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全自動人間洗濯機
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「何を言っているのだね、君」
「ですから、人間洗濯機ですよ、今流行りの」
「あなたこそどうしたの?」
日曜日の晴れた午後。
私は妻と共に、近所の家電量販店に来ていた。家の全自動洗濯乾燥機が不調になったために買い替えたいという妻の要望を受け、毎日忙しく働きまわっているために本来ならば横になって本でも読んでいたいのだが、これも家族サービスの一つだと、重い腰を上げて車を動かしたのがこの奇妙な体験の始まりであった。
全自動洗濯乾燥機を選んでいるはずだったのだが、横にいる妻の一言で様子が一変したのだ。
人間洗濯機が欲しいというのだ。
早速店員を呼びつける妻であったが、私は心底困惑した。
人間を洗濯する機械?
一体何を考えてそんなことをするのか。
人を馬鹿にするにもほどがある。
「しかしだね。よく考えてみてくれたまえ。人間を洗濯するって? 風呂に入ればいいだけの話ではないか」
「いえいえ! 最新の科学技術の発展に伴いまして、今や時代は人間を機械で洗濯するのが主流なのです!」
「そうよぉ。私も年だし、あなたもそうでしょう? 全自動でしてくれることに困ることなんてなにもないわ」
「いや、しかしだね」
どうもこうも、二人が何をいっているのかわからない。
言葉を失って、私は全自動人間洗濯機とやらを眺めた。
目の前にあるのはタテ型式の、一見、何の変哲もない洗濯機だ。もう洗濯機のほとんどがドラム式の昨今ではあるためにこうしたタテ型タイプを見ると妙に懐かしい気分になるのだが、二人が言っていることは昔では到底考えられないことであった。
「人間を機械で洗濯するなんて……」
「ええ、みなさん、そう最初はおっしゃいます。ですが旦那様、思い出してみてください。全自動食器洗い乾燥機。これ、最初は必要ないと思っていませんでしたか? けれども今では全てのお宅に必ず設置されています。ねぇ、奥様?」
「えぇ、うちもとっても助かっているわ。当時……、といってももう何年になるかしら、よく覚えていないけれど、最初は半信半疑だったわ。ちゃんと汚れは落ちるのかしらと思ったり、それよりもまず洗い物まで機械に任せるなんて、って」
それはそうだろう。衝撃的で、見た当初は私も疑問だった。そんなことにお金を使うくらいなら、と存在自体を否定したものだ。大体、食器を洗うのだってそんなに時間はかからない。乾燥にしたって逆さにして乾かしておけばいいだけだ。機械の入る余地はないと思っていた。
「そうでしょう、そうでしょう、奥様。私もその一人でした。食器なんてスポンジと洗剤で十分。乾燥機なんて、服じゃないんだからと笑っておりました」
「でも、おかげで随分助かっているわ」
「うーむ、確かにそうだが……」
「はい。私も家内がよくそう笑っています。時間の短縮、時短ができて他の作業がはかどると」
「そうよねぇ。私もそうなのよねぇ」
ちらり、と妻が私の顔を覗いてくる。
あれからなんともまぁ、さらに年を取ったのだと実感する。
「あいや、有用なのは理解した。しかし、蓋付きと蓋なしの二種類あるようだが……」
そうなのだ。
蓋付きの全自動人間洗濯機と蓋なしの全自動人間洗濯機。目の前には二つの洗濯機があり、蓋付きの方が蓋なしに比べて1万5000円も高いのだ。
「はい。それらは機能が異なりまして、蓋なしは身体のみとなっておりますが、蓋付きはシャンプーにリンスまでしてくれるので、このような価格設定となっております」
「しかしだね、これ、窒息とかしないのかね」
「もちろんですとも。日本の最先端技術の発展によりまして、専用の洗濯剤を使うことで、水中でも十分に呼吸が可能となっております」
「あなたは仕事ばかりだから。たまにはお休みした方がいいわよぉ」
「うーむ、そうか、それは失礼した」
どうにも不可思議だが、こうも自信満々に言われては、頷かずにはいられない。妻の意見もあり、仕事ばかりで世間に疎い自分を少し恥じた。
「もう、それが普通なのだなぁ」
「はい。もうそれが主流となっております。お仕事で疲れたお身体、お風呂に入るのもつらいとき、ありますよね? そんなときにはこれが大活躍をするのです。洗濯機に裸で入り、専用の洗剤を入れて、ボタンを押すだけです。これで身体の隅々まで機械が全自動で洗ってくれるのです。蓋付きであればシャンプーもしてくれますから、お客様からは非常に喜ばれていますよ」
「そうなのよねぇ。疲れ果てたとき、一歩も動きたくないもの」
「まぁ、そうだな。残業で遅くなったときなんかは特にそうだな」
「そうでしょう、そうでしょう! それだけ便利な全自動人間洗濯機なのですが、横のこちらをご覧ください。乾燥機能付きなのです! 身体を乾かしてくれるので、こちらの洗濯機の中に入るだけで全てが終わりますし、タオルが一切不要となります」
「それはとても便利ねぇ」
「うーむ……」
全自動人間洗濯乾燥機と、蓋付き全自動人間洗濯乾燥機。
確かにこれは便利そうである。
おもむろに店員が電卓を取り出し、何らかの数字をはじき出す。
「そうですね。今現在、蓋付き全自動人間洗濯乾燥機でございましたら、1万円ぐらいでしたらなんとかお値段を……」
「あなた」
妻の顔が訴えかけてくる。
1万円の値下げ、か。
「よし、わかった。では、カードで……」
「ありがとうございます! でしたらここに……」
蓋付き全自動人間洗濯乾燥機。
突拍子もないものだと思ったが、案外、良い買い物をしたのかもしれない。
「ですから、人間洗濯機ですよ、今流行りの」
「あなたこそどうしたの?」
日曜日の晴れた午後。
私は妻と共に、近所の家電量販店に来ていた。家の全自動洗濯乾燥機が不調になったために買い替えたいという妻の要望を受け、毎日忙しく働きまわっているために本来ならば横になって本でも読んでいたいのだが、これも家族サービスの一つだと、重い腰を上げて車を動かしたのがこの奇妙な体験の始まりであった。
全自動洗濯乾燥機を選んでいるはずだったのだが、横にいる妻の一言で様子が一変したのだ。
人間洗濯機が欲しいというのだ。
早速店員を呼びつける妻であったが、私は心底困惑した。
人間を洗濯する機械?
一体何を考えてそんなことをするのか。
人を馬鹿にするにもほどがある。
「しかしだね。よく考えてみてくれたまえ。人間を洗濯するって? 風呂に入ればいいだけの話ではないか」
「いえいえ! 最新の科学技術の発展に伴いまして、今や時代は人間を機械で洗濯するのが主流なのです!」
「そうよぉ。私も年だし、あなたもそうでしょう? 全自動でしてくれることに困ることなんてなにもないわ」
「いや、しかしだね」
どうもこうも、二人が何をいっているのかわからない。
言葉を失って、私は全自動人間洗濯機とやらを眺めた。
目の前にあるのはタテ型式の、一見、何の変哲もない洗濯機だ。もう洗濯機のほとんどがドラム式の昨今ではあるためにこうしたタテ型タイプを見ると妙に懐かしい気分になるのだが、二人が言っていることは昔では到底考えられないことであった。
「人間を機械で洗濯するなんて……」
「ええ、みなさん、そう最初はおっしゃいます。ですが旦那様、思い出してみてください。全自動食器洗い乾燥機。これ、最初は必要ないと思っていませんでしたか? けれども今では全てのお宅に必ず設置されています。ねぇ、奥様?」
「えぇ、うちもとっても助かっているわ。当時……、といってももう何年になるかしら、よく覚えていないけれど、最初は半信半疑だったわ。ちゃんと汚れは落ちるのかしらと思ったり、それよりもまず洗い物まで機械に任せるなんて、って」
それはそうだろう。衝撃的で、見た当初は私も疑問だった。そんなことにお金を使うくらいなら、と存在自体を否定したものだ。大体、食器を洗うのだってそんなに時間はかからない。乾燥にしたって逆さにして乾かしておけばいいだけだ。機械の入る余地はないと思っていた。
「そうでしょう、そうでしょう、奥様。私もその一人でした。食器なんてスポンジと洗剤で十分。乾燥機なんて、服じゃないんだからと笑っておりました」
「でも、おかげで随分助かっているわ」
「うーむ、確かにそうだが……」
「はい。私も家内がよくそう笑っています。時間の短縮、時短ができて他の作業がはかどると」
「そうよねぇ。私もそうなのよねぇ」
ちらり、と妻が私の顔を覗いてくる。
あれからなんともまぁ、さらに年を取ったのだと実感する。
「あいや、有用なのは理解した。しかし、蓋付きと蓋なしの二種類あるようだが……」
そうなのだ。
蓋付きの全自動人間洗濯機と蓋なしの全自動人間洗濯機。目の前には二つの洗濯機があり、蓋付きの方が蓋なしに比べて1万5000円も高いのだ。
「はい。それらは機能が異なりまして、蓋なしは身体のみとなっておりますが、蓋付きはシャンプーにリンスまでしてくれるので、このような価格設定となっております」
「しかしだね、これ、窒息とかしないのかね」
「もちろんですとも。日本の最先端技術の発展によりまして、専用の洗濯剤を使うことで、水中でも十分に呼吸が可能となっております」
「あなたは仕事ばかりだから。たまにはお休みした方がいいわよぉ」
「うーむ、そうか、それは失礼した」
どうにも不可思議だが、こうも自信満々に言われては、頷かずにはいられない。妻の意見もあり、仕事ばかりで世間に疎い自分を少し恥じた。
「もう、それが普通なのだなぁ」
「はい。もうそれが主流となっております。お仕事で疲れたお身体、お風呂に入るのもつらいとき、ありますよね? そんなときにはこれが大活躍をするのです。洗濯機に裸で入り、専用の洗剤を入れて、ボタンを押すだけです。これで身体の隅々まで機械が全自動で洗ってくれるのです。蓋付きであればシャンプーもしてくれますから、お客様からは非常に喜ばれていますよ」
「そうなのよねぇ。疲れ果てたとき、一歩も動きたくないもの」
「まぁ、そうだな。残業で遅くなったときなんかは特にそうだな」
「そうでしょう、そうでしょう! それだけ便利な全自動人間洗濯機なのですが、横のこちらをご覧ください。乾燥機能付きなのです! 身体を乾かしてくれるので、こちらの洗濯機の中に入るだけで全てが終わりますし、タオルが一切不要となります」
「それはとても便利ねぇ」
「うーむ……」
全自動人間洗濯乾燥機と、蓋付き全自動人間洗濯乾燥機。
確かにこれは便利そうである。
おもむろに店員が電卓を取り出し、何らかの数字をはじき出す。
「そうですね。今現在、蓋付き全自動人間洗濯乾燥機でございましたら、1万円ぐらいでしたらなんとかお値段を……」
「あなた」
妻の顔が訴えかけてくる。
1万円の値下げ、か。
「よし、わかった。では、カードで……」
「ありがとうございます! でしたらここに……」
蓋付き全自動人間洗濯乾燥機。
突拍子もないものだと思ったが、案外、良い買い物をしたのかもしれない。
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