蒼竜世界の勇者 -魔物と心を通わす青年の世界救済の旅-(リメイク版)

mao

文字の大きさ
52 / 230
第三章・影の協力者

王女と奴隷

しおりを挟む

 しっかりとジュードに抱き着くオリヴィアは、この上なくご機嫌だ。
 しかし、彼女に抱き着かれるジュードの表情がどこか痛むように歪むのをリンファは見逃さない。傍に寄ると直接手は触れないままぺこりと頭を下げた。


「……なぁに?」
「オリヴィア様、ジュード様は肩に傷を負っていらっしゃいます。あまり刺激なさるのは……」


 ルルーナの言うように、オリヴィアは男性に対する反応と女性に対する反応とでは大いに異なる。
 男性には甘えた声を出して見た目通りの可愛らしい対応をするが、女性相手となると途端に目付きは厳しくなるし表情も不愉快そうなものへと変わる。この護衛のリンファに対しては、特にその傾向が強いように感じられた。


「お苦しければジュード様がご自分で仰るわよ。おまえ、このわたくしに文句でもあるの?」
「も、文句などと、そのようなことは……ですが……」


 そんなオリヴィアとリンファを後目に、ジュードは一瞬、ほんの一瞬だけ右肩へと視線を投じたのだが、リンファはそんな彼の目の動きを見逃さなかった。ジュードの傍らに片膝をついて屈むと、オリヴィアの反応を待たずに彼の右肩に手を添える。


「……転倒なさった時に傷口が開いたのですね」
「え……な、なんで……」
「わかります、肩が少し震えていらっしゃいますから。……痛みがあるのでしょう」


 図星を突かれて、ジュードは目を丸くさせたまま言葉に詰まった。オリヴィアに抱き着かれて転倒した際、右肩に確かな痛みを覚えた。ぶち、と何かが切れるような錯覚と共に。傷口が開いた感覚だろう。次にじわり、と衣服に何かが滲む生暖かさ。この寒い地方で滲むほど汗が出るはずもない、開いた傷口から血が滲んだのだ。


「……少し、ジッとしていてください」
「え、でも、オレ魔法はちょっと……」
「大丈夫です、私は魔法は使えませんから」


 リンファは変わらず無表情のまま小さく息を吐き出すと、その右肩に両手を添えた。すると、彼女の手からはほんのりと白く柔らかい光が溢れ出した。その光はジュードの右肩を包むように淡く輝く。

 一見魔法のようではあるがジュードは特に苦痛も覚えず、そして拒絶反応も起こさなかった。逆に心地好ささえ感じるほど。ウィルとカミラ、そして駆けてきたマナやルルーナもその光景を見守った。


「ジュ、ジュード、大丈夫なの?」
「あ、ああ。なんか暖かくて……気持ちいい」
「これ、何なんだ?」


 マナは恐る恐るジュードに問いかけたが、当の本人は感じるままの感想を簡潔に呟くだけ。無理もない、ジュード自身が驚いているほどだ。いつも魔法を受けるだけで苦痛を覚え、高熱を出して倒れてきたのだから当然ではあるのだが。

 ウィルはほんのりと光るリンファの手を見つめて、控え目に問いかけた。集中しているのか否か――はたまたジュードの傷の具合を心配してくれているのかは定かではないが、伏せ目がちに肩を見つめるリンファは十五歳の少女というには随分と大人びて見える。マナやカミラよりも年上のように感じられた。


「私のこれは魔法ではありません、気功術です。は全ての生き物が持っている自然の力ですから……気功術でその人が持つ治癒力を高め、回復を促進します」


 淡々とした口調で答えるリンファに、ウィルとマナは互いに顔を見合わせる。気功術――それは治癒魔法さえも受け付けないジュードのことを思えば、これ以上ないほどの朗報だった。


「ね、ねえリンファ。じゃあ気功術を使えば、ジュードの怪我も早めに治るかしら」
「魔法のように一瞬でとはいきませんが……多少は、治りも早まるのではないかと思います」


 その話を一番喜んだのは、当然ジュード本人だ。少しでも早く復帰できる見込みが立つのは非常に嬉しい。ウィルやマナだけでなく、カミラやルルーナもホッと安心したように表情を和らげ、そしてジュードの顔にも自然と笑みが浮かんだ。


「ありがとう、リンファさ――」


 だが、ジュードがリンファに礼を向けようとした時だった。そんな和やかな雰囲気は一瞬で壊れる。


「……リンファ! どうしておまえはそうなの!?」


 オリヴィアが、突如彼女に怒声を向けたのだ。突然のその声にリンファは慌てて顔を上げ、ジュードの肩から――否、ジュードの身から離れてオリヴィアに向き直る。身を縮めるようにして頭を下げる姿は、まるで小さな子供のようだった。

 ジュードもウィルも、もちろんカミラたちも。なぜオリヴィアが唐突にリンファを叱りつけるのか理解ができなかった。ウィルたちにとっては非常に有難いことなのだ。ジュードに恋心を抱いているのなら、当然オリヴィアも喜ぶべきなのではないか、誰もがそう思う。


