1 / 44
1話
しおりを挟む
コンラル公国メーリア伯爵領はこの数年の度重なる自然災害で疲弊し、復旧費用は足りなくなって、手つかずのまま放置された土地があちこちに見受けられる。
かつて豊かな大地だったところも、荒れて草しか生えない土地に変わったことで、伯爵家とその領民を苦しめていた。
領主のデード・メーリア伯爵には男女のこどもがおり、上は二十歳のハルバリ、下は十七歳のサラ。
ハルバリは学園を卒業してすぐ婚姻し、邸内の離れに妻と住んで日々復旧に走り回っている。
サラは婚約者がおり、あと半年ほどで学園を卒業してから婚姻の予定だった。
「え?今なんて?」
亜麻色の髪と青い瞳のサラが、ハッと振り向いた。
「うん、だから婚約は解消してもらいたいんだ。両親にも相談して、サラ嬢がいいと言えば構わないと言われている」
サラの目の前にいるのは婚約者のフェルナンド・イーデス子爵令息。
「それは何故?私、フェルナンド様に何かご不快なことをしてしまいましたか?」
「いや、サラ嬢はなにも。ただ申し訳ないのだが私に想い人が現れて。こんな気持ちでサラ嬢とは結婚できないから」
─想い人?
サラは足元の土が柔らかく崩れて、足が埋もれていくような気がした。
想い人がいるのは本当のことだろう。ただそれだけではない。メーリア伯爵家の逼迫した経済状況から逃げ出したくなったのだ。
フェルナンドは貴族令息らしく、華やかで眉目秀麗である。生活も付き合いも華やかで、ここ暫くドレスもろくに作れず、流行遅れのドレスを着ているサラを疎むような目をすることがあった。
ようするに貧乏令嬢が嫌になったのだろう。
サラは、フェルナンドとイーデス子爵夫妻が、持参金も絶望的な自分との婚約をここまで解消せずにいたことにただ感謝していたが、それもそろそろ限界かと理解した。
「その件につきましては、両親と相談して返答いたします」
小さく震えていたがせめて貴族の矜持をと、美しいカーテシーをしたあとしっかり顔を上げてフェルナンドに別れの挨拶をする。
逃げ込むように馬車に乗り込むと、我慢していた涙が一気に溢れ出た。
「ううっ」
十歳で家同士の婚約をしたが、サラなりにフェルナンドを想っていた。フェルナンドも友人を紹介しあったり、一緒に茶会に行ったりと良好の仲だった。
三年前、領地で自然災害が起きるまでは。
この三年で夏の豪雨、秋の台風と計三回の大規模な災害があり、復旧する間もなく土砂災害を伴って畑が土砂に埋め尽くされ全滅した。住む家すら失った領民たちは、畑どころではない。
領地復興のために土木作業員を募集した伯爵家に畑を諦めた農民が殺到し、インフラ整備は最優先でなんとか進めているが、その分農地が手つかずで放置されて危機的状況だ。
いまではただ草だけがみっしりと生えているだけの領地を見ては、デードのため息がこぼれた。
「お話しがありますの。」
サラの思いつめた様子に、伯爵夫妻と兄夫婦が向き直る。
「フェルナンド様から想い人ができたから婚約を解消したいと言われました。私がそれでよければ良しとイーデス子爵ご夫妻からも了解を取っているそうです」
「なんだと?」父は驚きの声を。
「何が想い人だ!うちがこんな状況だから見捨てるのだろう!」
この状況でも臆さずに嫁いできた兄嫁が隣りに座る兄は、瞬時に怒りを吐き出した。
母だけは何も言わず、唇を噛み締めている。
「もう仕方ありませんわ、最近のフェルナンド様は私を疎んでいらっしゃいましたもの。華やかな方ですし、遅かれ早かれこうなったのでしょう」
馬車で泣くだけ泣いて、気持ちを切り替えたサラはサバサバした様子でそう言った。
「あとはお父さまにお任せしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんだ!サラは何も気に病まずに」
「ええ、ありがとうございます。私、少し疲れておりますの。夕食はいりません、休ませてください」
そう言うと、家族の視線を避けるように部屋へと引き上げた。
「はあ。これからどうしようかしら」
イーデス子爵家は先々代からメーリア伯爵家と付き合いの深い貴族で、その繋がりでフェルナンドと婚約する運びとなったのだが。
婚約を解消し、持参金もないサラが新しくまともな婚約にありつけるとはとても思えない。
伯爵家はいずれ兄夫婦が継ぐので、いつまでもここに置いてもらうわけにはいかないだろう。
「どこかに働きにいかないとダメかしらね」
食事はいらないと言ったが、口寂しくなっておやつを入れてある小瓶を指先で探ると、前にイーデス子爵家で土産に持たせてくれたショコラが二個入っている。
「もう二口しかないわ!はあ、こっちも問題ね」
サラはスイーツが大好きだ。
しかし今、伯爵家は貴重品の砂糖は極力買わないようにしており、イーデス子爵家に行ったときに子爵夫人が持たせてくれるスイーツを大切に少しづつ食べていた。
「最後なんだから、ちゃんと貰ってから帰ればよかったわ」
心優しく、よく気のつく子爵夫人なら今日も必ずサラに用意してくれていたに違いない。動揺して忘れてきたことを深く後悔する。
「買うお金も、作る材料もない・・・か」
ため息をひとつついてドレスを脱ぐと、寝台に潜り込んで蝋燭を吹き消した。
かつて豊かな大地だったところも、荒れて草しか生えない土地に変わったことで、伯爵家とその領民を苦しめていた。
領主のデード・メーリア伯爵には男女のこどもがおり、上は二十歳のハルバリ、下は十七歳のサラ。
ハルバリは学園を卒業してすぐ婚姻し、邸内の離れに妻と住んで日々復旧に走り回っている。
サラは婚約者がおり、あと半年ほどで学園を卒業してから婚姻の予定だった。
「え?今なんて?」
亜麻色の髪と青い瞳のサラが、ハッと振り向いた。
「うん、だから婚約は解消してもらいたいんだ。両親にも相談して、サラ嬢がいいと言えば構わないと言われている」
サラの目の前にいるのは婚約者のフェルナンド・イーデス子爵令息。
「それは何故?私、フェルナンド様に何かご不快なことをしてしまいましたか?」
「いや、サラ嬢はなにも。ただ申し訳ないのだが私に想い人が現れて。こんな気持ちでサラ嬢とは結婚できないから」
─想い人?
サラは足元の土が柔らかく崩れて、足が埋もれていくような気がした。
想い人がいるのは本当のことだろう。ただそれだけではない。メーリア伯爵家の逼迫した経済状況から逃げ出したくなったのだ。
フェルナンドは貴族令息らしく、華やかで眉目秀麗である。生活も付き合いも華やかで、ここ暫くドレスもろくに作れず、流行遅れのドレスを着ているサラを疎むような目をすることがあった。
ようするに貧乏令嬢が嫌になったのだろう。
サラは、フェルナンドとイーデス子爵夫妻が、持参金も絶望的な自分との婚約をここまで解消せずにいたことにただ感謝していたが、それもそろそろ限界かと理解した。
「その件につきましては、両親と相談して返答いたします」
小さく震えていたがせめて貴族の矜持をと、美しいカーテシーをしたあとしっかり顔を上げてフェルナンドに別れの挨拶をする。
逃げ込むように馬車に乗り込むと、我慢していた涙が一気に溢れ出た。
「ううっ」
十歳で家同士の婚約をしたが、サラなりにフェルナンドを想っていた。フェルナンドも友人を紹介しあったり、一緒に茶会に行ったりと良好の仲だった。
三年前、領地で自然災害が起きるまでは。
この三年で夏の豪雨、秋の台風と計三回の大規模な災害があり、復旧する間もなく土砂災害を伴って畑が土砂に埋め尽くされ全滅した。住む家すら失った領民たちは、畑どころではない。
