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39話
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メーメの店の休憩室で、サラ・メーリア伯爵令嬢はザイア・タイリユ子爵令息に手を取られ、緊張ではくはくと浅く息をしていた。
実はザイアもであるが。
「あの、サラ様!一生のお願いです。私の妻になっていただけませんか」
直球勝負で来た。
本当はもっと、お慕いしているとかいろいろ言うはずだったが、緊張して飛んでしまい、必要事項だけ簡潔に伝えるプロポーズになってしまっただけだが。
サラはついさっきまで、仕事は辞めたくないからやはり断るしかないと思っていた。
菓子職人を辞めてまで子爵夫人になりたいわけではない、ザイアを好きだが諦めるんだと決めたはずが。
「はい、よろこんで」
口から出たのは心からの言葉だった。
「ありがとう!一生かけて幸せにします!仕事もできる限り続けていいですからね」
ザイアの最後の一言に、サラは飛び上がった。
「仕事も続けてよろしいの?」
「もちろんです。ここはメーメ様の店ですが、少なくともここまでの人気店に押し上げたのはサラ様ですよ。辞めるなんてもったいないですからね。我がタイリユ商会の力も使って、やりやすいように続けたらいいと思っています」
「でも子爵家の皆様はそうは思わないのではありませんか?」
「いえ、母から言われたほどですから心配いりません」
サラの手をしっかりと握りしめたザイアの言葉に、プロポーズを受けたのだと実感が湧いてきたサラ。
「すみません、指輪はまだ用意していないので、今度一緒に見に行ってください」
真っ赤な顔で手を繋いで厨房に戻ってきたサラとザイアを見て、メーメとモニカは手を叩いて喜んだ。
「おめでとう!でいいんだね?」
ちらりとお互い目を合わせて、こくんと頷く。
「素敵ですわ、サラさまぁ」
「それで。仕事は続けてもよろしいと」
「なんと!」
メーメも元は貴族家の出身だ。てっきりサラを送り出すことになると思い込んでいた。
「タイリユ様、本当にそれでよろしいのですか?」
「はい。我が母はサラ様の大ファンですから、辞めさせるなんてとんでもないと思っております。家で催しのあるときは休んでもらうこともあると思いますが」
メーメもこくこくしながら実にうれしそうな笑顔を浮かべる。
「あ、では私はどうなるのでしょう?」
モニカが片手をあげて訊ねる。
「そうね、モニカはどうしたい?」
「私ですか?」
サラに訊ねられたモニカは少し考えてから意外なことを言った。
「メーメ様のお店で働きたいです」
「え?侍女じゃなくて?」
「そうなんですよね、侍女のほうが俸給は高いし安定してますけれど、メーメ様のお店でスイーツに囲まれているほうが、こう言ってはなんですけど楽しいなって」
それを聞いたメーメ。
「そうか、では侍女を辞めるときにはうちの店で雇おう」
「ほんとうですかあ!ありがとうございます~」
「まあどうせ近いうちにサラが俸給を払うことになるがな」
「師匠っ!それはまだずっと先の話にしてくださいってお願いしましたわよね」
サラに叱られて肩をすくめておどけてみせる、メーメはすっかり丸くなった。
「私はほら、あれだ。サラの結婚式のデザートは私が作ってやりたいからそれまでは頑張るぞ」
「では結婚はずっと先にしなくてはなりませんわね」
今度はザイアがびっくりして
「そんなっ!」
と叫び声をあげ、皆笑いながらザイアを見る。
「冗談ですわよ、タイリユ様」
サラの言葉にカクっとしたザイアは、照れくさそうに笑いながら、サラの傷だらけの手に愛おしげに口づけた。
「えーと。サラ様、これからはザイアと名を呼んでください」
