33 / 44
33話
タイリユ商会は、タイリユ子爵家の先々代当主が資金と人を揃えて、小さな子爵領地の特産品を販売するために起こしたもので、現在の商会長は名ばかりではあるがザニ・タイリユ子爵、実際の経営権はザイアが掌握しており、メーメの店の改装話はすぐに手配された。
商会のニームと今の店を確認するために向かうと、メーメの店の前は今日も驚くほどの人だかりで、様々な店との付き合いがあるニームもすごい繁盛ぶりだと興奮を見せた。
「なんかバランス悪い店ですね」
「バランス悪いとは?」
「店から受ける印象はこんなにも陰気なのに、これほど繁盛しているというギャップがです」
「ニームならどうする?」
ザイアに訊ねられて、店の外側を隅々まで観察する。
「そうですね、まずは外装のペンキ塗り直しが急務です。それだけでもだいぶ変わるでしょう」
それはまちがいないとザイアも頷く。
「窓を大きなものに取り替え、雨などに備えて入り口に可動式のテントを取り付けましょう」
イメージがどんどんと出来上がっていく。
「スイーツの店ですから、女性向けに入口横に花壇を作るのはどうかな」
そんな風にイメージを固めてさらさらとメモを書いていくニーム。
「こんな意匠はいかがでしょう?」
渡された紙には、女性が好みそうな可愛らしく意匠の店が書かれており、ザイアはその中でサラが笑う姿を想像して綻んだ。
「まずは主殿とサラ様に見ていただこう」
行列を避けて裏口にまわり、扉をノックするとメーメが顔を出したので、用を話すとすぐに通され、サラが呼ばれた。
「サラ、来られるか?」
メーメはニームの意匠を恥ずかしいと言ったけれど、サラはとても可愛いと喜んだし、モニカはスイーツの店はこのくらいじゃないととメーメに説教をしたほど。
「では工事の日程と正確な予算の書面ができましたら、調印することといたしましょう」
ケーキ作りは頑張っているサラだが、ザイアが商会長代理としてみせた提案交渉の力量に、いつもやさしく穏やかにケーキの話に興じる青年の別の顔を見た。
てきぱきと判断を下し、商談を先に進めていくザイアに自分にはないものを見たサラは、優男に見えても頼りがいのある紳士なのだといままでとは違う目で見るようになっていた。
契約を済ませると、店の定休日を利用して一気に仕上げてくれ、休み明けに来た客をその可愛らしい外観で驚かせた。
「タイリユ様、こんなに素敵にしてくださって本当にありがとうございました」
サラは自分が貯めてきた金、その中にはタイリユ家からの慰謝料も含まれているのだが、気前良くそれで改装費用を支払うと。
「改装記念の小さなパーティーを行うのはいかがでしょうね?お世話になったタイリユ商会の皆様をご招待して、店に入れるくらいの人数だけで」
「あ?ああ。いいぞ寝る時間が遅くならねばな。金を出した者に権利がある」
メーメがくすくすと笑う。
「では遠慮なく。師匠がおやすみになる時間までには片付けてみせますからご安心くださいませ」
サラは眠る前に部屋でザイア宛の招待状を書いていた。
ザイアとエラ、ムーニと工事に携わった商会の使用人四人の他、連れていきたいと思う方がいるならどうぞと書いて。
ふと、ザイアが女性を伴ってきたらと頭に浮かぶ。
そうだ。あの容姿と財力があれば引く手あまたに違いない。そう気づくと急に胸が痛みだして、思わず手でおさえるとモニカが慌てて飛んできた。
「サラ様、どうなさいましたの?お加減が」
「いえ、違うのよ。大丈夫・・・」
そう言って、力なくベッドに潜り込んだ。
しかし、嫌な想像が頭にこびりつき、疲れているはずなのに眠れない。
─パーティーにはひとりでいらしたわ。だからお父さまが私のエスコートをお願いしたのですもの。あれからまだ数ヶ月、婚約された貴族の噂にタイリユ様のお名前はなかったはず─
なにかザイアについて見逃したことがないか、一生懸命に思い出そうとするが。
─婚約していなくても、婚約前提の方がいたらわからない・・・。エスコートして頂いたから、おひとりでいらっしゃると思い込んでいたけどもし違っていたら・・・─
ザイアが他の令嬢を連れ、目の前に現れたらと思うと、酷く胸が痛んで涙が浮かんだ。
─私、タイリユ様をお慕いしているのだわ─
スイーツを作り始めたばかりの自分にやさしく接してくれ、いつも励ましてくれていたザイアに支えられていたと気づく。
タイリユ子爵家の嫡男、あのソイラの兄であったと知っても、それが彼の評価を変えることはなかった。
しかし。
メーリア伯爵家としたらどうだろう。
そんなことを気にするようなら、先日のパーティーで娘のエスコートなど頼まないはず。
そう思いたいが、もしサラの想いが通じることがあったら、それはダメと言われるだろうか?
