おんなのこ

桃青

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☆アバンチュール

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「ナツ、本当に行くの、彼氏がいるのに? 」
 マリアの問いかけに、ナツはコクッと頷いて言った。
「もちろん彼のことは大切です。でもだからこそ、ラストチャンスだと思いました。今日を逃したら私は、一生ホストクラブに行くことができない。これが、最後のアバンチュールのつもりです」
「私も仕事をするようになって、ホストとはご無沙汰よ。彼らとの縁も、ブチブチと切れていったし」
「一回ホストクラブへ行けば、きっと私の好奇心が満足すると思うんですよね。もし、西崎さんが一回くらいキャバクラに行ったとしても、許してあげないといけないな」
「私、久し振りに自分の女の部分を意識したわ。毎日豚肉や鶏肉や牛肉と向き合っていると、そんなもの速攻で忘れていきますから」
「あの、ホストって、やっぱりかっこいい方が多いんですか? 」
「全然そんなことないわよ。整形の人も多いし、どこにでもいそうな、普通っぽい感じの人もいる。ナツはどんな男性がタイプなの? 」
「タイプ……。うーん、タイプがどうというより、ただ単に、美しい男の人を見てみたかったんです。闇で咲く黒薔薇みたいな男の人を」
「完全にノリが観光客ね」
「はいっ。そんな感じです」
「でもそれぐらいがいいわ。ホストに嵌って幸せになっている人って、完全に少数派だし、私は男に対する冷静さを身につけるために、ホストクラブへ通っていたようなものですから」
「えっ、いや、マリアさんに必要なのは、冷静さではなく、むしろ情熱なのでは……」
「男に対する? 」
「はい」
「着いたわね。行くわよ」
 二人は色づいたライトがかまびすしい、危なげな夜の街の中で、秘密基地にでも入っていくかのように、ホストクラブの中へ吸い込まれていった。

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