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婚約者は見知らぬ人

第4話

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「落馬の際に怪我をしたのは腕だけか?」

 国王は、ふと思い出したように訊ねた。

「は、はい、いえ、足も折れましたので、暫く動けませんでした」

 やはりどことなくぎこちない。
それが初めての王との謁見のせいなのか、疚しいことを隠しているせいなのかを、皆知りたいと思っていたが訊いたからと言って正直に白状するわけもない。

 ─やはり証拠がいるな、調べるためにも少し泳がせよう─



「そろそろカーラを呼んでやれ」



 国王にとって従兄弟に当たるビルスの娘カーラは、娘同様に可愛い存在である。
 先代国王が決めた婚約がこのようにあやふやなもので、解消するほどの確たる証拠が得られないままでいることを申し訳なく思っているが、カーラ自身はどんな婚約でも全うすると言い切っていて、その気持ちの良さ強さもまた、国王がカーラを気に入っている所以であった。



「国王陛下に拝謁を賜ります、シーズン公爵家カーラでございます」

 謁見の間に入ると、高めのよく通る声で挨拶し、それは美しいカーテシーをして見せたカーラにノーランは釘付けになる。


 ─あの美しい令嬢が私の婚約者?─

 偽物だと知られることなく婚姻し、騙し続けろというのがマトウの指示である。
一体どんな令嬢と結婚させられるのかと思っていたが、カーラのあまりの美しさに幸運が舞い込んだと心弾ませた。



 ノーラン・ローリス。
 そう名乗っている若者の真実の姿は、ソーイ・デリース男爵令息であった。
デリース男爵夫妻は13歳になったばかりのソーイを遺し、事故で亡くなった。未成年だったソーイは単独では爵位を継ぐことができず、後見人になるはずだった叔父に爵位と屋敷を乗っ取られて追い出されてしまったのだ。
 行く当てもなく、屋敷を追い出され数年。
 人には言えないようなことにも手を染めて生き抜き、その容姿を目にしたマトウの手の者に拾われるまで乞食同然の暮らし。汚れに塗れ、捨てられた物を漁って命を繋いでいた。

 ローリス辺境伯家に連れて来られ、話を聞くか聞かないかと訊ねられた時、この生活から抜けられるなら何でもやると決めた。それがどんなことであってもだ。

 荒んだ生活で忘れてしまっていた、こどもの頃両親から教えられたマナーを取り戻し、付け焼き刃ながら貴族としての教育をマトウに与えられた。
清潔な服と柔らかなベッド、暖かな部屋に一日三食の美味しい食事。

 それだけでも本当にノーランの身代わりになってよかったと心から思えた。決して知られることなく、ノーラン役をやり遂げようと。誰にも奪われないようにと。
 これだけでも十分に幸せだったが、美しいカーラが現れたのだ、婚約者として。
 大きな秘密を抱えたまま、ソーイはソーイ・デリースを棄てたのだった。
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