38 / 44
38話
しおりを挟む
ザイアが頭を悩ませている頃。
サラは、父デードからザイアの気持ちを聞かされて、こちらも真っ赤に顔を染めていた。
「それでな、もし申し込みがあったらサラはどうしたい?」
「え?まだされておりませんわよ」
「うん、でも絶対されるからその時に慌てないよう今からちゃんと考えておいたほうがいい」
デードの勧め方がしつこい。
「タイリユ様が私に申込みされると仰ったのは間違いないのですか?」
「いや、まだそこまではっきりとは」
「では言われてから考えますわ」
そう父の言葉を振り切ると自分の部屋へと逃げ込んだ。
頬を両手のひらで包むと顔が熱い。
「タイリユ様がわたくしを?」
ふっ。
うふふっ。
ふふふっ。
「だったら、どうしましょう!きゃー」
自分の叫び声がとんでもなく甘くて驚いたサラは、ふと現実に引き戻された。
「タイリユ様は次期子爵だわ。もし結婚したら、子爵夫人がパティシエールなんて許してくださらないのではないかしら」
それは、ザイアか仕事か。
どちらか一つしか選べないのだと気づいた瞬間で。
サラにとってパティシエールという仕事は既に自分の一つの柱であり、失うことなど想像できない。
「そんな・・・」
父が考えておけと言ったのはこういうことかと、愕然と立ち尽くした。
翌日。
また寝不足の顔で店でスイーツ作りに没頭するサラ、鬼気迫る勢いで卵白を泡立てている。
「モニカ、サラは何かあったのかね?」
「いえ、特にはないはずですけどね」
ふたりの心配には気づかずに、メレンゲクッキーを作り上げ、粉をふるい始めた。
「一体今日はどれくらい作るつもりなのかね?」
いつものルーティンが終わり、二巡目に入っているのに気づいていないようなのだ。
「止めましょうか?」
「んー。まあ、売れるだろうからやらせておこう」
いつもの二倍近いスイーツが目の前に積まれて、ハッとしたサラはメーメとモニカに頭を下げたが、ふたりは笑っている。
「いいよ、質が悪くなるのでは止めるがな。無意識でそこまで作れるようになったのは褒めてやろうかね」
「やめてください、師匠。恥ずかしい」
「それで何があった?」
「・・・あの実は」
デードの話をメーメとモニカに話してみる。
「私は仕事を辞めたくないのです」
「うん、私も辞められては困るな」
モニカも頷いている。
「しかしだよ。菓子作りはどこででもできるが、タイリユ様の妻はただひとりにしかできないことだ。店は私が引退したらサラにやろうと思っていたが、もし結婚して辞めるのであれば、その時は売って老後の暮らしの足しにするから気にするな」
ほほと笑う師匠に、
「私は嫌ですわ。私はこれからもずーっとここで菓子作りをしたいのです。結婚したら辞めるなんて、どうして女性だけ仕事を辞めて家の中にいなければならないのでしょうか?納得いきません!」
「そうか・・・。それはうれしいが。タイリユ様のことはいいのかね?」
「・・・よくないのですわ」
泣きそうな顔で、くすんと鼻がなった。
ふたりそれそれの葛藤の中で、一日を終え、ザイアはその日はメーメの店には現れなかった。その翌日もその翌日も。
五日後。
サラは思い悩み過ぎて足もとがふらついているため、メーメに裏で休憩させられ、ザイアが店に現れたことを知らずにいた。
「今、裏で休ませているよ。行くかね?」
メーメに奥に通してもらい、勝手知ったる休憩室へと足を運ぶザイアも酷い顔をしていた。
「ああいうところも息がぴったりだな」
メーメが誰に言うでもなく独り言ちると、モニカが応える。
「本当にまったくそのとおりですわ。おふたりともいろいろうまくいってくださるとよろしいですわね」
コンコン
ノック音でモニカが来たのかとサラが扉を開けると、ザイアが目の前に立っていた。
酷いくまができた顔で、どことなくやつれている。
「サラ様、もしやお加減が悪いのですか?」
「いえ、少し寝不足なだけで。タイリユ様のほうこそお顔の色がお悪いですわ」
無意識に手をのばしてサラの指がザイアの頬に触れた。
「あっ、やだ!申し訳ございません私ったら」
急いで手を引っ込めようとしたが、その手をザイアが素早く掴む。
「あの。あの、折り入ってお話したいことがあります」
「は、はいっ」
ザイアは仕事はできるが、ロマンチックな要素の薄い男だった。普通ならこんなちっぽけな菓子屋の休憩室でそれを言おうなどとは思わないだろう。
しかし、五日もうんうんと唸りながら悩み、言うと勢い勇んで来たザイアにはそんなことを考える余裕はない。
頭の中はただひとつ。
結婚を申込むんだ!サラ様に!
