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観察者の記録──第二章:「静かなる導き手」
しおりを挟むその夜も、私はいつものように、あの窓辺に佇んでいた。
薔薇の影に身を潜め、夜風と静寂の中で、館からこぼれる淡い灯りを見つめていた。
そのときだった。
「……冷える夜ですね、こんな時間に森の奥で、何を見つけようとしておられるのです?」
低く、心に沁み入るような声が、すぐ後ろから聞こえた。
驚いて振り返ると、そこには一人の青年がいた。黒いコートの裾を静かに揺らし、まるで夜の気配そのものを纏っているような男。──アレクシスだった。
逃げるべきだった。しかし、なぜか体は動かなかった。怖れではない。むしろ、彼の瞳の奥にあるもの──私の秘密を見抜いているような静かな光に、心を縫いとめられていた。
「見ておられたのでしょう。綾乃を──私たちを」
アレクシスの言葉に、私は口を開けなかった。うなずくことすらできなかった。
代わりに──館の扉が音もなく開き、もうひとりの姿がそこに現れた。
「ようこそ、迷い人。貴方がここへ来たのは偶然ではありませんわね」
声の主は彼女。あの優雅なくすぐり手、貴婦人だった。
私は、彼らにすべてを見透かされていたのだ。
「なぜ覗いたのか、教えていただけますか?」
貴婦人の問いは、優しさと試すような響きとが混ざっていた。
私はようやく、震える声で応えた。
「……わからない。ただ、見たくて……。あの笑い声が、心に刺さって……誰かがあんな風に、笑っていたなんて……」
アレクシスは一歩、私に近づき、低く囁いた。
「ただの好奇心ではない。貴方の中にもあるはずです。求める感覚が、触れたい衝動が……くすぐりの“愛”に」
その言葉に、私は息を呑んだ。
思い返せば、子どもの頃。兄にくすぐられ、笑いながら泣いた日々があった。
けれどなぜか、その記憶には不思議な温もりが残っていた。
それは快楽ではない。けれど、愛だったのかもしれない。
「……貴方が、私たちの愛を見届けたいのなら、もう少し近くで、その“真実”をご覧になってみてはいかが?」
貴婦人が、白い手を差し伸べた。
「そして、もしも……」
アレクシスが低く告げる。
「貴方自身の中に、“誰かをくすぐりたい”という願いがあるなら──それを否定しないでください」
私はそのとき、初めて自分の指先が熱を帯びていることに気づいた。
視線は、扉の向こうへ──あの白い寝台へと吸い寄せられていた。
そうして私は、観察者ではなく、訪問者となった。
扉の向こうで、愛という名のくすぐりが、すべての“羞恥”と“誤解”をやさしくほどいてゆく場所で──
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