サラにだけ聞こえる小さな声でそう囁きながら。
その夜、それぞれの屋敷に戻ったサラとザイアは婚約について双方の両親に話し、特にエラは喜んで泣き出したほど。
そして。
その話を聞いたザニ・タイリユ子爵は嫡男ザイアの婚姻をもって爵位を譲りたいと申し出た。代々隠居が暮らしてきた別邸にエラとふたりで暮らしたいと言ったのだが、それを聞いたエラはさっきまでのご機嫌はどこへやら、烈火のごとく怒り出して怒鳴り散らす。
「ふざけないで。だいたい私やこどもたちがこんなに長いこと煮え湯を飲むことになったのは誰のせい?隠居して静かに暮らしたいなら、今すぐザイアに爵位を譲ってどうぞひとりで行って頂戴!私はサラ様にこれからももっともっとたくさんの美味しいスイーツを作ってもらいたいし、一緒に観劇に行ったり、ドレスだって買ってあげたり、娘との暮らしを楽しみたいの。一緒に暮らしたいのは貴方じゃないわ」
言われたザニの衝撃はもちろんのこと、ザイアも口を挟む。
「それは私がやりたいことで、母上には譲りませんよ」
どうやらサラの奪い合いになりそうなタイリユ子爵家だった。
メーリア伯爵家でも大騒ぎをデードが繰り広げている。
「ああ、私の気に入りのザイア・タイリユがサラと結婚か!いやぁめでたいな」
そう言いながらチラリとネルを盗み見る。
「サラが望むなら、私も賛成ですわ。ザイア様ならサラを大切にしてくださると思いますしね。それにしても仕事を続けても良いとは、かなり譲歩してくださったのね」
母の言葉に頷きながら、
「タイリユ商会にお菓子を販売させたいとはおっしゃっていて、でも私そんなに作れないから、それはこれからの相談と話しておりましたの」
「そうか!なるほど。大きな商会を持つところは考えが柔軟だな」
ザイアは当初、自分のお気に入りのメーメの店は知る人ぞ知る店にしておきたいと思っていたが、今はせっかく人気の店なのだからそれをもっと名のある店にしてやりたいと、サラの名をパティシエールとして知らしめてやりたいと考えるようになっていた。
実はザイアもであるが。
「あの、サラ様!一生のお願いです。私の妻になっていただけませんか」
直球勝負で来た。
本当はもっと、お慕いしているとかいろいろ言うはずだったが、緊張して飛んでしまい、必要事項だけ簡潔に伝えるプロポーズになってしまっただけだが。
サラはついさっきまで、仕事は辞めたくないからやはり断るしかないと思っていた。
菓子職人を辞めてまで子爵夫人になりたいわけではない、ザイアを好きだが諦めるんだと決めたはずが。
「はい、よろこんで」
口から出たのは心からの言葉だった。
「ありがとう!一生かけて幸せにします!仕事もできる限り続けていいですからね」
ザイアの最後の一言に、サラは飛び上がった。
「仕事も続けてよろしいの?」
「もちろんです。ここはメーメ様の店ですが、少なくともここまでの人気店に押し上げたのはサラ様ですよ。辞めるなんてもったいないですからね。我がタイリユ商会の力も使って、やりやすいように続けたらいいと思っています」
「でも子爵家の皆様はそうは思わないのではありませんか?」
「いえ、母から言われたほどですから心配いりません」
サラの手をしっかりと握りしめたザイアの言葉に、プロポーズを受けたのだと実感が湧いてきたサラ。
「すみません、指輪はまだ用意していないので、今度一緒に見に行ってください」
真っ赤な顔で手を繋いで厨房に戻ってきたサラとザイアを見て、メーメとモニカは手を叩いて喜んだ。
「おめでとう!でいいんだね?」
ちらりとお互い目を合わせて、こくんと頷く。
「素敵ですわ、サラさまぁ」
「それで。仕事は続けてもよろしいと」
「なんと!」
メーメも元は貴族家の出身だ。てっきりサラを送り出すことになると思い込んでいた。
