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29話 閑話 フェルナンド・イーデス2
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イーデス領の僻地サガイから先触れが届いた翌日、フェルナンド・イーデスが単騎で馬を飛ばして戻ってきた。
挨拶もそこそこに両親に面会を求めると、夕餉の前にと言われて休みを取って待つことにする。
因みに、通されたのは一番狭い客間だった。
客間の序列で、イーデス家でのフェルナンドの扱いがわかってしまったが、それもフェルナンドには信じられず。
使用人の誰かが嫌がらせでもしているのかと、まだ疑っていた。
「フェルナンド様、旦那様がお帰りになりましたので、応接間へどうぞ」
この時間なら皆が集まるのはダイニングのはず、込み入った話は執務室か。なぜ応接間?と首をひねりながら侍従についていくと、難しい顔をした父がひとり待ち受けていた。
「ご無沙汰をしておりました、父上」
なにも言葉を発しない父に焦れて、自分から挨拶をする。
「なぜ帰って来た?ひとりか?」
「なぜって私の家ですし、手紙に書いたように報告したいこともあり」
「もうおまえの家ではない」
「え?えええっ?なぜ?いつから?どういうことですかっ」
「ここは私たちと嫡男バローの屋敷、カイラがそう決めた日からだ」
「そんなのおかしいっ!」
ブルワリーは口をへの字にして、表情を変えようとはしない。
「おかしいだと?よく言えたものだな」
父のはずの子爵は、フェルナンドに近づくとその襟元を掴み上げた。
「おまえは何年経っても変わらないのだな。誰よりも変わらねばならなかったのに。
伯爵令嬢であるサラ様は、手をあかぎれだらけにしてスイーツショップで働いていらっしゃるそうだ。おまえに傷物とされてろくな縁組がないからだろう、今もまだ婚約もされずおひとりでいらっしゃる。
それなのにおまえはなんだ!反省させるために役なし文官にしたというのに、私たちの目の届かぬのをいいことに女に浮かれていたとは!何が結婚だ!サラ様が幸せになるのを見届けるまで、おまえが幸せになることなど許されない。幸せな結婚など許されるわけがないのだ」
怒りに任せて一気に叫んだ。
はーはーと息を吐いている。
「そんな・・・、結婚していないのは、サラ嬢がそう選んだだけでしょう?後妻だってなんだって話はいくらでもあるはずだ。サラ嬢が選んでいるだけで私が結婚するなと言ったわけではありませんよ」
荒く肩で息をしていたブルワリーが、ゆっくりと顔を上げてフェルナンドを睨みつける。
「なんだ、その言い草は!まるでおまえは悪くないような言い方だな。なぜサラ様が後妻などにならねばならんのだ?そんな話しか来ないとしたら、それはおまえが傷物にしたからではないか。
私は知っているんだぞ。おまえがあの娘とただ想いあっただけではないことを。サラ様に不貞を働いた上にその名を貶めたおまえが、サラ様が勝手にそうしていると言うか?はあ?」
すべてを言い終える前に、ブルワリーの拳がフェルナンドを殴り飛ばした。
しかしここにカイラがいたら、フェルナンドは二度と日の目を見ることができなかったかもしれない。
そのくらい無神経で反省のない言葉を吐き出していた。
控えていた侍従に言いつける。
「法務のベイーザを急ぎこちらへ呼べ。カイラもだ」
呼ばれたふたりはすぐ姿を見せたが、殴られたらしいフェルナンドを一瞥しただけで、存在を無視した。
「御用でしょうか」
「ああ。ベイーザ、絶縁届を作成する。不備のないようここでおまえが書面を起こせ」
カイラは一切の感情を見せず、粛々とサインするのを待っている。
「そ、そんな!こんなことくらいで絶縁だなんて!父上、母上!考え直してくださいっ!あなたたちは私がかわいくないんですか?他人のサラより私の方が大切じゃないんですか?」
両親の気持ちを飜えそうとフェルナンドが絶叫するが、カイラは煩そうに耳を塞ぎながら言う。
「ああ、なんてお可哀そうなサラ様」
独り言のように、小さな声で言う。
「伯爵令嬢だというのにあかぎれだなんて、どれほど働いていらっしゃるのかしら。私は我が家が傷つけたサラ様が幸せを掴むまで、決して笑わないと決めましたわ」
じろりとフェルナンドに目線を寄越して。
「あれ以来、イーデス子爵家は誹謗され続けておりまして、嫡男バローは汚名を返上するために真摯に努力しているのです。しかし一体誰のせいでこんなことになったのでしょうね?」
フェルナンドは母にそこにいないものとされていると気づき、脂汗が噴き出してくる。
「は・・はうえ・・・?」
「あなた!早く絶縁届を書き上げて王城に提出いたしましょう。あのときにそうすべきでしたわ」
遠くを見ているような目をしていたのに、急に我に返ったようにてきぱきと指示をする。
ベイーザが作成した絶縁届に目を通したブルワリーは、ほんの少しも迷わずにサインし、カイラもちらりと書面に目をやり、ブルワリーに連ねてサインを入れた。
「そんな・・・」
いくら能天気だと言えど、今両親が連名でサインをしたことの意味は理解できる。
自分の勘当がたった今完全になされたこと、両親はそれにより今の仕事を取り上げた上で、無職の平民に叩き落とすつもりだということ。
もうアナベルと結婚どころではない。
そもそも愛だの恋だの結婚どころではなく、反省する姿を、努力する姿を、見せ続けなければならなかったのだ。
両親はサガイにやった自分を試していたのだと、今やっと理解することができた。
