不死の魔法使いは鍵をにぎる

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小さな図書館

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一瞬の浮遊感ののちに、上から押さえつけられるように重力が戻ってくる。
木々に囲まれていた森からは景色が一変し、拓かれた土地に転々と並んでいる家々。


半日の距離をひと瞬きの間で移動できるのだから便利なことだ。
習得したての頃は浮かれて使用しまくり、帰りの魔力分が足りなくなったこともあった。

…随分と昔の話だが。




「図書館はあのレンガの建物だ」



行こう、と言いかけてノーラの異変に気づく。

転移のために繋いでいた手へとすがるように力がこもり、焦点の合わない目が空を見つめている。
おまけに血の気も引いて顔が白い。




「ノーラ?」

「…っ、目が、ま、わる」




平衡感覚がわからなくなっているのか、体がふうっと後ろに倒れていくノーラ。
首元の服をわしっと掴んで繋ぎ止めた。


平気だと言ったくせに、思い切り転移酔いになっている。





「酔ってるじゃないか」




自力で立てそうにないノーラを座らせて首の動脈付近に手をあてた。
治癒魔法で顔に赤みが戻ってくる。




「は、初めてなった…。辛いな転移酔い」




転移酔いの厄介なところは、治癒魔法で完治させることができない点だ。
魔法の影響をいくら取り除いても気持ち悪さや目眩などが多少残る。




「どうだ。歩けそうか」




顔色も目線も正常に戻った。
ゆっくりと立ち上がって体の調子を確かめるように呼吸をしている。




「若干ふわふわするけど平気みたいだ」




転移前にははしゃいで駆け出す姿を想像していたが、転移酔いによって予想は外れた。
気持ちゆっくりとした歩みで図書館へ向かう。




「転移酔いってこんなに負担なんだな」




影響を受けた自分が情けないとでも言うような、不服そうな顔。
長い記憶を思い返して見れば、ノーラ程に転移酔いの酷い人間はいなかった気がする。




「私もそこまで弱い人間は初めて見る」

「何か理由があるのか?この体が極端に弱いのか…子供だからか?」




ぶつぶつと因果関係を考えるノーラと共に、レンガ建ての図書館へと足を踏み入れた。
魔物が出始めた影響だろう、人の姿は少なく、館内はがらんとしている。


ノーラは中をさっと見回すと、少し残念そうに息を吐く。




「小さいね」

「言っただろう。期待するなと」

「まあ、逆に言えば全蔵書に目を通しやすいってことか」

「…全て見るのか?」

「思いがけないところから欲しい情報が出ることもあるからね」





調べものと関わってこなかった身からするとうんざりすることを言うものだ。



あっちの方から見てくる、とノーラは歩いていった。

数冊の本を手元に置いて目を通し始めている。
素早く読み流しつつ、使えそうなところだけを丁寧に読んでいるようだ。

読んでいる分野はここら辺一体で出現する魔物について。




…ふむ。
私は何について調べようか。



ざっと並んでいる分野を確認してみると、農作物に関する書物が多い。
呪いに関して調べてみようかと思ったが、ここに呪いに関する書物は置いてないし、何から調べればいいのかもわからない。


とりあえず実益にすぐ繋がる農作物について調べるか…。
魔王登壇時の農作物に対する影響について。

これならすぐに役立てられそうだ。



一冊引き抜いて閲覧用の席に腰かける。
本を開いて読み進めようとするも、研究色の強い文体・内容で眠気を誘う。

くそ、内容が全然頭に入ってきやしない。


ちらりとノーラの方に目線をやると、もくもくとページをめくって調べものを進めている。
静かな空間に、ノーラが紙をめくる音がかすかに響く。



…読みやすそうなものに変えてもう少し挑戦するか。



本棚の前に張り付いて、取っつきやすそうな書物を手にとっては中をぱらぱらめくって棚に戻す。

そんなことを繰り返しているうちに時間は経ち、いつものノーラが村へと帰る頃合いになる。
調べものに夢中になっているようで、ノーラが作業を止める気配はない。




「ノーラ。帰るぞ」




肩にポンと手を置く。
ノーラは書物から顔を上げて窓の方を向いた。




「もうそんな時間?短いな。全然読めてないじゃないか」




書物から離れたくなさそうに閲覧席から立ち上がらない。




「数冊は借りて残りは後日にすればいいだろ」

「また連れてきてくれるか?」

「来るから。早くしろ」





動こうとする気配が見られない姿に若干の苛立ち。


そもそものんびり根城から離れている余裕は私にはないのだ。
魔物の出るこの時期は、畑の手入れをしないとみるみるうちに質が悪くなる。
それに離れている時間が多いほど、根城に張った結界が弱まる危険性もある。



慣れない調べものに加えて、ろくに成果を得られなかった苛々が薄く募っていた。
八つ当たりだと理解はしつつも声に毒が含まれる。





「ごめん。カリカリしないでよ」




とくに悪びれる様子もなく、ささっと貸し出し手続きをして書物を片付ける。


最後の1冊をしゃがんで本棚の下段にしまって立ち上がったところで、ふらりとノーラがよろけた気がした。
思わずノーラの腕を掴むと、へらりと笑う。




「はは。バランス崩した」




なんでもない、と借りた数冊を手にとって出口へ向かう。
図書館を出たら転移で森へ戻り、ノーラの転移酔いに対処してすぐに解散。


バスケットの甘味はきちんと貰い、「また明日来るからな」と大きく手を振ってノーラは村へと帰っていった。
しばらく図書館通いになりそうな気配だ。




帰りしなに落ち葉や枯れ木、木の実などを拾って帰る。
途中で中型犬程度の大きさの魔物に数体遭遇したが、魔力の弾で1匹蹴散らすとすぐに逃げていった。








次の日、ノーラは現れなかった。
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