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4話
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「イーデス子爵家の婚約者がどなただか知らんのか!」
せっかくの素晴らしい求婚を父も喜んでくれると思っていたが、怒りに火を注いだことが理解できずにいるソイラを見て、ザニ・タイリユは奥歯が折れそうなほどに歯を食いしばった。
「メーリア伯爵家のご令嬢が流行遅れだと?領地の災害復旧のために私財を投じて懸命なご一家を、よくもそのように辱めたな。
おまえは何者だ?
おまえは私の情けで子爵令嬢になれただけの所詮は平民だ。そのおまえが、あの高潔な一族のご令嬢を貶めるだと?恥を知れっ」
「そ、そんな・・・お父さま」
「父と呼ぶなと言ったはずだ。
とにかく、メーリア伯爵家からご令嬢の婚約者との不貞行為に対する慰謝料の請求が来ている。それとは別に、イーデス子爵家からおまえとイーデスの息子が不貞を行い婚約を壊すことになったのだから、イーデスが払う慰謝料を半分負担しろとも言ってきた。おまえが我が子爵家に籍があるばかりに、ザイアたちに渡すべき金を使わねばならん」
ソイラもフェルナンドも、気持ちが変わったのだから、婚約など解消するのはサラにとっても仕方のないことだと軽く考えていたのだ。
話し合いで円満に解消できたと聞いているのに、慰謝料を払うと聞いてひどく驚いた。
「え?なぜですか?フェルナンド様からはうまく婚約解消できたと」
ガキッと異音が響いた。
ペッとザニが何かを吐き出すと、折れた血塗れの歯の欠片・・・。
それが何か気づいたソイラは血の気が引き、ザニの口元には血が滲んでいる。
普段おとなしく人の良いザニだが、怒りが頂点に達していた。
「馬鹿か?有責で婚約解消となれば平民だとて慰謝料を払うことになるだろう。おまえは本当に私の娘か?おまえの母は私の子だと言ったが、私の記憶にあるおまえの母とも、私とも似ても似つかない顔をしている。髪色も肌色も瞳の色さえも何一つ受け継いでいないではないか」
「そんな!私のお父さまはお父さまおひとりです!間違いなくお父さまの娘ですわ」
「いや、おまえの母とどうしてそうなったのか私には記憶がない。気づいたら隣りにおまえの母が侍っており、子をなしたかもしれないと言ったのだ。それまでもそれ以降も私には妻しかいないと言うのに」
「そんないまさらひどい・・・」
「ひどいのはおまえとおまえの母であろう。親子関係を調べる方法がないのが口惜しいわ」
ザニが言ったことは言い訳などではなく、真実だった。愛妻家で、他の貴族のような愛人の噂はまったくない。そのタイリユ子爵に庶子が現れたと、当時噂は真っ二つに割れた。
あのタイリユ子爵でもねえ!と言うものと、あのタイリユ子爵に限ってそんな話はおかしいのでは?というものと。
ザニは結果としてソイラを引き取り、正妻との子と同程度の養育を施したが、だからといって皆が皆ソイラが間違いなくザニの娘だと信じていたわけではなかった。
「我が家とイーデス子爵家はおまえとのことで社交界で評価の高いメーリア伯爵家を貶めたと、誹りを受け続ける。
いいか、間違ってもイーデスの息子がおまえを選んだからなどとぬかすでないぞ。婚約者がいると知って引き返すこともできたのだ。高潔な貴族ならそうすべきだった。おまえはあろうことか、流行遅れな服を着る令嬢なのだから自分のほうがなどとイーデスの息子に迫ったのだろう。違うか?
そしておまえのせいでっ!
我がタイリユ子爵家はメーリア伯爵令嬢に傷をつけた張本人と言われ続けるのだ。
平民のおまえには理解できないかも知れないが、社交界で誹りを、蔑みを、辱めを受けることがどれほど家名を、その一族を傷つけるか。
家名を守り、高める行いをしていくことこそが貴族の矜持というものだというのに」
ハァと、怒りのこもったため息を吐き出す。
「おまえはひとまず謹慎させる。我が家から除籍の上、今後どう処分するかはのちに伝える。連れて行け」
ザニについていた護衛兵がソイラの腕を後ろ手につかみ、執務室から引きずり出そうとした。
「きゃあ、お父さま!お願いです!お詫びいたしま・・・除籍はいやあ」
バタンと扉が閉まると、ザニは頭を抱えるように俯いた。興奮から冷めてくると、やらねばならないことが見えてくる。
まずはイーデス子爵家とメーリア伯爵家を訪問し、謝罪とソイラの処分を報告することと、慰謝料は誠意を見せなくては!
