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40話

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 ザイア・タイリユとサラ・メーリアの婚約は早いペースで整えられた。
何せふたりとも二十代。早いとは言えない結婚なのだから。

 資産家のタイリユ子爵家嫡男ザイアを狙っていた令嬢は多かった。
サラ・メーリア伯爵令嬢との婚約が発表されたあと、サラより自分のほうが若くて美しいと訪ねてくる令嬢も現れた。
 家名を聞いて挨拶に出てきたエラが用件を聞いて激怒し、令嬢の両親が謝罪に訪れるなんていうこともあった。

「まったく自惚れるにもほどがあるわ」

 ザイアが帰宅すると、待ち受けたエラに捕まり今日の出来事を聞かされた。

「なにが自分のほうがサラ様より若くてきれいよ、笑わせないでもらいたいわ。サラ様より若いのは本当でも、ぜぇーったいサラ様のほうが美しいわ!間違いなく、絶対よ」
「他の誰がサラよりその人が美しいと言ったとしても、私にとって一番美しく一番可愛らしいのはサラ・メーリアだ。撃退しておいてくれて、ありがとう母上」

 何気に惚気けている息子、そしていつの間にかサラと呼び捨てにしていることに気づいた母は、楽しげに口角をあげる。

「あんなのは滅多にないと思うけど、念のために店と行き帰りに護衛がいたほうがいいかもしれないわ」

 あっ!と声をあげたザイアが、母を軽くハグして駆けていった。

 翌日から、見慣れない男がメーメの店に潜み始めたのは言うまでもない。

「そんな護衛なんて大袈裟ですわ」

 もちろんサラは一度は断ったが、タイリユ家に突撃して来た令嬢がいたと聞かされたメーメの判断により、受け入れることになった。
 すぐに対応できるよう、厨房の端に椅子を置いてちんまり座らされている彼はチルディといい、タイリユ子爵家の騎士の一人でザイアとゲールの乳兄弟でもある。
 ザイアにとってももっとも信頼のおける護衛を、サラの側に置いたのだ。

「あの、やはり私は立っていたほうが」

 護衛ともあろう者が椅子に座っているというのは、どうにも居心地が悪い。
チルディは何度か椅子は不要と言ったのだが。

「いいえ、座っていらして。貴方がここで立っていらっしゃると、店から丸見えになってしまうのですもの。それともエプロンをつけて一緒にお菓子作ります?」

 そうサラに言われて、おとなしく座る。

 次期子爵夫人になるサラが、護衛は立っていろと言わないことがチルディには驚きだった。
そもそもそんなことを言うような人なら、伯爵令嬢でありながら菓子職人になどなるわけがないかと気づいて、ザイアの人を見る目ににんまりとしかけたが。
 ふと視線を感じ、左右に目をやるとモニカがじっとチルディを見ていた。

「なにか面白いことでもございました?」
「い、いえ。別に」
「さようでございますか。なにやら目元が緩んでいらっしゃるようでしたので」

 サラはザイアに言っていなかった。
モニカが護衛侍女だということを。
僅かな表情の変化を読まれたチルディもモニカを観察し、隙のない動きや目配りに同業だと理解すると納得し、自然と役割分担するようになる。
 モニカが常に側にいることで、初動はモニカが。それに遅れぬよう次手をチルディが対応できればよいのだと。
 それからはメーメが置いてくれる椅子に気兼ねなく座るようになった。
何か手伝うかと聞くとモニカに手を空けておけと言われ、メーメの話し相手を務めている。
 しかしごく時々現れる、質の悪い客の対応をチルディがしてくれるようになったので、モニカも安心して仕事ができるようになった。

 サラの婚約が知れ渡ると、女性客は半分に割れた。
 裏切られたと店に来なくなった者もなぜかいたが、結婚しても店を続けると聞くとたいていはサラとその理解者ザイアを素敵なカップルだと褒め、自分もザイアのようなパートナーに出逢いたいと夢見るように語る。
 その度サラは、こそばゆいような誇らしいような気持ちになって、ザイアへの想いはさらに深くなり、婚約期間が終わる頃ふたりの想いはより強いものに変わっていった。



 ある日のこと。
 サラがメーメの店の前で客に挨拶する姿を、汚らしい姿の男が見つめていた。
サラは気づかなかったが、モニカに素早く店内に戻されると珍しくチルディがホールに立った。

「チルディ様、あの男よ」
「確かにこちらを覗っているな。何か仕掛けてくるようなら私が対応しよう」

 チルディがホール隅のテーブルに、客を装って外を警戒し始めると、モニカもサラを厨房に入れて自分が店頭に立ち、警護に当たる。

 男は何度も店の前を往復しては中を覗いていくが、サラが出てこないためか、通り過ぎてまた隠れて見張るのだ。

「怪しいわ。やはりサラ様を狙っている?」
「ああ、警戒を怠らないようにしよう」

 護衛ふたりのアンテナは最高レベルになった。
店を閉めるときもモニカとチルディのふたりで外を片付けたが、やはり気配は消えていない。

「何者だろうな?」
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