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第1章
第11話 床下の秘密
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ソイスト侯爵家の先々代、ユートリーの曾祖母は王位継承権を持ったまま降下された王女で、王位を狙う者からすると立場がかなり微妙だった。
そのため花嫁を侯爵家に迎える際に屋敷を建て替えて、隠し通路や隠し部屋を壁の後ろや床下などに設え、あってはならない有事に備えを施した。幸いにも今まではそれを使うことがなかったが、とうとうユートリーが御先祖様の固い守りの恩恵に預かることになったのだ。
ユートリーの部屋に手を入れるにしても屋敷の中で工事の音が立つのは不審に思われる。そこでタラが躓いた振りをして全体重をかけ、力の限りを尽くして棚を壊して、その修理で大工が入る体を取った。
暫くの間、タラは馬鹿力の粗忽者と噂されたが、忠義者のタラはそんなことは気にしない。
ちなみに、大工ももちろんソイスト家の暗部の者である。
部屋に入った彼は、まずクローゼットの床を外し、それに蝶番と引き出し型の取手をつけると、床板を扉に作り変えてまたクローゼットの床に設置し直した。
出来立ての扉を上に引き上げると、確かに床下に空間があり、男がもうひとり潜んでいた。ユートリーの部屋から水入れや食べなかった食事を簡単に下ろせるような、可動式の棚を取り付けている。
それが終わると初めて、タラがわざと壊した棚を直し始めた。
「へえ!面白いわ。生まれ変わったら大工になるのもいいわね」
何気なく零すユートリーに、タラがぎょっとする。
「だめです!大工になるなんて、ユートリー様ってば何を仰っているんですか!公爵令嬢が頭にハチマキなんてとんでもないです!」
「別に今なりたいなんて言ってないわ」
ユートリーとタラの掛け合いが気になり、床下で作業をしていたエルジェが我慢できずにひょこっと顔を出した。
「あ、こらエルジェ」
大工に化けた男がうっかり名を呼んでしまうと、ユートリーがニッコリと笑った。
「エルジェ?貴方が私の護衛ね。はじめまして、ユートリー・ソイストよ。よろしくね」
「は、はじめまして!エルジェ・ムスツラと申しますっ」
焦って立とうと頭をぶつけ、エルジェは思わず頭を抱えた。
「いっ!お騒がせして申し訳ございません、仕事はきっちりやりますのでご安心ください」
「もうっ!だめですよ、誰かに聞かれたら困るじゃないですか。だって大工さんひとりのはずなのに、いろいろな声が外に聞こえちゃったらどうするんです?ユートリー様も床下の貴方も!」
タラに注意されて、大工がアッ!と口を押さえ、ぺこりと頭を下げる。暗部ともあろう者がとんだ失敗だ。
「わかっているわ、私も。ね?でもありがとう」
ユートリーは注意してくれたタラに感謝の言葉をかけた。
「さあ、どうぞ。美しくなった棚をご覧下さい」
タラが壊した棚は、確かに可愛らしい飾り彫刻までされて美しくなっていた。
しかし今ユートリーとタラは、棚よりクローゼットの跳ね上げられた床板の奥に目が釘付けになっている。
床板を上げると、エルジェが設えた吊り上げ式の可動棚が現れて、水の瓶や食べ物の容器をしまうことができるようになった。そこに入れられたものは床下に潜む暗部の者が回収し、分析する仕組みだ。
「すごい!これは本物のスパイですよぉ!」
読書・・・といっても恋愛小説やサスペンス小説が大好きなタラは、ずっと働いてきた屋敷の中に隠された仕掛けに興奮して、隠し扉を開けたり閉めたりしている。
ユートリーが小さな声で大工に囁いた。
「私の食べ物はここに入れてくれたら良いのではなくて?」
「あ!そうですね」
「そのように伝えてくれる?」
床下のエルジェではなく、大工に身をやつした男が畏まりましたと答えた。
「あなたの本当の名前は?」
「・・・ワーブ・ドイルスと申します」
「そう、ワーブもよろしくね」
今まで暗部の護衛は、ユートリーの外出時に離れたところから見守る役目だった。もちろん話をしたこともない。まさか侯爵令嬢がこのように気さくに、自分たちによろしくというなどとは思いもしなかった。
「はっ、はいっ畏まりましたぁ」
裏返ったワーブの声が、跳ね上げられたクローゼットの床下に吸い込まれて消えていった。
そのため花嫁を侯爵家に迎える際に屋敷を建て替えて、隠し通路や隠し部屋を壁の後ろや床下などに設え、あってはならない有事に備えを施した。幸いにも今まではそれを使うことがなかったが、とうとうユートリーが御先祖様の固い守りの恩恵に預かることになったのだ。
ユートリーの部屋に手を入れるにしても屋敷の中で工事の音が立つのは不審に思われる。そこでタラが躓いた振りをして全体重をかけ、力の限りを尽くして棚を壊して、その修理で大工が入る体を取った。
暫くの間、タラは馬鹿力の粗忽者と噂されたが、忠義者のタラはそんなことは気にしない。
ちなみに、大工ももちろんソイスト家の暗部の者である。
部屋に入った彼は、まずクローゼットの床を外し、それに蝶番と引き出し型の取手をつけると、床板を扉に作り変えてまたクローゼットの床に設置し直した。
出来立ての扉を上に引き上げると、確かに床下に空間があり、男がもうひとり潜んでいた。ユートリーの部屋から水入れや食べなかった食事を簡単に下ろせるような、可動式の棚を取り付けている。
それが終わると初めて、タラがわざと壊した棚を直し始めた。
「へえ!面白いわ。生まれ変わったら大工になるのもいいわね」
何気なく零すユートリーに、タラがぎょっとする。
「だめです!大工になるなんて、ユートリー様ってば何を仰っているんですか!公爵令嬢が頭にハチマキなんてとんでもないです!」
「別に今なりたいなんて言ってないわ」
ユートリーとタラの掛け合いが気になり、床下で作業をしていたエルジェが我慢できずにひょこっと顔を出した。
「あ、こらエルジェ」
大工に化けた男がうっかり名を呼んでしまうと、ユートリーがニッコリと笑った。
「エルジェ?貴方が私の護衛ね。はじめまして、ユートリー・ソイストよ。よろしくね」
「は、はじめまして!エルジェ・ムスツラと申しますっ」
焦って立とうと頭をぶつけ、エルジェは思わず頭を抱えた。
「いっ!お騒がせして申し訳ございません、仕事はきっちりやりますのでご安心ください」
「もうっ!だめですよ、誰かに聞かれたら困るじゃないですか。だって大工さんひとりのはずなのに、いろいろな声が外に聞こえちゃったらどうするんです?ユートリー様も床下の貴方も!」
タラに注意されて、大工がアッ!と口を押さえ、ぺこりと頭を下げる。暗部ともあろう者がとんだ失敗だ。
「わかっているわ、私も。ね?でもありがとう」
ユートリーは注意してくれたタラに感謝の言葉をかけた。
「さあ、どうぞ。美しくなった棚をご覧下さい」
タラが壊した棚は、確かに可愛らしい飾り彫刻までされて美しくなっていた。
しかし今ユートリーとタラは、棚よりクローゼットの跳ね上げられた床板の奥に目が釘付けになっている。
床板を上げると、エルジェが設えた吊り上げ式の可動棚が現れて、水の瓶や食べ物の容器をしまうことができるようになった。そこに入れられたものは床下に潜む暗部の者が回収し、分析する仕組みだ。
「すごい!これは本物のスパイですよぉ!」
読書・・・といっても恋愛小説やサスペンス小説が大好きなタラは、ずっと働いてきた屋敷の中に隠された仕掛けに興奮して、隠し扉を開けたり閉めたりしている。
ユートリーが小さな声で大工に囁いた。
「私の食べ物はここに入れてくれたら良いのではなくて?」
「あ!そうですね」
「そのように伝えてくれる?」
床下のエルジェではなく、大工に身をやつした男が畏まりましたと答えた。
「あなたの本当の名前は?」
「・・・ワーブ・ドイルスと申します」
「そう、ワーブもよろしくね」
今まで暗部の護衛は、ユートリーの外出時に離れたところから見守る役目だった。もちろん話をしたこともない。まさか侯爵令嬢がこのように気さくに、自分たちによろしくというなどとは思いもしなかった。
「はっ、はいっ畏まりましたぁ」
裏返ったワーブの声が、跳ね上げられたクローゼットの床下に吸い込まれて消えていった。
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