ザイアに誰か想う相手がいるのかを心配しながら、もしザイアが自分を想ってくれたならと違う心配もしている自分に気づくと、急に可笑しくなってきた。
「考えてもしかたないわ」
そう言葉にして、頭に浮かぶことを断ち切ると瞳を閉じた。
商会のニームと今の店を確認するために向かうと、メーメの店の前は今日も驚くほどの人だかりで、様々な店との付き合いがあるニームもすごい繁盛ぶりだと興奮を見せた。
「なんかバランス悪い店ですね」
「バランス悪いとは?」
「店から受ける印象はこんなにも陰気なのに、これほど繁盛しているというギャップがです」
「ニームならどうする?」
ザイアに訊ねられて、店の外側を隅々まで観察する。
「そうですね、まずは外装のペンキ塗り直しが急務です。それだけでもだいぶ変わるでしょう」
それはまちがいないとザイアも頷く。
「窓を大きなものに取り替え、雨などに備えて入り口に可動式のテントを取り付けましょう」
イメージがどんどんと出来上がっていく。
「スイーツの店ですから、女性向けに入口横に花壇を作るのはどうかな」
そんな風にイメージを固めてさらさらとメモを書いていくニーム。
「こんな意匠はいかがでしょう?」
渡された紙には、女性が好みそうな可愛らしく意匠の店が書かれており、ザイアはその中でサラが笑う姿を想像して綻んだ。
「まずは主殿とサラ様に見ていただこう」
行列を避けて裏口にまわり、扉をノックするとメーメが顔を出したので、用を話すとすぐに通され、サラが呼ばれた。
「サラ、来られるか?」
メーメはニームの意匠を恥ずかしいと言ったけれど、サラはとても可愛いと喜んだし、モニカはスイーツの店はこのくらいじゃないととメーメに説教をしたほど。
「では工事の日程と正確な予算の書面ができましたら、調印することといたしましょう」
ケーキ作りは頑張っているサラだが、ザイアが商会長代理としてみせた提案交渉の力量に、いつもやさしく穏やかにケーキの話に興じる青年の別の顔を見た。
てきぱきと判断を下し、商談を先に進めていくザイアに自分にはないものを見たサラは、優男に見えても頼りがいのある紳士なのだといままでとは違う目で見るようになっていた。
契約を済ませると、店の定休日を利用して一気に仕上げてくれ、休み明けに来た客をその可愛らしい外観で驚かせた。
「タイリユ様、こんなに素敵にしてくださって本当にありがとうございました」
サラは自分が貯めてきた金、その中にはタイリユ家からの慰謝料も含まれているのだが、気前良くそれで改装費用を支払うと。
「改装記念の小さなパーティーを行うのはいかがでしょうね?お世話になったタイリユ商会の皆様をご招待して、店に入れるくらいの人数だけで」
「あ?ああ。いいぞ寝る時間が遅くならねばな。金を出した者に権利がある」
メーメがくすくすと笑う。
「では遠慮なく。師匠がおやすみになる時間までには片付けてみせますからご安心くださいませ」
サラは眠る前に部屋でザイア宛の招待状を書いていた。
ザイアとエラ、ムーニと工事に携わった商会の使用人四人の他、連れていきたいと思う方がいるならどうぞと書いて。
ふと、ザイアが女性を伴ってきたらと頭に浮かぶ。
そうだ。あの容姿と財力があれば引く手あまたに違いない。そう気づくと急に胸が痛みだして、思わず手でおさえるとモニカが慌てて飛んできた。
「サラ様、どうなさいましたの?お加減が」
「いえ、違うのよ。大丈夫・・・」
そう言って、力なくベッドに潜り込んだ。
しかし、嫌な想像が頭にこびりつき、疲れているはずなのに眠れない。
─パーティーにはひとりでいらしたわ。だからお父さまが私のエスコートをお願いしたのですもの。あれからまだ数ヶ月、婚約された貴族の噂にタイリユ様のお名前はなかったはず─
なにかザイアについて見逃したことがないか、一生懸命に思い出そうとするが。
─婚約していなくても、婚約前提の方がいたらわからない・・・。エスコートして頂いたから、おひとりでいらっしゃると思い込んでいたけどもし違っていたら・・・─
ザイアが他の令嬢を連れ、目の前に現れたらと思うと、酷く胸が痛んで涙が浮かんだ。
─私、タイリユ様をお慕いしているのだわ─
スイーツを作り始めたばかりの自分にやさしく接してくれ、いつも励ましてくれていたザイアに支えられていたと気づく。
タイリユ子爵家の嫡男、あのソイラの兄であったと知っても、それが彼の評価を変えることはなかった。
しかし。
メーリア伯爵家としたらどうだろう。
そんなことを気にするようなら、先日のパーティーで娘のエスコートなど頼まないはず。
そう思いたいが、もしサラの想いが通じることがあったら、それはダメと言われるだろうか?
