おんなのこ

桃青

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5.小さく友情

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 全ての用事を済ませて、マリアはナツの家のドアの前に立っていた。空には一番星が浮かんで、時刻はすでに6時を過ぎていた。ふうっと溜め息をついて思う。私って、ほんと暇人ね。仕事でもしようかしら。私に会う仕事は、受付嬢? ショップの店員? 秘書? ……どれも九十キロのわがままボディのせいで、面接に落ちそうだわ。
 まぁまぁのお給料で、簡単で、少し楽しくて、疲れない仕事や商売。おそらく日本中の大半の人が求める、理想の仕事像だと思うが、めったに手にすることができないので、人々はそれを『理想』と呼ぶ……。そう考えて、フッとマリアが笑った、その時。
「あっ、マリアさん、来ていたんですか? 」
 ナツがそう言って、階段を上ってきた。マリアは落ち着いた態度でナツを迎え、こう言い放った。
「庶民の暮らしを見に来たわ」
「そうなんですか~。あ、よかったらマリアさんにこれ、上げますよ。私、もう売り物にならないお花をたくさんもらってきたんです。家に飾って、そのあとドライフラワーにでもしようかなと思って」
「……バラはある? 」
「あります。何色がいいですか? 」
「ピンク。あの、私もプレゼントがあるの。これ。キティちゃんのハンドソープ入れ」
「あっ、可愛い! デザインもいいですね。ありがとうございます」
「まだあるの。プリンも」
「シャトレーゼのやつですね。おいしそう。とりあえず家の中に入りましょう。私はピンクのバラの花を束ねて、包み直しますから」
「あの、私、め、迷惑かしら、何か、邪魔、」
「何ぶつぶつ言っているんですか。家の中でプリンを一緒に食べましょ。今日は一日何をやっていたのでしょう、マリアさんは」
「ショ、ショッ……ピング」
「ほんとだ、エコバッグがパンパンですものね。良かったら何を買ったか見せてください」
「庶民の暮らしを、私も堪能してきたのよ」
「そのお話も聞きましょう。あー、疲れたあ」
 ナツとマリアは笑顔になって、家の中へと吸い込まれていく。マリアはいつも密かに思っていた。自分の実家の方が、遥かにお金をかけているはずなのに、ナツの家の方が、何故か居心地がいい。どうしてなのだろう。
 少しだけ、ナツがうらやましい。明るい性格も、私より二十五キロ軽い体重も。

 ナツが玄関の扉を閉じると、パッと白熱灯の明かりが灯る。まるで無機質な家に生命が宿ったかのようだった。これから開かれるささやかな女子会は、きっと長丁場になる。マリアにはそんな予感がした。
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