領地復興のために土木作業員を募集した伯爵家に畑を諦めた農民が殺到し、インフラ整備は最優先でなんとか進めているが、その分農地が手つかずで放置されて危機的状況だ。
いまではただ草だけがみっしりと生えているだけの領地を見ては、デードのため息がこぼれた。
「お話しがありますの。」
サラの思いつめた様子に、伯爵夫妻と兄夫婦が向き直る。
「フェルナンド様から想い人ができたから婚約を解消したいと言われました。私がそれでよければ良しとイーデス子爵ご夫妻からも了解を取っているそうです」
「なんだと?」父は驚きの声を。
「何が想い人だ!うちがこんな状況だから見捨てるのだろう!」
この状況でも臆さずに嫁いできた兄嫁が隣りに座る兄は、瞬時に怒りを吐き出した。
母だけは何も言わず、唇を噛み締めている。
「もう仕方ありませんわ、最近のフェルナンド様は私を疎んでいらっしゃいましたもの。華やかな方ですし、遅かれ早かれこうなったのでしょう」
馬車で泣くだけ泣いて、気持ちを切り替えたサラはサバサバした様子でそう言った。
「あとはお父さまにお任せしてもよろしいでしょうか?」
「もちろんだ!サラは何も気に病まずに」
「ええ、ありがとうございます。私、少し疲れておりますの。夕食はいりません、休ませてください」
そう言うと、家族の視線を避けるように部屋へと引き上げた。
「はあ。これからどうしようかしら」
イーデス子爵家は先々代からメーリア伯爵家と付き合いの深い貴族で、その繋がりでフェルナンドと婚約する運びとなったのだが。
婚約を解消し、持参金もないサラが新しくまともな婚約にありつけるとはとても思えない。
伯爵家はいずれ兄夫婦が継ぐので、いつまでもここに置いてもらうわけにはいかないだろう。
「どこかに働きにいかないとダメかしらね」
食事はいらないと言ったが、口寂しくなっておやつを入れてある小瓶を指先で探ると、前にイーデス子爵家で土産に持たせてくれたショコラが二個入っている。
「もう二口しかないわ!はあ、こっちも問題ね」
サラはスイーツが大好きだ。
しかし今、伯爵家は貴重品の砂糖は極力買わないようにしており、イーデス子爵家に行ったときに子爵夫人が持たせてくれるスイーツを大切に少しづつ食べていた。
「最後なんだから、ちゃんと貰ってから帰ればよかったわ」
心優しく、よく気のつく子爵夫人なら今日も必ずサラに用意してくれていたに違いない。動揺して忘れてきたことを深く後悔する。
「買うお金も、作る材料もない・・・か」
ため息をひとつついてドレスを脱ぐと、寝台に潜り込んで蝋燭を吹き消した。
35
あなたにおすすめの小説
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
妹のために愛の無い結婚をすることになりました
バンブー竹田
恋愛
「エミリー、君との婚約は破棄することに決まった」
愛するラルフからの唐突な通告に私は言葉を失ってしまった。
婚約が破棄されたことはもちろんショックだけど、それだけじゃない。
私とラルフの結婚は妹のシエルの命がかかったものでもあったから・・・。
落ちこむ私のもとに『アレン』という大金持ちの平民からの縁談が舞い込んできた。
思い悩んだ末、私は会ったこともない殿方と結婚することに決めた。
【完結】愛され令嬢は、死に戻りに気付かない
かまり
恋愛
公爵令嬢エレナは、婚約者の王子と聖女に嵌められて処刑され、死に戻るが、
それを夢だと思い込んだエレナは考えなしに2度目を始めてしまう。
しかし、なぜかループ前とは違うことが起きるため、エレナはやはり夢だったと確信していたが、
結局2度目も王子と聖女に嵌められる最後を迎えてしまった。
3度目の死に戻りでエレナは聖女に勝てるのか?