ザイアに誰か想う相手がいるのかを心配しながら、もしザイアが自分を想ってくれたならと違う心配もしている自分に気づくと、急に可笑しくなってきた。
「考えてもしかたないわ」
そう言葉にして、頭に浮かぶことを断ち切ると瞳を閉じた。
あなたにおすすめの小説
悪役令嬢にされたので婚約破棄を受け入れたら、なぜか全員困っています
かきんとう
恋愛
王城の大広間は、いつも以上に華やいでいた。
磨き上げられた床は燭台の光を反射し、色とりどりのドレスが揺れるたびに、まるで花畑が動いているかのように見える。貴族たちの笑い声、楽団の優雅な旋律、そして、ひそやかな噂話が、空気を満たしていた。
その中心に、私は立っていた。
――今日、この瞬間のために。
「エレノア・フォン・リーベルト嬢」
高らかに呼ばれた私の名に、ざわめきがぴたりと止む。
裏切り者として死んで転生したら、私を憎んでいるはずの王太子殿下がなぜか優しくしてくるので、勘違いしないよう気を付けます
みゅー
恋愛
ジェイドは幼いころ会った王太子殿下であるカーレルのことを忘れたことはなかった。だが魔法学校で再会したカーレルはジェイドのことを覚えていなかった。
それでもジェイドはカーレルを想っていた。
学校の卒業式の日、貴族令嬢と親しくしているカーレルを見て元々身分差もあり儚い恋だと潔く身を引いたジェイド。
赴任先でモンスターの襲撃に会い、療養で故郷にもどった先で驚きの事実を知る。自分はこの宇宙を作るための機械『ジェイド』のシステムの一つだった。
それからは『ジェイド』に従い動くことになるが、それは国を裏切ることにもなりジェイドは最終的に殺されてしまう。
ところがその後ジェイドの記憶を持ったまま翡翠として他の世界に転生し元の世界に召喚され……
ジェイドは王太子殿下のカーレルを愛していた。
だが、自分が裏切り者と思われてもやらなければならないことができ、それを果たした。
そして、死んで翡翠として他の世界で生まれ変わったが、ものと世界に呼び戻される。
そして、戻った世界ではカーレルは聖女と呼ばれる令嬢と恋人になっていた。
だが、裏切り者のジェイドの生まれ変わりと知っていて、恋人がいるはずのカーレルはなぜか翡翠に優しくしてきて……
【完結】破滅フラグを回避したいのに婚約者の座は譲れません⁈─王太子殿下の婚約者に転生したみたいだけど転生先の物語がわかりません─
江崎美彩
恋愛
侯爵家の令嬢エレナ・トワインは王太子殿下の婚約者……のはずなのに、正式に発表されないまま月日が過ぎている。
王太子殿下も通う王立学園に入学して数日たったある日、階段から転げ落ちたエレナは、オタク女子高生だった恵玲奈の記憶を思い出す。
『えっ? もしかしてわたし転生してる?』
でも肝心の転生先の作品もヒロインなのか悪役なのかモブなのかもわからない。エレナの記憶も恵玲奈の記憶も曖昧で、エレナの王太子殿下に対する一方的な恋心だけしか手がかりがない。
王太子殿下の発表されていない婚約者って、やっぱり悪役令嬢だから殿下の婚約者として正式に発表されてないの? このまま婚約者の座に固執して、断罪されたりしたらどうしよう!
『婚約者から妹としか思われてないと思い込んで悪役令嬢になる前に身をひこうとしている侯爵令嬢(転生者)』と『婚約者から兄としか思われていないと思い込んで自制している王太子様』の勘違いからすれ違いしたり、謀略に巻き込まれてすれ違いしたりする物語です。
長編ですが、一話一話はさっくり読めるように短めです。
『小説家になろう』『カクヨム』にも投稿しています。
王太子に理不尽に婚約破棄されたので辺境を改革したら、王都に戻ってきてくれと言われました
水上
恋愛
【全18話完結】
「君は中身まで腐っている」と婚約破棄されたエリアナ。
そんな彼女は成り行きで辺境へ嫁ぐことに。
自身の知識と技術で辺境を改革するエリアナ。
そんな彼女を、白い結婚のはずなのに「膝枕は合理的だ」と甘やかす夫。
一方、エリアナを追放した王都では、彼女の不在の影響が出始めて……。
悪役令嬢は自称親友の令嬢に婚約者を取られ、予定どおり無事に婚約破棄されることに成功しましたが、そのあとのことは考えてませんでした
みゅー
恋愛
婚約者のエーリクと共に招待された舞踏会、公の場に二人で参加するのは初めてだったオルヘルスは、緊張しながらその場へ臨んだ。
会場に入ると前方にいた幼馴染みのアリネアと目が合った。すると、彼女は突然泣き出しそんな彼女にあろうことか婚約者のエーリクが駆け寄る。
そんな二人に注目が集まるなか、エーリクは突然オルヘルスに婚約破棄を言い渡す……。
【完結】愛され令嬢は、死に戻りに気付かない
かまり
恋愛
公爵令嬢エレナは、婚約者の王子と聖女に嵌められて処刑され、死に戻るが、
それを夢だと思い込んだエレナは考えなしに2度目を始めてしまう。
しかし、なぜかループ前とは違うことが起きるため、エレナはやはり夢だったと確信していたが、
結局2度目も王子と聖女に嵌められる最後を迎えてしまった。
3度目の死に戻りでエレナは聖女に勝てるのか?
聖女と婚約しようとした王子の目に、涙が見えた気がしたのはなぜなのか?
そもそも、なぜ死に戻ることになったのか?
そして、エレナを助けたいと思っているのは誰なのか…
色んな謎に包まれながらも、王子と幸せになるために諦めない、
そんなエレナの逆転勝利物語。
断罪される前に市井で暮らそうとした悪役令嬢は幸せに酔いしれる
葉柚
恋愛
侯爵令嬢であるアマリアは、男爵家の養女であるアンナライラに婚約者のユースフェリア王子を盗られそうになる。
アンナライラに呪いをかけたのはアマリアだと言いアマリアを追い詰める。
アマリアは断罪される前に市井に溶け込み侯爵令嬢ではなく一市民として生きようとする。
市井ではどこかの王子が呪いにより猫になってしまったという噂がまことしやかに流れており……。
婚約破棄された伯爵令嬢ですが、辺境で有能すぎて若き領主に求婚されました
おりあ
恋愛
アーデルベルト伯爵家の令嬢セリナは、王太子レオニスの婚約者として静かに、慎ましく、その務めを果たそうとしていた。
だが、感情を上手に伝えられない性格は誤解を生み、社交界で人気の令嬢リーナに心を奪われた王太子は、ある日一方的に婚約を破棄する。
失意のなかでも感情をあらわにすることなく、セリナは婚約を受け入れ、王都を離れ故郷へ戻る。そこで彼女は、自身の分析力や実務能力を買われ、辺境の行政視察に加わる機会を得る。
赴任先の北方の地で、若き領主アレイスターと出会ったセリナ。言葉で丁寧に思いを伝え、誠実に接する彼に少しずつ心を開いていく。
そして静かに、しかし確かに才能を発揮するセリナの姿は、やがて辺境を支える柱となっていく。
一方、王太子レオニスとリーナの婚約生活には次第に綻びが生じ、セリナの名は再び王都でも囁かれるようになる。
静かで無表情だと思われた令嬢は、実は誰よりも他者に寄り添う力を持っていた。
これは、「声なき優しさ」が、真に理解され、尊ばれていく物語。