20 / 44
20話
ザイアがタイリユ子爵家から登城していくのを見計らい、母である子爵夫人エラは支度を始めた。
街中でも馴染むデイドレスを着、侍女と護衛も支度をさせると小型の馬車を出させて記憶にあるメーメの店へ向かう。
記憶はぼんやりしていたが、裏通りのスイーツショップと訊ね歩くと親切な女性が道案内をしてくれて、無事に辿り着く。
「なぜこの店はこんなにも陰気臭いのかしらね?」
せめてこの雰囲気を変えるだけでも、ずいぶん人気が出るだろうと思うのだが、昨日の様子からして余計なことをするとザイアに叱られそうなので見て見ぬふりを決め込む。
ガラス越しに店内を覗くと、先日はいなかった女性が三人。
年嵩の女性と若い娘が二人、親子にしては似ていないのでみな店員なのだろうか?
二人の娘のうち、どちらがザイアの意中だろう?などと考えながら、侍女に扉を開けさせた。
「いらっしゃいませ」
エラが店に姿を見せる少し前。
メーメにデコレーションケーキはダメと言われて奮起したサラは、ダメ元で一つデコレーションした物を作って師匠に見せてみた。
「ん?急にうまくなったな」
「本当ですか?」
うれしそうにサラは小さく拳を握るが
「しかしまだ売り物にはできん」
メーメの言葉に項垂れる。
「まあ、どこがダメなのよ!とっても美しいデコレートじゃない。お父さまの目が悪いのではなくて?」
ローサが口を挟むが、メーメが指差すところをよく見ると確かに細かいヨレがあるのがわかる。
「このくらい、お父さまにしかわかりませんよ。私はこれをいただきたいわ!ね、サラ様」
「ふん、甘やかすとろくなもんにならんぞ」
いや、本当はメーメにもわかっている。
サラは自分に厳しいから、これでメーメが褒めたとしても自分でヨレを見つけて反省するに違いないのだ。
「試食はするぞ」
そう言うと顔をはね上げて「はいっ!」とケーキをカットしに行った。
「厳しくされているのに、へこたれたりなさらないのねサラ様は」
ローサがやさしくサラの背中を見守る。
「打たれ強いし自分にはとても厳しい。常に上を目指している立派な職人だよ」
弟子への愛情があふれる父の言葉に、ローサが意外そうな顔を見せ、
「まあ!お父さまでもそんなことをおっしゃることができたのね。私にもそうやってやさしく言ってほしかったですわ」
まだ学生のうちに伯父に預けられ、父娘の時間が少なかったローサが嫌味を言うと、バツが悪そうに視線を反らした。
ベルが鳴り、モニカがショーケースの奥に姿を見せると、カジュアルなデイドレスを着てはいるが、素材と仕立ての良さや髪や肌の手入れ、その物腰から貴族にしか見えない夫人が待ち侘びていた。
どこかで見たことかあるような・・・
「店内でスイーツをいただきたいの」
「畏まりました、まずはスイーツとティーをお選びくださいませ」
エラはオヤ?と違和感を感じる。
モニカには隙がなく、またその立ち居振る舞いは平民のものとは思えないからだ。
「今日はデコレーションケーキはないの?」
モニカを探りながら、希望のケーキがないことを問うていると奥からサラがカットされたデコレーションケーキをトレーに乗せてやってきた。
「いらっしゃいませ」
こちらも平民ではなさそうだと、優雅なその仕草を観察していたが、トレーに気づくと
「あら!それよ。デコレーションケーキをいただきたいわ」
食い気にスイッチが入り、サラとモニカを観察していたことを忘れてしまった。
「あの・・・申し訳ございませんが、こちらは私の試作品で売り物ではないのです」
サラが伏せ目がちに言うと、エラはこの娘がザイアが気に入っているパティシエールだと気がついた。
「試作品でも私はよろしくてよ。息子が昨日こちらのケーキをたくさん買ってきましたの。その中にはデコレーションケーキがなかったので、きてみたのですわ。そのくらいこちらのデコレーションケーキが食べたいのですもの、譲っていただけませんこと?」
夫人をどこかで見たことがあるような気がしていたが、いつもの青年と同じ色味を持ち、顔立ちにも面影があると気がついた。
「いつもお買い求め頂き、ありがとうございます」
上品なサラの言葉遣いや仕草を見て、貴族の娘に違いないと見る。
「今日はデコレーションケーキが食べたい気分なのですけれど。でもオレンジのジュレが一番好きですわ」
「ありがとうございます!ジュレは私が作らせていただいております」
ぱあっと笑顔を見せるサラ。
短い時間でエラは考えを巡らせていた。
家が没落でもしたのだろうか?