サラは、父デードからザイアの気持ちを聞かされて、こちらも真っ赤に顔を染めていた。
「それでな、もし申し込みがあったらサラはどうしたい?」
「え?まだされておりませんわよ」
「うん、でも絶対されるからその時に慌てないよう今からちゃんと考えておいたほうがいい」
デードの勧め方がしつこい。
「タイリユ様が私に申込みされると仰ったのは間違いないのですか?」
「いや、まだそこまではっきりとは」
「では言われてから考えますわ」
そう父の言葉を振り切ると自分の部屋へと逃げ込んだ。
頬を両手のひらで包むと顔が熱い。
「タイリユ様がわたくしを?」
ふっ。
うふふっ。
ふふふっ。
「だったら、どうしましょう!きゃー」
自分の叫び声がとんでもなく甘くて驚いたサラは、ふと現実に引き戻された。
「タイリユ様は次期子爵だわ。もし結婚したら、子爵夫人がパティシエールなんて許してくださらないのではないかしら」
それは、ザイアか仕事か。
どちらか一つしか選べないのだと気づいた瞬間で。
サラにとってパティシエールという仕事は既に自分の一つの柱であり、失うことなど想像できない。
「そんな・・・」
父が考えておけと言ったのはこういうことかと、愕然と立ち尽くした。
翌日。
また寝不足の顔で店でスイーツ作りに没頭するサラ、鬼気迫る勢いで卵白を泡立てている。
「モニカ、サラは何かあったのかね?」
「いえ、特にはないはずですけどね」
ふたりの心配には気づかずに、メレンゲクッキーを作り上げ、粉をふるい始めた。
「一体今日はどれくらい作るつもりなのかね?」
いつものルーティンが終わり、二巡目に入っているのに気づいていないようなのだ。
「止めましょうか?」
「んー。まあ、売れるだろうからやらせておこう」
いつもの二倍近いスイーツが目の前に積まれて、ハッとしたサラはメーメとモニカに頭を下げたが、ふたりは笑っている。
「いいよ、質が悪くなるのでは止めるがな。無意識でそこまで作れるようになったのは褒めてやろうかね」
「やめてください、師匠。恥ずかしい」
「それで何があった?」
「・・・あの実は」
デードの話をメーメとモニカに話してみる。
「私は仕事を辞めたくないのです」
「うん、私も辞められては困るな」
モニカも頷いている。
「しかしだよ。菓子作りはどこででもできるが、タイリユ様の妻はただひとりにしかできないことだ。店は私が引退したらサラにやろうと思っていたが、もし結婚して辞めるのであれば、その時は売って老後の暮らしの足しにするから気にするな」
ほほと笑う師匠に、
「私は嫌ですわ。私はこれからもずーっとここで菓子作りをしたいのです。結婚したら辞めるなんて、どうして女性だけ仕事を辞めて家の中にいなければならないのでしょうか?納得いきません!」
「そうか・・・。それはうれしいが。タイリユ様のことはいいのかね?」
「・・・よくないのですわ」
泣きそうな顔で、くすんと鼻がなった。
ふたりそれそれの葛藤の中で、一日を終え、ザイアはその日はメーメの店には現れなかった。その翌日もその翌日も。
五日後。
サラは思い悩み過ぎて足もとがふらついているため、メーメに裏で休憩させられ、ザイアが店に現れたことを知らずにいた。
「今、裏で休ませているよ。行くかね?」
メーメに奥に通してもらい、勝手知ったる休憩室へと足を運ぶザイアも酷い顔をしていた。
「ああいうところも息がぴったりだな」
メーメが誰に言うでもなく独り言ちると、モニカが応える。
「本当にまったくそのとおりですわ。おふたりともいろいろうまくいってくださるとよろしいですわね」
コンコン
ノック音でモニカが来たのかとサラが扉を開けると、ザイアが目の前に立っていた。
酷いくまができた顔で、どことなくやつれている。
「サラ様、もしやお加減が悪いのですか?」
「いえ、少し寝不足なだけで。タイリユ様のほうこそお顔の色がお悪いですわ」
無意識に手をのばしてサラの指がザイアの頬に触れた。
「あっ、やだ!申し訳ございません私ったら」
急いで手を引っ込めようとしたが、その手をザイアが素早く掴む。
「あの。あの、折り入ってお話したいことがあります」
「は、はいっ」
ザイアは仕事はできるが、ロマンチックな要素の薄い男だった。普通ならこんなちっぽけな菓子屋の休憩室でそれを言おうなどとは思わないだろう。
しかし、五日もうんうんと唸りながら悩み、言うと勢い勇んで来たザイアにはそんなことを考える余裕はない。
頭の中はただひとつ。
結婚を申込むんだ!サラ様に!
19
あなたにおすすめの小説
王妃の仕事なんて知りません、今から逃げます!
gacchi(がっち)
恋愛
側妃を迎えるって、え?聞いてないよ?
王妃の仕事が大変でも頑張ってたのは、レオルドが好きだから。
国への責任感?そんなの無いよ。もういい。私、逃げるから!
12/16加筆修正したものをカクヨムに投稿しました。
妹のために愛の無い結婚をすることになりました
バンブー竹田
恋愛
「エミリー、君との婚約は破棄することに決まった」
愛するラルフからの唐突な通告に私は言葉を失ってしまった。
婚約が破棄されたことはもちろんショックだけど、それだけじゃない。
私とラルフの結婚は妹のシエルの命がかかったものでもあったから・・・。
落ちこむ私のもとに『アレン』という大金持ちの平民からの縁談が舞い込んできた。
思い悩んだ末、私は会ったこともない殿方と結婚することに決めた。
【完結】愛され令嬢は、死に戻りに気付かない
かまり
恋愛
公爵令嬢エレナは、婚約者の王子と聖女に嵌められて処刑され、死に戻るが、
それを夢だと思い込んだエレナは考えなしに2度目を始めてしまう。
しかし、なぜかループ前とは違うことが起きるため、エレナはやはり夢だったと確信していたが、
結局2度目も王子と聖女に嵌められる最後を迎えてしまった。
3度目の死に戻りでエレナは聖女に勝てるのか?
聖女と婚約しようとした王子の目に、涙が見えた気がしたのはなぜなのか?
そもそも、なぜ死に戻ることになったのか?
そして、エレナを助けたいと思っているのは誰なのか…
色んな謎に包まれながらも、王子と幸せになるために諦めない、
そんなエレナの逆転勝利物語。
里帰りをしていたら離婚届が送られてきたので今から様子を見に行ってきます
結城芙由奈@コミカライズ連載中
恋愛
<離婚届?納得いかないので今から内密に帰ります>
政略結婚で2年もの間「白い結婚」を続ける最中、妹の出産祝いで里帰りしていると突然届いた離婚届。あまりに理不尽で到底受け入れられないので内緒で帰ってみた結果・・・?
※「カクヨム」「小説家になろう」にも投稿しています
星屑を紡ぐ令嬢と、色を失った魔法使い
希羽
恋愛
子爵令嬢のルチアは、継母と義姉に虐げられ、屋根裏部屋でひっそりと暮らしていた。彼女には、夜空に輝く星屑を集めて、触れた者の心を癒す不思議な力を持つ「銀色の糸」を紡ぎ出すという、秘密の能力があった。しかし、その力で生み出された美しい刺繍の手柄は、いつも華やかな義姉のものとされていた。
一方、王国には「灰色の魔法使い」と畏れられる英雄、アークライト公爵がいた。彼はかつて国を救った代償として、世界の色彩と感情のすべてを失い、孤独な日々を送っている。
ある夜会で、二人の運命が交差する。義姉が手にしたルチアの刺繍にアークライトが触れた瞬間、彼の灰色だった世界に、一瞬だけ鮮やかな色彩が流れ込むという奇跡が起きた。
その光の本当の作り手を探し出したアークライトは、ルチアを自身の屋敷へと迎え入れる。「私のために刺繍をしろ」──その強引な言葉の裏にある深い孤独を知ったルチアは、戸惑いながらも、初めて自分の力を認められたことに喜びを感じ、彼のために星屑を紡ぎ始める。
彼女の刺繍は、凍てついていた公爵の心を少しずつ溶かし、二人の間には静かな絆が芽生えていく。
しかし、そんな穏やかな日々は長くは続かない。ルチアの持つ力の価値に気づいた過去の人々が、彼女を再び絶望へ引き戻そうと、卑劣な陰謀を企てていた。
今更「結婚しよう」と言われましても…10年以上会っていない人の顔は覚えていません。
ゆずこしょう
恋愛
「5年で帰ってくるから待っていて欲しい。」
書き置きだけを残していなくなった婚約者のニコラウス・イグナ。
今までも何度かいなくなることがあり、今回もその延長だと思っていたが、
5年経っても帰ってくることはなかった。
そして、10年後…
「結婚しよう!」と帰ってきたニコラウスに…
【完結済】冷血公爵様の家で働くことになりまして~婚約破棄された侯爵令嬢ですが公爵様の侍女として働いています。なぜか溺愛され離してくれません~
北城らんまる
恋愛
**HOTランキング11位入り! ありがとうございます!**
「薄気味悪い魔女め。おまえの悪行をここにて読み上げ、断罪する」
侯爵令嬢であるレティシア・ランドハルスは、ある日、婚約者の男から魔女と断罪され、婚約破棄を言い渡される。父に勘当されたレティシアだったが、それは娘の幸せを考えて、あえてしたことだった。父の手紙に書かれていた住所に向かうと、そこはなんと冷血と知られるルヴォンヒルテ次期公爵のジルクスが一人で住んでいる別荘だった。
「あなたの侍女になります」
「本気か?」
匿ってもらうだけの女になりたくない。
レティシアはルヴォンヒルテ次期公爵の見習い侍女として、第二の人生を歩み始めた。
一方その頃、レティシアを魔女と断罪した元婚約者には、不穏な影が忍び寄っていた。
レティシアが作っていたお守りが、実は元婚約者の身を魔物から守っていたのだ。そんなことも知らない元婚約者には、どんどん不幸なことが起こり始め……。
※ざまぁ要素あり(主人公が何かをするわけではありません)
※設定はゆるふわ。
※3万文字で終わります
※全話投稿済です
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる