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第三章 男事不介入案件~闘え!男性保護特務警護官

第二十二話 男事不介入案件と五月の交渉

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 そんななんとも言えない出来事の間にも、当然ながら主の怒りは収まっていない。むしろ、本来は彼女に向いていた矛先さえも朝日に向かってしまった。

「おいっ! キッ、キミがボクに暴力を振るったんだからな――」
(ああっ神崎さまっ! あのお優しさ、まさに男神!)
「か、覚悟しておけよ! ママにも言ってやる――」
(ヤバい。わたしも神崎様に気絶させられたい)
「キミのMapsたちも万里たちが潰してやる――」
(濡れた! これはマジ濡れた!)
「謝る時になってから後悔しても遅い――」
(あれこそが天使……いえ、大天使カンザキエル様! 爆、誕!)

「だ、か、ら、うるさいって言ってるだろおおおおおおおお、おまえらああああああっ! なんで毎回ボクの後ろで気持ち悪い話しをするんだあああああああっ!!」

 後ろのメンバーを主が怒鳴りつけたと同時に、朝日たちの後ろから声がかかった。

「ははっ、こりゃあ賑やかだねぇ~? ねぇ、主坊ちゃ~ん。何か楽しそうじゃな~い!?」
「あ、朝日様あああああ! ご無事ですかっ!? 五月がっ! 貴方の五月が参りましたわっー!!」
「くそっ、デカ蛇女。帰り道までちょっかいかけやがって……あっ、おい朝日! ……んだ? ……あちゃー、こりゃいかん感じだな」

 万里、五月、梅が待合室に滑り込んで来たのであった。

「おい万里! ちょうどいい! あいつがボクに暴力を振るったんだ。そこの取り巻き連中を潰してボクに謝らせろっ!」
「ちょっと! 何言ってるの? 海土路君の方こそ謝ってよ。君だって深夜子さんに酷いこと言ったでしょ!」
「は!? え? あ、朝日様? これは一体……」
「おいおい朝日が怒るって珍しいな……深夜子、こりゃどういうこった?」

 穏やかではない二人のやり取りに、五月と梅はすぐに朝日をかばうように側につく。そんな朝日たちを尻目に、万里はズカズカと主に近づきガシッっと抱き上げて肩に抱えた。

「ん? あれ? おっ、おい万里!? 何やってんだ? ボクの言うことが聞こえなかったのか? おいっ!」

 お尻部分を手でがっちりと抱えられ、肩の上でジタバタしながら主が文句を言う。だが、万里は笑って受け流し一言二言ひとことふたことを耳元でささやく。何を言われたかは定かではないが、渋々大人しくする主を抱えたまま、万里は五月の前にその巨躯をさらす。

「ま、経緯はともかくさぁ。ウチの坊ちゃんとオタクのその美人さんとの状況じゃあ、こりゃあ『男事不介入案件だんじふかいにゅうあんけん』ってヤツになるねぇ。お、じ、ょ、う、さ、ま」
 男事不介入案件。その一言に五月の顔色が変わる。
「なあっ!? そ、それは……くっ! 万里さん……貴女という人は相変わらずですわね」

 ニヤリ、といやらしい笑みを見せる万里。対して、苦い顔でにらみ返す五月であった。

『男事不介入案件』
 本来、社会の治安は警察によって維持され、個人間の争いは裁判所――司法によって解決される。だが、この世界で貴重な男性同士のトラブルは非常に厄介な案件である。

 過去の様々な事例から警察、裁判所は介入に消極的となり、問題視した国会による審議が行われた。だが『あーもう、めんどくせぇ。これは男性保護省と男性権利保護委員会の仕事ね! お前ら今日から頼むわ。件数も少ないし、いいよねマジで!』と言うとんでもない丸投げを行なってしまう。

 その結果、数多あまたの警護官たちに『男性の身辺警護』とは別の、もう一つの役割が発生した。

 簡単に例えると自動車事故の保険会社のようなものだ。自動車だんせい同士の衝突事故が発生すれば、お互いの保険会社けいごかんが間に入って和解を成立させる。警護官たちにとっての暗黙の仕事ルールである。

 男性同士のトラブルと言っても、ほとんどの場合は話し合いで解決できる。しかし、豊かな社会が逆に仇となる。財力と社会的な地位を持った一部の女性たちが、自身の男子を蝶よ花よと育てたのだ。

 皇帝の如く、唯我独尊に育ってしまった彼らのトラブル内容はエスカレート。時には警護官同士の力と力のぶつかり合いにまで発展した。それが社会で問題視され、またも国会で審議されることになる。だが、またしても『それで男性が納得するならいいんじゃない? ともかく死人は出ないようにしてね! 以上』とツッコミどころ満載の結論に至ってしまった。

 こうして、この問題は現代社会に根付くことになった。故にMapsなど男性警護官は戦闘能力を重視して評価される。その理由の一つである。

 ――さて、武蔵区男性総合医療センターの待合室にいる朝日たちに話を戻そう。ちょうど梅が万里に飛びかからんばかり勢いだ。

「不介入案件だとぉ!? このデカ蛇女、いい度胸してんじゃねぇか! ぶっころ――」
 ずごん! 鈍い音と同時に深夜子のかかと落としが梅の頭頂部に決まる。
「――むきゅう」
「梅ちゃん。五月さっきーの邪魔しちゃダメ」
 頭から煙を出してダウンした梅を抱え、深夜子はそそくさと朝日のそばに戻る。
「オホホホ……し、失礼しましたわ。コホン……」
 深夜子を横目に、愛想笑いと咳払いをしてから五月は表情を引き締める。
「万里さん? 貴女は男事不介入案件とおっしゃいますが、今、ここにはお互いの当事者。それに加えて警護官も揃っておりますわ」

 万里の言う通り、男事不介入案件と取られてもおかしくない状況ではある。だがトラブル発生直後な上、交渉人員は揃っている。即示談に望めない状態ではない。朝日の為にも平和的な解決が理想であり、この場を逃す手はないと五月は考えた。

「ああん? その必要はないだろぉ、お嬢様。今はお互いが謝れって状態だからさぁ~、後日って話でいいんじゃな~い?」
「そうですわね。でも、今だから可能なこともありますわ。海土路主様……でいらっしゃいますわよね?」
 渋る万里を尻目に、五月は担がれている主にさらりと近づき声をかける。
「なんだよ? ボクは暴力を振るわれたんだぞ!」
「ええ、存じておりますわ。ですので、まずは事情の把握をさせてはいただけませんか? わたくし、AランクMapsの五月雨・・・五月と申しますわ」

 万里の狙いは解っている――五月はそのやり口を知っていた。

 Maps時代に万里が起こした暴力沙汰の数々。そのほとんどが必要ないと思われる案件でも、強引に男事不介入案件に仕立てあげる。さらに交渉時には難癖をつけて和解決裂させ、最終的に実力で相手を叩き潰す。

 闘うことに快感を得る戦闘狂が彼女だ。何よりも五月が知る限り、万里は強い。元SランクMapsの肩書きは伊達ではない。仮に五月自身が一対一で闘えば確実に敗北するだろう。

 では、深夜子と梅ならばどうであろうか? 確かに行動を共にして、二人の人間離れした強さを感じてはいる。しかし、朝日のリスクは出来る限り回避すべきである。

 主を交渉のテーブルに引きずり込むため、五月はまず自分に興味を持たせることにした。だからあえて名字を強調した自己紹介を交え、事情聴取を希望したのだ。

「ふん。少しは話せそうなヤツだな……ん? 五月雨? もしかして、お前あの・・五月雨か?」
 予定通り。五月雨の名に反応して、興味を示す主。してやったりの目線を万里に送りつつ話を進める。
「ええ、確かにわたくしの実家は総合情報商社、その五月雨・・・・・ですわ。でも、今はMapsの一員ですの……それで、事情の確認はさせて頂いてよろしくて?」
「おいおい、お嬢様にしちゃあがっつき・・・・過ぎじゃな~い? ウチの坊っちゃんもそろそろお疲れのようだしねぇ。今、焦る必要も無いだろぉ」
 のらりくらりとかわそうとする万里だが、釣り針に食いついた獲物を簡単に離す五月では無い。

「あら、万里さん? 貴女の雇い主様はそうでも無いご様子ですわよ。ふふ、焦っているのは貴女ではなくて?」
「そうだぞ、ちょっと待て万里。この女は五月雨ホールティングスの人間なんだろ。確かママが――」
 釣り上げた! 五月がそう感じて安堵した瞬間。万里はすっと主を肩から降ろして、両手を回し抱き締める体勢を取った。
「はいはい。お嬢様の話を聞いてあげるなんて、坊ちゃんはお優しいねぇ~。ついつい、抱きしめたくなっちまうよぉ、あははははっ」
「なにっ、万里? おいっ、やめっ、暑苦しい胸を押し当てっ――――むぎゅう」

 くだらない理由をさもそれらしく声に出し、万里は自分の巨大な双丘を主の顔に押しつけて抱きしめる。その豊満な圧力に屈した主は意識を手放し、口から魂がはみ出んばかりの状態と相成った。

「なあっ!? ば、万里さん、貴女!?」
「あちゃあ~、いやいや、ざぁ~んねん。うちの坊ちゃんは少し体調悪い・・・・みたいでさぁ。こりゃあ申し訳ないねぇ~」

 これ以上無い程わざとらしく、残念そうに断りの文句をぶつけてくる万里。あまりにも露骨だが、この場では効果抜群の対応に絶句する五月である。

「くっ、万里さん……貴女と言う方は……」
 五月は拳を握りしめ、震えながら呟く。
「なんだぁ~い、お嬢様? あたいとしちゃあ、これ以上話がこじれないように気を使ったつもりなんだけどねぇ~」

 万里は片目をつむって、ニヤニヤとした表情を向けてくる。はらわたが煮えくりかえる心地の五月ではあるが、こうなった以上は頭を切り替えるしかない。大きくため息を吐いて腹をくくる。

「はあぁ…………わかりましたわ! わたくしたちを狙うのでしたらお好きにどうぞ。それも仕事の一環ですから仕方ありませんわね。…………ですが、もしっ、もし朝日様に指一本でも触れようものなら――五月雨の家を敵に回すものとお覚悟下さいませ!!」
「ははっ、おお怖い怖い! お嬢様にそこまで言わすたぁ、さすがの色男だねぇ。あたいも一度あやかりたいもんだよぁ。じゃあ、今度は話し合い・・・・の場で、ゆっくりとねぇ」
わたくしからお話しすることはもう何もありませんわ」

 そう言って五月はバッサリと会話を切る。急ぎこれからの対策を考えなければならない。だが、まずは朝日を無事、家に連れて帰ることが先決である。何より朝日を不安にさせない為にと、五月は気分を入れ替えて明るい声色に変え、振り返った。
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