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12話
「マリエンザ嬢のお許しが出るまでは何十日かかっても帰ってこないこと!」
母メルマの怒りはなかなかに凄まじく、取り付く島もない。
「あの・・・学院は・・・・試験も近いのですが、父上はなんと」
「はあ?学院なんか休んだってたいしたことないわ。成績が下がったって死にやしない。でもマリエンザ嬢との結婚は王命なのよ。簡単には解消もできないというのに、それでももし我が家の有責で解消せざるを得なくなったらどうなるか、いくら王家派古参の侯爵家といえど、きついお咎めを受けることは避けられない。あなた一人の話じゃ済まなくなるのよ、わかるわよね?え?わかっていないの?まさかよね、冗談はやめて。そんな気分じゃないから。
旦那様には私から報告いたしますから気にしなくてよろしくてよ」
メルマはぐぐっと顔を寄せて、ツィータードの目をじっと覗き込んだが、いつもの明るくやさしいそれではなく、怒りの籠もった冷たい目。
背筋が冷たくなったツィータードは、よろけながら母に頭を下げて自室に戻っていった。
翌朝早く。
ドロレスト侯爵家の馬車がたくさんの荷物と長男ツィータードを乗せて出発して行った。
報告を怠った咎で、ロランも侍従に格下げされ同道している。
「ロラン、すまなかった」
ツィータードが元執事ロランに頭を下げ、謝罪してきたので、ロランは仰天した。
「そんなツィータード様、あなたはそんな簡単に頭を下げてはなりません」
「うん、馬車の中だからいいだろう?私のせいで、私を信じてたばかりに降格させられたなんて、いくら謝っても足りない気がしているんだ」
気まずい空気が車内を満たす。
「しかたありません、使用人とはそういうものなのです」
ツィータードは居心地悪そうに、ロランにもう一度頭を下げた。
「楽しい旅にしましょう。帰りは絶対に笑って帰りますよ、いいですね!」
自分に掛けられた温かい声に感謝し、ロランと硬く握手を交わしたのだった。
「時間がたくさんありますから、少し整理してみましょう」
ロランが暇つぶしか、ツィータードができれば触れてほしくない部分を突っ込んできた。
「まずあのダーマ・エスカという令嬢とは、本当に何もないんですよね?」
「もっ、もちろんだ!」
「いつから関わりが?」
ツィータードが考え込み、
「三、四ヶ月くらい前かな?ダーマ孃は」
「ゴホンゴホン」
「ん?なんだ風邪でもひいたのか?」
ロランは鈍さに腹が立ってきた。
「違いますよっ!名前を呼ぶのはおやめ下さい。そういうところからダメダメなんですよっ!」
「あっ!すまん、そうか、そうだったのか」
ロランにじとっと見られて、居心地が悪くなった。
「それで。エスカ男爵令嬢はなんですか?」
「うん、なかなかクラスメイトと打ち解けないタイプでな」
「どんな風にですか?」
「言葉の行き違いが多いようだな」
「それはどういう?」
暫く考え込み、ツィータードは首を傾げた。
「どんなだったかな?酷いことを言われたり虐められるって」
「誰から?」
「ダー・・・エスカ男爵令嬢を妬んでいる生徒から」
「そのお相手からも話を聞きましたか?」
思い出そうとしているのだが。
「私は聞いていないが、もう一人チトア子爵令嬢と共にエスカ男爵令嬢に対応していたから、彼女が聞いているだろう」
「確かめましたか?」
「・・・いや」
「ではもうひとつ。チトア子爵令嬢はどうされたのです?」
「ダー・・・エスカ男爵令嬢がチトア子爵令嬢にいろいろと文句を言うので、途中でもうイヤだと私一人に任されたんだ」
ロランが呆れたような顔をするのが、ツィータードには耐えられない。
「なんだよ、ロラン。言いたいことがあるなら言えよ」
「面倒ごと押し付けられたって気がつかなかったんですか?」
「押し付けられてなどいないぞ」
「委員だから?」
「ああ、そうだ」
はああーっと特大のため息をついたロランは、
「バカですか?バカなんですか?それともバカでしたか?」
「おいっ!ロラン、いくらなんでもそれは不敬ではないか?」
「いいえ、私を執事から引きずり下ろしたのがこんな馬鹿げたことが原因だなんて、言いたくもなりますよ」
それを言われると、ツィータードは小さくなるしかない。
「私の見る限り。妬みではなく呆れでしょうね。あのエスカ男爵令嬢はひどいマウンティングをくり返すタイプです」
「ロランは彼女を知らんだろう」
「いいえ。侯爵邸をツィータード様にエスコートされていたときのご令嬢の視線は、あきらかに見せつけようとしたものでしたよ。婚約者がいらっしゃる方の屋敷で見せる態度ではございません」
「ん、マウンティングとは?」
「はあ?冗談ですよね?」
ツィータードはまたやってしまったかと、さっと目を逸らす。
「教えて差し上げましょう。マウンティングとは!自分の優位性を誇示するような言動のことです。例えば、クラスメイトたちの前でワタクシ、ツィータードサマノオヤシキニマネカレマシタノ、オホホホホとかやってのけるようなことを言うんです。心当たりは?」
ツィータードの目は丸くなっている。
「あるんですね?」
「ああ、けっこうそんなこと言っていたと思う」
「我が主は本当にバカだったんですね、残念ですよ私は」
「ロラン~見捨てないでくれ~」
肩に置かれた主の手をピシッと払うと、