「わたくしの許可なしに勝手なことをするとはどういうつもり!? おまえ、また殿方を誑かす気なの!?」
「そ、そんなつもりでは……」
「では、いったいどういうつもりなのかしら? 薄汚い奴隷の分際でこのわたくしの言うことに逆らって……! ああ汚らわしいこと、おまえの顔など見たくもない! さっさと先を見てきなさい!」


 オリヴィアの激昂を前にジュードたちが唖然とする中、リンファは一度だけ深く頭を下げると顔を伏せたまま立ち上がり、命令通りに先へと続く道を駆けていった。

 数拍の間を置いて最初に我に返ったのはウィルだった。ウィルは意識を引き戻すと、胸中に渦巻く憤りや困惑を抑え込みながらオリヴィアに詰め寄る。


「おい、どういうことなんだ、今のは!」
「……ウィル様?」
「なんであんなふうに怒らなきゃならない? なんなんだよ奴隷って!」
「そうよ、それにジュードの怪我を治すサポートをしてくれるなら、あたしたちにとっては有難いことだわ!」


 ウィルとマナの言葉は彼女にはまったく届かないらしく、当のオリヴィアは何でもないことのようにつん、と顔をよそへ向けて目を伏せる。まるで当たり前とでも言うかの如く。


「リンファは殿方に色目を使って誘惑するのがお上手なんです、ジュード様を誘惑しようとしていたからですわ」
「さっきのあれの、どこが……!? リンファさんは本当にジュードの傷の具合を心配してくれて……!」


 普段はおっとりとしていることが多いカミラも、さすがに黙ってはいられなかったらしい。明らかな憤りを表情に滲ませてオリヴィアに詰め寄る。しかし、オリヴィアは不愉快そうに眉を寄せて目を細めると、座り込んでいたそこから立ち上がった。両手を腰に添えて上体を前に倒し、下からカミラの顔を覗き込んで睨み付ける。

 そこはやはり女性。自分が好意を向けている男に対する恋情を感覚で理解しているようだった。


「あなたのように平和な頭をした人にはわからないでしょうけれど、あの娘は本当に手癖の悪い女ですのよ。リンファは奴隷出身ですから、男性経験が豊富なんでしょうけどね」
「……え?」


 カミラは、オリヴィアが吐き捨てるように告げた言葉に耳を疑った。だが、カミラやジュードたちが問い返すよりも先に、ルルーナはひとつため息を洩らす。鞭を腰のカバンに戻してから胸の前でゆったりと腕を組み、不機嫌そうに目を細めた。


「……そう。あのリンファって子、グランヴェルの出身なのね」
「……ルルーナ?」


 彼女の言葉に反応したのはジュードだ。続いて他の面々も静かにルルーナに目を向ける。ルルーナはオリヴィアを睨み見据えたまま、嫌そうに頭を振った。

しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

貧民街の元娼婦に育てられた孤児は前世の記憶が蘇り底辺から成り上がり世界の救世主になる。

黒ハット
ファンタジー
【完結しました】捨て子だった主人公は、元貴族の側室で騙せれて娼婦だった女性に拾われて最下層階級の貧民街で育てられるが、13歳の時に崖から川に突き落とされて意識が無くなり。気が付くと前世の日本で物理学の研究生だった記憶が蘇り、周りの人たちの善意で底辺から抜け出し成り上がって世界の救世主と呼ばれる様になる。 この作品は小説書き始めた初期の作品で内容と書き方をリメイクして再投稿を始めました。感想、応援よろしくお願いいたします。

神様、ちょっとチートがすぎませんか?

ななくさ ゆう
ファンタジー
【大きすぎるチートは呪いと紙一重だよっ!】 未熟な神さまの手違いで『常人の“200倍”』の力と魔力を持って産まれてしまった少年パド。 本当は『常人の“2倍”』くらいの力と魔力をもらって転生したはずなのにっ!!  おかげで、産まれたその日に家を壊しかけるわ、謎の『闇』が襲いかかってくるわ、教会に命を狙われるわ、王女様に勇者候補としてスカウトされるわ、もう大変!!  僕は『家族と楽しく平和に暮らせる普通の幸せ』を望んだだけなのに、どうしてこうなるの!?  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇  ――前世で大人になれなかった少年は、新たな世界で幸せを求める。  しかし、『幸せになりたい』という夢をかなえるの難しさを、彼はまだ知らない。  自分自身の幸せを追い求める少年は、やがて世界に幸せをもたらす『勇者』となる――  ◇◆◇◆◇◆◇◆◇ 本文中&表紙のイラストはへるにゃー様よりご提供戴いたものです(掲載許可済)。 へるにゃー様のHP:http://syakewokuwaeta.bake-neko.net/ --------------- ※カクヨムとなろうにも投稿しています

【完結】幼馴染にフラれて異世界ハーレム風呂で優しく癒されてますが、好感度アップに未練タラタラなのが役立ってるとは気付かず、世界を救いました。

三矢さくら
ファンタジー
【本編完結】⭐︎気分どん底スタート、あとはアガるだけの異世界純情ハーレム&バトルファンタジー⭐︎ 長年思い続けた幼馴染にフラれたショックで目の前が全部真っ白になったと思ったら、これ異世界召喚ですか!? しかも、フラれたばかりのダダ凹みなのに、まさかのハーレム展開。まったくそんな気分じゃないのに、それが『シキタリ』と言われては断りにくい。毎日混浴ですか。そうですか。赤面しますよ。 ただ、召喚されたお城は、落城寸前の風前の灯火。伝説の『マレビト』として召喚された俺、百海勇吾(18)は、城主代行を任されて、城に襲い掛かる謎のバケモノたちに立ち向かうことに。 といっても、発現するらしいチートは使えないし、お城に唯一いた呪術師の第4王女様は召喚の呪術の影響で、眠りっ放し。 とにかく、俺を取り囲んでる女子たちと、お城の皆さんの気持ちをまとめて闘うしかない! フラれたばかりで、そんな気分じゃないんだけどなぁ!

30年待たされた異世界転移

明之 想
ファンタジー
 気づけば異世界にいた10歳のぼく。 「こちらの手違いかぁ。申し訳ないけど、さっさと帰ってもらわないといけないね」  こうして、ぼくの最初の異世界転移はあっけなく終わってしまった。  右も左も分からず、何かを成し遂げるわけでもなく……。  でも、2度目があると確信していたぼくは、日本でひたすら努力を続けた。  あの日見た夢の続きを信じて。  ただ、ただ、異世界での冒険を夢見て!!  くじけそうになっても努力を続け。  そうして、30年が経過。  ついに2度目の異世界冒険の機会がやってきた。  しかも、20歳も若返った姿で。  異世界と日本の2つの世界で、  20年前に戻った俺の新たな冒険が始まる。

旧校舎の地下室

守 秀斗
恋愛
高校のクラスでハブられている俺。この高校に友人はいない。そして、俺はクラスの美人女子高生の京野弘美に興味を持っていた。と言うか好きなんだけどな。でも、京野は美人なのに人気が無く、俺と同様ハブられていた。そして、ある日の放課後、京野に俺の恥ずかしい行為を見られてしまった。すると、京野はその事をバラさないかわりに、俺を旧校舎の地下室へ連れて行く。そこで、おかしなことを始めるのだったのだが……。

ギャルい女神と超絶チート同盟〜女神に贔屓されまくった結果、主人公クラスなチート持ち達の同盟リーダーとなってしまったんだが〜

平明神
ファンタジー
 ユーゴ・タカトー。  それは、女神の「推し」になった男。  見た目ギャルな女神ユーラウリアの色仕掛けに負け、何度も異世界を救ってきた彼に新たに下った女神のお願いは、転生や転移した者達を探すこと。  彼が出会っていく者たちは、アニメやラノベの主人公を張れるほど強くて魅力的。だけど、みんなチート的な能力や武器を持つ濃いキャラで、なかなか一筋縄ではいかない者ばかり。  彼らと仲間になって同盟を組んだユーゴは、やがて彼らと共に様々な異世界を巻き込む大きな事件に関わっていく。  その過程で、彼はリーダーシップを発揮し、新たな力を開花させていくのだった!  女神から貰ったバラエティー豊かなチート能力とチートアイテムを駆使するユーゴは、どこへ行ってもみんなの度肝を抜きまくる!  さらに、彼にはもともと特殊な能力があるようで……?  英雄、聖女、魔王、人魚、侍、巫女、お嬢様、変身ヒーロー、巨大ロボット、歌姫、メイド、追放、ざまあ───  なんでもありの異世界アベンジャーズ!  女神の使徒と異世界チートな英雄たちとの絆が紡ぐ、運命の物語、ここに開幕! ※不定期更新。最低週1回は投稿出来るように頑張ります。 ※感想やお気に入り登録をして頂けますと、作者のモチベーションがあがり、エタることなくもっと面白い話が作れます。

異世界召喚でクラスの勇者達よりも強い俺は無能として追放処刑されたので自由に旅をします

Dakurai
ファンタジー
クラスで授業していた不動無限は突如と教室が光に包み込まれ気がつくと異世界に召喚されてしまった。神による儀式でとある神によってのスキルを得たがスキルが強すぎてスキル無しと勘違いされ更にはクラスメイトと王女による思惑で追放処刑に会ってしまうしかし最強スキルと聖獣のカワウソによって難を逃れと思ったらクラスの女子中野蒼花がついてきた。 相棒のカワウソとクラスの中野蒼花そして異世界の仲間と共にこの世界を自由に旅をします。 現在、第四章フェレスト王国ドワーフ編

処理中です...