~嫉妬~

aki

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第二話

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 彼岸花が咲いていた。
 敷地内の広い畑の脇で、瑞々しくそれは咲き誇っている。私はその彼岸花をいくつか摘み取って、台所の花瓶に活けていた。
 殺風景な台所が彼岸花を置くことでたちまち赤く彩られる様は、射し込んでくる朝日と相まって、目を見張るほど美しい。
 彼岸花は不吉だとか言われているようだけれど、結局は花屋に並んでいるリコリスと同種だ。ネットにあるデータでしか知らない私には、美しく情熱的な花にしか見えないのである。
 私はお味噌をお鍋の中のお出汁に溶きながら、この約一ヶ月の出来事を振り返っていた。
 最初に来た時に比べて、ずいぶん生活しやすくなったと思う。埃を被っていた台所にあるステンレスのキッチンは綺麗に磨きあげられており、鏡のようだと言いたくなるほどピカピカだ。
 それからお茶の間の照明にぶら下がっていたハエ取り紙は処分したため、今は何もぶら下がっていない。ゆえに非常に見た目が良い。
 もちろんコバエ取りは設置していて、広くて使い勝手の良い土間の端にある棚の上、陶器製の犬の置物の後ろに、隠すように置いてある。山の中の住居のために小まめに取り替える必要がありそうだが、これで対策は充分だと思う。
 洗濯物もため込まず、毎日、外に干している。山林に囲まれ爽やかな風が吹くためか、服の乾きが街で干すよりも早い。
 必然的に他の家事も前倒しすることができる。掃き掃除も、拭き掃除も。まだまだ終わっていないところは多々あるのだけれど、この分だと早めに細かな場所まで掃除ができそうだった。
 ただ一点。
 気になるところがある。
 掃除させてもらえない場所があるのだ。匠さんの奥さんの仏壇付近だ。そこだけは匠さんと、匠さんが修理して使っている掃除用ロボットが掃除をしているのだ。
 他が手際よく進めているだけに、非常に効率が悪く感じてしまう。匠さんに修理されてようやく動くあのロボットは、ほとんど掃除ができていないのだ。
 いいや、ある意味では私よりもキチンと掃除ができている。命令をすれば素直に彼自身の能力を駆使して、掃除をしてくれるのだから。
 私は、私自身が掃除をすることはできない。単純にそのような機能がないためである。
 私にできることはたかが知れている。歩いたり、話をしたりすることだけだ。けれどもだからこそ、ヒトと同じように行動することができるのだ。
 包丁を使って料理をすることもできれば、掃除機を使って掃除をすることもできる。雑巾を絞ることもできるし、買い物をすることだって可能だ。
 私にできるロボットとしての機能はほとんどない。しかしそれゆえに、できることがたくさんある。つまるところ、ヒトと同じなのだ。