聖女と婚約しようとした王子の目に、涙が見えた気がしたのはなぜなのか?
そもそも、なぜ死に戻ることになったのか?
そして、エレナを助けたいと思っているのは誰なのか…
色んな謎に包まれながらも、王子と幸せになるために諦めない、
そんなエレナの逆転勝利物語。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
星屑を紡ぐ令嬢と、色を失った魔法使い
希羽
恋愛
子爵令嬢のルチアは、継母と義姉に虐げられ、屋根裏部屋でひっそりと暮らしていた。彼女には、夜空に輝く星屑を集めて、触れた者の心を癒す不思議な力を持つ「銀色の糸」を紡ぎ出すという、秘密の能力があった。しかし、その力で生み出された美しい刺繍の手柄は、いつも華やかな義姉のものとされていた。
一方、王国には「灰色の魔法使い」と畏れられる英雄、アークライト公爵がいた。彼はかつて国を救った代償として、世界の色彩と感情のすべてを失い、孤独な日々を送っている。
ある夜会で、二人の運命が交差する。義姉が手にしたルチアの刺繍にアークライトが触れた瞬間、彼の灰色だった世界に、一瞬だけ鮮やかな色彩が流れ込むという奇跡が起きた。
その光の本当の作り手を探し出したアークライトは、ルチアを自身の屋敷へと迎え入れる。「私のために刺繍をしろ」──その強引な言葉の裏にある深い孤独を知ったルチアは、戸惑いながらも、初めて自分の力を認められたことに喜びを感じ、彼のために星屑を紡ぎ始める。
彼女の刺繍は、凍てついていた公爵の心を少しずつ溶かし、二人の間には静かな絆が芽生えていく。
しかし、そんな穏やかな日々は長くは続かない。ルチアの持つ力の価値に気づいた過去の人々が、彼女を再び絶望へ引き戻そうと、卑劣な陰謀を企てていた。
今更「結婚しよう」と言われましても…10年以上会っていない人の顔は覚えていません。
ゆずこしょう
恋愛
「5年で帰ってくるから待っていて欲しい。」
書き置きだけを残していなくなった婚約者のニコラウス・イグナ。
今までも何度かいなくなることがあり、今回もその延長だと思っていたが、
5年経っても帰ってくることはなかった。
そして、10年後…
「結婚しよう!」と帰ってきたニコラウスに…
【完結済】冷血公爵様の家で働くことになりまして~婚約破棄された侯爵令嬢ですが公爵様の侍女として働いています。なぜか溺愛され離してくれません~
北城らんまる
恋愛
**HOTランキング11位入り! ありがとうございます!**
「薄気味悪い魔女め。おまえの悪行をここにて読み上げ、断罪する」
侯爵令嬢であるレティシア・ランドハルスは、ある日、婚約者の男から魔女と断罪され、婚約破棄を言い渡される。父に勘当されたレティシアだったが、それは娘の幸せを考えて、あえてしたことだった。父の手紙に書かれていた住所に向かうと、そこはなんと冷血と知られるルヴォンヒルテ次期公爵のジルクスが一人で住んでいる別荘だった。
「あなたの侍女になります」
「本気か?」
匿ってもらうだけの女になりたくない。
レティシアはルヴォンヒルテ次期公爵の見習い侍女として、第二の人生を歩み始めた。
一方その頃、レティシアを魔女と断罪した元婚約者には、不穏な影が忍び寄っていた。
レティシアが作っていたお守りが、実は元婚約者の身を魔物から守っていたのだ。そんなことも知らない元婚約者には、どんどん不幸なことが起こり始め……。
※ざまぁ要素あり(主人公が何かをするわけではありません)
※設定はゆるふわ。
※3万文字で終わります
※全話投稿済です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる