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第10話

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 ベレルはアレンソアの動向を慎重に調べ続けていた。

 渡した執務もエリーシャにむりやりやらせていること、夜はイニエラのところに通い続けていること。
 一度疑念を持つと、過去のアレンソアの行動も知りたくなった。
例えばエリーシャに買って贈ったと領収書がある宝石が、間違いなくエリーシャに贈られたものなのかとか。

 そして本邸の中では、留学を断念させたトルソーに密かに執務を教え始めた。
密かにというのはアレンソアを油断させるためである。

 ベレルの中で、アレンソアの廃嫡はすでに決定事項だ。ここに来て急遽トルソーに後継教育をしなくてはならなくなり、自由に生きてよしと言っていたトルソーには社交等足りなすぎる部分が目につくようになっていた。

「すまないな。嫡子だとか次男だとか分けずに同じ教育を施すべきだった」
「いえ、私も未経験のことばかりですし、勉強になります」

 いきなり嫡子の芽が出たトルソーは、躊躇いながらもそう答える。
元より学者になりたいと励んでいた程なので、勉強はお手の物。ベレルが予想したよりかなり早く覚えていく。
ダンス以外は。

「トルソー、おまえダンスが苦手だったか?」

 ダンスの講師の報告を聞いたベレルが笑いを含みながら訊ねると、やや赤い顔になったトルソーが小さく答えた。

「しかたないじゃないですか、踊る機会がなかったから」

 社交的で次期伯爵の看板を背負ってきたアレンソアは、夜会茶会問わずあちこちに顔を出していたが、トルソーはそんな時間があれば一冊でも多く本を読みたいと考えた。
 今まではそれでも問題がなかったのだ。
別にツィージャー伯爵家の鼻つまみというわけではなく、ただ貴族らしからぬ自由を認められていただけ。
 最低限の練習しかしてこなかったため、女性の手を取り踊ろうとすると、緊張して動きがカクカクしてしまう。

 ベレルは考えた。

「エリーシャにダンスの相手を頼んで練習したらどうだ?」
「えっ!」

 ボワッと耳まで真っ赤になるトルソーに、ベレルは心でニヤリとする。
アレンソアはエリーシャに対して許しがたい態度だが、トルソーは兄嫁に密かに・・・でもない、隠しきれない憧れを持ち続けている。
 ベレルにとり、エリーシャをツィージャー伯爵家に残せる唯一の可能性はトルソーだ。
嫡男をトルソーに入れ替え、もしエリーシャがトルソーと再婚してもいいと言ってくれたら、共同事業に絡む莫大な慰謝料を払わずに済む。事業は今までどおり。
勿論金だけのことではなく、エリーシャを虐げたまま生家に返すことにでもなれば、イグラルド子爵家の怒りが相当なものになるのは間違いなく、また月夜の妖精と呼ばれ、人気の高いエリーシャを辛い目に合わせたと知られたら、他の貴族たちからも手のひらを返されるだろう。

 ベレルは考えを打ち消すように、ブルブルッと首を振った。
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