「タイリユ様、本当にそれでよろしいのですか?」
「はい。我が母はサラ様の大ファンですから、辞めさせるなんてとんでもないと思っております。家で催しのあるときは休んでもらうこともあると思いますが」
メーメもこくこくしながら実にうれしそうな笑顔を浮かべる。
「あ、では私はどうなるのでしょう?」
モニカが片手をあげて訊ねる。
「そうね、モニカはどうしたい?」
「私ですか?」
サラに訊ねられたモニカは少し考えてから意外なことを言った。
「メーメ様のお店で働きたいです」
「え?侍女じゃなくて?」
「そうなんですよね、侍女のほうが俸給は高いし安定してますけれど、メーメ様のお店でスイーツに囲まれているほうが、こう言ってはなんですけど楽しいなって」
それを聞いたメーメ。
「そうか、では侍女を辞めるときにはうちの店で雇おう」
「ほんとうですかあ!ありがとうございます~」
「まあどうせ近いうちにサラが俸給を払うことになるがな」
「師匠っ!それはまだずっと先の話にしてくださいってお願いしましたわよね」
サラに叱られて肩をすくめておどけてみせる、メーメはすっかり丸くなった。
「私はほら、あれだ。サラの結婚式のデザートは私が作ってやりたいからそれまでは頑張るぞ」
「では結婚はずっと先にしなくてはなりませんわね」
今度はザイアがびっくりして
「そんなっ!」
と叫び声をあげ、皆笑いながらザイアを見る。
「冗談ですわよ、タイリユ様」
サラの言葉にカクっとしたザイアは、照れくさそうに笑いながら、サラの傷だらけの手に愛おしげに口づけた。
「えーと。サラ様、これからはザイアと名を呼んでください」
サラにだけ聞こえる小さな声でそう囁きながら。
その夜、それぞれの屋敷に戻ったサラとザイアは婚約について双方の両親に話し、特にエラは喜んで泣き出したほど。
そして。
その話を聞いたザニ・タイリユ子爵は嫡男ザイアの婚姻をもって爵位を譲りたいと申し出た。代々隠居が暮らしてきた別邸にエラとふたりで暮らしたいと言ったのだが、それを聞いたエラはさっきまでのご機嫌はどこへやら、烈火のごとく怒り出して怒鳴り散らす。
「ふざけないで。だいたい私やこどもたちがこんなに長いこと煮え湯を飲むことになったのは誰のせい?隠居して静かに暮らしたいなら、今すぐザイアに爵位を譲ってどうぞひとりで行って頂戴!私はサラ様にこれからももっともっとたくさんの美味しいスイーツを作ってもらいたいし、一緒に観劇に行ったり、ドレスだって買ってあげたり、娘との暮らしを楽しみたいの。一緒に暮らしたいのは貴方じゃないわ」
言われたザニの衝撃はもちろんのこと、ザイアも口を挟む。
「それは私がやりたいことで、母上には譲りませんよ」
どうやらサラの奪い合いになりそうなタイリユ子爵家だった。
メーリア伯爵家でも大騒ぎをデードが繰り広げている。
「ああ、私の気に入りのザイア・タイリユがサラと結婚か!いやぁめでたいな」
そう言いながらチラリとネルを盗み見る。
「サラが望むなら、私も賛成ですわ。ザイア様ならサラを大切にしてくださると思いますしね。それにしても仕事を続けても良いとは、かなり譲歩してくださったのね」
母の言葉に頷きながら、
「タイリユ商会にお菓子を販売させたいとはおっしゃっていて、でも私そんなに作れないから、それはこれからの相談と話しておりましたの」
「そうか!なるほど。大きな商会を持つところは考えが柔軟だな」
ザイアは当初、自分のお気に入りのメーメの店は知る人ぞ知る店にしておきたいと思っていたが、今はせっかく人気の店なのだからそれをもっと名のある店にしてやりたいと、サラの名をパティシエールとして知らしめてやりたいと考えるようになっていた。
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