・・・その前に妻とこどもたちに謝らねばと思い当たる。
真偽をよく確認せず、いや、したのだが、良心に基づき引き取ったソイラが家名を汚し、その汚名を我が子が返上しなければならないのだから申し訳ないでは済まない。
何かが背中に重くのしかかってきて項垂れたザニは、背を丸めて妻の元へと重い足を運んだ。
その後、タイリユ子爵家で行われた家族会議でザニは妻子に謝罪の上、責任を取り自分は引退すると伝えた。
しかし嫡男ザイアからそれは責任を取るとは言わない、大変なときに責任を押し付けるように隠居するなど許さない、隠居は自分で始末をつけてからにしろと言われ、その話は無くなった。
妻も子も淡々としており、むしろそのほうが恐ろしい。
実は家族は、庶子として突然現れたソイラのことは人の良いザニが騙されたと思っていたので、どのようなきっかけでもあの娘を排除できることは家にとってよいことだとは思っていた。思ってはいたのだが。
「多額の慰謝料を払うしかないのは、頭では理解するが心は納得できない」
次男のゲールに冷たく言われ、深く頭を垂れる。
「本当にすまないと思っている。払うことは避けられぬ・・・。あれを働かせて多少でも回収しよう」
ザニの二人の息子たちは、子爵家が負担する慰謝料を少しでも回収するにはと、ソイラの働かせ方を相談し始めたが、もうザニには見向きもしない。
─あのとき身の潔白を証明すべきだった、ソイラの母を詰問してても。記憶がなくとも万一自分の娘だったらなどと、中途半端な良心で引き取ってはならなかった─
妻子に話から弾き出されたザニは、人生で一番深い後悔に苛まれていた。
せっかくの素晴らしい求婚を父も喜んでくれると思っていたが、怒りに火を注いだことが理解できずにいるソイラを見て、ザニ・タイリユは奥歯が折れそうなほどに歯を食いしばった。
「メーリア伯爵家のご令嬢が流行遅れだと?領地の災害復旧のために私財を投じて懸命なご一家を、よくもそのように辱めたな。
おまえは何者だ?
おまえは私の情けで子爵令嬢になれただけの所詮は平民だ。そのおまえが、あの高潔な一族のご令嬢を貶めるだと?恥を知れっ」
「そ、そんな・・・お父さま」
「父と呼ぶなと言ったはずだ。
とにかく、メーリア伯爵家からご令嬢の婚約者との不貞行為に対する慰謝料の請求が来ている。それとは別に、イーデス子爵家からおまえとイーデスの息子が不貞を行い婚約を壊すことになったのだから、イーデスが払う慰謝料を半分負担しろとも言ってきた。おまえが我が子爵家に籍があるばかりに、ザイアたちに渡すべき金を使わねばならん」
ソイラもフェルナンドも、気持ちが変わったのだから、婚約など解消するのはサラにとっても仕方のないことだと軽く考えていたのだ。
話し合いで円満に解消できたと聞いているのに、慰謝料を払うと聞いてひどく驚いた。
「え?なぜですか?フェルナンド様からはうまく婚約解消できたと」
ガキッと異音が響いた。
ペッとザニが何かを吐き出すと、折れた血塗れの歯の欠片・・・。
それが何か気づいたソイラは血の気が引き、ザニの口元には血が滲んでいる。
普段おとなしく人の良いザニだが、怒りが頂点に達していた。
「馬鹿か?有責で婚約解消となれば平民だとて慰謝料を払うことになるだろう。おまえは本当に私の娘か?おまえの母は私の子だと言ったが、私の記憶にあるおまえの母とも、私とも似ても似つかない顔をしている。髪色も肌色も瞳の色さえも何一つ受け継いでいないではないか」
「そんな!私のお父さまはお父さまおひとりです!間違いなくお父さまの娘ですわ」
「いや、おまえの母とどうしてそうなったのか私には記憶がない。気づいたら隣りにおまえの母が侍っており、子をなしたかもしれないと言ったのだ。それまでもそれ以降も私には妻しかいないと言うのに」
「そんないまさらひどい・・・」