そして今頃わかっても、既に遅すぎるということも今ならわかる。
「私は・・・どうなるんだ・・・」
フェルナンドの言葉に、見下げ果てたようにカイラが冷たく突き放した。
「本当に自分の心配しかしないのね。おまえなどいっそ野垂れるがよいわ」
挨拶もそこそこに両親に面会を求めると、夕餉の前にと言われて休みを取って待つことにする。
因みに、通されたのは一番狭い客間だった。
客間の序列で、イーデス家でのフェルナンドの扱いがわかってしまったが、それもフェルナンドには信じられず。
使用人の誰かが嫌がらせでもしているのかと、まだ疑っていた。
「フェルナンド様、旦那様がお帰りになりましたので、応接間へどうぞ」
この時間なら皆が集まるのはダイニングのはず、込み入った話は執務室か。なぜ応接間?と首をひねりながら侍従についていくと、難しい顔をした父がひとり待ち受けていた。
「ご無沙汰をしておりました、父上」
なにも言葉を発しない父に焦れて、自分から挨拶をする。
「なぜ帰って来た?ひとりか?」
「なぜって私の家ですし、手紙に書いたように報告したいこともあり」
「もうおまえの家ではない」
「え?えええっ?なぜ?いつから?どういうことですかっ」
「ここは私たちと嫡男バローの屋敷、カイラがそう決めた日からだ」
「そんなのおかしいっ!」
ブルワリーは口をへの字にして、表情を変えようとはしない。
「おかしいだと?よく言えたものだな」
父のはずの子爵は、フェルナンドに近づくとその襟元を掴み上げた。
「おまえは何年経っても変わらないのだな。誰よりも変わらねばならなかったのに。
伯爵令嬢であるサラ様は、手をあかぎれだらけにしてスイーツショップで働いていらっしゃるそうだ。おまえに傷物とされてろくな縁組がないからだろう、今もまだ婚約もされずおひとりでいらっしゃる。
それなのにおまえはなんだ!反省させるために役なし文官にしたというのに、私たちの目の届かぬのをいいことに女に浮かれていたとは!何が結婚だ!サラ様が幸せになるのを見届けるまで、おまえが幸せになることなど許されない。幸せな結婚など許されるわけがないのだ」
怒りに任せて一気に叫んだ。
はーはーと息を吐いている。
「そんな・・・、結婚していないのは、サラ嬢がそう選んだだけでしょう?後妻だってなんだって話はいくらでもあるはずだ。サラ嬢が選んでいるだけで私が結婚するなと言ったわけではありませんよ」
荒く肩で息をしていたブルワリーが、ゆっくりと顔を上げてフェルナンドを睨みつける。
「なんだ、その言い草は!まるでおまえは悪くないような言い方だな。なぜサラ様が後妻などにならねばならんのだ?そんな話しか来ないとしたら、それはおまえが傷物にしたからではないか。
私は知っているんだぞ。おまえがあの娘とただ想いあっただけではないことを。サラ様に不貞を働いた上にその名を貶めたおまえが、サラ様が勝手にそうしていると言うか?はあ?」
すべてを言い終える前に、ブルワリーの拳がフェルナンドを殴り飛ばした。
しかしここにカイラがいたら、フェルナンドは二度と日の目を見ることができなかったかもしれない。
そのくらい無神経で反省のない言葉を吐き出していた。
控えていた侍従に言いつける。
「法務のベイーザを急ぎこちらへ呼べ。カイラもだ」
呼ばれたふたりはすぐ姿を見せたが、殴られたらしいフェルナンドを一瞥しただけで、存在を無視した。
「御用でしょうか」
「ああ。ベイーザ、絶縁届を作成する。不備のないようここでおまえが書面を起こせ」
カイラは一切の感情を見せず、粛々とサインするのを待っている。
「そ、そんな!こんなことくらいで絶縁だなんて!父上、母上!考え直してくださいっ!あなたたちは私がかわいくないんですか?他人のサラより私の方が大切じゃないんですか?」
両親の気持ちを飜えそうとフェルナンドが絶叫するが、カイラは煩そうに耳を塞ぎながら言う。
「ああ、なんてお可哀そうなサラ様」
独り言のように、小さな声で言う。
「伯爵令嬢だというのにあかぎれだなんて、どれほど働いていらっしゃるのかしら。私は我が家が傷つけたサラ様が幸せを掴むまで、決して笑わないと決めましたわ」
じろりとフェルナンドに目線を寄越して。
「あれ以来、イーデス子爵家は誹謗され続けておりまして、嫡男バローは汚名を返上するために真摯に努力しているのです。しかし一体誰のせいでこんなことになったのでしょうね?」
フェルナンドは母にそこにいないものとされていると気づき、脂汗が噴き出してくる。
「は・・はうえ・・・?」
「あなた!早く絶縁届を書き上げて王城に提出いたしましょう。あのときにそうすべきでしたわ」
遠くを見ているような目をしていたのに、急に我に返ったようにてきぱきと指示をする。
ベイーザが作成した絶縁届に目を通したブルワリーは、ほんの少しも迷わずにサインし、カイラもちらりと書面に目をやり、ブルワリーに連ねてサインを入れた。
「そんな・・・」
いくら能天気だと言えど、今両親が連名でサインをしたことの意味は理解できる。
自分の勘当がたった今完全になされたこと、両親はそれにより今の仕事を取り上げた上で、無職の平民に叩き落とすつもりだということ。
もうアナベルと結婚どころではない。
そもそも愛だの恋だの結婚どころではなく、反省する姿を、努力する姿を、見せ続けなければならなかったのだ。
両親はサガイにやった自分を試していたのだと、今やっと理解することができた。
そして今頃わかっても、既に遅すぎるということも今ならわかる。
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