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落ち込む兄
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シューリンヒ侯爵邸に、メイガーが訪れたのはジュルガーを送り出した三日後。
リーリルハの通学のことを考えたら、一日でも早いほうがよかったが、気持ちが落ち込み、出かける気になれなかったのだ。
先触れを受けて、ユードリンはソンドールも呼び、家族揃って待ち受けた。
「此の度は本当にご迷惑をおかけしました。リーリルハ嬢にも長く学院を休ませてしまい、申し訳なかった」
「私の卒業はまだ大丈夫ですわ。
それよりメイガーお兄様、お顔の色がよくないようですね」
「いろいろとあったからね、少し疲れが溜まってるんだ」
「モリーズ様はまだ執務は難しいのかね?」
こどもたちの会話を聞いていたユードリンが、割り込んでメイガーに訊ねると、小さくこくりと頷いた。
「そうですね、ジュルガーがいなくなったことが良く出るか悪く出るか、まだわからなくて様子見です」
「懸念がなくなって、楽になったのではないかね?」
「そうかもしれませんが、その分罪悪感があるんだと思います」
「そうか」
ユードリンにもわからないでもない。
貴族の当主にとって家門を守ることは命題だ。次代の一画を担う筈だったジュルガーがあのように育ち、それを矯正できずに遠くに閉じ込めるしかないというのは、当主として、親として思うところがない方がおかしい。
「モリーズ様の一日も早い早い回復を心より祈っている」
「ありがとうございます。ところで、リーリルハ嬢が卒業されたらいよいよ結婚式ですね。マーテルラ侯爵夫人から母にもドレスが届きました」
結婚式と聞いて、ソンドールが片手を上げた。
「お袋様のですか?それ、誰よりも早く届いたんじゃないか?リルハのだってまだなのにな」
苦笑したあと、真顔になったソンドールはメイガーに切りこんだ。
「参列に際し、パートルム公爵家の皆様に親族席を案内することはできないので、ご承知願いたい」
「ああ、もちろんそこは弁えているよ」
「親族席の後列にしたいと思っておりますが、よろしいでしょうか」
「構わない。私たちが晴れがましい席に座るわけにはいかないからね」
少し肩を落としたメイガーは、そう言い残してパートルムへ帰って行った。
「ねえソンドール様、たまにはパートルム邸に様子を見に行ったほうがよろしいかもしれませんわね」
「・・・うん・・」
メイガーの様子に皆一抹の不安を覚えたが、気が進まないようでソンドールの口は重い。
「うむ、行き辛ければ、執事候補の使用人をあちらにやってもいいぞ。いずれソンドール付きになる者を預かってもらい、公爵家で教育を頼めばいい」
ユードリンが言い淀むソンドールに救いの手を差し伸べた。なるほどと腹に落ちる提案は亀の甲より年の功というやつだ。
「ではそのようにお願いしていいですか?」
「勿論。うちでも教えられるが、今後さらに交流が増えることを考えたら、あちらの事情に通じた者が付いたほうがいいしな」
ん?とソンドールが首をひねる。
「ジュルガーについていた者はどうしたんでしょう?」
コイント子爵にはメイド一人しか居ないため、ソンドールにはその辺を慮ることが出来なかった。
「多分責任を問われ、ドメルガについて行かされたか、辞めさせられたかだろうな。もしかして回してもらおうと思ったのか?」
「はい」
「それは無理だろうな。若い主についた使用人というのは、褒め、諌めながら育てることを期待されているんだ。よく使用人のくせにとか言う者がいるが、イエスマンの使用人など何の役にも立たん。耳の痛いことを身命を賭して言ってくれる者こそが、忠義の心を持つ重用すべき使用人なんだ」
「なるほど、勉強になります」
ジュルガーの侍従たちは明らかに失敗した。
「うちの優秀な者を選ぶとしよう」
三日後。
