神父は口を開いた。
「今から執り行う儀式は極めて冒涜的であり、本来生身の人間を聖体へと変貌させる事は、死を懇願する程の苦痛を伴います、よろしいですか?」
セルジオは動揺する事なく強い口調で答える。
「構いません」
「私の贖罪であり、使命なのですから」
その言葉を聞き入れると、神父は台座の前に立ち、書物を開き読み上げる。
書の名前はアポクリファ。
日頃教会で我々を戒め、祝福する聖書から消し去れたグノーシア教における暗部。
その内容には聖体と聖遺物、そして再誕者の降臨による新世界の創世をも賛美する内容が記されている禁書だ。
何故神父がこのような禁書を持っていたのか、過去に別の誰かを聖体として再臨させたのか。
あらゆる疑問が。身体中を巡る血液を沸騰させ、顔のあらゆる部位から吐き出されていく流血と共に流された。
今や一つ一つ全ての血管を流れる血が、豪雨の川の濁流であり、床という河口に絶叫と激痛を伴いながら漂着している。
同じ様に聖杯に入れられた亡骸も、顔のあらゆる部位から流血し、瞬く間に聖杯を血で満たしていく。
神父は脂汗を額にかきながら震える手で外典を読み上げる、光無き道を彷徨う人々を救済するのではなく、神と教えに背き侮辱するように。
やがてセルジオの血液が全て吐き出され、聖杯も亡骸の血で満たされた事を確認すると、神父はページを捲り呪詛のように読み上げた。
すると姿は変わり果て、最早風前の灯であったセルジオの体が床一帯を染めつつある血液と共に浮かび上がる。
そして交わる様に聖杯を満たしたネストレフの血も異様な空間に吸い込まれていく。
交わる二つの血は貌を変えながらセルジオに纏わりついてく。
淡く輝く満月の様に。
大海をうねる渦の様に。
そして孵化を待つ卵の様に。
収縮する両者の血でかたどられた血の繭から、胎児の様にうずくまったセルジオが身体を伸ばし、ゆっくりと地面に足をつけた。
聖体の再臨は、無事に遂げられたのである。
穢れることのない白き肌と、心臓を抜き取られた様に開いた胸の穴。
左手に埋め込まれた聖遺物を覆い隠す様に、赤黒く染められた布と甲冑を纏っている。
在りし日を彷彿とさせる髪と髭だが、その目にかつて教鞭を振るっていた頃の面影は無く、瞳の奥には昏い光を宿していた。
書を読み終えると同時に、息を切らしながら膝をつく神父にセルジオが手を差し伸べる。
戦慄させる風貌と化して。その心は変わっていなかった事に安堵した神父は差し伸べた手を握り、よろよろと立ち上がった。
「ありがとうございます神父様、身体中から力が沸いてきます、まるで生まれ変わったようです」
人としての温もりが消え去った手で握られ、お礼を言うセルジオに、少々複雑な心境で返す。
「無事にこの儀式を終えることができて良かった、姿形は変われど心はセルジオ様のままで安心しました」
「セルジオ様、旅立つ前に最後のお願いを聞いていただけますか?」
恩人である神父の願いを、セルジオは快く受け入れる。
「私に出来ることであれば、何とでも」
別室に案内され、ドアを開けると脈打つ臓器のような肉塊が蠢いていた。
「これは、なんですか?」
常人であれば発狂していただろう理解の範疇を超えた生命体を前に神父に問いかける。
「この教会を自身を犠牲にして守り抜いた、シスターオクタヴィアです」
人間としての面影が何処にも感じられない姿に驚愕した。
「彼女は明日生きていけるかも分からぬ、過酷な戦場に身を置く傭兵でした」
「ある日重症を負い、死ぬのも時間の問題だった彼女を我々が偶然見つけ、看護した事が初めての出会いでした」
「何処の馬の骨かも分からぬ人間を見返りも求めずに救ってくれた事に恩義を感じ、彼女もシスターの一員となったのです」
無念の思いを込めた口調で神父は語る。
「そして厄災の霧が広がりつつある最中、この教会も再誕者による襲撃を受けました」
「彼女は孤児やシスター達を逃す時間稼ぎの為、彼女は武器を掲げ戦い抜いたのです」
「無論、人間が再誕者に勝てる訳などないのですがその意気が気に入られたのでしょうか」
「シスターオクタヴィアは死ぬ代わりに、こうして無惨な肉塊として生かされる事になったのです」
語り終えると神父はセルジオの方に振り向き、最後の願いを告げた。
「セルジオ様、彼女の命をどうか終わらせてください」
「貴方の持つ聖遺物の力が必要なのです」
傭兵出身とは到底思えぬ彼女の慈悲深さと勇敢さに敬意を表し、名誉を守る為に快諾した。
「分かりました」
「しかし、どうすればよろしいのでしょうか」
埋め込まれた聖遺物に目を落とし答える。
「ただ、彼女の前に手をかざすだけで良いのです」
神父の言葉通りに従い、彼女の前まで歩み寄る。
肉塊を前に左手をかざすと、聖遺物が白く淡い光を放った。
すると肉塊はその光に安堵するかのように脈打つ鼓動が弱まり、やがて完全に動きを止め塵となって消滅する。
散り際に、神父達を微かに懐かしい香りが鼻を掠め、囁くような声で、彼女が感謝の思いを告げるのを二人は聞いた。
人智の域を超えた奇蹟の光景に、神父はただ感涙した。
「ありがとうございます、セルジオ様、そしてシスターオクタヴィア」
「どうか魂が彷徨える事なく、天に導かれる事を」
全ての支度と準備を終え、セルジオは旅立つ。
「有難うございましたシルベン神父、どうかお元気でいてください」
久方ぶりの再開を惜しむような慈しむ笑みで神父は返す。
「どうか気をつけて、必ずや使命を成し遂げ、巡礼の旅を終える事を願っています」
日差しを遮っていた曇天の空から、微かに太陽が光を差してくれているのが見える。
この過酷な旅路を行末を見守るように。
そして過去への決別と新たな決意を持って歩む青年を祝福するように。
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