「この旅で頭の中身を入れ替えて頂きますよ!」
さっきの優しさはどこへ行ったのか、冷たく突き放すようにジトリと睨まれた。
母メルマの怒りはなかなかに凄まじく、取り付く島もない。
「あの・・・学院は・・・・試験も近いのですが、父上はなんと」
「はあ?学院なんか休んだってたいしたことないわ。成績が下がったって死にやしない。でもマリエンザ嬢との結婚は王命なのよ。簡単には解消もできないというのに、それでももし我が家の有責で解消せざるを得なくなったらどうなるか、いくら王家派古参の侯爵家といえど、きついお咎めを受けることは避けられない。あなた一人の話じゃ済まなくなるのよ、わかるわよね?え?わかっていないの?まさかよね、冗談はやめて。そんな気分じゃないから。
旦那様には私から報告いたしますから気にしなくてよろしくてよ」
メルマはぐぐっと顔を寄せて、ツィータードの目をじっと覗き込んだが、いつもの明るくやさしいそれではなく、怒りの籠もった冷たい目。
背筋が冷たくなったツィータードは、よろけながら母に頭を下げて自室に戻っていった。
翌朝早く。
ドロレスト侯爵家の馬車がたくさんの荷物と長男ツィータードを乗せて出発して行った。
報告を怠った咎で、ロランも侍従に格下げされ同道している。
「ロラン、すまなかった」
ツィータードが元執事ロランに頭を下げ、謝罪してきたので、ロランは仰天した。
「そんなツィータード様、あなたはそんな簡単に頭を下げてはなりません」
「うん、馬車の中だからいいだろう?私のせいで、私を信じてたばかりに降格させられたなんて、いくら謝っても足りない気がしているんだ」
気まずい空気が車内を満たす。
「しかたありません、使用人とはそういうものなのです」
ツィータードは居心地悪そうに、ロランにもう一度頭を下げた。
「楽しい旅にしましょう。帰りは絶対に笑って帰りますよ、いいですね!」
自分に掛けられた温かい声に感謝し、ロランと硬く握手を交わしたのだった。
「時間がたくさんありますから、少し整理してみましょう」
ロランが暇つぶしか、ツィータードができれば触れてほしくない部分を突っ込んできた。
「まずあのダーマ・エスカという令嬢とは、本当に何もないんですよね?」
「もっ、もちろんだ!」
「いつから関わりが?」
ツィータードが考え込み、
「三、四ヶ月くらい前かな?ダーマ孃は」
「ゴホンゴホン」
「ん?なんだ風邪でもひいたのか?」
ロランは鈍さに腹が立ってきた。
「違いますよっ!名前を呼ぶのはおやめ下さい。そういうところからダメダメなんですよっ!」
「あっ!すまん、そうか、そうだったのか」
ロランにじとっと見られて、居心地が悪くなった。
「それで。エスカ男爵令嬢はなんですか?」
「うん、なかなかクラスメイトと打ち解けないタイプでな」
「どんな風にですか?」
「言葉の行き違いが多いようだな」
「それはどういう?」
暫く考え込み、ツィータードは首を傾げた。
「どんなだったかな?酷いことを言われたり虐められるって」
「誰から?」
「ダー・・・エスカ男爵令嬢を妬んでいる生徒から」
「そのお相手からも話を聞きましたか?」
思い出そうとしているのだが。
「私は聞いていないが、もう一人チトア子爵令嬢と共にエスカ男爵令嬢に対応していたから、彼女が聞いているだろう」
「確かめましたか?」
「・・・いや」
「ではもうひとつ。チトア子爵令嬢はどうされたのです?」
「ダー・・・エスカ男爵令嬢がチトア子爵令嬢にいろいろと文句を言うので、途中でもうイヤだと私一人に任されたんだ」
ロランが呆れたような顔をするのが、ツィータードには耐えられない。
「なんだよ、ロラン。言いたいことがあるなら言えよ」
「面倒ごと押し付けられたって気がつかなかったんですか?」
「押し付けられてなどいないぞ」
「委員だから?」
「ああ、そうだ」
はああーっと特大のため息をついたロランは、
「バカですか?バカなんですか?それともバカでしたか?」
「おいっ!ロラン、いくらなんでもそれは不敬ではないか?」
「いいえ、私を執事から引きずり下ろしたのがこんな馬鹿げたことが原因だなんて、言いたくもなりますよ」
それを言われると、ツィータードは小さくなるしかない。
「私の見る限り。妬みではなく呆れでしょうね。あのエスカ男爵令嬢はひどいマウンティングをくり返すタイプです」
「ロランは彼女を知らんだろう」
「いいえ。侯爵邸をツィータード様にエスコートされていたときのご令嬢の視線は、あきらかに見せつけようとしたものでしたよ。婚約者がいらっしゃる方の屋敷で見せる態度ではございません」
「ん、マウンティングとは?」
「はあ?冗談ですよね?」
ツィータードはまたやってしまったかと、さっと目を逸らす。
「教えて差し上げましょう。マウンティングとは!自分の優位性を誇示するような言動のことです。例えば、クラスメイトたちの前でワタクシ、ツィータードサマノオヤシキニマネカレマシタノ、オホホホホとかやってのけるようなことを言うんです。心当たりは?」
ツィータードの目は丸くなっている。
「あるんですね?」
「ああ、けっこうそんなこと言っていたと思う」
「我が主は本当にバカだったんですね、残念ですよ私は」
「ロラン~見捨てないでくれ~」
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