女装メイドは奪われる

aki

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2巻 1章 グレイス

二巻 第二話

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 嫌になるぐらい太陽が照っている。
 後頭部の、一つに無造作に結んだロングの茶髪が左右に揺れた。
 昼中、グレイス・ホワイトは現在タクリオ伯とともに、軍馬に乗って五百騎を引き連れ、平原に出ていた。馬の上から見下ろす雑草に覆われた土地。凹凸が少ないことからいかにも騎馬での戦に適した、殺風景な大地だった。
 馬上のために、またがっているくら越しに馬の鼓動が、体温が感じられる。白馬。気性の荒い雄で、グレイスのためだけの愛馬だ。人馬一体となって戦場を常にかけているために、何を考えているのかすらもわかる間柄の、戦場の友。白馬は、戦はまだかと、敵はどこだと、猛っていた。脱いだ兜を抱えている左手とは反対の手で、太く、勇ましい戦友の白い首を撫でた。
 グレイスは防具に身を固めていた。関節部には動きやすいように鎖帷子くさりかたびらを使っているが、そうした工夫がなされていても総重量が二十五キロにもなる板金鎧。さらに白馬にも鎧を着せた、最高に重厚な装備だ。グレイスと似たような装備を整えた騎兵が、五百。平原に待機をしていた。大変物騒な装備で、大変物騒な集団であるが、これには理由があった。
 周期的に行う、領民へのモンスター討伐のアピールのためである。不安を払しょくさせることは上に立つものの義務だ。ゆえに領民に力強い君主であることを見せつけなければならない。
 だからこその出陣式。そしてパレードだ。
 出陣式を行うことで、自由で、自立した、自前の強力な軍隊をタクリオ伯が所有していることを領民に主張することができる。さらにこの出陣式は前もっていつ行われるのかが宣伝される。ために見物客が多く集まり、商人もそれを狙って集まることになる。経済効果も大いに期待できるのだ。まさに一石二鳥の軍事政策であった。
 そしてその後にパレードを行う。自治権を認めた諸民族たちの土地を回り、領地の主が誰かということを教えるのだ。帝国は内乱でできた国だ。内乱の理由は、もちろん神からの自立という大義名分があるのだが、その陰に隠れて、王家の横暴や強い権力への反発という実情がある。ゆえに、帝国自由主義は、各々の民族の自立を、自治権を認める必要があった。だからこその小さな政府でもある。そうした背景から、帝国内のさらなる混乱を避けるために、パレードは軍事的な意味で必要な政策でもあった。
 パレードが終われば、あとは実践だ。モンスターの討伐である。そこにモンスターの種類などの考慮はない。ゴブリンの集団であっても、オークの集団であっても、オーガの集団であっても。モンスターを討伐しているというアピールができれば、強そうな騎兵が領内をパレードして領民を奮い立たせることができれば、どんな敵でもよいのだ。それにモンスター討伐は、基本的にはハンターが日当のために行う仕事だ。領民の仕事を奪うようなことは慎むべきだ。
 ハンターは個人事業主だ。住民や商人から、日当を稼ぐ仕事としてモンスター討伐や雑務などの依頼を請け負う。昔は兵士などになれなかった者たちの不遇の職でしかなく、彼らは個人個人で営業し、細々と仕事をしていた。しかし近年ではギルドと呼ばれる機関が発明され、それによる利便性から、一気に人気職へと変貌を遂げ、今では流行りの職業となっている。せっかくの新たな雇用だ。余計に仕事を奪うわけにはいかなかった。
 ギルドを開発したのは王国だ。その中でも、近年、恐ろしいまでの成長と拡大を続けているハスルデルム家だ。帝国はその真似をしているだけにすぎない。ゆえに、ハスルデルム家ほど上手くギルドを機能させることはできていない。にもかかわらず、驚くほどの利益が出ている。このことから、帝国はハスルデルム家に目を光らせていた。
 ハスルデルム家は、未開地におけるモンスターの討伐、領地を持つ貴族の無血併呑などによって、領地を大きく拡大させていた。さらにその拡大した領地においても、先ほど述べたハンターという新たな人気職を作り上げ、そして経済的な援助や、統治以前よりも開かれた市場を強制することによって素早く発展を遂げていた。
 一貴族に過ぎないはずなのに、影響力はすでに小国を超えており、経済力、軍事力ともに新たな脅威として周辺各国を警戒させている貴族だ。帝国などの周辺国では、王国はそろそろハスルデルム家を御しきれないのではないかと、最悪の事態を睨んでいる。

「そう考えると、ハスルデルム家はやはり恐ろしいな」

 偵察が周囲を伺っている間、思考を巡らせていたグレイスがぽつりとつぶやく。すると隣にいた、今回、副官として任命されたゲオルグが反応した。

「ハスルデルム家ですか? ただの貴族、しかも王国の貴族でしょう? 何が恐ろしいんですか?」

 ゲオルグの疑問に、グレイスは頷く。

「あぁ。ゲオルグの言うの通り、ある面ではそうだ。結局は王国のただの一領主、一貴族に過ぎん。これは揺るぎようのない事実だ。しかし同時に、王国内で最も繁栄している領地であり、王国内で最も軍事力を保持している領地でもある。そして急速に、どん欲に土地を喰らって大きくなっていっている化け物でもあるんだ。その上で、ハスルデルム家は地理的に帝国に近い。この勢いのまま帝国と隣接する領地を飲み込んでしまえば、次に狙われるのはココ、帝国の領地だ。一領主に過ぎないが、だからこそ、国としてのやり方ではなく、一人の貴族としての介入が許される。上手いやり方だ。下手をすれば、帝国もハスルデルム家の一員となるかもしれない」
「そんなことってあり得るんですか!? どうしてそんな……」
「フォルテル・ハスルデルムだよ」

 タクリオだった。

「あの男が脅威なんだ。私も恐ろしいよ。帝国が自由主義として一進一退、暗闇の中、工夫を凝らして未来を模索している間にあの男は。確実に、一つ一つ、領地を飲み込んでいった。そして新たな雇用を生み出し、仕事を与え、拘束された自由を与えた」
「タクリオ様!? あっ、これは失礼しました!」
「いや、いい。もう少し時間があるからね。どこまで話したかな?」
「はっ! 拘束された自由を与えた、と。しかして拘束された自由とは? 自由とは解放を意味するものなのではないのでしょうか?」

 タクリオが会話の主導権を握ったので、グレイスは聞き手に身を引いた。

「本来ならばそうだね。でも、自由には多大な責任が伴う。大きな犠牲がね。そこであの男は、領民が自由になれる範囲を限定して領地を治めるという新たな選択をしたんだよ。王国で言う人権派の発展形、いや、そうだね。新自由主義とも言えるかもしれないね」

 拘束された自由。限定された自由。つまるところ、それは王国の独裁的で神を絶対視する側面と、帝国の自由主義な側面を融合させた、両者の中間のような政策である。国営事業もきちんと保護をしつつ、民営化しても支障はなさそうなところは民間に任せる。基本的には諸民族に自立性を持たせているが、軍事は一本化している。帝国と比べて大きく、しかし王国に比べて小さな政府。

「それは……、自由、なのでしょうか?」
「わからない。多様な民族に完全な自治を認めているわけでもなく、神の加護からの自立を認めているわけでもない。さらに言語も統一しようとしている。かといって不自由かと言えばそうでもない。本来、所属しているはずの王国よりも緩やかな政治体制。どうなのだろう。ハスルデルムの領民は、もしかしたら自由だと感じているのかもしれない。けれど……」
「しかしそれはまがい物の自由です! いびつで、作られた自由です! それに聞く限り一貴族のすべきことを超えています! 王国の中に、すでに新たな国があるようなものではありませんか! そのような偽物の国家、いつか崩壊してしまうことでしょう!」

 タクリオは何かを言いたそうに口を開いた。が、言い淀んだのか、しかしながら結局何も言うことはなく、前を向いた。
 そのタクリオの様子に、グレイスは先日の彼の言葉を思い出していた。神は素晴らしいのだと実感しているというものだ。神からの自立によって大いなる自由を得ることができた。だけれども、それによって多大な犠牲も出てきている。そうした物事が、タクリオの頭の中にあるのかもしれない。
 グレイスは、親友の助け舟を出すことにした。

「ゲオルグ。そうだな。だからこそ、その危ない状態をうまくまとめて、さらに拡大しようとしているフォルテル・ハスルデルムは脅威だとも言えるんじゃあないか? たぶんだが、これは他の国も、いや、ハスルデルム家を抱えているはずの王国も同じ意見だと思うがね」

 そう。そしてその拡大していく炎は、やがて火事が広がっていくかのように、さらに王国の他の領土や、帝国の領土、周辺国の領土にも燃え盛ろうとしていることが十分に考えられる。いいや、すでにこれは実際に起こっていることだ。貿易による水面下での戦い。ハンターの強化と増大による未開の地のモンスターの討伐。その上での貴族の領地の切り取り、吸収。
 もしそうして対処できないほど巨大になった後に、国として独立するのだとしたら。最悪の事態でしかない。帝国も、王国も。周辺国も、なすすべもなく破壊されていくことだろう。フォルテル・ハスルデルム。たった一人の、男の手によって。

「フォルテル・ハスルデルムは恐ろしい男だ。王国があの男を抑え続けることは不可能だな。十中八九、あの男の鋭利な牙は王国ののど元を喰らうだろう」
「スキルが強力なのですか?」
「いいや、そうじゃあない。奴の頭脳がそうさせるのさ。チェスのように。いつの間にかあの男が有利な状態に、盤上が整えられているんだ。王国は焦っているだろうな」

 虎の狩りだ。じっと機会を伺いながら、じりじりと、森の木々に隠れて有利な立ち位置を作っている。そして隙を見せたら、一気に、獰猛に襲い掛かってくるのだ。相手は震えながら、自身が襲われないように警戒することしかできない。
 一人の男として、あれほど対峙したくない男は滅多にいない。グレイスにとって、フォルテル・ハスルデルムはその一人であった。
 身体が冷えてくるのを感じていると、不意に、誰かがこちらに駆けている姿が目に映った。軽装の兵士。外に出していた斥候からの、伝令係だった。
 彼はタクリオたちの前で跪き、声を大きく役目を果たす。

「オークの大群を発見しました! これより五キロ先です。数は百五十! ご命令を!」

 白馬が足を前後に動かした。
 闘争への欲求。
 愛馬の要望に、グレイスは静かに頬を緩ませ、兜をかぶった。
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