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第七章 温泉旅行は愛と波乱に満ちている
第八十一話 朝日と主の温泉卓球
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「あら? 随分と盛り上がってますわね」
どうやら朝日と主の対戦は白熱しているようだ。観戦している深夜子、梅、月美、公子らが興奮気味に声援を送っている。
それもそのはず、朝日は中学校時代に卓球部へ所属しており、団体戦レギュラーに選ばれるほどの実力であった。対する主は豪語した通り、オリンピッククラスの選手に指導を受けており相当な腕前だ。
そんな二人の対戦だが、朝日は卓球台から極力離れず、反射神経とアップテンポな攻めを駆使する前陣速攻型。対して主は受け中心で、強い下回転の打ち返しを巧みに使い、チャンスボールをものにするカット主戦型。
もちろん技術は主が上であるが、とにかく朝日の(この世界基準で)男性離れしたパワーとスピードに手を焼いている。結果、卓球素人が見ても楽しめる高レベルの対戦が繰り広げられた。
「くっ、ほんとにキミの身体能力にはあきれるよ――っと!」
そんな中、主がチャンスボールを見逃さずスマッシュを叩き込む。朝日は何とかスマッシュに食らいつき、繰り返し拾って粘り続ける。
「貰ったぞ!!」
数回ラリーしたのち、主の強烈なスマッシュが朝日の逆サイド、左側に離れた厳しいコースに決まる。
「くうっ!」
だが朝日も素早い反応を見せる。すぐさま逆サイドへボールを捕らよえうと猛ダッシュをかけた。
――ボールまで数センチ!
スライディング並みの低姿勢で走りつつ、ラケットを持つ手をぐいと伸ばす。しかし、残念ながらわずかの差で捕らえ切れず、ボールは床へと転がった。
「うわあっ!」
次の瞬間。スリッパで踏んばりがきかない朝日は体勢を崩してしまう。
「「あっ、危ない(ですよっ)!!」」
近くの左サイド側で観戦していた月美と公子が声を上げた。
勢い余って朝日が向かうその先には別の卓球台がある。しかも高さがまずい! このままでは頭から台に激突必至のコースだ。
深夜子、梅、五月の背筋が凍りつく。反射的に飛び出すも右サイド側で観戦中で、距離が離れていたのが災いする。カバーが間に合わない! 三人の脳裏に最悪の想像が横切った。
もし、朝日が顔にあとが残る怪我でもしようものなら、自分たちの命ですら償うことができない大罪である。この世界で男性の顔に残る傷がつくことはそれほどに重い。
必死の形相で手を伸ばす三人。だが、届かない。朝日の身体は卓球台へと近づいて行った――――そして。
「おおっ~と! 間一髪でしたねぇ。お怪我はありませんか~? 神崎さぁ~ん」
丸大公子が卓球台を背にして、その丸々としたお腹のクッションで朝日を受け止めていた。左サイド側で観戦していた彼女が一番近くにいたのだ。
この場にいるタクティクスメンバーも、A級ライセンスを持った民間男性警護官でもトップクラスの者たちだ。みすみす男性が怪我をするのを見逃すなどありえない。朝日の無事に深夜子たちもホッと胸を撫で下ろす。
「ご、ごめんなさい。ありがとうございました」
「ふぉっほっほっほ。いえいえ、神崎さんは大事な男せ――いいいっ!?」突如そのえびす顔の両眼が限界まで見開かれ血走った。
ちょうど公子は朝日を抱きかかえて見下ろす形になっていた。さらに朝日の浴衣は衝撃で着崩れている。それはつまり――。
「ゆ、ゆゆゆゆ浴衣の下が、はっ、肌いろ? ちっ、ちく、ちく、びっ、びっ、びでぶっ!?」
指先一つでダウンさせられたかの如く、豪快に鼻血を吹き出し倒れ込む公子であった。
「ちょおおおおっ!? き、公ちゃーーん!?」
「あっ……あはは……」
驚いて駆けよる月美に照れ笑いを見せつつ、朝日はいそいそと浴衣をなおす。
「ちょっと待てええええ!?」
そこに主が凄い剣幕で朝日の元にすっ飛んで行き、かばっと浴衣の胸元を確認する。
「どっ、どっ、どうしてキミは上半身裸で浴衣を着ているんだあああああああっ!?」
「え? …………あっ、もう! 主君のえっちい」と、せっかくなのでノっかってみた。
「そうじゃなぁーーーいっ! きっ、きききキミは自分が男であることを少しは意識したらどうなんだっ!? 普通はTシャツを下に――――はっ!?」
的確にツッコミを入れる主であったが、何かを思ったらしく、言葉を切ると深夜子ら三人に厳しい視線を向けた。
「おい! そこのMaps! キミらなんで着替えの時に止めてないんだよっ!?」
そのするどい指摘に深夜子、五月、梅が不自然に顔を背ける。
「「「エッ、シッ、シラナカッタナー(デスワー)」」」
しかも、表情が恐ろしく白々しい!
「ウソをつけええええ! それ絶対に知ってただろおおおお!? 朝日クン! いったいどうなってるんだキミのMapsたちはっ!?」
「え? でも僕、昨日も浴衣の下は――――ふがっ!?」
「朝日君それ以上いけない」「べ、別に俺は見たかったわけじゃ――ぐはっ!?」「オホホホ、たっ、たまさか偶然計らずもお忘れになっただけですわ。海土路様――」
まず、朝日の(この世界の)常識的にアウトな発言を深夜子が口をふさいで止める。続けて、しっかり口を滑らせた梅の頭に五月が肘鉄を落とし、流れるように主の前に割って出て言い訳を始めた。この間わずか数秒のコンビネーションである。
念のために説明しておくと、男性用の浴衣は女性用と違い、衿元が高く広がりにくい構造になっている。肌が透けないよう生地も厚い。無論、それでもTシャツを着て、肉食女性たちの熱い視線をガードするのが男性の常識なのだ。
しかし初日。その概念が無い朝日が浴衣姿になることで、度々発生する素晴らしい角度と視野角チャンス。『そんなの、堪能するしかないじゃない!』とまあ、流れはお察しいただきたい。
――結局、卓球勝負は僅差で主の勝利であった。お互いちょうどよい対戦相手との認識で、卓球の練習場がある主の家に朝日が遊びに行く約束などもした。その後、どうするかの話題となって朝日が希望を出す。
「そうだ主君。汗かいたからさ、お風呂に入らない」
「ん? そうだね。確かにそれは悪くないかな?」
「じゃあさ、せっかくだから露天風呂に行こうよ!」
「「「「「えっ?」」」」」
「あれ?」
朝日の一言に何とも言えない空気が走る。一人、万里が腹を抱えて笑っている。そこに顔を赤くして、口をぱくぱくとさせている主がワナワナと震えながら切り出した。
「おっ、おっ、男が露天風呂とか入れる訳ないだろおおおおおおっ!?」
「えっ!? そうなの!?」
「そうなのじゃないよっ! 男が野外で風呂に入るとか、ただの露出狂だよっ!!」
これまた朝日に違和感だらけの主張だが、この世界の常識――いや、女性を甘く見てはいけない。
仮に朝日と主が露天風呂に入ろうものなら、半径数キロ以内に”バードウォッチング”と称した野鳥の会会員も真っ青の望遠装備で、女性たちが殺到すること受け合いである。
結局は朝日の宿泊している『紫陽花の間』の檜風呂を使うことにする。その後は夕食を共にして本日は解散の流れで以降の予定が決まった。
――全員集合となった大広間にて、またしても主の声が響く。
「えっ!? い、いっしょに入ろうって!?」
「そうだよ。せっかくの男同士! 裸の付き合いって奴かな?」
「む、う、いや、まあ……しかし、キミは本当に変わってるね。ほんとボクじゃないと付き合い切れないと思うよ!」
男同士で風呂に入る。圧倒的に男性が少ないこの世界では交友関係としてもレアケースだ。朝日の積極性に主が戸惑うのも仕方ない。
しかし恥ずかしそうではあるが、意外とまんざらでもなさそうな主だ。それより何より一番反応を示しているのは「あ、主様と神崎さんが……お、お風呂ですよ……流しっこ……ですよ」と、分厚い眼鏡のレンズが血走っている(かのような)月美である。
「おんやぁ? 月美は何を想像して顔を真っ赤にしてんのかねぇ」
「うひいっ!? あっ、あああっ、ば、ばばばば万里姉は、な、なな何を言ってるですよ? べ、別に月美は何も考えてないですよ!」
思い切り万里に冷やかされ、ついでに深夜子と梅からも弄られ始める月美であった。
「まったく、何かにつけて騒がしですわ――――あら……本部の重隅係長?」
朝日と主を風呂場へと送り出し、背後の騒ぎにぼやいていた五月のスマホに呼び出しが掛かった。
「珍しいですわね……はい、五月雨ですわ。いかがなされました?」
『これは五月雨さん。忙しいところを申し訳ありません、重隅です。実は昨日の報告書を確認したところ、神崎さんと仲の良い、海土路さんが宿泊されているとのこと。もしかして二人がいっしょにお風呂に入るなどと言うけしから尊いシチュ』――。
「なんだ五月? 本部か?」
「なんでもありませんわ。業務用のスマホが腐っていたみたいですわね」
「なんだよそれ……」
五月は軽い頭痛を覚え、一旦お茶でも飲んで落ち着こうかと考えたその時。肩に万里の手が置かれた。
「お嬢様。花美から連絡が入ったよ」
依頼していた情報が届いた。万里から手渡されたタブレットに目を通す。一転、五月の表情は厳しくなった――。
夕食を終えて、主たちも自分たちの部屋へ帰って行き、時間は現在二十時を過ぎたところだ。
大広間には朝日と梅。そして深夜子と五月は風呂に入っていた。今は二人とも檜の湯船の縁に腰をかけている。もちろん全裸である。五月の二つの膨らみは実に豊かで形も良く、引き締まった腰のラインと相まって、深夜子とは非常に対象的な体型だ。
「――なので、本館にある小宴会場に本日の深夜までは集合しているはずですわ。人数は若頭の影嶋不知火を含めて十八名。しかも思っていた以上に腕の立つ者が多いとの情報ですの」
「ふーん。その影嶋不知火って強いの?」
「……ですわね。私の知るかぎり暴力団の武闘派でも間違いなくトップクラスですわ。貴女や大和さんはともかく、少なくとも私や万里さんより上ですわね」
「そっか。で、どうするの五月」
珍しく深夜子も表情、声色ともに真剣である。五月が依頼、収集した情報を元に、会話は深刻な内容であることが伺える。少しの沈黙の後、五月が無言のまま湯船の縁から石畳の床側へと降りる。
「――そうですわね。少なくとも朝日様を狙って動くのは間違いないでしょうが、その証拠がなければ動きようもありませんわ」
「向こうが手を出すまで待つの?」
「まさか、朝日様の安全が最優先。すでに鬼竜会と影嶋一家の残り構成員の抑えはお母様にお願いしてありますし、桐生建設は私が子会社に敵対的買収などを仕掛けますので数日は動けなくなりますわ。大和さんには朝日様のガードをお願いする予定ですの」
「ん。わかった。それであたしは何すればいい?」
「…………」
そう聞かれ、少し躊躇がちな表情を見せた五月であったが、ゆっくりと語り始めた。
「……それから……朝日様のリスクを最大限に減らす場合……最大の、一番危険な任務は、残る影嶋不知火たちから朝日様を――いえ、男性略取準備罪の適用となる情報を確保した上での、……殲滅!」
そう言うと同時に五月は深夜子へ向かって土下座をし、深々と頭を下げた。
「深夜子さん! 無茶を承知でお願いしますわ! 朝日様のためにそのお命をかけていただけますでしょうか? ひどく危険な任務を貴女に押しつけているのはわかっていますわ。でも、どうか、どうか――――ふえっ!? むきゃあああああああっ!?」
いつの間に土下座している五月の後ろへと周って、そのたわわな両胸をむにむにと掴んでいる深夜子であった。
「何いっ、91のE!? 成長している……だと……!?」
「なっ、ななななな何をされますのおおおおおおっ!?」
転がるようにその場から離れ、五月は胸を両腕でガードする。
「五月気にしすぎ。朝日君のためでしょ。あたし肉体労働派!」
「み、深夜……子さん……」
あっけらかんといい放つ深夜子、その意図を感じて声を詰まらせる五月であった。
どうやら朝日と主の対戦は白熱しているようだ。観戦している深夜子、梅、月美、公子らが興奮気味に声援を送っている。
それもそのはず、朝日は中学校時代に卓球部へ所属しており、団体戦レギュラーに選ばれるほどの実力であった。対する主は豪語した通り、オリンピッククラスの選手に指導を受けており相当な腕前だ。
そんな二人の対戦だが、朝日は卓球台から極力離れず、反射神経とアップテンポな攻めを駆使する前陣速攻型。対して主は受け中心で、強い下回転の打ち返しを巧みに使い、チャンスボールをものにするカット主戦型。
もちろん技術は主が上であるが、とにかく朝日の(この世界基準で)男性離れしたパワーとスピードに手を焼いている。結果、卓球素人が見ても楽しめる高レベルの対戦が繰り広げられた。
「くっ、ほんとにキミの身体能力にはあきれるよ――っと!」
そんな中、主がチャンスボールを見逃さずスマッシュを叩き込む。朝日は何とかスマッシュに食らいつき、繰り返し拾って粘り続ける。
「貰ったぞ!!」
数回ラリーしたのち、主の強烈なスマッシュが朝日の逆サイド、左側に離れた厳しいコースに決まる。
「くうっ!」
だが朝日も素早い反応を見せる。すぐさま逆サイドへボールを捕らよえうと猛ダッシュをかけた。
――ボールまで数センチ!
スライディング並みの低姿勢で走りつつ、ラケットを持つ手をぐいと伸ばす。しかし、残念ながらわずかの差で捕らえ切れず、ボールは床へと転がった。
「うわあっ!」
次の瞬間。スリッパで踏んばりがきかない朝日は体勢を崩してしまう。
「「あっ、危ない(ですよっ)!!」」
近くの左サイド側で観戦していた月美と公子が声を上げた。
勢い余って朝日が向かうその先には別の卓球台がある。しかも高さがまずい! このままでは頭から台に激突必至のコースだ。
深夜子、梅、五月の背筋が凍りつく。反射的に飛び出すも右サイド側で観戦中で、距離が離れていたのが災いする。カバーが間に合わない! 三人の脳裏に最悪の想像が横切った。
もし、朝日が顔にあとが残る怪我でもしようものなら、自分たちの命ですら償うことができない大罪である。この世界で男性の顔に残る傷がつくことはそれほどに重い。
必死の形相で手を伸ばす三人。だが、届かない。朝日の身体は卓球台へと近づいて行った――――そして。
「おおっ~と! 間一髪でしたねぇ。お怪我はありませんか~? 神崎さぁ~ん」
丸大公子が卓球台を背にして、その丸々としたお腹のクッションで朝日を受け止めていた。左サイド側で観戦していた彼女が一番近くにいたのだ。
この場にいるタクティクスメンバーも、A級ライセンスを持った民間男性警護官でもトップクラスの者たちだ。みすみす男性が怪我をするのを見逃すなどありえない。朝日の無事に深夜子たちもホッと胸を撫で下ろす。
「ご、ごめんなさい。ありがとうございました」
「ふぉっほっほっほ。いえいえ、神崎さんは大事な男せ――いいいっ!?」突如そのえびす顔の両眼が限界まで見開かれ血走った。
ちょうど公子は朝日を抱きかかえて見下ろす形になっていた。さらに朝日の浴衣は衝撃で着崩れている。それはつまり――。
「ゆ、ゆゆゆゆ浴衣の下が、はっ、肌いろ? ちっ、ちく、ちく、びっ、びっ、びでぶっ!?」
指先一つでダウンさせられたかの如く、豪快に鼻血を吹き出し倒れ込む公子であった。
「ちょおおおおっ!? き、公ちゃーーん!?」
「あっ……あはは……」
驚いて駆けよる月美に照れ笑いを見せつつ、朝日はいそいそと浴衣をなおす。
「ちょっと待てええええ!?」
そこに主が凄い剣幕で朝日の元にすっ飛んで行き、かばっと浴衣の胸元を確認する。
「どっ、どっ、どうしてキミは上半身裸で浴衣を着ているんだあああああああっ!?」
「え? …………あっ、もう! 主君のえっちい」と、せっかくなのでノっかってみた。
「そうじゃなぁーーーいっ! きっ、きききキミは自分が男であることを少しは意識したらどうなんだっ!? 普通はTシャツを下に――――はっ!?」
的確にツッコミを入れる主であったが、何かを思ったらしく、言葉を切ると深夜子ら三人に厳しい視線を向けた。
「おい! そこのMaps! キミらなんで着替えの時に止めてないんだよっ!?」
そのするどい指摘に深夜子、五月、梅が不自然に顔を背ける。
「「「エッ、シッ、シラナカッタナー(デスワー)」」」
しかも、表情が恐ろしく白々しい!
