1 / 8
観察者の記録──第一章:「扉の向こうの微笑」
しおりを挟むその館の噂を耳にしたのは、ある晩、仕事帰りのカフェでのことだった。
「奥の森の奥に、笑い声が響く夜があるらしい」と。
それだけなら、風変わりな都市伝説のひとつで終わったかもしれない。けれど、妙に現実味のある目でその話をした男の表情と、耳に残った「笑い声」という言葉の不思議な響きが、胸の奥に残った。
その夜、私は館の名をネットで検索し、位置を割り出し、軽率に、しかしどこか抗えぬ衝動に突き動かされるように、ひとりで森を訪れた。
──覗いてみたかったのだ。
その“笑い”が、どこから来るのか。その“快”が、何を意味しているのか。
館の裏手、薔薇の茂みの陰に、わずかに開かれた窓があった。そこからは、白く透けるレースのカーテンごしに、淡い灯りと、ほんのかすかな音が漏れてくる。
最初に聞こえたのは、女性の、透き通るような笑い声だった。
「ふふ……やぁ……もう、だめぇ……っ」
それは苦しみの笑いではなかった。驚いたことに、まるで愛されていることに陶酔したかのような、甘く、柔らかい笑い。
そして──
「綾乃、ここが敏感だろう? 逃げようとしても、もっと深く探れるんだよ……」
男の声。柔らかく、それでいて掌の先で心を操るような響き。
「さあ、今度は私が。ほら……この指先を、覚えていて? あなたの秘密、誰よりも知っているのだから──」
女性の声。品がありながらも、妖艶な慈しみを湛えた響き。
カーテンの隙間から見えたのは、白いリネンの上で、両手両足を美しく拘束されたひとりの女性。長い髪を揺らし、笑いに震えながらも、どこか恍惚とした表情を浮かべている。
私はその光景から、まったく目を離せなくなっていた。
くすぐり──それは、幼い悪戯でも、拷問でもない。彼らの間にあるのは、もっとずっと複雑で、深い感情の交錯だった。
指先が肌に触れるたび、綾乃と呼ばれたその女性は身を震わせ、涙のような笑みをこぼし、まるで「もっと触れてほしい」と無言で訴えているようだった。
しかもその感覚は、ただ肉体的なものではない。彼女は“心”を撫でられているのだ。くすぐられるという行為が、愛そのものであるかのように。
私は思った。
──どうして、彼らはここまで繊細に、優しく、時にいじわるに、彼女をくすぐるのだろう。
──そしてなぜ、彼女は、それをこんなにも愛おしそうに受け入れているのだろう。
その答えを知りたくて、私はその夜から、幾夜も館の窓辺に立つようになった。
そしてある夜──私はついに、見つかってしまったのだった。
0
あなたにおすすめの小説
👨一人用声劇台本「寝落ち通話」
樹(いつき)@作品使用時は作者名明記必須
恋愛
彼女のツイートを心配になった彼氏は彼女に電話をする。
続編「遊園地デート」もあり。
ジャンル:恋愛
所要時間:5分以内
男性一人用の声劇台本になります。
⚠動画・音声投稿サイトにご使用になる場合⚠
・使用許可は不要ですが、自作発言や転載はもちろん禁止です。著作権は放棄しておりません。必ず作者名の樹(いつき)を記載して下さい。(何度注意しても作者名の記載が無い場合には台本使用を禁止します)
・語尾変更や方言などの多少のアレンジはokですが、大幅なアレンジや台本の世界観をぶち壊すようなアレンジやエフェクトなどはご遠慮願います。
その他の詳細は【作品を使用する際の注意点】をご覧下さい。
診察室の午後<菜の花の丘編>その1
スピカナ
恋愛
神的イケメン医師・北原春樹と、病弱で天才的なアーティストである妻・莉子。
そして二人を愛してしまったイケメン御曹司・浅田夏輝。
「菜の花クリニック」と「サテライトセンター」を舞台に、三人の愛と日常が描かれます。
時に泣けて、時に笑える――溺愛とBL要素を含む、ほのぼの愛の物語。
多くのスタッフの人生がここで楽しく花開いていきます。
この小説は「医師の兄が溺愛する病弱な義妹を毎日診察する甘~い愛の物語」の1000話以降の続編です。
※医学描写と他もすべて架空です。
ソロキャンプと男と女と
狭山雪菜
恋愛
篠原匠は、ソロキャンプのTV特集を見てキャンプをしたくなり、初心者歓迎の有名なキャンプ場での平日限定のツアーに応募した。
しかし、当時相部屋となったのは男の人で、よく見たら自分の性別が男としてツアーに応募している事に気がついた。
とりあえず黙っていようと、思っていたのだが…?
こちらの作品は、「小説家になろう」にも掲載しています。
春に狂(くる)う
転生新語
恋愛
先輩と後輩、というだけの関係。後輩の少女の体を、私はホテルで時間を掛けて味わう。
小説家になろう、カクヨムに投稿しています。
小説家になろう→https://ncode.syosetu.com/n5251id/
カクヨム→https://kakuyomu.jp/works/16817330654752443761
淫紋付きランジェリーパーティーへようこそ~麗人辺境伯、婿殿の逆襲の罠にハメられる
柿崎まつる
恋愛
ローテ辺境伯領から最重要機密を盗んだ男が潜んだ先は、ある紳士社交倶楽部の夜会会場。女辺境伯とその夫は夜会に潜入するが、なんとそこはランジェリーパーティーだった!
※辺境伯は女です ムーンライトノベルズに掲載済みです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる