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花の書
夏の庭4
しおりを挟む水谷のあとを追い、半分草に覆われたレンガの道を進んでいくと、鳥かごのようなガゼボに着いた。
奥にはガラス張りのテラスが見える。
ガゼボにはテーブルとイスがあり、ティーセットが用意されていて、一瞬イギリスの片田舎に迷いこんだような錯覚に陥る。
だが、目の前で和服姿の悠山が腰かけるのを見て、途端に現実に引き戻されほっとした。
そうそう、ここは古き良き時代の名残りある高天町だ。
「ここからだと、庭がよく見えるでしょう? ゆっくりお好きな花を選んでいってください」
伊知郎もイスに座ると、いままでよりも周りの草木のざわめきがよく聞こえ、心の中にまでひんやりと清らかな風が流れこんでくるのを感じた。
この庭は、まるで時の流れを止めているようだ。
悠山が手土産を水谷に渡す。
ここに来る途中で買った、老舗製菓店・清月の桃のプリンだ。
桃の果汁がたっぷり使われ、宝石のように艶めく果実も乗せられている。
和菓子を好む悠山にしては珍しいチョイスだと思ったが、すぐに渡す相手が女子高生だからだと気づき感心した。
色男は手土産の選び方まで卒がない。
プリンに喜んだ水谷は、自家製のハーブティーを淹れてくれた。
「んん! 優しい香りだなあ」
「味も癖がなく、飲みやすいですねぇ」
和装の男が優雅にティーカップを傾け微笑んでいる。
和に洋を合わせるとちぐはぐになるかと思いきや、悠山はハーブティーにもこの花の庭園にもなぜかしっくりと馴染んでいた。
美しいものは反発し合わないのかもしれない。
膝に乗せた朔に、ハーブティーをこっそり勧める。
ひとくち飲んで、ふんわりとした笑顔を見せた朔に、見ていた伊知郎もふんわりし、悠山に冷めた目を向けられた。
お前が連れて来たんだから、さっさと間を取り持ち話を進めろと言いたいのだろう。
伊知郎は小さく咳ばらいし、辺りを見回した。
庭に咲く花が、教室で見た切り花のように光ってはいないか目をこらす。
だが見る限り、あやかしの輝きを放つ花はないようだった。
何分植物の種類も量も多すぎるので、もっとよく探さなければいけないだろうが。
いや、光る花を見つけるよりも先に、水谷にこの庭で何か変わったことが起きていないか聞くのが早いか。
「あの、水谷さ――」
話を切り出そうとした矢先、水谷がハッとした顔で立ち上がった。
伊知郎たちが入ってきた門の方を見ている。
「水谷さん?」
「あ、ご、ごめんなさい。人が来たみたいだから、ちょっと対応してくるね」
そう言うなり駆けていく水谷を見送ったあと、すぐに何か揉めるような声が聞こえてきたので、伊知郎は悠山の目を合わせた。
「行っておあげ」
「ああ」
朔をイスに残し、門の方へと駆ける。
そこでは水谷と、ベージュの作業着を着た男たち数人が言い争ってきた。
「今日は工事の予定は入ってませんでしたよね?」
「そうだが、工期が遅れてるんだ。うちも依頼が詰まってるし、やれる時にやらせてもらえないと。いま、あいつら来てないんだろう?」
あいつら……?
伊知郎は聞き耳を立てながら彼らにそっと近づいていく。
「確かに来てませんけど……」
「なら進めさせてくれ。お宅もこれ以上伸びるのは困るだろう」
「でも、連絡もなしに来られるのも困ります。いま来客中で……」
ふと水谷が振り返り、伊知郎に気づいた。
男たちもこちらを見たので、事情を聞こうかと伊知郎が足を踏みだしたが、くんとズボンの太もも裏あたりを引っ張られた。
振り返ると朔がいて、伊知郎のズボンをつかみながらこちらを見上げ、首を横に振る。
どうしたんだと思ったとき、バサバサと羽ばたくような音がして、突然空から黒い影が落ちてきた。
「うわ! 出た!」
男たちが悲鳴じみた声を上げる。
直後けたたましい鳴き声とともに急降下してきたのは、カラスだった。
十数羽ものカラスが槍のように降ってきたのだ。
「きゃあっ!?」
その勢いに驚いた水谷が、足をもつれさせ転倒した。
「水谷さん!」
慌てて駆け寄り、ひとまず水谷を抱き上げ門から距離をとる。
その間も、カラスの集団は男たちを爪やくちばしで攻撃していた。
「この! 何なんだよお前らは!」
「ここは人間の家で、お前らカラスの縄張りじゃねぇぞ!」
「だめだ! 皆、車に戻れ!」
路肩に停まっていた白いバンへと男たちが逃げていく。
カラスは逃げる男たちを攻撃し続け、バンと後ろについていた重機が発進してもなお執拗に追いかけていた。
男たちとともにカラスの集団も道の向こうに消え去り、辺りに静寂が戻ってくる。
「ふ、福永くん。降ろして……」
「あっ。ごめん!」
水谷を横抱きにしたまま呆然としていた伊知郎は、慌てて彼女を降ろす。
頭をかきながら、カラスの消えていった方を再び見た。
「いまの、何だったんだ? あの人たち、カラスの恨みでも買ったの?」
「……何から話せばいいのか」
「言いたくなければ無理には聞かないけど。もし、なんていうか、力になれることがあればと思って」
「福永くん……。ありがとう。とりあえず、戻ろっか。紫倉先生ひとりにしちゃって申し訳ないし」
さきほどよりも一層疲れた顔でそう言うと、水谷がレンガの道を先に戻っていく。
伊知郎は朔と目を合わせ「朔はあのカラスについて、何か知ってるのか?」と聞いてみた。
だが朔はこてんと首をかしげるだけ。
いくらあやかしでも、カラスを意思疎通はできないか。
伊知郎は苦笑し、朔の手を引き水谷のあとを追った。
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