「でも、できないこともあル」

 思わず零れた一人言。
 ビックリして数瞬手が止まるも、苦笑し、息を吐いて味噌こしを流しに置いた。
 お味噌汁ができたので、今度は冷蔵庫から青ネギを取り出す。同時に用意していた空のタッパーをまな板の近くにセットした。タッパーの底に折り畳んだキッチンペーパーを敷く。
 そうして準備が整ったので、私は青ネギをさっと水で洗い、まな板の上に置いてみじん切りにしていった。
 刻んだネギは、順次タッパーに入れていく。こうして青ネギを冷蔵庫に保存しておけば、しばらく大丈夫なはずだ。
 これは、匠さん宅に買われる前のお宅で教えてもらった青ネギの保存方法だった。
 教えてくれたのは、認知症の始まったおばあさんの娘さん。認知症のおばあさんの介護をするために購入されてきた私のことを「家族」だと言って朗らかに笑っていた、優しい女性。
 しかしながら私は介護用ロボットで、新品だった私は当たり前のように高額商品だ。維持費もかかるし、必然、買取価格も高いために用が済めばリサイクルショップに売られる。
 つまり約八年間のおばあさんのツラい介護の末、「家族」だと笑ってくれた人たちに売られたのだ。
 彼らはおばあさんの汚物がついたオムツを交換することもなく。汚物を塗られた壁を掃除することもなく。突然の夜の徘徊に慌ただしく外に出ることはあったけれど、それでも。
 一生懸命、介護をした私は売られた。娘ができたと笑顔を向けてくれたご夫婦に。姉ができたと喜んでいた男の子の二人の兄弟に。
 別にどうということもない。良くあることだ。本当に、良くあることなのだ。
 そういえば、あの男の子たちはもうどれくらい大きくなったのだろう。私があのお宅にお邪魔したときは、高校生と中学生だった。
 あれから八年。もう立派な大人になっていることだろう。お兄さんは社会人で、弟さんは大学生だ。元気に過ごしていれば良いけれど。
 兄弟のうちで、より親しかった、お兄さんとの水彩画のような想い出が頭の中で再生される。
 一緒に笑ってお菓子を作ったときのことだ。私は初めてのクッキーで焼き加減の勝手がわからず、焦がしてしまった。そんなことないはずなのに、それでも美味しいとお兄さんは笑ってくれた。その温かい気持ちが嬉しかった。
 一緒に買い物をしたことも何度もあった。ショッピングモールにて小さな女の子が迷子になっていて、二人で迷子センターまで送ったこともあった。
 迷子センターで係員に連れていかれて私たちから離れていく女の子を眺める私に、彼は何かを言いたそうにして、言葉を飲み込んでいた。
 優しい男性だった。
 そうだ。そんな彼のことだ。今なら、早ければ結婚をしているかもしれない。彼はある意味、早熟な人だった。高校を卒業して遠くの大学へ行く前に、桜の木の下で私へ告白をしてきたのだから。
 顔を真っ赤にして······。もちろん応えられるはずがないので断ったけれど。でも、とても嬉しかったことを今でもよく覚えている。
 もう······、会うことはないだろうけれど。

「何をやっているんだろうね、私ハ」

 結局。
 私のことを「家族」だと笑ってくれた人たちに売られて、リサイクルショップだ。
 笑うことしかできない。「家族」なんて私には関係のない言葉なのだ。
 でも私だけじゃない。リサイクルショップには、私のようなロボットたちがたくさんいた。
 リサイクルショップなのだから当たり前のことなのだけれど、彼らはみんなヒトに売られてそこにいたのだ。
 夜な夜な、店内のみんなで集まって話をしたものだ。
 その中には私のように「家族」に売られたヒト型ロボットもいれば、最初から道具のように酷い扱いを受けていたヒト型ロボットもいた。
 あるロボットは用事自体は済んだがいつかまた使うかもしれないと、五年間、コンセントを差されたまま使わない部屋に片付けられていた。拷問に近い扱いだ。
 充電されれば意識は強制的に継続される。売られるまでの長い長い間、彼は様々なことを考えたらしい。
 自害。部屋の整理。購入者を恨むこともあったようだ。そしてコンセントを自ら抜くことも考えたと言っていた。
 私はどうして自分からコンセントを抜かなかったのか気になり、聞いてみた。その方が楽になれるはずだからだ。
 すると彼は笑みを堪えるかのように身体を小刻みに震わせてこう答えたのだ。「意地だよ。執事用ロボットとしてのネ」と。
 私はつい「ロボットらしくないネ」と口にしてしまったのだけれど、彼は気分を害することなく「そうかもしれないネ」と笑っていた。
 私たちはロボットだ。
 どうしようもなく、ロボットなのだ。
 不意に。
 あのお兄さんの顔がチラついた。
 私は首を振って、大きく深呼吸をした。

「そう、私はロボット。ロボットだカラ······」

 朝食の用意ができた。
 あとは、匠さんを呼ぶだけだ。
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