「ウソをつけええええ! それ絶対に知ってただろおおおお!? 朝日クン! いったいどうなってるんだキミのMapsたちはっ!?」
「え? でも僕、昨日も浴衣の下は――――ふがっ!?」
「朝日君それ以上いけない」「べ、別に俺は見たかったわけじゃ――ぐはっ!?」「オホホホ、たっ、たまさか偶然計らずもお忘れになっただけですわ。海土路様――」
まず、朝日の(この世界の)常識的にアウトな発言を深夜子が口をふさいで止める。続けて、しっかり口を滑らせた梅の頭に五月が肘鉄を落とし、流れるように主の前に割って出て言い訳を始めた。この間わずか数秒のコンビネーションである。
念のために説明しておくと、男性用の浴衣は女性用と違い、衿元が高く広がりにくい構造になっている。肌が透けないよう生地も厚い。無論、それでもTシャツを着て、肉食女性たちの熱い視線をガードするのが男性の常識なのだ。
しかし初日。その概念が無い朝日が浴衣姿になることで、度々発生する素晴らしい角度と視野角チャンス。『そんなの、堪能するしかないじゃない!』とまあ、流れはお察しいただきたい。
――結局、卓球勝負は僅差で主の勝利であった。お互いちょうどよい対戦相手との認識で、卓球の練習場がある主の家に朝日が遊びに行く約束などもした。その後、どうするかの話題となって朝日が希望を出す。
「そうだ主君。汗かいたからさ、お風呂に入らない」
「ん? そうだね。確かにそれは悪くないかな?」
「じゃあさ、せっかくだから露天風呂に行こうよ!」
「「「「「えっ?」」」」」
「あれ?」
朝日の一言に何とも言えない空気が走る。一人、万里が腹を抱えて笑っている。そこに顔を赤くして、口をぱくぱくとさせている主がワナワナと震えながら切り出した。
「おっ、おっ、男が露天風呂とか入れる訳ないだろおおおおおおっ!?」
「えっ!? そうなの!?」
「そうなのじゃないよっ! 男が野外で風呂に入るとか、ただの露出狂だよっ!!」
これまた朝日に違和感だらけの主張だが、この世界の常識――いや、女性を甘く見てはいけない。
仮に朝日と主が露天風呂に入ろうものなら、半径数キロ以内に”バードウォッチング”と称した野鳥の会会員も真っ青の望遠装備で、女性たちが殺到すること受け合いである。
結局は朝日の宿泊している『紫陽花の間』の檜風呂を使うことにする。その後は夕食を共にして本日は解散の流れで以降の予定が決まった。
――全員集合となった大広間にて、またしても主の声が響く。
「えっ!? い、いっしょに入ろうって!?」
「そうだよ。せっかくの男同士! 裸の付き合いって奴かな?」
「む、う、いや、まあ……しかし、キミは本当に変わってるね。ほんとボクじゃないと付き合い切れないと思うよ!」
男同士で風呂に入る。圧倒的に男性が少ないこの世界では交友関係としてもレアケースだ。朝日の積極性に主が戸惑うのも仕方ない。
しかし恥ずかしそうではあるが、意外とまんざらでもなさそうな主だ。それより何より一番反応を示しているのは「あ、主様と神崎さんが……お、お風呂ですよ……流しっこ……ですよ」と、分厚い眼鏡のレンズが血走っている(かのような)月美である。
「おんやぁ? 月美は何を想像して顔を真っ赤にしてんのかねぇ」
「うひいっ!? あっ、あああっ、ば、ばばばば万里姉は、な、なな何を言ってるですよ? べ、別に月美は何も考えてないですよ!」
思い切り万里に冷やかされ、ついでに深夜子と梅からも弄られ始める月美であった。
「まったく、何かにつけて騒がしですわ――――あら……本部の重隅係長?」
