8 / 10
蛍火3
しおりを挟む
馨は思い出していた。
蛍の群舞の中、微笑む瑠璃子の浴衣姿。
約束を告げる口元。
「また、会おうね…、そう言ったんだ。あいつ…瑠璃子…」
死んだ、なんて。
嗚咽が、喉を込み上げた。それを飲み込んで、馨は目を閉じた。
まだ瞼の裏には瑠璃子の姿がある。
「馨くん」
ふと名前を呼ばれ、馨は目を開いた。
目の前で、小さな手のひらから無数の光が飛び立った。
「見て、綺麗だね」
そこには浴衣姿の瑠璃子が微笑んでいた。
「え…」
「今年の蛍は、今日が最後なんだって。これでも、長く生きてくれたんだって」
瑠璃子が目の前で笑っている。
それは春だった。
『蛍の会』と名付けられたサークルに、瑠璃子と馨は入った。
偶然を装って入ったのは馨で、本当は蛍がこの小川で羽化するかどうかなど、二の次だった。
瑠璃子と急接近した馨は、毎日が夢中だった。
キラキラと光る水面を見る瑠璃子の横顔が、眩しかった。
「約束したよね。覚えてる?この子たちが立派に成長して、羽化したら、絶対見に来ようねって、約束したでしょ?」
蛍が舞う度、照らしだす瑠璃子の表情は少し曇っていた。
「わたしが約束守れなくなっちゃって、ごめんね」
約束を守れなかったその理由を瑠璃子が言い出しそうで、馨は震えていた。
「約束なんて…!俺だって、さっきまで…!」
瑠璃子の哀しげに微笑む顔が、滲む。
「でも、約束したから、また会えたんだよ」
「ね、馨くん。耳、貸して?」
そっと、耳元を隠すように瑠璃子の小さな手のひらが近づいてきた。
君が、好きだよ。
くすぐるような瑠璃子の囁きが、馨の耳に響いた。
馨は、目を閉じた。
ずっと、言えなかった言葉を、紡ごうとして、馨の唇が震えた。
「お…」
俺、と言いかけた。だが、それは瑠璃子がそっと指先でそれを抑えた。
「だめ。今日は、わたしの約束の日だから。わたしだけが、許してもらえる日だから」
馨は目を閉じた。
幾筋もの涙が、頬を伝った。
再び開いた目前には、無数の蛍が舞っているだけだった。
気付けば、掃除屋の姿も消えていた。
瑠璃子の告別式は、明日だった。
蛍の群舞の中、微笑む瑠璃子の浴衣姿。
約束を告げる口元。
「また、会おうね…、そう言ったんだ。あいつ…瑠璃子…」
死んだ、なんて。
嗚咽が、喉を込み上げた。それを飲み込んで、馨は目を閉じた。
まだ瞼の裏には瑠璃子の姿がある。
「馨くん」
ふと名前を呼ばれ、馨は目を開いた。
目の前で、小さな手のひらから無数の光が飛び立った。
「見て、綺麗だね」
そこには浴衣姿の瑠璃子が微笑んでいた。
「え…」
「今年の蛍は、今日が最後なんだって。これでも、長く生きてくれたんだって」
瑠璃子が目の前で笑っている。
それは春だった。
『蛍の会』と名付けられたサークルに、瑠璃子と馨は入った。
偶然を装って入ったのは馨で、本当は蛍がこの小川で羽化するかどうかなど、二の次だった。
瑠璃子と急接近した馨は、毎日が夢中だった。
キラキラと光る水面を見る瑠璃子の横顔が、眩しかった。
「約束したよね。覚えてる?この子たちが立派に成長して、羽化したら、絶対見に来ようねって、約束したでしょ?」
蛍が舞う度、照らしだす瑠璃子の表情は少し曇っていた。
「わたしが約束守れなくなっちゃって、ごめんね」
約束を守れなかったその理由を瑠璃子が言い出しそうで、馨は震えていた。
「約束なんて…!俺だって、さっきまで…!」
瑠璃子の哀しげに微笑む顔が、滲む。
「でも、約束したから、また会えたんだよ」
「ね、馨くん。耳、貸して?」
そっと、耳元を隠すように瑠璃子の小さな手のひらが近づいてきた。
君が、好きだよ。
くすぐるような瑠璃子の囁きが、馨の耳に響いた。
馨は、目を閉じた。
ずっと、言えなかった言葉を、紡ごうとして、馨の唇が震えた。
「お…」
俺、と言いかけた。だが、それは瑠璃子がそっと指先でそれを抑えた。
「だめ。今日は、わたしの約束の日だから。わたしだけが、許してもらえる日だから」
馨は目を閉じた。
幾筋もの涙が、頬を伝った。
再び開いた目前には、無数の蛍が舞っているだけだった。
気付けば、掃除屋の姿も消えていた。
瑠璃子の告別式は、明日だった。
0
あなたにおすすめの小説
妻からの手紙~18年の後悔を添えて~
Mio
ファンタジー
妻から手紙が来た。
妻が死んで18年目の今日。
息子の誕生日。
「お誕生日おめでとう、ルカ!愛してるわ。エミリア・シェラード」
息子は…17年前に死んだ。
手紙はもう一通あった。
俺はその手紙を読んで、一生分の後悔をした。
------------------------------
✿ 私は彼のことが好きなのに、彼は私なんかよりずっと若くてきれいでスタイルの良い女が好きらしい
設楽理沙
ライト文芸
累計ポイント110万ポイント超えました。皆さま、ありがとうございます。❀
結婚後、2か月足らずで夫の心変わりを知ることに。
結婚前から他の女性と付き合っていたんだって。
それならそうと、ちゃんと話してくれていれば、結婚なんて
しなかった。
呆れた私はすぐに家を出て自立の道を探すことにした。
それなのに、私と別れたくないなんて信じられない
世迷言を言ってくる夫。
だめだめ、信用できないからね~。
さようなら。
*******.✿..✿.*******
◇|日比野滉星《ひびのこうせい》32才 会社員
◇ 日比野ひまり 32才
◇ 石田唯 29才 滉星の同僚
◇新堂冬也 25才 ひまりの転職先の先輩(鉄道会社)
2025.4.11 完結 25649字
ちょっと大人な体験談はこちらです
神崎未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な体験談です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
あるフィギュアスケーターの性事情
蔵屋
恋愛
この小説はフィクションです。
しかし、そのようなことが現実にあったかもしれません。
何故ならどんな人間も、悪魔や邪神や悪神に憑依された偽善者なのですから。
この物語は浅岡結衣(16才)とそのコーチ(25才)の恋の物語。
そのコーチの名前は高木文哉(25才)という。
この物語はフィクションです。
実在の人物、団体等とは、一切関係がありません。
百合ランジェリーカフェにようこそ!
楠富 つかさ
青春
主人公、下条藍はバイトを探すちょっと胸が大きい普通の女子大生。ある日、同じサークルの先輩からバイト先を紹介してもらうのだが、そこは男子禁制のカフェ併設ランジェリーショップで!?
ちょっとハレンチなお仕事カフェライフ、始まります!!
※この物語はフィクションであり実在の人物・団体・法律とは一切関係ありません。
表紙画像はAIイラストです。下着が生成できないのでビキニで代用しています。
セーラー服美人女子高生 ライバル同士の一騎討ち
ヒロワークス
ライト文芸
女子高の2年生まで校内一の美女でスポーツも万能だった立花美帆。しかし、3年生になってすぐ、同じ学年に、美帆と並ぶほどの美女でスポーツも万能な逢沢真凛が転校してきた。
クラスは、隣りだったが、春のスポーツ大会と夏の水泳大会でライバル関係が芽生える。
それに加えて、美帆と真凛は、隣りの男子校の俊介に恋をし、どちらが俊介と付き合えるかを競う恋敵でもあった。
そして、秋の体育祭では、美帆と真凛が走り高跳びや100メートル走、騎馬戦で対決!
その結果、放課後の体育館で一騎討ちをすることに。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる