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10話

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 その夜、メーリア伯爵家では家族団欒の語らいの場で伯爵夫妻の愛娘サラが爆弾発言をし、皆を唖然とさせていた。

 王都の小さなスイーツショップで働きたい、リリエラにはもっと大きな店にしろと言われたが、どの店でもよいわけではなくあのメーメの店で働きたい。

 なぜだかわからないが諦めたくない。
フェルナンドから婚約解消と言われた時はただ泣いて諦めてしまったけど、やれるだけのことをしたとは言えない状態で諦めたことを後悔し、失うことの痛みやその大きさを知った。
もうあんな思いはしたくない。
やらずに後悔するより、やり尽くしてみたい。

 そう思いのたけを家族に語った。

 最初に我に返ったのは父デード・メーリアだ。

「その店の主にその話は?」
「はいっ、貼り紙に気づいてすぐに思いをお伝えしましたわ」
「それで仕えさせてくれると?」
「いえ、断られました」

「ええ?」

 家族皆の声が被る。

「おまっ、サラ!おまえ断られたなら働くどころではなかろう?」

 ハルバリが呆れて言ったが、サラは動じない。

「お兄さま、まだ一度しか断られておりません。ご主人がいいとおっしゃるまで何度でも通ってみせますわ」

 こんな娘だっただろうか?

 伯爵夫妻は首を傾げた。
もっと消極的というか、親の言うことをよく聞く貴族らしい娘で。
 辛い経験が娘の何かを大きく変えたのだと思うと胸が痛み、遠くに感じて寂しさを感じた。

 翌日からサラはメーメの元に日参した。
毎日毎日顔を出し、働かせてくださいと頭を下げ断られるをくり返す。
一向に諦めないサラに、メーメの調子が狂い始めたある日のこと。

 サラがいつものように店で粘っていると、数人の女性が賑やかに店にやって来た。
 華やかな雰囲気が苦手らしいエンデラ・メーメは仏頂面で一人分づつオーダーを受け、トレーにのせていくのだが、待ちきれない女性たちが口々一斉に話し出して、メーメの顔には苛つきが浮かび始めた。

「あの、よろしければお席にお座りになって。私がオーダーを伺いに参りますわ」

 閃いたサラが、メーメの了解も得ずに動き始めた。
 まずはメーメが早朝からきれいに掃除をしたテーブル席へと案内し、メーメのところに戻ってきて

「勝手致しまして申し訳ございませんが、まずは紙とペンを貸してください」

 手のひらをメーメに差し出した。
 渋々という体で白く美しいサラの手のひらにメモとペンをのせてやると、サラは身を翻して女性たちの歓声の中に駆け込んで行く。

 オーダーを取って戻ってきたサラに、ケーキと希望のティーセットを渡すと、まるで女給の練習でもしてきたような自然な仕草で給仕をしていて、メーメは呆気に取られていた。

「トレーお返しいたしますわ」
「あ、ああ、助かった。礼を言います」

 貴族の令嬢として接するべきか、見習い希望者として接するべきか迷いが出て、メーメの言葉がちぐはぐになったが。

「少しはお役に立ちましたかしら?」

 そう言いながら距離を詰めてくるサラに、明らかに押され始めていた。

「と、とにかく、貴族のお嬢様なんかはうちはムリだ」
「やってみなければわかりませんわ!」
「やってみてダメだった者が圧倒的なんだ。いちいち教える身にもなってもらいたい」
「でも募集なさっていますわ」
「ああそうだ、募集はしているが、お嬢様はいらないんだ」

 つれないメーメだが、サラも引かない。

「確かに私、貴族ではございますけれど、仕事を持ち自立したいのです」
「貴族なら他にいくらでも働き口はあるだろう」
「他の所で働きたいわけではございません。ここがいい!ここで働きたいのですっ」

 ショーケースに両手を着いて、身を乗り出して来るサラに、心底困り果てたメーメはとうとう言った。

「しかたない・・・。私の目で見てダメそうなら即辞めてもらう」
「えっ?ええっ?えええーっ、本当に?」

 きゃあとピョンと飛び跳ね、もしメーメがそばにいたら抱きつきそうなほど興奮したサラは、ハッとして顔を赤らめた。

「申し訳ございません、うれしくて取り乱してしまいました」
「いや構わないが。
仕事は明日からにしよう。開店二時間前までに来て、まずは店をピカピカにしてもらう」
「はい!おまかせください!」

 その日、どうやって帰宅したか思い出せないほど興奮したサラは、家族みんなに今日起きたことを話して聞かせると、

「明日からの私はスイーツショップの店員ですわ!」

 そう宣言して部屋へと去っていった。

「そうか・・・やってしまったんだな」

 ハルバリはため息をついたが、ネルはうれしそうだ。

「私はいいと思うわ。あんなに張り切っているサラは見たことがないもの」
「そうだな。ダメならまたやり直せばいいんだ。もう、あれ以上酷いことなど起きやしない」

 伯爵夫妻は愛娘を応援することに決めたようで、二人で満足そうに頷きあっている。

「ええ、そのお菓子屋さんとっても美味しいのよ」

 最後にネルがうふふと笑いながら言った一言が、ネルの希望をちら見せしていた。

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