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第三章・影の協力者
眠りから覚めるもの
しおりを挟む程なくして最奥が見えてくると、広々としたその空間にリンファはいた。辺りには鉱夫たちが使っていただろうつるはしやスコップなど、採掘に必要な道具が散乱している。
岩壁には美しい色を湛える青い石が顔を出していた。さすがに研磨する前は光り輝くことはないのだが、天然石のままでも充分な美しさはある。探し求めていた鉱石にようやく辿り着いたのだ。
だが、鉱石を掘り出して運び出す前にリンファのことが先だ。ジュードとウィルは、最奥空間の真ん中辺りに立って鉱石を見つめる彼女の背中に声をかけた。
「……リンファさん」
振り返ったリンファは、これまでと変わらず無表情だった。傷付いたような様子さえ見受けられない。その無表情さがどこか悲しい。ウィルはそんな彼女の傍らまで歩み寄ると、軽く眉を寄せて一声かけた。
「なあ、あんなワガママなお姫様の護衛やってて疲れないのか?」
「……オリヴィア様を悪く言わないでください」
確かにそうだ。どのような姫であろうと、リンファはオリヴィアの護衛なのである。仕える主人を愚弄して「無礼者!」と殴られないだけでも幸いだろう。しかし、ウィルもジュードも納得はできない。リンファはただジュードの怪我を治療しようと――少しでも痛みを和らげようとしてくれただけなのだ。
「……聞いてしまいましたか、私のこと」
そんな時、リンファが視線を横に逃がしながら小さく呟いた。知り合ってからというもの、彼女が自分から声をかけてくることがほとんどなかったこともあり、ウィルもジュードも反応が一拍遅れた。内容も内容だ、返答にも反応にも困る。
だが、隠しても結局はどうにもならない。ウィルは小さく頷いた。
「ルルーナに聞いたよ。きみが……その、闘技奴隷だったんじゃないか、って」
「……はい、そうです。私はグランヴェルの王都グルゼフで闘技奴隷をしていました。そんな私をリーブル様とオリヴィア様が買い取って下さり、私は奴隷から解放されたんです」
リンファのその返答に、ジュードもウィルも改めて認識する。地の国グランヴェルでは、今も人身売買が平気で行われているのだと。閉ざされている国だからこそできることだ。
地の国には奴隷がいて、その奴隷は商品として売買されている。人権さえも剥奪され、消耗品のように――そして賭博という名の娯楽に使われているのだ。それはやはり、ジュードにもウィルにも衝撃を与えた。『買い取ってもらった』などと、人が人に対して使う言葉ではない。もちろん自分自身に対しても。
「私はオリヴィア様にご恩があります。陛下も、こんな私にオリヴィア様の護衛を任せて下さいました。だから……」
「だから、あんなこと言われても受け入れるのか?」
当たり前のように淡々と言葉を連ねるリンファに対し、それまで静観していたジュードが口を挟む。リンファはウィルの肩越しに彼を見つめると、わずかな空白を要してから静かに頷くことで肯定を返した。
だが、ジュードは軽く眉を寄せると小さく頭を左右に揺らす。
「……きみは王女の護衛なんかじゃない、王女の奴隷だ」
「――ジュード!!」
ジュードの言葉にリンファは目を見開き、ウィルは弾かれたようにそちらを振り返った。普段から纏め役として冷静さを保つ彼にしては珍しく、怒鳴るように声を上げる。ウィルはジュードの傍らに寄ると、肩を掴もうとして――思い留まる。彼は肩を負傷しているのだ。無遠慮に掴んで、更に悪化させてしまうわけにはいかない。
「だってそうだろ、あんなこと言われても従わなきゃならないなんて! 護衛って言うより奴隷みたいな扱いじゃないか!」
「……」
「リンファさんは善意でああしてくれたはずだ、それなのに! きみは人間なんだぞ!」
「わかった、わかったから。落ち着けジュード、熱くなるとまた傷口が開くぞ」
ウィルとてジュードと同じ考えで、同じ気持ちだ。しかし、奴隷だった彼女に直球で「奴隷だ」と言葉にするのはどうなのだ。ましてや相手は女の子なのに。
ジュードはそこで我に返ると、何度かウィルとリンファとを交互に眺めてから気まずそうに視線を下げる。ジュードは確かに優しい男だが、如何せん頭に血が上ると周りが見えなくなるのが玉に瑕だ。
「……ごめん」
「いえ、……あの、私――」
幸いにも、リンファはそう気にはしていないようだった。ウィルは小さく安堵を洩らすと、改めて謝らせようと軽く眉を寄せてジュードを見遣る。兄貴分として弟の粗相を見過ごすわけにはいかない。
だが、その瞬間――
「わわっ!」
「な、なんだ!?」
不意に、轟音を立てて奥の岩壁が崩壊したのである。内部から何かに破壊されたような、そんな崩れ方だった。大小様々な岩が地面へと落ち、岩壁が次々に崩れていく。その中にジュードたちが求める鉱石が含まれていることは間違いない。粉々になってしまわない限りは問題ないが、できることなら余計な傷は付けたくなかった。
しかし、リンファは崩壊する岩壁の向こうに動く影を目敏く捉える。
「中に……壁の中に何かいます!」
リンファのその言葉通り、ジュードとウィルもその影を捉えた。目が利くジュードでも気付くのに遅れたのは――蠢くその影があまりにも巨大だったからだ。巨大過ぎるが故に、何かの影だと気付くのに遅れてしまった。
「な……なんだ、コイツは……!?」
ウィルは紫紺色の双眸を見開き、驚愕に表情を強張らせる。崩れた岩壁の中から出てきた影の正体は、あまりにも大きな生き物。
全長七メートルほどはありそうな氷の人形――アイスゴーレムだった。身体部分は非常に太く、頑強そうだ。身体全体が氷で形成されており、刃物を受け付けるとは思えなかった。
ゴーレムは眠りから目覚めたように地鳴りとも言える咆哮を上げると、ジュードたちを見下ろす。鼓膜が破れ飛んでしまいそうな咆哮に全身が怯えるように竦むのを感じて、ジュードもウィルも拳を固く握り締めることで自らを叱咤する。
「……オ、オレのせい?」
「かもな……」
怒声を張り上げたことで眠りから覚めたのか。そんなことさえ思いながらジュードが呟くと、ウィルが賺さず揶揄を向ける。視線はゴーレムに合わせたまま。どんな状況でも――否、こんな状況であるからこそ常の軽口を叩くことで、なんとか平静を保つよう努めているのだ。
相手が大きすぎる。下手をすれば攻撃ひとつで致命傷、もしくは即死などという考えたくもない想像が頭を駆け巡る。
そしてゴーレムは口らしき箇所から白い吐息を洩らしながら、青白い眼を光らせた。――こちらを敵、と認識したらしい。
「――来るぞ!!」
鉱石を手に入れるには、決して避けては通れない道である。
ウィルは槍を素早く構え、リンファは短刀を引き抜く。そしてこちらを見下ろす巨大なゴーレムを見上げた。
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