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〖謝罪②】
「父上、その辺で……」
「何だナイジェル。お前も自信を持ちなさい」
違う。そうではない。その言葉は兄にこそかけてほしいのに。
兄のほうを見ることも出来ずにいると、痺れを切らしたのか向こうから会話に入ってきた。
「父上。そういうことではないでしょう」
「どういう意味だ、パトリック」
「父上が浮立つ気持ちもわかりますが、露骨にベアトリス様とナイジェルを並べようとするのは酷というもの」
鼻で笑うように息を漏らし、パトリックはナイジェルを見た。
弱点を容赦なくついてやろうとする、嫌な目をしていた。
「ベアトリス様とお近づきになったのも、第二皇子殿下の護衛だったからでしょう? ナイジェルは結局、一介の騎士でしかありません」
頭から冷や水を浴びせられたように、ナイジェルは一瞬硬直した。
わかっていたことでも、他人の口から聞かせられるとこうも心臓を抉られるものかと、笑いたくなった。
「お前は……いい加減に身の程を知れ!」
突然、父がパトリックの横っ面を殴り飛ばした。
無防備だった兄は勢いよく床に倒れこむ。
「な、何を……っ」
殴られたを押さえ父を睨んだパトリックは、信じられないものを見たような顔で固まった。
これまで暴力を振ることも、怒鳴り散らしたこともなかった父が、激怒していた。全身を震わせ、視線だけで射殺さんばかりに兄を見下ろしている。
温厚な父とは思えないその姿に、ナイジェルも止めに入ることを忘れぼう然としてしまう。
「ち、父上……?」
「どちらがロックハートを継ぐにふさわしいか、考えるまでもない……」
「まさか、父上⁉」
「お前には失望した」
それだけ言うと、父は燃え盛る怒りを落ち着かせるように長く息を吐き出すと、ベアトリスに向き直り深く頭を下げた。
「ベアトリス様。見苦しいところをお見せいたしました」
「……いいえ。お気になさらず」
ベアトリスはいつも通りの真顔だったが、歪な家族の姿を見てどう思っただろうか。
座りこんだまま動かなくなった兄に、ナイジェルはかける言葉が見つからなかった。
*
*
「お帰りなさい、ベアトリス様」
「ユリシーズ様……」
公爵邸に戻ったベアトリスは、角帽を外し、祭服の代わりにゆったりとしたシャツを着たユリシーズに出迎えられた。
聖職者然としたユリシーズは中性的に見えるが、一般男性の普段着姿だとしっかりと男に見えるから不思議だ。
どうやら弟のルイスと遊んでくれていたらしい。まるでガルブレイス家の一員かのようなくつろぎ具合である。
「浮かない表情ですね。ナイジェル卿に上手く謝罪できなかったのですか?」
「……母がいらぬことを話したようですね」
「心配なのですよ。貴女は賢く尊き方ですが、お母上にとってはたったひとりの娘であることに変わりはないのですから。ガルブレイス公爵家は、取り分け仲の良いご家族ですしね」
「家族……」
ふと、先ほどのロックハート伯爵邸での出来事がよみがえる。
兄弟仲があまり良くないだろうことには、何となく気づいていた。
兄の性格に問題があるせいかと思い、バイコーンを連れて行ったあとにパトリック・ロックハートの身辺調査をした。だが彼は素行については何の問題もなく、熱心に仕事に取り組む文官だった。同僚からの印象も誠実な善人、というナイジェルの兄らしい評価だった。
ではなぜあんなにも兄は弟を敵視しているのか。その答えが今日わかった気がした。
「どうかしましたか?」
「ユリシーズ様。急ぎ調べてほしいことがあるのですが」
今度こそ、とベアトリスは決意を滲ませユリシーズを見た。
もう後がない。これが本当に最後のつもりで言った。ユリシーズを頼ってでも、必ず成功させてみせる。
そんなベアトリスにユリシーズは手のかかる妹を見るような目をした。仕方がないな、とでも言うような。そして微笑んでベアトリスの手を取り口づけてきた。
「私に出来ることでしたら何なりと、マイレディ」
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