朝日と主を風呂場へと送り出し、背後の騒ぎにぼやいていた五月のスマホに呼び出しが掛かった。
「珍しいですわね……はい、五月雨ですわ。いかがなされました?」
『これは五月雨さん。忙しいところを申し訳ありません、重隅です。実は昨日の報告書を確認したところ、神崎さんと仲の良い、海土路さんが宿泊されているとのこと。もしかして二人がいっしょにお風呂に入るなどと言うけしから尊いシチュ』――。
「なんだ五月? 本部か?」
「なんでもありませんわ。業務用のスマホが腐っていたみたいですわね」
「なんだよそれ……」
五月は軽い頭痛を覚え、一旦お茶でも飲んで落ち着こうかと考えたその時。肩に万里の手が置かれた。
「お嬢様。花美から連絡が入ったよ」
依頼していた情報が届いた。万里から手渡されたタブレットに目を通す。一転、五月の表情は厳しくなった――。
夕食を終えて、主たちも自分たちの部屋へ帰って行き、時間は現在二十時を過ぎたところだ。
大広間には朝日と梅。そして深夜子と五月は風呂に入っていた。今は二人とも檜の湯船の縁に腰をかけている。もちろん全裸である。五月の二つの膨らみは実に豊かで形も良く、引き締まった腰のラインと相まって、深夜子とは非常に対象的な体型だ。
「――なので、本館にある小宴会場に本日の深夜までは集合しているはずですわ。人数は若頭の影嶋不知火を含めて十八名。しかも思っていた以上に腕の立つ者が多いとの情報ですの」
「ふーん。その影嶋不知火って強いの?」
「……ですわね。私の知るかぎり暴力団の武闘派でも間違いなくトップクラスですわ。貴女や大和さんはともかく、少なくとも私や万里さんより上ですわね」
「そっか。で、どうするの五月」
珍しく深夜子も表情、声色ともに真剣である。五月が依頼、収集した情報を元に、会話は深刻な内容であることが伺える。少しの沈黙の後、五月が無言のまま湯船の縁から石畳の床側へと降りる。
「――そうですわね。少なくとも朝日様を狙って動くのは間違いないでしょうが、その証拠がなければ動きようもありませんわ」
「向こうが手を出すまで待つの?」
「まさか、朝日様の安全が最優先。すでに鬼竜会と影嶋一家の残り構成員の抑えはお母様にお願いしてありますし、桐生建設は私が子会社に敵対的買収などを仕掛けますので数日は動けなくなりますわ。大和さんには朝日様のガードをお願いする予定ですの」
「ん。わかった。それであたしは何すればいい?」
「…………」
そう聞かれ、少し躊躇がちな表情を見せた五月であったが、ゆっくりと語り始めた。
「……それから……朝日様のリスクを最大限に減らす場合……最大の、一番危険な任務は、残る影嶋不知火たちから朝日様を――いえ、男性略取準備罪の適用となる情報を確保した上での、……殲滅!」
そう言うと同時に五月は深夜子へ向かって土下座をし、深々と頭を下げた。
「深夜子さん! 無茶を承知でお願いしますわ! 朝日様のためにそのお命をかけていただけますでしょうか? ひどく危険な任務を貴女に押しつけているのはわかっていますわ。でも、どうか、どうか――――ふえっ!? むきゃあああああああっ!?」
いつの間に土下座している五月の後ろへと周って、そのたわわな両胸をむにむにと掴んでいる深夜子であった。
「何いっ、91のE!? 成長している……だと……!?」
「なっ、ななななな何をされますのおおおおおおっ!?」
転がるようにその場から離れ、五月は胸を両腕でガードする。
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