何があって貴族の娘がパティシエールを志したのかはわからないが、平民でも仕方ないと思っていた娘が貴族であるならば、諸手を挙げてタイリユ子爵家に迎えることもできそうだ。
せっせと働いているのにも関わらず、優雅さを失わずにいるサラをやさしい目で見つめていた。
街中でも馴染むデイドレスを着、侍女と護衛も支度をさせると小型の馬車を出させて記憶にあるメーメの店へ向かう。
記憶はぼんやりしていたが、裏通りのスイーツショップと訊ね歩くと親切な女性が道案内をしてくれて、無事に辿り着く。
「なぜこの店はこんなにも陰気臭いのかしらね?」
せめてこの雰囲気を変えるだけでも、ずいぶん人気が出るだろうと思うのだが、昨日の様子からして余計なことをするとザイアに叱られそうなので見て見ぬふりを決め込む。
ガラス越しに店内を覗くと、先日はいなかった女性が三人。
年嵩の女性と若い娘が二人、親子にしては似ていないのでみな店員なのだろうか?
二人の娘のうち、どちらがザイアの意中だろう?などと考えながら、侍女に扉を開けさせた。
「いらっしゃいませ」
エラが店に姿を見せる少し前。
メーメにデコレーションケーキはダメと言われて奮起したサラは、ダメ元で一つデコレーションした物を作って師匠に見せてみた。
「ん?急にうまくなったな」
「本当ですか?」
うれしそうにサラは小さく拳を握るが
「しかしまだ売り物にはできん」
メーメの言葉に項垂れる。
「まあ、どこがダメなのよ!とっても美しいデコレートじゃない。お父さまの目が悪いのではなくて?」
ローサが口を挟むが、メーメが指差すところをよく見ると確かに細かいヨレがあるのがわかる。
「このくらい、お父さまにしかわかりませんよ。私はこれをいただきたいわ!ね、サラ様」
「ふん、甘やかすとろくなもんにならんぞ」
いや、本当はメーメにもわかっている。
サラは自分に厳しいから、これでメーメが褒めたとしても自分でヨレを見つけて反省するに違いないのだ。
「試食はするぞ」
そう言うと顔をはね上げて「はいっ!」とケーキをカットしに行った。
「厳しくされているのに、へこたれたりなさらないのねサラ様は」
ローサがやさしくサラの背中を見守る。
「打たれ強いし自分にはとても厳しい。常に上を目指している立派な職人だよ」
弟子への愛情があふれる父の言葉に、ローサが意外そうな顔を見せ、
「まあ!お父さまでもそんなことをおっしゃることができたのね。私にもそうやってやさしく言ってほしかったですわ」
まだ学生のうちに伯父に預けられ、父娘の時間が少なかったローサが嫌味を言うと、バツが悪そうに視線を反らした。
ベルが鳴り、モニカがショーケースの奥に姿を見せると、カジュアルなデイドレスを着てはいるが、素材と仕立ての良さや髪や肌の手入れ、その物腰から貴族にしか見えない夫人が待ち侘びていた。
どこかで見たことかあるような・・・
「店内でスイーツをいただきたいの」
「畏まりました、まずはスイーツとティーをお選びくださいませ」
エラはオヤ?と違和感を感じる。
モニカには隙がなく、またその立ち居振る舞いは平民のものとは思えないからだ。
「今日はデコレーションケーキはないの?」
モニカを探りながら、希望のケーキがないことを問うていると奥からサラがカットされたデコレーションケーキをトレーに乗せてやってきた。
「いらっしゃいませ」
こちらも平民ではなさそうだと、優雅なその仕草を観察していたが、トレーに気づくと
「あら!それよ。デコレーションケーキをいただきたいわ」
食い気にスイッチが入り、サラとモニカを観察していたことを忘れてしまった。
「あの・・・申し訳ございませんが、こちらは私の試作品で売り物ではないのです」
