不死の魔法使いは鍵をにぎる

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怪しい幼児

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「あっちで話をきいてやろう」



塀そばに生えている木々を顎で指し示す。
そちらへ移動すれば、喧噪がおとなしくなり、少し離れたところを人が通るもののこちらを見るものはいない。

誰も見ていないのをさっと確認してから、結界を張って音と姿を遮断した。



「…さすが」



愉快げな声色。
こちらの手の内を何もかも知られているようで不快だ。








「さあ話してもらおうか」

「うん。何から話そうかな。そうだな。うん」



自分を納得させるように独り言ちてから、満面の笑みで言い放った。










「ぼくたち呪われ仲間だよ!ゲルハルト!」









顔がしかむ。
眉間に力が入る。

まだ何もわかっていないのにも関わらず、「仲間だ」と言われても迷惑だ。



気分が昂ってきたのかガキの足が前に進んだ。
ガキの足裏を氷魔法で地面に縫い付ける。



「つめたっ」




突然制止をかけられた足と伝わる冷たさに、少しは落ち着きを取り戻したようだ。






「…間違えた。これじゃないね。最初に話すべきことは。ぼくユーゲンだよ。ノーラと言ってもいい」



思い起こされる、ひょろりと背の高い褐色の少年と、緑目の髪の長い少女。

目の前の肌の黒い幼児とは当然一致しない見た目。
なにより存在した年代が違いすぎる。

なぜその名前が出てくるのか。



「どういう意味だ」

「そのまんまの意味。ぼくはユーゲンだった。ノーラでもあった。今はこの体」



こちらを見据えて、右手を胸に当てて言い放つ。






「シュワーゼという男の子」









ふと脳裏にノーラの言葉がよみがえる。

“中身だけが年を取ってる。そういう、呪いがかけられてる”

あの言葉は。



「呪われてるんだ。ゲルハルトもそうでしょ?老いないのか、死ねないのか、内容はわからないけど。いくらなんでもおかしいからね。150年近くも見た目が変わらないのは。いや、生きてることが、かな」





いったん冷静になったと思しき様子が、また少しずつ興奮してきたようだ。
ぺらぺらと口がよく回る。



「ユーゲンのときにも可能性は考えたんだ。ノーラから20年くらい経ってたかな。全然老けてないから。でも稀にそういう人もいる。老けにくい人。だから深堀りできなかったな。変なこと言って殺されたくないし。ああ、でも嬉しい!どこかに仲間がいるかもしれないとは思ってたんだ。ずっと。ずっと!本当にいたんだ。会えて嬉しいよゲルハルト!」



勢いよく両手をつかまれる。



「ちょっと待て」




幼児はにこやかな顔に疑問符を飛ばした。



「情報を整理させろ。はっきりさせたい。中身と外側が乖離しているとノーラは言っていたな。それはつまり…」



「生まれ変わってるんだ。端的にいうと」







けろりとした顔でそう言う。

ノーラはユーゲンに、ユーゲンはこいつへと、生まれ変わっている。
中身だけ年をとっているとは、うまくぼやかして言ったものだな。






「ユーゲンのときは驚いたよ。突然いなくなっちゃうから。ちょっとは信頼関係作れてたと思ったんだけど。悲しかったな。これからはもうちょっと信頼してよね。呪われ仲間だとわかったんだから。いろいろ話そう。腹割って話してこう」

「呪われたってのは、いつ、誰にだ」

「え?魔王にだよ。いつってのいうのは難しいな。えっと700年前くらい?今が歴1932年だから。あ!あの話ゲルハルトのことでしょう。伝説の話。腕の陣も一致するもんね」





話がすぐ横道にそれていくな。

今から700年前、歴1230年頃ということは、私が倒した次の魔王か。
そのときから、死んでは生まれ変わって、現在はこの子供になっていると。






ノーラのときに調べていたのは魔王にかけられた呪いの解き方か。




「この呪いは解けるのか?」



ぺらぺらと喋っていた口がピタリと止まる。









「…解けると信じてる」









真剣な表情で、意志のこもった目で、そう言った。


解ける確証はない。
しかし解けないと決まったわけでもない。
だから信じて調べ続ける。


そういうことか。






魔王を倒す寸前に呪いをかけられたのは分かっていた。
しかし術者を殺したのだから大丈夫だろうと、そう楽観視していた。

師匠が死んで、老けない自分に気づいて、ついには死ねない事実に気づいて。


絶望とともに途方に暮れた。
術者を殺しても解けない呪いなんて聞いたことがなかった。

はなから解けないと思い込んでいた私とは大違いだ。



「そうか。わかった」



こいつとともに動くのが一番いいのだろう。
呪いについてはきっと、こいつの方が知識を持っているはずだ。







「今のお前はいくつなんだ」

「4つになったとこ。ついこの間にね」

「親か誰か一緒じゃないのか」



人さらいと間違えられないだろうな、と訝しがりながら聞くと、はっと目を見開いた。



「父親と一緒に…。まずい。探してるかも」




 溜息をついて結界を解いた。


「早く行け。人さらいにされたらかなわない」





脇に置いていた料理を手に取り、塀の外へ足を向ける。



「ゲルハルト。また来てね。この体じゃ会いに行けないから。ぼく特区にいるから。来てね。待ってるから」



絶対来てね!、と言いながら、人込みに飛び込んでいった。

少し距離のあるところから、シュワーゼの名を叫ぶ男の声がする。
それなりに探させていたらしい。
あのガキはすぐに声の主と再会したようで、次いで心配と説教の言葉が飛んでいた。



特区に住んでいるということは、代々王城で官吏を務めている家系だな。
身なりが整っていたのも納得できる。

しかし特区とはまた、行きづらい場所だ。



特区は城下町の中でも一番城に近い地区であり、城下町に入る門から一番遠い地区である。
結界で妨害されるため、どうあがいても転移で行けるのは門のところまでだ。
しかも確か、特区に入る際には確認があるのではなかったか。


私は特区に入れるのか?
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