シューリンヒの申し出により、後にソンドール付きとなるリード・ローガルとヤルン・ミユーがパートルム公爵家へ、執事見習い兼連絡係として送り込まれたのだった。
リーリルハの通学のことを考えたら、一日でも早いほうがよかったが、気持ちが落ち込み、出かける気になれなかったのだ。
先触れを受けて、ユードリンはソンドールも呼び、家族揃って待ち受けた。
「此の度は本当にご迷惑をおかけしました。リーリルハ嬢にも長く学院を休ませてしまい、申し訳なかった」
「私の卒業はまだ大丈夫ですわ。
それよりメイガーお兄様、お顔の色がよくないようですね」
「いろいろとあったからね、少し疲れが溜まってるんだ」
「モリーズ様はまだ執務は難しいのかね?」
こどもたちの会話を聞いていたユードリンが、割り込んでメイガーに訊ねると、小さくこくりと頷いた。
「そうですね、ジュルガーがいなくなったことが良く出るか悪く出るか、まだわからなくて様子見です」
「懸念がなくなって、楽になったのではないかね?」
「そうかもしれませんが、その分罪悪感があるんだと思います」
「そうか」
ユードリンにもわからないでもない。
貴族の当主にとって家門を守ることは命題だ。次代の一画を担う筈だったジュルガーがあのように育ち、それを矯正できずに遠くに閉じ込めるしかないというのは、当主として、親として思うところがない方がおかしい。
「モリーズ様の一日も早い早い回復を心より祈っている」
「ありがとうございます。ところで、リーリルハ嬢が卒業されたらいよいよ結婚式ですね。マーテルラ侯爵夫人から母にもドレスが届きました」
結婚式と聞いて、ソンドールが片手を上げた。
「お袋様のですか?それ、誰よりも早く届いたんじゃないか?リルハのだってまだなのにな」
苦笑したあと、真顔になったソンドールはメイガーに切りこんだ。
「参列に際し、パートルム公爵家の皆様に親族席を案内することはできないので、ご承知願いたい」
「ああ、もちろんそこは弁えているよ」
「親族席の後列にしたいと思っておりますが、よろしいでしょうか」
「構わない。私たちが晴れがましい席に座るわけにはいかないからね」
少し肩を落としたメイガーは、そう言い残してパートルムへ帰って行った。
「ねえソンドール様、たまにはパートルム邸に様子を見に行ったほうがよろしいかもしれませんわね」
「・・・うん・・」
メイガーの様子に皆一抹の不安を覚えたが、気が進まないようでソンドールの口は重い。
「うむ、行き辛ければ、執事候補の使用人をあちらにやってもいいぞ。いずれソンドール付きになる者を預かってもらい、公爵家で教育を頼めばいい」
ユードリンが言い淀むソンドールに救いの手を差し伸べた。なるほどと腹に落ちる提案は亀の甲より年の功というやつだ。
「ではそのようにお願いしていいですか?」
「勿論。うちでも教えられるが、今後さらに交流が増えることを考えたら、あちらの事情に通じた者が付いたほうがいいしな」
ん?とソンドールが首をひねる。
「ジュルガーについていた者はどうしたんでしょう?」
コイント子爵にはメイド一人しか居ないため、ソンドールにはその辺を慮ることが出来なかった。
「多分責任を問われ、ドメルガについて行かされたか、辞めさせられたかだろうな。もしかして回してもらおうと思ったのか?」
「はい」
「それは無理だろうな。若い主についた使用人というのは、褒め、諌めながら育てることを期待されているんだ。よく使用人のくせにとか言う者がいるが、イエスマンの使用人など何の役にも立たん。耳の痛いことを身命を賭して言ってくれる者こそが、忠義の心を持つ重用すべき使用人なんだ」
「なるほど、勉強になります」
ジュルガーの侍従たちは明らかに失敗した。
「うちの優秀な者を選ぶとしよう」
三日後。
シューリンヒの申し出により、後にソンドール付きとなるリード・ローガルとヤルン・ミユーがパートルム公爵家へ、執事見習い兼連絡係として送り込まれたのだった。
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