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婚約者は見知らぬ人
第3話
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その日、王城にマトウ・ローリス辺境伯は、自身に良く似た容姿の息子ノーランを連れて来た。
「よく似てる、どう見ても息子ですね」
先に謁見の間に来て、脇に控えていたビルスが国王に囁く。
「うむ、確かに良く似ておるな、いるならさっさと連れてくればいいものを、まったく!奴は臍が曲がっておる」
ひそひそ話は、辺境伯家のふたりが顔をあげるとピタッと止まった。
「マトウ、久しいな。いつぶりぞ?」
「国王陛下に拝謁致しますのは四年ぶりにございます」
「四年!確か先代国王もそれまで何度も城に参内するよう呼び出したはずだがな」
「はっ、遊びに来いとはお声がけ頂きましたが、しかし我ら辺境伯家は国境警備こそが最優先の仕事にございます故、予定通りに領地を離れることが出来ないこともご理解下さい」
国王は勿論知っている。
このところローリスが国境を接するいくつかの国との関係は改善されているので、辺境伯領でも戦闘などとんとないのだ。大した仕事などしていないくせにと心で毒づいたが、顔は平静を装っていた。
「王命により結んだ婚約についても、随分と蔑ろにしているようではないか?」
「そ、そんなことはございません!本当に戦闘や息子の怪我などで忙しかっただけなのです」
国王は冷たい視線でマトウを、そして隣りのノーランを見た。温度のない視線で。
「ノーラン・ローリス、顔を上げよ」
「はっ」
黒髪に縁取られた顔は、造作も色もマトウの面影がある。
「おまえは何故、婚約者に文の一つも出そうとしないのだ?王命から逃れることは出来ないというのに、何故そこまで蔑ろにする?」
「いえ、蔑ろなどには」
「ではその理由は」
まだ頭を下げたままのマトウは小さく囁いた。
「落ち着いて、練習したとおりに」
「・・・先程父が申しましたが、わ、私は、落馬の際に利き腕を怪我して以来、ペンなど細い物は持って操ることができなくなり、今も機能回復訓練を受けております」
マトウが必死に考え、ノーランに成り代わった若者に教え込んだことである。
「落馬で怪我とな?」
「はい。死線を彷徨ってたいそう長きに渡り治療を続け、外に出られるようになったのは最近のことなのでございます」
これで長年城に来なかったことも、手紙を書けなかったことも、辻褄が合うはずだとマトウは考えたが、国王は戸惑った顔を見せた。
それが本当なら仕方ないことのような気がするし、心なしか窶れたような顔にも見える。
しかし、嘘ではないかという疑いも捨てきれない。
それ故に急いで結論を出すのはやめ、一旦様子を見ることにした。
「そうか、それならそうとマトウ、其方が報せるべきであろう?事情もわからずに待たされるシーズン公爵とカーラ嬢の身になってみろ」
「誠にそのとおりで、お詫びのしようもございません。私も息子の怪我と国境警備に忙殺され、そこまで回っておりませなんだ。今は十分に反省しております故、何卒御容赦くださいませ」
責める手を封じられた国王は、今日のところは仕方なく追及の手は引くことにする。
「次はないぞ。自分の手が使えずとも、おまえなら手となる者がおるであろう。言い訳をするな」
それだけ言いおいて。
「よく似てる、どう見ても息子ですね」
先に謁見の間に来て、脇に控えていたビルスが国王に囁く。
「うむ、確かに良く似ておるな、いるならさっさと連れてくればいいものを、まったく!奴は臍が曲がっておる」
ひそひそ話は、辺境伯家のふたりが顔をあげるとピタッと止まった。
「マトウ、久しいな。いつぶりぞ?」
「国王陛下に拝謁致しますのは四年ぶりにございます」
「四年!確か先代国王もそれまで何度も城に参内するよう呼び出したはずだがな」
「はっ、遊びに来いとはお声がけ頂きましたが、しかし我ら辺境伯家は国境警備こそが最優先の仕事にございます故、予定通りに領地を離れることが出来ないこともご理解下さい」
国王は勿論知っている。
このところローリスが国境を接するいくつかの国との関係は改善されているので、辺境伯領でも戦闘などとんとないのだ。大した仕事などしていないくせにと心で毒づいたが、顔は平静を装っていた。
「王命により結んだ婚約についても、随分と蔑ろにしているようではないか?」
「そ、そんなことはございません!本当に戦闘や息子の怪我などで忙しかっただけなのです」
国王は冷たい視線でマトウを、そして隣りのノーランを見た。温度のない視線で。
「ノーラン・ローリス、顔を上げよ」
「はっ」
黒髪に縁取られた顔は、造作も色もマトウの面影がある。
「おまえは何故、婚約者に文の一つも出そうとしないのだ?王命から逃れることは出来ないというのに、何故そこまで蔑ろにする?」
「いえ、蔑ろなどには」
「ではその理由は」
まだ頭を下げたままのマトウは小さく囁いた。
「落ち着いて、練習したとおりに」
「・・・先程父が申しましたが、わ、私は、落馬の際に利き腕を怪我して以来、ペンなど細い物は持って操ることができなくなり、今も機能回復訓練を受けております」
マトウが必死に考え、ノーランに成り代わった若者に教え込んだことである。
「落馬で怪我とな?」
「はい。死線を彷徨ってたいそう長きに渡り治療を続け、外に出られるようになったのは最近のことなのでございます」
これで長年城に来なかったことも、手紙を書けなかったことも、辻褄が合うはずだとマトウは考えたが、国王は戸惑った顔を見せた。
それが本当なら仕方ないことのような気がするし、心なしか窶れたような顔にも見える。
しかし、嘘ではないかという疑いも捨てきれない。
それ故に急いで結論を出すのはやめ、一旦様子を見ることにした。
「そうか、それならそうとマトウ、其方が報せるべきであろう?事情もわからずに待たされるシーズン公爵とカーラ嬢の身になってみろ」
「誠にそのとおりで、お詫びのしようもございません。私も息子の怪我と国境警備に忙殺され、そこまで回っておりませなんだ。今は十分に反省しております故、何卒御容赦くださいませ」
責める手を封じられた国王は、今日のところは仕方なく追及の手は引くことにする。
「次はないぞ。自分の手が使えずとも、おまえなら手となる者がおるであろう。言い訳をするな」
それだけ言いおいて。
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