サラが伏せ目がちに言うと、エラはこの娘がザイアが気に入っているパティシエールだと気がついた。
「試作品でも私はよろしくてよ。息子が昨日こちらのケーキをたくさん買ってきましたの。その中にはデコレーションケーキがなかったので、きてみたのですわ。そのくらいこちらのデコレーションケーキが食べたいのですもの、譲っていただけませんこと?」
夫人をどこかで見たことがあるような気がしていたが、いつもの青年と同じ色味を持ち、顔立ちにも面影があると気がついた。
「いつもお買い求め頂き、ありがとうございます」
上品なサラの言葉遣いや仕草を見て、貴族の娘に違いないと見る。
「今日はデコレーションケーキが食べたい気分なのですけれど。でもオレンジのジュレが一番好きですわ」
「ありがとうございます!ジュレは私が作らせていただいております」
ぱあっと笑顔を見せるサラ。
短い時間でエラは考えを巡らせていた。
家が没落でもしたのだろうか?
何があって貴族の娘がパティシエールを志したのかはわからないが、平民でも仕方ないと思っていた娘が貴族であるならば、諸手を挙げてタイリユ子爵家に迎えることもできそうだ。
せっせと働いているのにも関わらず、優雅さを失わずにいるサラをやさしい目で見つめていた。
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
裏切り者として死んで転生したら、私を憎んでいるはずの王太子殿下がなぜか優しくしてくるので、勘違いしないよう気を付けます
みゅー
恋愛
ジェイドは幼いころ会った王太子殿下であるカーレルのことを忘れたことはなかった。だが魔法学校で再会したカーレルはジェイドのことを覚えていなかった。
それでもジェイドはカーレルを想っていた。
学校の卒業式の日、貴族令嬢と親しくしているカーレルを見て元々身分差もあり儚い恋だと潔く身を引いたジェイド。
赴任先でモンスターの襲撃に会い、療養で故郷にもどった先で驚きの事実を知る。自分はこの宇宙を作るための機械『ジェイド』のシステムの一つだった。
それからは『ジェイド』に従い動くことになるが、それは国を裏切ることにもなりジェイドは最終的に殺されてしまう。
ところがその後ジェイドの記憶を持ったまま翡翠として他の世界に転生し元の世界に召喚され……
ジェイドは王太子殿下のカーレルを愛していた。
だが、自分が裏切り者と思われてもやらなければならないことができ、それを果たした。
そして、死んで翡翠として他の世界で生まれ変わったが、ものと世界に呼び戻される。
そして、戻った世界ではカーレルは聖女と呼ばれる令嬢と恋人になっていた。
だが、裏切り者のジェイドの生まれ変わりと知っていて、恋人がいるはずのカーレルはなぜか翡翠に優しくしてきて……
【完結】破滅フラグを回避したいのに婚約者の座は譲れません⁈─王太子殿下の婚約者に転生したみたいだけど転生先の物語がわかりません─
江崎美彩
恋愛
侯爵家の令嬢エレナ・トワインは王太子殿下の婚約者……のはずなのに、正式に発表されないまま月日が過ぎている。
王太子殿下も通う王立学園に入学して数日たったある日、階段から転げ落ちたエレナは、オタク女子高生だった恵玲奈の記憶を思い出す。
『えっ? もしかしてわたし転生してる?』
でも肝心の転生先の作品もヒロインなのか悪役なのかモブなのかもわからない。エレナの記憶も恵玲奈の記憶も曖昧で、エレナの王太子殿下に対する一方的な恋心だけしか手がかりがない。
王太子殿下の発表されていない婚約者って、やっぱり悪役令嬢だから殿下の婚約者として正式に発表されてないの? このまま婚約者の座に固執して、断罪されたりしたらどうしよう!
『婚約者から妹としか思われてないと思い込んで悪役令嬢になる前に身をひこうとしている侯爵令嬢(転生者)』と『婚約者から兄としか思われていないと思い込んで自制している王太子様』の勘違いからすれ違いしたり、謀略に巻き込まれてすれ違いしたりする物語です。
長編ですが、一話一話はさっくり読めるように短めです。
『小説家になろう』『カクヨム』にも投稿しています。
王太子に理不尽に婚約破棄されたので辺境を改革したら、王都に戻ってきてくれと言われました
水上
恋愛
【全18話完結】
「君は中身まで腐っている」と婚約破棄されたエリアナ。
そんな彼女は成り行きで辺境へ嫁ぐことに。
自身の知識と技術で辺境を改革するエリアナ。
そんな彼女を、白い結婚のはずなのに「膝枕は合理的だ」と甘やかす夫。
一方、エリアナを追放した王都では、彼女の不在の影響が出始めて……。
悪役令嬢は自称親友の令嬢に婚約者を取られ、予定どおり無事に婚約破棄されることに成功しましたが、そのあとのことは考えてませんでした
みゅー
恋愛
婚約者のエーリクと共に招待された舞踏会、公の場に二人で参加するのは初めてだったオルヘルスは、緊張しながらその場へ臨んだ。
会場に入ると前方にいた幼馴染みのアリネアと目が合った。すると、彼女は突然泣き出しそんな彼女にあろうことか婚約者のエーリクが駆け寄る。
そんな二人に注目が集まるなか、エーリクは突然オルヘルスに婚約破棄を言い渡す……。
【完結】愛され令嬢は、死に戻りに気付かない
かまり
恋愛
公爵令嬢エレナは、婚約者の王子と聖女に嵌められて処刑され、死に戻るが、
それを夢だと思い込んだエレナは考えなしに2度目を始めてしまう。
しかし、なぜかループ前とは違うことが起きるため、エレナはやはり夢だったと確信していたが、
結局2度目も王子と聖女に嵌められる最後を迎えてしまった。
3度目の死に戻りでエレナは聖女に勝てるのか?
聖女と婚約しようとした王子の目に、涙が見えた気がしたのはなぜなのか?
そもそも、なぜ死に戻ることになったのか?
そして、エレナを助けたいと思っているのは誰なのか…
色んな謎に包まれながらも、王子と幸せになるために諦めない、
そんなエレナの逆転勝利物語。
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
婚約破棄された伯爵令嬢ですが、辺境で有能すぎて若き領主に求婚されました
おりあ
恋愛
アーデルベルト伯爵家の令嬢セリナは、王太子レオニスの婚約者として静かに、慎ましく、その務めを果たそうとしていた。
だが、感情を上手に伝えられない性格は誤解を生み、社交界で人気の令嬢リーナに心を奪われた王太子は、ある日一方的に婚約を破棄する。
失意のなかでも感情をあらわにすることなく、セリナは婚約を受け入れ、王都を離れ故郷へ戻る。そこで彼女は、自身の分析力や実務能力を買われ、辺境の行政視察に加わる機会を得る。
赴任先の北方の地で、若き領主アレイスターと出会ったセリナ。言葉で丁寧に思いを伝え、誠実に接する彼に少しずつ心を開いていく。
そして静かに、しかし確かに才能を発揮するセリナの姿は、やがて辺境を支える柱となっていく。
一方、王太子レオニスとリーナの婚約生活には次第に綻びが生じ、セリナの名は再び王都でも囁かれるようになる。
静かで無表情だと思われた令嬢は、実は誰よりも他者に寄り添う力を持っていた。
これは、「声なき優しさ」が、真に理解され、尊ばれていく物語。