「ひどいのはおまえとおまえの母であろう。親子関係を調べる方法がないのが口惜しいわ」
ザニが言ったことは言い訳などではなく、真実だった。愛妻家で、他の貴族のような愛人の噂はまったくない。そのタイリユ子爵に庶子が現れたと、当時噂は真っ二つに割れた。
あのタイリユ子爵でもねえ!と言うものと、あのタイリユ子爵に限ってそんな話はおかしいのでは?というものと。
ザニは結果としてソイラを引き取り、正妻との子と同程度の養育を施したが、だからといって皆が皆ソイラが間違いなくザニの娘だと信じていたわけではなかった。
「我が家とイーデス子爵家はおまえとのことで社交界で評価の高いメーリア伯爵家を貶めたと、誹りを受け続ける。
いいか、間違ってもイーデスの息子がおまえを選んだからなどとぬかすでないぞ。婚約者がいると知って引き返すこともできたのだ。高潔な貴族ならそうすべきだった。おまえはあろうことか、流行遅れな服を着る令嬢なのだから自分のほうがなどとイーデスの息子に迫ったのだろう。違うか?
そしておまえのせいでっ!
我がタイリユ子爵家はメーリア伯爵令嬢に傷をつけた張本人と言われ続けるのだ。
平民のおまえには理解できないかも知れないが、社交界で誹りを、蔑みを、辱めを受けることがどれほど家名を、その一族を傷つけるか。
家名を守り、高める行いをしていくことこそが貴族の矜持というものだというのに」
ハァと、怒りのこもったため息を吐き出す。
「おまえはひとまず謹慎させる。我が家から除籍の上、今後どう処分するかはのちに伝える。連れて行け」
ザニについていた護衛兵がソイラの腕を後ろ手につかみ、執務室から引きずり出そうとした。
「きゃあ、お父さま!お願いです!お詫びいたしま・・・除籍はいやあ」
バタンと扉が閉まると、ザニは頭を抱えるように俯いた。興奮から冷めてくると、やらねばならないことが見えてくる。
まずはイーデス子爵家とメーリア伯爵家を訪問し、謝罪とソイラの処分を報告することと、慰謝料は誠意を見せなくては!
・・・その前に妻とこどもたちに謝らねばと思い当たる。
真偽をよく確認せず、いや、したのだが、良心に基づき引き取ったソイラが家名を汚し、その汚名を我が子が返上しなければならないのだから申し訳ないでは済まない。
何かが背中に重くのしかかってきて項垂れたザニは、背を丸めて妻の元へと重い足を運んだ。
その後、タイリユ子爵家で行われた家族会議でザニは妻子に謝罪の上、責任を取り自分は引退すると伝えた。
しかし嫡男ザイアからそれは責任を取るとは言わない、大変なときに責任を押し付けるように隠居するなど許さない、隠居は自分で始末をつけてからにしろと言われ、その話は無くなった。
妻も子も淡々としており、むしろそのほうが恐ろしい。
実は家族は、庶子として突然現れたソイラのことは人の良いザニが騙されたと思っていたので、どのようなきっかけでもあの娘を排除できることは家にとってよいことだとは思っていた。思ってはいたのだが。
「多額の慰謝料を払うしかないのは、頭では理解するが心は納得できない」
次男のゲールに冷たく言われ、深く頭を垂れる。
「本当にすまないと思っている。払うことは避けられぬ・・・。あれを働かせて多少でも回収しよう」
ザニの二人の息子たちは、子爵家が負担する慰謝料を少しでも回収するにはと、ソイラの働かせ方を相談し始めたが、もうザニには見向きもしない。
─あのとき身の潔白を証明すべきだった、ソイラの母を詰問してても。記憶がなくとも万一自分の娘だったらなどと、中途半端な良心で引き取ってはならなかった─
妻子に話から弾き出されたザニは、人生で一番深い後悔に苛まれていた。
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