蒼竜世界の勇者 -魔物と心を通わす青年の世界救済の旅-(リメイク版)

mao

文字の大きさ
6 / 230
第一章・始動編

地の国からきた少女

しおりを挟む

 身動きひとつ取りたくない倦怠感の中、ジュードは重い瞼を上げた。焦点が定まらない視界には、木目の揃った見慣れた天井がぼんやりと映り込む。間違いなく自宅の自分の部屋のもの。

 常人より少しばかり寝起きの悪いジュードは、暫し何をするでもなくそのままの状態で留まった後、弾かれたように飛び起きた。


「――! そうだ、あの……!」


 しかしながら、不意に起き上がったことで目の前が暗転するような強い眩暈に襲われて項垂れる。そこへ、ジュードにとっては耳慣れた声が聞こえてきた。


「ジュード! 何やってんの!?」


 この寝起きの頭には荷が重そうな金切り声は、同居する少女のものだ。ジュードは静かに顔を上げると、部屋の出入り口に佇む彼女に一瞥を向ける。すると、そこにいた少女は夕陽のような鮮やかな橙の長い髪を揺らしながら、大股で寝台まで歩み寄ってきた。


「もう、いきなり村の人たちに担がれてきた時はビックリしたんだからね。人助けはいいけど、少しは自分の身体も大事にしてよ」
「あ、ああ……ごめん、マナ」


 彼女はマナ・ルイスという、この家に住む少女だ。
 ジュードにとっては幼馴染みだが、小さい頃から共に育ってきたせいか妹のようで姉のような存在でもある。マナの言葉から察するに、オーガとの戦闘後に倒れたジュードは、村の男たちに運ばれてこうして自宅まで帰ってきたのだろう。

 窓から外を見てみれば、すっかり夜は明けていた。一晩ぐっすり眠っていたようだ。


「マナ、帰ってきたのはオレだけか? えっと……」
「あの赤い髪の女の子でしょ、今は下でご飯食べてるわよ。ジュードもご飯食べれそう?」
「そうか、よかった……ああ、オレのはいつものことだし大丈夫だよ、腹減った」


 ジュードの返答を聞いて「そう」と微笑んだマナは、隠すでもなくその顔に安堵を乗せた。


 * * *


 マナと共に一階の居間に降りたジュードは、そこに居合わせたウィルと父グラム、そして昨日助けた少女の姿を確認して席に着いた。

 この家は、剣の名匠グラム・アルフィアが建てた家で、ジュードとマナ、ウィルの三人は事情があってここで共に暮らしている。所謂、四人家族のようなものだ。


「改めて、昨日は助けてくれてありがとうジュード。私はルルーナよ、ルルーナ・ヘラ・ノーリアン。ごめんなさいね、私のせいで……」
「はは、ルルーナさんが謝ることはないさ。きみは善意でやってくれたことだろう」


 申し訳なさそうに声をかけてくる昨日の少女――ルルーナに言葉を向けたのは、その正面に腰掛けるジュードの父グラムだ。ジュードも父の言うように、ルルーナを責め立てる気は微塵もない。彼女はかすり傷を治そうとしてくれただけなのだから。


「ああ、父さんの言う通りだよ。一晩寝ればいつも落ち着くから」
「お前の場合は、ぶっ倒れてこれ以上頭が悪くならないかの方が心配だよな。倒れた拍子に頭打ったりしてないか?」


 ジュードもルルーナを安心させるためにそう返答したのだが、要らぬ横槍が隣から入る。思わずムッとしてそちらを見遣ると、色素の薄い金髪の青年がニヤニヤと意地の悪そうな笑みを浮かべていた。彼が、昨日ジス神父と話していたジュードの兄貴分、ウィルだ。


「でも、本当に不思議だわ。魔法を受けると高熱が出る体質だなんて」
「うむ……ジュードのあの体質は昔からでな、多くの医者に診せたが原因は不明だと言う。だが、ジュードの言うように一晩ゆっくり休めば落ち着くから、ルルーナさんがそう気に病むことではないよ」


 兄弟のようなやり取りを繰り広げるジュードとウィルを前に、ルルーナは改めて昨日の出来事を思い返すと文字通り不思議そうに呟いた。

 この世界では、魔法という力は習えば誰でも当たり前のように使えるし、それにより多くの恩恵を受けてもいる。けれど、その魔法を受けて――それも傷を癒す魔法を受けて倒れるなど、どう考えても不思議なことだ。

 だが、ジュード本人やその父親がそう言うのならと、ルルーナもそれ以上は何も言わなかった。


「きみ……えっと、ルルーナはなんであの林に?」
「ああ、それなんだけどさ。どうやら彼女はグラムさんを訪ねて東のグランヴェルから来たそうなんだ、それをちょうどお前が助けたってことさ」
「え、グランヴェルから? ……いや、でも、どうやって?」


 ジュードが洩らした疑問に答えたのは、彼の隣に座るウィルだった。その返答に、ジュードの表情には怪訝そうな、何とも言えない表情が滲む。

 東の国グランヴェルは、地の恩恵を受ける世界一の大国。
 しかし、魔物の狂暴化が始まるや否や、早々に完全鎖国の状態になってしまい、約十年ほど経った今もその状況は変わっていない。つまり、今はグランヴェルには出入国はできない状態にある。


「私のお母様は、随分前にグラムおじさまにお世話になったそうなの。おじさまが魔物に襲われて怪我をされたと聞いて、お母様は居ても立っても居られなくなって私に身の回りのお世話をするようにと……」
「ルルーナさんの実家の……ノーリアン家と言えば、グランヴェルの中で最も高貴な家柄だ。その当主たるネレイナ様が一声かければ、まあ……特例として出国くらいならできるってワケさ。だが、怪我と言っても大したことはないし、この子たちもいてくれるから身の回りの世話は別に……」


 グラム・アルフィアは非常に腕の立つ鍛冶屋だが、凶暴な魔物に襲われて現在は休業中の身だ。とは言え、寝たきりというわけでもない。グラムは思わず苦笑いを浮かべたのだが、それに対して小首を捻ったのは朝食を運んできたマナだった。


「でも、いくら名家の人でも出たり入ったりは難しいんでしょう? おじさまが必要ないって言ったら、彼女が困るんじゃ……」
「……ええ、戻れたとしても何もご恩返しをせずに帰ったら私がお母様に叱られます。どんなことでも構いません、何かお手伝いさせてください」


 すると、ルルーナは一度ちらりとマナに一瞥を向けた末に、彼女の助け舟に便乗する形で改めてグラムにそう告げた。グラムはそんな彼女たちにほとほと困り果てたように軽く項垂れると、ややしばらくの沈黙の後に「わかった」とだけ呟く。

 その返答を聞いたマナは自分以外の女性が増えることに対して純粋に喜び、ルルーナはホッとしたように安堵を洩らした。どうやら、四人家族に新しく同居人が一人増えるようだ。


「ああ、そうだジュード。飯が済んだら作業場に来てくれ、少し話がある」
「あ、うん。わかった」


 嬉しそうな女性陣二人を後目に、グラムは疲れたように小さく頭を振ると息子に一声かけてから席を立つ。こうしてルルーナを招く形になったことか、それとも昨日の迂闊さを叱られるのか。

 父に呼ばれる理由をいくつか頭の中で数えながら、取り敢えずはマナが運んできてくれた朝食を腹に収めることにした。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

神様、ちょっとチートがすぎませんか?

ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】 未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。 本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!  おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!  僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇  ――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。  しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。  自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。 へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/ --------------- ※カクヨムとなろうにも投稿しています

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

処理中です...