おんなのこ

桃青

文字の大きさ
上 下
28 / 51

26.喝!

しおりを挟む
 家に着いたオキヨは、ネグリジェのような優雅な部屋着に着替え、とりあえず今日の夕食に食べる物を全て、テーブルに奇麗に並べてみた。そして思った。
(なんて寂しい食卓なのかしら……。この倍くらいいつもは食べているのに。とりあえずビールは飲みます。炭酸で少しは満腹になれるかもしれないもの)
 冷蔵庫に向かい、他の食べ物に目移りしないようにしつつ、必死でビールを一本だけ手に取ると、再び食卓に着き、はぁ、と溜め息をついて、思わず言った。
「こんな切ない食事を一生続けるなんて、私にはできそうもないわ」
 誰かを恨みたい気持ちになったが、恨むべきは誰でもなく、自分自身の行いについてだった。ビールをちびちび飲みながら、オキヨはスマホを手にし、電話を掛けた。
「オキヨ? 」
「そう。俊? 」
「うん。どうしたの、何かあった? 」
「今、話せる時間はあるかしら」
「大丈夫だよ」
「私、……私ね、ダイエットを始めようと思うの」
「何で」
「お、思いつきよ。奇麗になりたくって」
「健康上の問題じゃなくて? 」
「あ、それも少しあるわ」
「で、何で俺に電話を掛けてきたの、詰問するつもりじゃないけどさ」
「うんと、ええとね、ダイエットの食事って、寂しいのよ」
「そうだろうね。量が減るだろうから」
「この寂しさに打ち勝つ自信を、私は初日で無くしているの」
「自信喪失して、俺に電話を? 」
「う、う、うん。ごめんなさい」
「謝らなくてもいいよ。俺、少し思っていたんだよね」
「何をかしら」
「食べることに依存っていうか、少々中毒気味になっているんじゃないか、オキヨの体は、ってね」
「依存……、中毒……。私は食べる癖がついている気がするの。そこを直す必要はあるみたい」
「普通に食べていれば、少しふっくらすることはあっても、百キロになることはない。だからオキヨの体は、何かが異常と言ってもいいのかも。そのモードを正常に正すことは、俺も賛成だね」
「そうなの」
「ただ、痩せたオキヨをうまく想像できないんだよな。喜んでいいのか、悲しむべきか。正直俺にはよく分からない。オキヨが沢山食べる姿を眺めるのも好きだったしな……」
「でも、でも! 狸の置物のようなスタイルからは、脱却したいわ! 」
「なら、答えは決まっているじゃない」
「ん? 」
「やるしかないでしょ、ダイエット」
「そうね。でもね、」
「でもね、じゃない! 答えは一つなら、やることも一つなの。いざって時にためらうのは、オキヨの性格で、時として悪い所だと、俺は思う」
「だって、だって俊。食べたい物が食べられないって、泣きそうなくらい悲しいことだわ。痩せたい。でも」
「痩せたい。なら、って考える。優柔不断は封印して、未来を見つめるんだ」
「痩せたい。なら、」
「うん」
「ダイエットの本を読んで、まず勉強することにするわ」
「いいね」
「痩せたい。なら、っていい言葉ね。ダイエットに対するやる気が増してくるの。ありがとう、俊。そろそろ電話を切るわ」
「今度会う時が興味深いね。じゃ、おやすみ」
 そこで電話を切ると、オキヨは深呼吸をして、テーブルを見つめた。
 痩せたい。なら、……。オキヨは決意を込めて言った。
「この食事で行きましょう」
 それから愛おしそうに、ゆっくりお惣菜を食べ始めた。
しおりを挟む

処理中です...